トロイア戦争は誰と誰が戦っていたのか
映画を観ても、誰と誰が戦っているのか一度では分かりにくい。そんな酒井さんの疑問から、島田先生がトロイア戦争の構図を整理していきます。
島田先生はまず、大きくギリシャ方とトロイア方に分かれると説明します。今は一つの国であるギリシャも、当時はポリス ── 古代ギリシャの都市国家。それぞれが独立した政治単位で、王や市民が統治しました。アテネやスパルタが代表例ですの集まりだったといいます。
ギリシャ方は、いろいろな島や都市の王様が集まった連合軍です。総大将がアガメムノンで、他の王たちが将軍として参加し、そのうちの一人がオデュッセウスだと島田先生は述べます。
だから、アガメムノンってバットマンみたいな。この人が総大将。で、他はいろんな王様が将軍として参加してる。
一方の相手は、今でいうトルコの西の方にあったトロイア。この両者が戦っているのがトロイア戦争だと島田先生はまとめます。
いろいろな島や都市の王が集まった連合軍。総大将はアガメムノン、将軍の一人がオデュッセウス
今でいうトルコの西の方にあった国トロイアの軍勢
絶世の美女ヘレネの略奪と、破られたクセニア
戦争の発端について、島田先生は前回話したクセニア ── 古代ギリシャで重んじられた、客人をもてなす習わし。もてなす側と客の双方に義務があり、これを破ることは重大な罪とされましたと関わると切り出します。
発端は、総大将アガメムノンの弟メネラオスの妻をめぐる出来事です。彼の妻ヘレネは世界一の美女とされ、それをトロイアの王子がさらってしまったと島田先生は説明します。
兄に泣きついて奥さんを取り返しに行くところから、戦争が始まる。名誉の問題にもなってくると島田先生は述べます。
さらに問題だったのが、その略奪のされ方でした。トロイアの王子は、スパルタの王であるヘレネの夫のもてなしを受けている、まさにその歓待の最中にヘレネをさらっていったといいます。
そのクセニアを破ってるわけよ。おもてなししてるホストの奥さん取って。だからこんな大きな報いを向けたっていう話にもつながりうる。
客人を歓待するクセニアの掟を破った上での略奪だったからこそ、大きな報いにつながったのではないか。歓待の最中の裏切りという点が、戦争の重さを物語っていると読み取れます。
パリスの審判。三人の女神と戦争のきっかけ
なぜいきなりさらったのか。その前置きとして島田先生が挙げるのが、パリスの審判と呼ばれる話です。ワインの世界でもこの話がオマージュされているといいます。
発端は、ギリシャの三人の女神の争いです。ゼウスの妻ヘラ、戦と知恵の女神アテナ、美の女神アフロディーテの三人が、誰が一番美人かで論争になったと島田先生は語ります。
決着をつけるため、トロイアの王子パリス(アレクサンドロス)が判定役に選ばれます。女神たちはそれぞれ「私を選んでくれたらこんないいことがある」と差し出したといいます。
アフロディーテが「私を選んでくれたら、世界一の美女をお前が得られるようにしてやろう」と。言って、「じゃあアフロディーテ」って選んだわけよ。
パリスがアフロディーテを選んだ結果、教えられた世界一の美女がヘレネでした。こうして略奪へとつながり、大戦争に発展していったと島田先生はまとめます。
女神の論争
ヘラ・アテナ・アフロディーテが、誰が一番美人かで争う
パリスの審判
トロイアの王子パリスが判定役に選ばれる
アフロディーテを選ぶ
世界一の美女を得られるという約束につられて選ぶ
ヘレネの略奪
教えられた美女ヘレネをさらう
トロイア戦争
取り返すための大戦争へ発展
ゼウス・ポセイドン・アテナ。映画で押さえたい神々
戦争にも神々が関わっていた、と話が進みます。酒井さんは、神々がいらんことをしているのではと感想を述べます。
島田先生は、ギリシャ神話の神々は超然とした存在というより人間っぽく、人間臭いところが面白いと語ります。
なんか超然たる存在っていうよりは、なんか本当に人間臭い存在で。そこがまた面白いんだけどね。
主要な神はオリンポス十二神 ── ギリシャ神話で、オリンポス山に住むとされる主要な12柱の神々。ゼウスやポセイドン、アテナなどが含まれますと呼ばれるといいます。その中でもゼウスが最高権力者だと島田先生は述べます。
