島田先生とオデュッセイアの意外な縁
この回のテーマは、9月に日本公開される映画『オデュッセイア』です。IMAX先行公開が9月4日、通常の劇場公開が9月11日という日程で紹介されています。
監督はクリストファー・ノーランです。島田先生はこの作品と縁があると酒井さんは切り出します。普通は縁のなさそうな古典ですが、島田先生には理由がありました。
大学で今、西洋古典というのを勉強しているんですけれども。
島田先生によれば、西洋古典のいわば出発点にあたるのが『イリアス』と『オデュッセイア』の2作です。どちらもホメロス ── 紀元前8世紀ごろの古代ギリシアの詩人とされる人物。『イリアス』『オデュッセイア』の作者と伝えられるが、実在や単独の作者かどうかには諸説ある。という詩人が書いたとされています。
西洋古典やる人ならもう誰もが読んでる、誰もが知ってる、誰もが大好きぐらいの。
『イリアス』のほうは、ブラッド・ピット主演の映画『トロイ』の題材になったトロイア戦争の物語だと島田先生は説明します。ノーラン監督はかつて『トロイ』の企画に関わろうとして外れたという話もあり、その頃からやりたかったのではないかと2人は推測します。
ノーラン映画からいつ心が離れたか
話は監督のクリストファー・ノーランへと移ります。映画通からは敬遠されがちなのかもしれない、と酒井さんは冗談まじりに切り出します。
酒井さんは、2008年の『ダークナイト』や『インセプション』を熱心に観ていたと振り返ります。一方で島田先生は、当時は監督を意識しておらず、「クリストファー・ノーラン」という存在をよくわかっていなかったと話します。
「あ、面白いな」って思ってたけど、そのクリストファー・ノーランなるものが、こう、誰かよくわかってないっていうか。
酒井さんは大学の副専攻が映画ゼミだったこともあり、『メメント』からバットマンシリーズ、『インセプション』までは好きだったと語ります。
ただし、その後の作品からは心が離れていったと酒井さんは正直に打ち明けます。誰が何のために戦っているのかわからなくなった、というのが理由です。
『オッペンハイマー』に至ってはもう映画館行ってないですね。
それでも今回は公開記念として、2人でオデュッセイアを観に行こうという話でまとまります。収録時点ではまだ未鑑賞のため、以降はすべて予想として語られます。
そもそも「オデュッセイア」とは何なのか
酒井さんは、まずタイトルの表記の揺れが気になると質問します。本の名前は「オデュッセイア」でよいのか、「オデュッセウス」なのか、という疑問です。
本のタイトルは「オデュッセイア」なのか、それとも「オデュッセウス」なのか。
本のタイトルは『オデュッセイア』で、オデュッセウスは主人公の名前だと島田先生は答えます。「オデュッセウスの歌」のような意味合いだと説明されています。
映画では、そのオデュッセウス役をマット・デイモンが演じるとされています。ここまでが未鑑賞でも語れる範囲で、あとは島田先生が知る原作をもとに、あらすじとキャラクター、妄想の見どころへと進んでいきます。
口伝えで残った、2800年前の物語
酒井さんは、ホメロスの時代がよくわからないと率直に尋ねます。島田先生は、ホメロスを紀元前8世紀ごろの人物、つまり2800年ほど前だと説明します。
島田先生によれば、『イリアス』も『オデュッセイア』も、もともと紙に書かれたものではなく口伝えで残った口承詩 ── 文字ではなく口頭で語り継がれた詩。吟遊詩人が暗唱し、聴衆の前で歌う形で伝えられた。でした。そのため作者や成立をめぐっては論争があります。
誰か一人がこうまとめたのか、一気にバーって書き上げたのかっていうと、ちょっとそこら辺は結構論争があって。
「ホメロス」と一言で書かれることが多いものの、実際にはかっこ付きの「はてな」に近い存在だと2人は確認します。それほど古く、成立のはっきりしない物語だという前提が共有されます。
戦争のあと、家に帰るまでの10年間
島田先生は、『オデュッセイア』が『イリアス』と地続きの物語だと説明します。『イリアス』は、ギリシアと、今のトルコ付近にあったトロイア ── 古代の都市国家。ギリシア連合軍との「トロイア戦争」の舞台。長く伝説と考えられていた。が戦ったトロイア戦争を描いた作品です。
『オデュッセイア』は、そのトロイア戦争が終わった後からの物語です。攻め込んだ側であるオデュッセウスが、故郷へ帰るまでの旅を描いています。
