テーマは「あなたの知らない経済学」、持ち寄った3冊は?
本つまみぐいラジオは、読書好きの3人が本の美味しいところを一口サイズで紹介する番組です。今回はいつもと違うオープニングで始まり、イケハヤさんいわく「ちょっとテンション上げていこう」という改善の一環だそうです。
今回のテーマは「あなたの知らない経済学」です。3人はそれぞれ、テーマに合わせた本を1冊ずつ持ち寄りました。
イケハヤさんが選んだのは、ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』です。イケハヤさん自身が「あなたの知らないと言いながら、名著中の名著」と認める行動経済学 ── 人間が必ずしも合理的に行動しないことを前提に、心理学の知見を取り入れて経済行動を分析する学問分野ですの定番書です。
しゅうへいさんは田内学さんの『きみのお金は誰のため』を、幸あれこさんは『経済学レシピ: 食いしん坊経済学者がオクラを食べながら資本主義と自由を考えた』を紹介します。食べ物を入り口に経済学へつながっていく幸あれこさんの選書に、男性2人は「毎回知らない本を紹介する」と感心していました。
なぜ『予想どおりに不合理』は「一番紹介しやすい本」なのか
イケハヤさんは、『予想どおりに不合理』を「今までで一番紹介しやすい気がする」と話します。人間ってこんななの、と驚かされる研究が、エッセイのような読みやすい文章で次々に紹介されていくからです。
『予想どおりに不合理』は行動経済学ブームを作った一冊とも言われる超定番本です。それでも内容を知らない人は意外と多く、本の仕事をしているイケハヤさんの妻も、この本を知らなかったといいます。
本のタイトルが示すテーマは、人間は普通に不合理であり、しかもその不合理さは予想できる、というものです。
イケハヤさんが特に強調するのは実用度の高さです。マーケティングを仕事にするイケハヤさんにとって、この本にはマーケティングにすぐ使える定番の知識がたくさん詰まっているといいます。今回はその中から、マーケティングでおなじみの話をいくつか取り上げていきます。
誰も買わない選択肢が売上を伸ばす「おとり効果」
イケハヤさんが最初に紹介したのは、本の第1章に出てくるおとり効果 ── あえて選ばれにくい選択肢を加えることで、他の選択肢を魅力的に見せる心理効果です。マーケティングでは松竹梅の法則とも呼ばれますです。幸あれこさんは「悪だくみをするときは絶対におとりが必要」「鬼ごっこでもおとりは大事でした」と、独特の角度から反応していました。
本で紹介されているのは、雑誌『エコノミスト』の有料プランの事例です。イケハヤさんは、ドル表記をわかりやすく日本円に置き換えて説明しました。
| プラン | 内容 | 価格 |
|---|---|---|
| 1つ目 | 電子版が1年間読める | 約5000円 |
| 2つ目 | 紙の印刷版だけが届く | 約1万円 |
| 3つ目 | 電子版と印刷版の両方 | 約1万円 |
このプランの真ん中、紙だけで1万円という選択肢は「誰が買うねん」という内容です。幸あれこさんに3つから選んでもらうと、答えは3つ目でした。多くの人も、お得そうに見える3つ目を選ぶといいます。
面白いのは、真ん中の紙だけのプランを消した場合です。電子のみ5000円と、紙と電子で1万円の2択にすると、幸あれこさんは「圧倒的に悩みました」と答えました。実際の実験でも、2択のときは安い電子版を選ぶ人が増えるそうです。
イケハヤさんによると、おとり効果のポイントは、実際には誰も買わない選択肢を入れるだけで、より単価の高いプランが納得感をもって選ばれる点です。しゅうへいさんは、紙だけで1万円の価値があると感じるから、電子も付いて1万円のプランが実質1万5000円分に見えるのだろうと分析しました。
イケハヤさんも、人間は比較対象があることで相対的に評価するのだと同意します。幸あれこさんは、ランチメニューにもよくある仕掛けだと気づいていました。
コーチングに「ボケセミナー」を付けたらどうなるか
イケハヤさんは、おとり効果はあらゆる場所で使われていて、商品づくりでは2つより3つのプランを用意する松竹梅の法則が定番だと話します。一番売りたいものへ誘導するために、あまり買われないプランをあえて入れるやり方です。
具体例として挙がったのが、幸あれこさんが提供しているコーチングサービスの架空の価格設定です。そこに、幸あれこさんがボケ方を教える「ボケセミナー」というおとりを入れてみるという案でした。
| プラン | 内容 | 価格 |
|---|---|---|
| A | コーチング1ヶ月 | 50万円 |
| B(おとり) | コーチング1ヶ月+ボケセミナー | 100万円 |
| C | コーチング3ヶ月 | 100万円 |