映画に関わる神として、酒井さんは海を荒らすポセイドンと、勝利や知恵の女神アテナを挙げます。映画で押さえておくのはこの三神で十分だと二人は確認します。
作中では、ポセイドンとゼウスは顔出しがなく、ゼウスは雷でガチギレを知らせる演出だったと二人は振り返ります。
最高権力者。作中では顔を出さず、雷で怒りを知らせる
海の神。作中で海を荒らす。顔出しはなし
勝利や知恵の女神。作中にも登場する
「海から来る者たち」の正体は海の民か
続いて島田先生が挙げるのが、作中で人々をざわつかせた「海から来る者たち」です。酒井さんも正直よく分からなかったといいます。
島田先生は、これが歴史上の海の民 ── 紀元前12世紀ごろに地中海沿岸で活動したとされる民族系統不明の集団。各地の文明に打撃を与えたと考えられていますが、その正体は分かっていませんを指しているのではないかと推測します。作中では海の民とは明言されていなかったといいます。
大体その紀元前12世紀ぐらいに現れたというか、その地中海沿岸を結構荒らし回った。民族系統不明の集団というか。
この集団は、トルコにあったヒッタイトを滅ぼし、エジプトにも大きなダメージを与えるなど、世界に巨大な影響を及ぼしたと島田先生は説明します。それでいて正体が分からない点が、作中の得体の知れなさにつながっているのかもしれません。
青銅の時代から鉄の時代へ。忍び寄る暗黒時代
海の民の話と関連して、作中で言及された「青銅の時代」や「暗黒時代」というキーワードを島田先生が解説します。
ギリシャ文明は紀元前12世紀ごろから約400年、文字記録が乏しくなる暗黒時代に入ったといいます。作中のキーワードは、この歴史と掛けて語られているのではないかと島田先生は述べます。
当時は青銅器文明で、鉄はまだ広まっていませんでした。鉄を使い始めたヒッタイトは、その強さゆえに製法を秘密にしていたといいます。
もう一つ、ホメロスと同じ頃の詩人ヘシオドスが、時代を黄金・白銀・青銅・英雄・鉄の順に区分し、人間の世代は悪い方向へ進んでいくと歌ったと島田先生は紹介します。
あの時代は、種をまかなくても作物が実りとか、誰も働かなくても幸福な生活を享受できたのに、それがだんだん悪い方向に進んでいって。
島田先生は、このペシミスティック ── 悲観的であるさま。物事が良くなるより悪くなる方向へ進むと捉える見方を指しますな時代観も、作中で重ねられているのではないかと話します。
紀元前12世紀ごろは、トロイア戦争があったとされる時代とも重なります。まさにそこに影が忍び寄っていることを、映画は示したかったのではないかと二人は解釈します。酒井さんは、得体の知れない組織はクリストファー・ノーランが好みそうな題材だと述べます。
東アジア系の演者が示す、古代のグローバルな交易
島田先生がもう一つ気になった点として、作中に日本人や中国人、韓国人のような顔立ちの東アジア系の演者がいたことを挙げます。
なんかこう東アジア系の人とかさ、演者でいたじゃん。なんでかなとか思ってたんだけど。
これも海の民の文脈を踏まえた演出ではないか、というのが島田先生の仮説です。民族系統不明の海の民なら、各地から集まった集団と解釈できるからだといいます。
さらに島田先生は、当時でも思った以上にグローバルな交易がなされていたという仮説を紹介します。メソポタミアやオリエントとのつながりに加え、中央アジアのステップ地帯を通じたルートもあったのではないかと話します。
二人は地図を思い浮かべながら、ギリシャから見て北アフリカやトルコが近く、イランのように高度な文明が栄えた地域もあったと確認していきます。東アジア人が実際に来ていたかは別としても、想像を掻き立てられる話だとまとめます。
オデュッセウスたち自身が「海から来る者」だった
海の民に関連して、島田先生はもう一つの見方を提示します。作中でざわつきの対象になっていた「海からやってくる者たち」は、実はオデュッセウスたち自身だったのではないかというものです。
帰路のオデュッセウスたちは食料がなく、略奪をしながら島々を荒らして回っていました。だからこそ、彼ら自身が海から来る脅威として噂されていたのではないかと島田先生は述べます。
