ChatGPTに「畏敬の念を感じさせて」と頼むとどうなる?
「AI時代に読むべき宗教本」というテーマで、幸あれこさんが選んだのは、評論家・随筆家の若松英輔さんによる『いのちの秘義 レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』の教え』です。出版社は書き起こしでは「秋書房」と聞こえ、亜紀書房と考えられます。
幸あれこさんは本題に入る前に、二人に「最近、畏敬の念を感じた瞬間はありますか」と問いかけます。
イケダハヤトさんは、滋賀県甲賀市の油日神社を参拝したばかりでした。重要文化財になっているような神社に触れ、神様の存在や、人々が残してきた歴史の重みに圧倒されたと話します。
なんかマジ神様も感じるし、その歴史的なね、皆さんの何かこう残してきたものとか触れて、すげえなっていう、(畏敬の念を)まさに感じたばっかりですね。
しゅうへいさんは、台風並みの強風が吹いた日の古民家の話をしました。近くの森の木は大きく揺れていたのに、家の前の庭にはあまり風が来ていなかったといいます。
昔の人ってこういう風に風があんまり来ないエリアを選んで(家を建てて)。
20年住んでる家だけど、何百年とこういう土地なのかなとかって思って。
一方で幸あれこさんは、ChatGPTにも「私に畏敬の念を感じさせて」と頼んでみたそうです。返ってきたのは、夜明け前に鳥が一羽だけ鳴き、東の空が白み始める、という美しい描写でした。
なんか違うんだよなって思ってしまって。
幸あれこさんはこの体験から、AIは畏敬の念のような宗教的な感性を、代わりに味わってもくれないし、与えてもくれないと感じたといいます。
幸あれこさんによれば、『センス・オブ・ワンダー』は自然への驚きや感動の感性を大切にしようという本で、若松さんの本はそれを哲学・宗教・詩の視点から読み解いたものです。AI時代の宗教とは、一人ひとりの心の奥にある「ワンダーの電源」を入れることではないか、というのがこの本の語りだと紹介されます。
「わからない」をすぐ調べてしまう私たちへ
幸あれこさんが挙げる1つ目のポイントは「神聖なわからなさに触れる力」です。幸あれこさんは、これこそAI時代にいちばん削られている感性ではないかと考えています。
わからないことに出会ったらどうするか、と聞かれたイケダハヤトさんもしゅうへいさんも「調べちゃいますね」と答えます。今はGoogleやChatGPTですぐ調べるのが当たり前になっています。
けれど幸あれこさんは、宗教とは本来、わからないものをわからないまま大事にするための知恵でもあると話します。死んだ後どうなるのか、なぜこの人と別れなければならないのか、なぜ今苦しいのか。AIに聞けばそれらしい答えは返ってきますが、本当の意味では分かりきれない問いです。
GoogleやChatGPTに聞けば、別れや苦しみにも「それっぽい意味づけ」がすぐ返ってくる
本当の意味では分かりきれない問いとして、答えを急がずに抱えておく。宗教が持つ知恵の一つ
幸あれこさんは、『センス・オブ・ワンダー』冒頭の有名な場面を朗読します。ある秋の嵐の夜、レイチェル・カーソンは1歳8ヶ月の甥ロジャーを毛布にくるみ、暗い海岸へ下りていきました。荒れる海と陸の境界に立ちすくみながら、二人は心の底から湧き上がる喜びに満たされ、一緒に笑い声を上げたといいます。
幸あれこさんは、この喜びは「これこれだから楽しかった」と説明できるものではなく、3行で論理的に語れと言われてもできない感情だと指摘します。
言葉にできないけど「生きてる」と感じる瞬間は?
幸あれこさんは続けて、言葉にできないけれど確かに自分は生きていると感じる瞬間はあるか、と二人に尋ねました。
しゅうへいさんが挙げたのは、ふだんは波のない瀬戸内の海が、台風の日にだけ荒波になる光景です。安全な場所から荒れた海を見るのが、子どもの頃から好きだったといいます。
普段見てる海と全く違うんですよ。で、それがあんま思っちゃいけないって思うんだけど、楽しいって思っちゃうんですよ、子供の頃から。
しゅうへいさんは、父親と台風の日に船の様子を見に行き、錨が外れていた出来事も覚えています。ピンチなのに楽しく、波や風のすごさに驚いた記憶として残っているそうです。家に戻ると、山に守られた位置に家を建てた昔の人のすごさも感じたといいます。
イケダハヤトさんは、高知の山の暮らしで出会う朝の光景を語ります。凍った霜柱が溶けると地面から蒸気が上がり、あたり一帯が霧に包まれ、その奥から日が差してくるそうです。
まさに一言で言うと幻想的な空気の中で、なんだここはみたいな感じで生きてるって感じというか、なんか不思議な感覚になるのはありますね。
こうした景色は東京では感じにくいかもしれない、という話にもなり、しゅうへいさんは「ビル群にいると空がない」と表現します。幸あれこさん自身は、猫の瀬戸さんの寝息を聞いているときに、命があると感じるそうです。
幸あれこさんは、こうした「なぜかわからないけど」という感覚を切り捨てずに取っておくことが大事だとまとめます。すぐ調べずに、わからないまましばらく過ごしてみることを日常に取り入れてみてはどうか、という提案です。
命は「使えるかどうか」で測るもの?
