語れることがない小説をどう推すのか?
幸あれこさんが持ってきた1冊は、新潮文庫から出ている杉井光さんの小説『世界でいちばん透きとおった物語』です。幸あれこさんはこの本を、ネタバレ厳禁で「言えることがほとんどない」ミステリーだと紹介します。
この本を語るうえでの1つのキーワードは、電子書籍では読めないという点です。イケハヤさんも、『世界でいちばん透きとおった物語』に実際にKindle版がないことに触れています。
電子書籍ではもう絶対に読めない本っていうのがやっぱり1つのキーワードなんですよ。あの天下のKindle様が手を出せないっていう。
物語の筋は、有名なミステリー作家が亡くなったあと、その作家の息子が、作家が最後に書いたはずの幻の原稿を探すというものです。幸あれこさんによれば、読み終えるとまた最初から読み返してしまうほど伏線が張り巡らされています。
ただし、伏線回収ものの本は普通ならある程度の魅力を語れるのに、『世界でいちばん透きとおった物語』は「ここがすごい」と1つ言うだけで全部がバレてしまうといいます。そこで幸あれこさんは、ネタバレせずに推しポイントを3つ紹介する形で進めると宣言します。
紙の本を電子レンジに入れるような仕掛けとは
1つ目の推しポイントは、紙の本でなければ成立しない衝撃的な仕掛けです。幸あれこさんは、紙の本そのものが物語の一部になっている感覚だと表現します。
だからね、もしこの紙の本を電子書籍化するとしたら、もうそれはこの本を電子レンジに入れるみたいな感じ。
この例えに対し、イケハヤさんは「わかりにくい」と即座にツッコみます。本を電子レンジに入れても爆発しない、水をかけても乾くだけだと返され、幸あれこさんは別の例えを探し始めます。
紙の本だとモグラが土を掘って住処にたどり着く。でももしこれ(この本)を電子書籍化すると、モグラが土を掘ってタコ焼きにたどり着けないっていう話になって。
しゅうへいさんが「モグラにどう共感したらいいのか」と戸惑うなど、例え話はさらに迷走します。それでも幸あれこさんは、この仕掛けのすごさを伝えるには紙の誕生まで遡るほどだと、言い過ぎを自覚しつつ熱を込めて語ります。
紙派か電子派か、3人の読書スタイルは?
幸あれこさん自身は、Kindleなどの電子書籍も大好きだといいます。そこで2人に、紙派か電子書籍派かを尋ねます。
しゅうへいさんは、長い本や難しい本は紙で読むと答えます。ページを戻ったり、ドッグイヤーのように端を折ったりしながら読むため、電子書籍はシンプルに使いにくいという理由です。
イケハヤさんは紙が多いと答えつつ、電子書籍は買ったまま読まないことが多いと明かします。よく使うのはむしろAudible ── Amazonが提供するオーディオブック配信サービス。プロのナレーターなどが朗読した本を、スマホやスマートウォッチで聴けますで、Apple Watchや車でも聴いているそうです。
紙も電子も読まないっていう。質問の回答がやばいな。
3人の読書スタイルの違いは、次のように整理できます。
| 出演者 | 主な読み方 | 理由・場面 |
|---|---|---|
| しゅうへいさん | 長い本・難しい本は紙 | 戻ったり折ったりしやすい |
| イケハヤさん | 紙が多く、Audibleもよく使う | 電子書籍は買っても読まないことが多い |
| 幸あれこさん | 電子書籍も大好き | お風呂ではスマホで読む |
一方でイケハヤさんは、紙の本の良さとして「オフライン」であることを挙げます。電気もWi-Fiもいらず、本と自分だけの世界になれるという点です。
多分KindleとかAudibleって、僕もAudible好きだけど、やっぱなんか外界からのノイズがどうしても入ってしまうというか。