イケハヤさんの見立てでは、ボケセミナー付きのプランを買う人はほとんどいません。それでも、余計なプランが入ることで3ヶ月100万円のプランが安く感じられ、単価の高いほうが売れるようになるといいます。しゅうへいさんは「ボケセミナーって本当に余計だ」と笑っていました。
イケハヤさんは、おとり効果は悪用もできてしまうと率直に認めます。明らかにいらないプランが混ざっていることは普通にあるので、消費者としては気をつけてほしいと話していました。
送料無料もコンビニのおまけも、「無料」はなぜ強いのか
イケハヤさんが2つ目に紹介したのは、本の中で1章を割いて解説されている「無料」の強さです。無料という言葉があまりにも強いため、人は不合理な動きをしてしまうことが、さまざまな研究で示されているそうです。
イケハヤさんの身近な例は、ファミリーマートで「お茶をもう1本買えば、おにぎりが1個無料になる」と声をかけられた体験です。イケハヤさんは断ったものの、強いフックであることは実感したといいます。
送料無料のために買い物を増やす行動も、無料の魔力の典型です。イケハヤさんは、「1万円以上で送料500円引き」なら人は反応しないのに、無料というだけで行動してしまうと指摘します。しゅうへいさんは、サブスクの無料体験を始めて、ほぼ使わないまま課金されていた経験を明かしていました。
イケハヤさんは、無料の力をビジネス側で活かすアイデアも語ります。自社のキャラクター「クリプト忍者」のグッズとして、原価300円ほどのアクリルキーホルダーの在庫が300点ほどあるそうです。
イケハヤさんの考えでは、アクリルグッズを1個500円で売るより、「フィナンシェで2000円分のトークンを買ってくれたら無料でプレゼント」としたほうが、支払額は大きいのに売れる可能性が高いといいます。
ただし、こうした手法には景品表示法 ── 過大な景品や不当な表示から消費者を守るための日本の法律です。景品として提供できる金額の上限などが定められていますによる規制があります。イケハヤさんも、悪用が効きすぎるからこそ法律でラインが決められていると注意を促していました。
幸あれこさんは、無料でも魅力的なものでないと欲しくならないのではと疑問を投げかけます。しゅうへいさんは、欲しいかどうかより「無料だったら」という心理が働くと答え、無料コーヒーをもらいにカルディに入ってつい杏仁豆腐を買って帰る例を挙げました。
マイナンバーの下2桁で値段が変わる?アンカリングの怖さ
3つ目は、マーケティングの常識になったアンカリング ── 最初に示された数字や情報が「錨(アンカー)」となり、その後の判断や評価が引きずられる心理効果ですです。イケハヤさんは、ダン・アリエリーらが広めたからこそ今の常識になったと話します。
本で紹介されている研究では、被験者にまず社会保障番号の下2桁を書いてもらいます。イケハヤさんは日本のマイナンバーに置き換えて説明しました。その後、チョコなどの商品をいくらで買うか、いくらで売るかを答えてもらいます。
番号を書く
自分のマイナンバー(社会保障番号)の下2桁を書く
値段を答える
チョコなどをいくらで買うか、売るかを答える
結果
下2桁が大きい人ほど高く、小さい人ほど安く見積もる
番号と商品の値段は全く関係ないのに、数字がアンカーとして働いてしまうという研究結果です。しゅうへいさんは「気づかぬうちに大きい番号を見た後、高く買っている可能性がある」と驚いていました。
幸あれこさんは、誕生日の数字も日常の選択に影響しているかもしれないと想像します。10月生まれなので10円玉に惹かれる時がある、という発言には、しゅうへいさんから「別に高くはない」とツッコミが入りました。
イケハヤさんは、自身が書いているマーケティング教材にもアンカリングを使おうとしています。定価4万9800円の教材を売る前に、50万円のスクールや30万円の教材を比較表で見せると、先に出した高額なものがアンカーになり、4万9800円がめっちゃ安く感じるという仕組みです。
しゅうへいさんは、直接コーチに来てもらえば飛行機代や宿泊費だけで教材費を超え、1on1なら50万円、100万円かかると説明すれば、さらに安く感じさせられると即興で補強しました。幸あれこさんも、200円以上のおにぎりを見た後だと100円のおにぎりが本当に安く感じると共感していました。
ブックオフで服が10円、保有効果が生む「思い込みの価値」
4つ目は保有効果 ── 一度自分のものになった物に対して、手に入れる前より高い価値を感じてしまう心理傾向ですです。イケハヤさんが紹介したのは、マグカップを使った実験でした。
値札のないマグカップを見て「1000円ぐらい」と見積もる
同じマグカップを先に無料でもらうと「1500円」のように高く見積もる
イケハヤさんによると、マーケターはこの性質をうまく使っています。30日間返品保証は、一度手にすると価値を感じて返品する人が多くないという例です。キャラクタービジネスでノベルティを配るのも、ブランドに価値を感じてもらうためだといいます。