幸あれこさんが挙げる2つ目のポイントは「命は利用ではなく、畏れ敬うもの」です。現代はコスパや生産性、効率で、仕事もSNSも自分自身も、さらにはAIまでも「使える・使えない」で判断しがちだと幸あれこさんは指摘します。
若松さんの本では、レイチェル・カーソンのもう一つの代表作『沈黙の春』も取り上げられています。幸あれこさんはこれを、利用しすぎた世界を描いた本として紹介します。
便利だから使う
農薬は便利で、人間にとってメリットばかりに見えた
撒きまくる
使えるからと大量に使われていく
気づけば異変
鳥が鳴かず、春が来ても花が咲かない世界になっていく
若松さんは、人間と自然は本来ともに命なのに、人間はそのつながりを利用するためだけに使ってきた、と振り返っているそうです。
幸あれこさんは、宗教というと「教祖様がすすめた食べ物を食べる」ようなイメージが自分の中では大きかったと笑いながら認めます。そのうえで、根本にあるのは自分よりはるかに大きなものの前で背筋が伸びる感覚ではないか、と話します。
うねる海の前に立ったとき、山の上から雲海を見たとき、誰かと突然別れることになったとき。人間の都合だけでは測りきれないものがあり、それが命への畏敬につながると幸あれこさんは考えています。
だからこそ、目の前のものを使い倒すのではなく、「ごめんなさい」「ありがとうございます」を伝える相手として見る力を身につけておくことが大事だ、というのが2つ目のポイントです。
自分中心の枠が外れると、世界はどう見えてくる?
幸あれこさんが挙げる3つ目のポイントは「自分と世界をつなぎ直す」です。今は自分の世界がスマホの画面になっている人が多く、アルゴリズムのおすすめによって、世界は自分と似た人でできていると勘違いしてしまう現象も起きている、と幸あれこさんは語ります。
幸あれこさんは、宗教は本質的に、分断されがちなものをもう一度つなぎ直す知恵だと考えています。自分と他人、人間と自然、生きている人と死んだ人、今の自分と見えない何か、といったつながりです。
若松さんは学生と会う機会が多く、「わかっていると思い込んでいる人」が本当に多いと感じているそうです。わかったと思った瞬間に探究は止まるので、本当のつながりはわかったつもりを一旦壊すことから始まる、と幸あれこさんは紹介します。
幸あれこさんによれば、一人ひとりに備わった驚く力・畏れる力としてのセンス・オブ・ワンダーは、人を本当の意味で小さくしてくれます。それは自信をなくして萎縮させるという意味ではなく、人間をはるかに超える大きなものを確かに感じることだといいます。
幸あれこさんはここで、木の芽や花のつぼみ、小さな生き物を虫眼鏡で拡大すると思いがけない美しさや複雑な作りが見つかり、いつしか人間サイズの尺度から解き放たれていく、というレイチェル・カーソンの文章も読み上げました。
幸あれこさんは、自分のことばかり考えていると隣の人の好みにも気づけないとたとえ、「たけのこの里」派はきのこの山派の気持ちがわからない、と笑いを誘います。枠が外れた瞬間に、ふわっと世界とつながれるというわけです。
AIが秒で正解らしきものを教えてくれる時代でも、驚く力・畏れる力・つながる力は人間に残されている、というのが幸あれこさんの読み解いたこの本の結論です。
「わかってる」を破壊せよ?二人の受け止めと自然の話
紹介を聞いたイケダハヤトさんは「今までの中で一番ちゃんとしてる」と感心します。幸あれこさんは、神話や仏教にさまざまな神様がいるように、自然の一つひとつにも神様を感じる力が人にはあり、それはリスペクトしてごめんなさいやありがとうを伝えることではないか、と付け加えました。
しゅうへいさんは、最後のメッセージを「デストロイヤー」のように受け取ったといいます。
お前らのそのわかってるを破壊するとみたいな。
イケダハヤトさんは、レイチェル・カーソンを環境破壊に対して運動したアクティビスト的な人物と捉えつつ、自分はあまりちゃんと読んでいなかったので勉強になったと話します。しゅうへいさんは大学時代に『沈黙の春』を読み、強く影響を受けたそうです。
しゅうへいさんは、ゲームをあまり買ってもらえず野山を駆け回った子ども時代を振り返り、今も海辺の夕日を見ると自分の小ささを感じると話します。
自然の中にいると自分がキューって小さくてなんか楽になる感覚が。それなんか仏教の無我と似てるのかなって。
1Kとかの部屋にいて、スマホだけ見ててさ。そしたらなんか自分がその部屋に占める割合がなんか大きい感じがするよね。
幸あれこさんはこれを受け、しんどくなったときこそ広大な自然の前に出ることが大事かもしれないと応じます。その後は、家の裏の小川をせき止める遊びや、幸あれこさんの「川で洗濯してみたい」という話に脱線しつつ、リスナーに「どんな自然を前に畏れおののくか」をコメントで寄せてほしいと呼びかけて回を締めくくりました。
まとめ
この回では、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』を若松英輔さんが読み解いた本を手がかりに、AIが答えをくれる時代だからこそ大切にしたい感性が語られました。出演者それぞれの自然体験が、本の主張を具体的な実感として裏づけています。
- ChatGPTに畏敬の念を描写させても「なんか違う」。宗教的な感性はAIが代わりに味わえないもの
- 1つ目のポイントは、わからないものをすぐ調べず、わからないまま大事にする力
- 2つ目のポイントは、命を「使えるかどうか」ではなく、ごめんなさい・ありがとうを伝える相手として見ること
- 3つ目のポイントは、わかったつもりを壊し、自分中心の枠を外して世界とつなぎ直すこと
- 驚く力・畏れる力・つながる力は人間に残されており、自然の前で自分の小ささを感じることがその入口になる