幸あれこさんも、読書中にLINEが届いたり、ついSNSを開いたりすることを例に挙げ、外部の情報を遮断できる点に同意します。ただ、電子書籍を勧める人も多く、専用端末もあると話を続けます。この場面ではKindleの専用端末の名前を「ホワイトペーパー」と言い間違え、イケハヤさんがペーパーホワイト ── Kindleの電子書籍リーダー端末の名称。紙に近い見え方のE Inkディスプレイを採用していますだと訂正するひと幕もありました。
紙の本は落ちても安全、そしてめくる体験
幸あれこさんはお風呂では電子書籍派で、スマホをジップロックに入れて読んでいるそうです。そのうえで、寝ながらスマホを見ているときに顔に落としてしまう危険を、紙の本の意外な利点として挙げます。
紙の本だったらあら不思議、落ちてきても顔の前面に出てバッて落ちてくるんで、中和されるんですよ。
イケハヤさんは「すごい角度ですね」と驚きつつ、自分の妻がときどきスマホを顔に落として「痛っ」と言っていると明かします。
話はイケハヤさんが挙げた「触ってめくる体験」に戻ります。幸あれこさんは、図書館の匂いや、学生時代に新しい教科書の香りを嗅ぐのが好きだったと話し、香りを感じながらめくる体験は紙ならではだと語ります。
そして実は、このページをめくる体験そのものが『世界でいちばん透きとおった物語』の伏線にもなっているといいます。幸あれこさんは、めくるページに「何かしらの気配」を感じるとだけ明かします。
イケハヤさんが「気づける人なのかどうかも問われるのか」と尋ねると、幸あれこさんは自分は読んでいる最中には気づかず、読み終えた後に自分で気づいたと答えます。その驚きも含めて、電子書籍では絶対に味わえない体験だと強調します。
1冊の本はほぼ人間関係でできている?
2つ目の推しポイントは、1冊の本はほぼ人間関係でできているという点です。本は紙とインクでできていると思いがちですが、『世界でいちばん透きとおった物語』を読むと、たくさんの人の思いでできているのだと思わされるといいます。
父親の幻の原稿を探す主人公の周りには、母親、兄弟、編集者、校正する人、父の愛人など、家族と出版業界の人々が登場します。幸あれこさんによれば、単に登場人物が多いという話ではなく、本は1人の作家だけでは作れないという制作の裏側まで思いをはせてしまう作品だそうです。
幸あれこさんはこれをゾンビ映画に例えます。主人公だけがフィーチャーされがちでも、ゾンビ1人1人やエキストラ、AD、監督がいなければ作品は成り立たない、という話です。
ゾンビ映画って言われるぐらいだし、その主人公だけがさ、いても別に何も起こんないじゃないですか。
ここからイケハヤさんが「ゾンビは何を求めて歩いているか知っていますか」と問いかけ、話は脱線します。幸あれこさんは「仲間探しの旅」と答えますが、イケハヤさんは人間の血肉を食べたいという機能だけが残って彷徨っている設定だったはずだと説明します。
最後には幸あれこさんが何の話だったかを見失い、イケハヤさんに「見出しが結局ゾンビ」とツッコまれます。幸あれこさんは「ゾンビ映画もゾンビに支えられている」とまとめ、3つ目のポイントへ進みます。
「ない背筋」がゾクゾクする伏線回収
3つ目の推しポイントは、「ない背筋がゾクゾクする伏線回収」です。幸あれこさんは自分には背筋がないと言い、それでもゾクゾクしてしまうほどの伏線回収だと表現します。イケハヤさんからは、ゾクゾクするのは背筋ではなく背骨のあたりでは、と冷静な指摘が入ります。
幸あれこさんは「後で気づくゾクゾク」の例として、大切なプリンを「ちょっとだけちょうだい」と言われて渡したら、後日その一口が大きかったと気づく場面を挙げます。イケハヤさんは「しない」と一蹴します。
代わりにイケハヤさんが挙げたのは、ホラー映画のような例です。マンションの殺人事件について警察に「犯人を見ていない」と答えたあと、実はその警察官が犯人で、自分が見たかどうかを確かめに来ていたと気づく、という話でした。
最初からそう言えばいいのに。なんで餃子とか肉まんとか出てくるの?