この読みを裏づけるのが、帰還後の場面です。酒井さんは、オデュッセウスが正体を明かさずに妻と対面する時、海から来た者なのかと問われていた記憶があると語ります。
マット・デーモンが演じるオディッセウスが奥さんと対面する時に、海から来たものなのかみたいなことを言って。記憶あるけど。
文明を滅ぼす場面は描かれなかったものの、彼ら自身が「海から来る者」であった可能性が、作中に仕込まれていたのではないかと二人は解釈します。
蓮の花の7年間。オデュッセウスの帰還は本当に必要な長さだったのか
話は帰還までの旅の長さに移ります。オデュッセウスは10年のうち7年ほどを、シャーリーズ・セロン演じる女性のもとで過ごしていました。
そこでは蓮の花を食べ、若干トリップしたような状態で過ごしていたといいます。島田先生は、この7年間は原作にも忠実で、読んだ人も長いと感じるだろうと述べます。
酒井さんは、見ていると自業自得な面もあり、もう少し早く帰れたのではと指摘します。7年は長く、半分の5年ではいけたのではないかと軽口を交わします。
大変だったのはわかったけど、もうちょっと巻けた説っていう。7年は長いよ。1年ならまだ。
オリーブのベッドが暴く本物のオデュッセウス
最後のキーワードとして、島田先生はラストシーン近くの「オリーブのベッド」を挙げます。映画では妻ペネロペが弓の腕で正体を見抜いたようでしたが、原作ではそれだけではないといいます。
原作のペネロペは最後まで夫を疑い、オリーブのベッドをめぐる問答を仕掛けます。それは出陣前にオデュッセウス自身が作ったベッドでした。
ペネロペが侍女に「あのベッドを動かしてこっちに持ってきて」と言うのが、その仕掛けです。オデュッセウスは、そのベッドが動かせないことを本人だからこそ知っていました。
島田先生は、そのベッドは巨大なオリーブの木を使い、その場で作られたため動かせないのだと説明します。動かせと言われて疑問を持たなければ偽物、と見抜く仕組みでした。
オデュッセウスが「え、何言ってんの?」みたいな。「あんなの動かせるやつ、神でもなきゃいるわけないじゃん」って言って。で、「あなた本物なのね」っていう。
こうした本物かどうかを確かめるチェックポイントが原作には数多くあり、登場人物たちの引っ掛けの多さが物語の面白さになっていると島田先生は述べます。
二人は、20年ぶりの再会で顔だけでは分からないのも無理はないと話します。旅立ちが20代後半から30代なら、帰還時は50代ほど。辛い旅で顔も変わっただろうと納得します。
アガメムノンのマスクと、キャスト陣の忙しい夏
締めくくりに、二人は雑談を交わします。島田先生は、客人をもてなす話が、ちいかわのハチワレに通じるかもしれないと語ります。
番組のポッドキャストのイラストには、実はアガメムノンのマスクが描かれているといいます。右上の猫の下にあるのが、総大将アガメムノンの仮面だと酒井さんが指摘します。
さらに二人は、映画に出た俳優たちの活躍ぶりで盛り上がります。酒井さんは、この夏はキャスト陣が別の映画にも出ずっぱりで、全員忙しいのではと語ります。
オデュッセイヤキャスト陣全員忙しい説。
最後に島田先生は、以前ノーラン監督に少し悪口を言ったことに触れ、映画を観に行ったのだから悔い改めますと締めくくります。まずは映画をぜひ観てほしいと呼びかけて回を終えます。
まとめ
最終回では、映画『オデュッセイア』の難解なキーワードを、トロイア戦争の発端から帰還後の問答まで順にひもときました。歴史とギリシャ神話の両面から見ると、作中の演出の意図がじんわりと見えてきます。
- トロイア戦争は、ギリシャ連合軍とトロイアの戦い。発端はクセニアを破った上での美女ヘレネの略奪だった
- パリスの審判で三女神からアフロディーテが選ばれ、その約束が略奪と戦争につながった
- 映画で押さえたい神はゼウス・ポセイドン・アテナの三柱。神々は人間臭く描かれる
- 「海から来る者たち」は紀元前12世紀の海の民を指すとみられ、暗黒時代の影を重ねている
- 原作ではオリーブのベッドの問答など、本物かを確かめるチェックポイントが数多く仕込まれている