舞台となる戦争の場所は、今のトルコの西岸あたりだと島田先生は言います。長く神話伝説と思われていたものの、シュリーマン ── 19世紀のドイツの実業家・考古学者。トロイア遺跡の発掘で知られる。の発掘によって、トロイア戦争の跡ではないかとされる場所が見つかったと紹介されます。
オデュッセウスはイタケーという島の王です。ところが、船で帰ればそう時間のかからないはずの距離を、帰り着くまでに10年もかかってしまいます。
え、10年戦争があって、帰るのに10年。
その理由は、神々の妨害だと島田先生は説明します。道中で数々の怪物と対決し、知恵比べを繰り広げながら、なかなか故郷へたどり着けないのです。
全然帰れない。帰れないし、帰ったら帰ったでまたちょっと問題が持ち上がるという。
怪物たちは、意外と身近な名前だった
酒井さんは、舞台も怪物も馴染みがないので興味をそそられにくいと正直に漏らします。しかし島田先生は、実は聞いたことのあるキャラクターがたくさん出てくると返します。
たとえば一つ目巨人のキクロプス ── ギリシア神話に登場する一つ目の巨人の種族。英語読みの「サイクロプス」として現代の作品にも広く登場する。です。名前だけではピンとこなくても、英語読みの「サイクロプス」なら聞き覚えがある、という話になります。
さらに『風の谷のナウシカ』のナウシカも、原作に登場する姫の名が元ネタだと島田先生は紹介します。海の怪物セイレーンも帰り道に出てくるといいます。
現代の作品に名前が取られてるものが多いんで。
セイレーンについて島田先生は、以前の『ちいかわ』回でも触れたように、当時は人魚の姿ではなく、おそらく鳥の姿だったのではないかと話します。映画でどちらの姿で描かれるかが個人的な見どころだと語ります。
当時は人魚の形とは描いてなくて、多分鳥だったんじゃないかなと思って。
物語をざっくりまとめると、戦争が終わったあと、家までたどり着く10年間の苦難の旅にフォーカスした話だと2人は確認します。魔女なども登場し、島にとどまる理由が次々に生まれていきます。
帰った後も長い。求婚者たちとの攻防
島田先生は、帰った後の話も実は長いと付け加えます。10年ぶりの帰還のため、そもそも本人が誰なのかわかってもらえない、という問題があります。
さらに、出征のころに生まれた息子は、当然かなり大きく成長しています。妻ペネロペーは美しく、その周りにはたくさんの求婚者が押しかけていました。
求婚者たちの狙いは、王が不在の島の権力を握ることでした。オデュッセウスとその家族は、この乗っ取りにどう対抗するかを迫られます。
その王の不在を狙って、要はね、そこの権力を掌握しようと。
家族もオデュッセウス本人も奮闘し、最後にみんながどうなるのか、というのが物語の締めくくりだと島田先生は説明します。
策士オデュッセウスは「コナン君」タイプ
あらすじだけを聞くとあまり惹かれない、と酒井さんが漏らすと、島田先生は道中の知恵比べがすごいと補足します。
オデュッセウスは、力よりも知性で勝負するキャラクターだと島田先生は説明します。ギリシア方でも最も知恵が回る策士で、頭を使って次々に問題を解決していく人物です。
どっちかっていうと知性キャラ。謀略とか知略に長けたみたいな。
その説明を受けて、酒井さんは思わず「コナン君だ」とたとえます。パワー型ではない、頭脳で切り抜けるヒーロー像が共有されます。
押さえておくべき登場人物として、酒井さんはキャストリストを読み上げます。オデュッセウスをマット・デイモン、息子テレマコスをトム・ホランド、妻ペネロペーをアン・ハサウェイが演じます。
さらに、メラントーをミア・ゴス、求婚者アンティノオスをロバート・パティンソン、女神アテナをゼンデイヤが演じるとされています。登場人物が多いため、まずは家族の関係だけ押さえておけばよさそうだ、と2人は話します。
- オデュッセウス(マット・デイモン)=知略に長けた王
- テレマコス(トム・ホランド)=出征のころ生まれた息子
- ペネロペー(アン・ハサウェイ)=求婚者に迫られる妻
- アンティノオス(ロバート・パティンソン)=王位を狙う求婚者
元ネタの宝庫。現代作品との意外なつながり
島田先生は、『オデュッセイア』は元ネタが豊富なので、観たり読んだりすると楽しいと勧めます。すでに触れたサイクロプスやナウシカ以外にも、名前を借りた作品が多いといいます。