幸あれこさんがさらに「餃子と言われて肉まんが出てきた」という例を重ねたためのツッコミですが、言いたいことは一貫しています。こうだと思っていたのに違った、と後から振り返って気づく感覚です。
幸あれこさんは、この本に限らず伏線回収やどんでん返しのある本が大好きだといいます。作家の手のひらで転がされ、自分の予測を見事に裏切られたときに嬉しくなるそうです。
その先々をちょっとこうなるんじゃないかなって、ある程度やっぱ予測しながらミステリーも読むけど、それを見事に裏切ってくれた時がやっぱり本当に嬉しくて、よくぞやってくださいましたって思うんですよね。
出演者の中には、どんでん返しは好きだが「なんでわからなかったのか」と悔しくなる、という反応もありました。幸あれこさんが語る伏線回収の楽しみ方は、次の流れで整理できます。
予測する
先の展開をある程度予測しながら読む
裏切られる
作家の術中にハマっていたと気づく
ゾクゾクする
後から振り返って「違ったんだ」と驚く
読み返す
もう一度最初から読みたくなる
『世界でいちばん透きとおった物語』がすごいのは、物語の中だけでなく、紙の本という物理的な存在そのものに最初から伏線を仕込んでいる点だと幸あれこさんは話します。出演者からも「存在自体が伏線になっているということか」という言葉が出ました。
ライトノベル風の見た目に隠れたものづくりへの感動
幸あれこさんが最後に伝えたかったのは、『世界でいちばん透きとおった物語』は表紙などパッと見はライトノベルっぽいのに、本当に久しぶりに感動した本だということです。
幸あれこさんによれば、この小説には読書体験そのものが問いになる感覚があります。違和感に気づけたか、意味を拾えたか、どこから作ったと思うかと問われ、読み方を見つめ直すきっかけになるといいます。
さらに、作者1人では成立せず、いろいろな人の協力がないとできない本だという点にも感動したと語ります。幸あれこさんは、ものづくりへの感動こそがこの本を紹介したかった理由だと明かします。
出演者からは、SNSやネット、電子書籍の時代にあえて紙でしか体験できないものを作ることに、文化への投げかけのような意思を感じるという感想も出ました。幸あれこさんも、作者は紙の本でしか作れないものを作りたかったのかもしれない、と想像を語ります。
ネタバレを一切しないまま紹介を終えた幸あれこさんに対し、2人からは「すごい」「めちゃめちゃ読みたくなった」という声が上がりました。
どんでん返しの話から『ドグラ・マグラ』へ
幸あれこさんが最近読んだどんでん返しや伏線回収の本を尋ねると、出演者の一人は、作品の中に今読んでいる本が出てくるようなメタミステリーが好きだと答えます。挙げたのは、この日に紹介するか迷ったというドグラ・マグラ ── 夢野久作が1935年に発表した長編小説。日本探偵小説の三大奇書の一つとされ、「読むと精神に異常をきたす」とも評されますです。
『ドグラ・マグラ』はどんでん返しとは少し違うものの、普通には読めない本で、読むと気が狂うと言われた作品だと紹介されます。読もうか迷っていたという幸あれこさんに対しては、むしろ普通になってしまうかもしれない、という冗談も飛び出しました。
最後に幸あれこさんは、番組の感想やリクエスト、おすすめの伏線回収の本をハッシュタグ「#本つま」やコメント欄で募集し、このあとの楽屋トークへとつなげて締めくくりました。
まとめ
幸あれこさんが推した『世界でいちばん透きとおった物語』は、紙の本だからこそ成立する仕掛けと伏線回収を持ち、1冊の本が多くの人の思いと協力で作られることを感じさせる小説として語られました。脱線続きの掛け合いの中でも、ネタバレせずに読みたくさせる紹介になっています。
- 『世界でいちばん透きとおった物語』は電子書籍化されておらず、紙の本そのものが物語の一部になっている
- 紙と電子の話では、オフラインで本と向き合えることや、めくる体験が紙の良さとして挙がった
- 登場人物を通じて、本は作家1人ではなく多くの人の関わりでできていると感じさせる作品だという
- 伏線は物語だけでなく紙の本という物理的な存在にも仕込まれ、読み返したくなるという
- 幸あれこさんは、作者の根気と熱意と紙の本への愛情に、ものづくりへの感動を覚えたと語った