保有効果の仲間として、イケハヤさんはIKEA効果 ── 自分で手間をかけて組み立てたり作ったりしたものに、実際以上の価値を感じてしまう心理効果ですも挙げました。自分で家具を組み立てると、経済的な合理性とは関係なく、頑張ったからという理由で価値を見出してしまうそうです。
幸あれこさんには、保有効果を実感した苦い思い出があります。生活が大変だった頃、愛着のある服を何着もブックオフへ売りに行ったところ、1000円ぐらいを想像していたのに10円という値段をつけられたそうです。
幸あれこさんの話では、真夏に4、5キロ歩いて売りに行き、手にしたのは120円ほどでした。帰りに120円の水を買って終わり、しゅうへいさんから「家にいた方がよかった」と言われていました。
「5000円もらう」と「5000円払う」はなぜ違って感じるのか
最後に紹介されたのは、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンのプロスペクト理論 ── 不確実な状況で人がどう意思決定するかを説明する理論で、利益より損失を大きく感じる傾向などを示していますから、特に有名な「損失回避」です。イケハヤさんは、カーネマンが後に『ファスト&スロー』という有名な本を出したことにも触れていました。
イケハヤさんは、得をする場合と損をする場合の2つの選択を幸あれこさんに出題しました。
50%で1万円もらうか、100%で5000円もらうか。幸あれこさんも多くの人も、確実な5000円を選ぶ
50%で1万円失うか、100%で5000円失うか。幸あれこさんも多くの人も、50%の賭けを選ぶ
しゅうへいさんが指摘したとおり、2つの質問は期待値が変わらず、損か得かが裏返っているだけです。それでも人は、損を避けるために選択を変えてしまいます。幸あれこさんは「圧倒的な違いを感じました」と話していました。
イケハヤさんは、投資で損切りができない人は損失回避にはまっていると説明します。マーケティングでも「今買わないと損」や、得をしますより「あなたは損をしています」と伝えるほうが強く響くため、嫌らしくも使われているそうです。
幸あれこさんが「ブッダには損失回避がなかったのか」と問うと、しゅうへいさんは仏教の逸話を紹介しました。雪の降る寒い日に岩の上に座るブッダが、王や金持ちと違って不安が一切ない自分は世界で一番裕福だと答えたという話です。
フレーミングから最新研究へ、行動経済学はまだ進んでいる
イケハヤさんは、『予想どおりに不合理』で紹介した以外にも、行動経済学には面白いテーマがたくさんあると話します。名前が挙がったものは次のとおりです。
イケハヤさんは、行動経済学を学ぶと自社のウェブサイトを直そうと思えるほど、ビジネスに直結する実用的な学問だと評価しています。
『予想どおりに不合理』は2008年の本なので、イケハヤさんはChatGPTを使い、出典のある最近の研究も調べてきました。1000万人規模を対象にしたメガスタディでは、割引は絶対額よりパーセントで表記したほうが売れるとわかったそうです。
イケハヤさんの例では、1万円の商品なら「3000円オフ」より「30%オフ」のほうが反応が上がります。幸あれこさんは、パーセントだといくらになるのかわからず、知りたくなって買ってしまうかもしれないと話しました。
もう1つの研究は、行動を呼びかけるCTA ── コール・トゥ・アクションの略で、ブログや広告の最後に読者へ購入や登録などの行動を促す呼びかけのことですについてです。CTAは1つに絞るのが定番ですが、2つ挙げたほうが行動率が上がる場合があるといいます。
しゅうへいさんは「迷わせそうな気がする」と首をかしげつつ、1つだと誘導されている気がして嫌なのかもしれないと推測します。幸あれこさんは、2つあると自分の意思で決断している感覚になるのではと話していました。
番組の締めでは、幸あれこさんがさっそくこの研究を応用し、「ハッシュタグ#ほんつまでコメントを書く」「番組をフォローする」という2つの行動をリスナーに呼びかけていました。次回は、しゅうへいさんが『きみのお金は誰のため』を紹介します。
まとめ
『予想どおりに不合理』の回では、イケハヤさんがマーケティング実務の目線から、人間の不合理さが価格設定や販促に使われている実例を紹介しました。仕掛ける側にとっては武器になり、消費者にとっては身を守る知識になる、行動経済学の両面が見える回でした。
- 誰も買わないおとりのプランを入れるだけで、単価の高い選択肢が納得感をもって選ばれる
- 「無料」は500円引きとは比べものにならないほど人を動かすため、法律でも規制されている
- マイナンバーの下2桁のように無関係な数字でさえ、値段の判断を引きずるアンカーになる
- 一度手にしたものを高く評価する保有効果や、損を極端に嫌う損失回避もマーケティングに使われている
- パーセント表記の割引や2つのCTAなど、行動経済学の研究は今も新しい発見が続いている