たとえば海の女神カリュプソは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』に登場すると島田先生は挙げます。魔女キルケーの名も、近年のガンダム作品と関連しているのではないかと話しますが、こちらは記憶があいまいなまま語られています。
映画のキーワードとして、島田先生は「ウーティス」という単語を挙げます。詳しく話すとネタバレになるため内容は控えつつ、覚えておいてほしい言葉だと念を押します。
絶対出るだろうっていうのがウーティスっていう単語があるんですけど。
島田先生は、海外ドラマ『プリズン・ブレイク』の最後のほうにも「イタケ」や「ウーティス」が出てきたはずだと付け加えます。ここでも、オデュッセイアの言葉が思わぬ作品に潜んでいることが示されます。
神々が介入する物語。そして時空も歪む
酒井さんは、この物語が書かれた背景や、史実と神話が混ざっている理由を尋ねます。島田先生は、意義を一言で語るのは難しいとしつつ、内容として本当に神話と混ざっていると答えます。
島田先生によれば、『イリアス』でも神々がたくさん登場し、途中で戦いに介入してきます。ひいきの英雄には要所要所で手助けをする、いわば「チート行為」が行われるといいます。
人生と一緒じゃん。
話は、酒井さんが苦手だと打ち明ける「時空の歪み」に戻ります。島田先生は、映画では確実に時空間が歪むはずだと予想します。
その根拠は原作にありました。原作『オデュッセイア』はそもそも時系列順ではなく、語りの中から物語が始まっていくのだと島田先生は説明します。
時空はもう予想だけど確実に歪めると思う。
世界最古級とも言えるほど古い物語が、いきなり時間の配置を錯綜させる手の込んだ構成をとっている点に、島田先生は驚きを示します。2800年前の物語が、すでに時間を入れ替える技法を使っているという事実が、この回のひとつの発見です。
こんなお話がいきなりそんな複雑な、時間の配置とかちょっと錯綜させたりというか。
酒井さんは、かつてテレビで観た『インセプション』に「第一回想」などのガイド表示が出ていたことを思い出します。今思えば『インセプション』はまだ親切なほうで、『インターステラー』や『テネット』で置いていかれた、と振り返ります。
古典は敬遠しなくていい。予習して劇場へ
収録の終盤、島田先生は言い残したこととして、古典についての思いを語ります。古いというだけで敬遠され、つまらないと思われがちだが、実際はそんなことはない、というのが要点です。
古い話だからって敬遠されがちでつまんないって思われちゃうことが多いんだけども、割と今読んでも面白いというか。
名作だから褒めなければいけない、という忖度抜きに、普通に面白いと思えるはずだと島田先生は続けます。忖度抜きで「普通におもろいじゃん」と思える、というのがこの回の勧め方です。
何千年も残ってきた作品である以上、面白いのは当たり前だと酒井さんも同意します。加えて、元ネタが詰まっているので、他の作品を観るときの楽しみも増えるとされています。
他の見た時にも、あ、こういう含みがあるのかなとか、鑑賞の楽しみが増えるというか。
最後に2人は、どこの関係者でもなく一銭ももらっていないと笑いつつ、映画を観に行くことを勧めます。鑑賞後には感想の回をやりたい、という約束で収録は締めくくられます。
まとめ
この回は、未鑑賞の2人が原作『オデュッセイア』を手がかりに、映画の予習として物語とキャラクター、見どころを語る内容でした。古典が意外と身近で、今の作品ともつながっていることが示されています。
- 『オデュッセイア』は、トロイア戦争後にオデュッセウスが故郷イタケーへ帰る10年間の旅を描いた物語。帰還後の求婚者との攻防も含まれる
- 主人公オデュッセウスは力より知性で勝負する策士で、道中の怪物との知恵比べが見どころとされる
- サイクロプス、ナウシカ、セイレーン、カリュプソなど、現代作品の元ネタが数多く含まれている
- 原作はもともと口伝えの口承詩で、時系列順ではない手の込んだ構成をとっている。ノーラン映画でも時空が歪むと島田先生は予想する
- 古いというだけで敬遠せず、忖度抜きに楽しめる作品として、予習や復習に原作をあたることが勧められている




