きっかけは「男の子育て山々話」の産後うつ回
今回の入り口は、二人が共通で聴いているポッドキャスト「男の子育て山々話{要確認: 男の子育て山々話}」でした。
男性ホスト二人が子育てについて語り、ゲストや専門家も招く子育て系の番組だと紹介されています。
その最新回のテーマが産後うつで、ゲストの女性はかつて重い産後うつの当事者だったそうです。今は寛解していますが、当時のつらさを八年前を振り返りながら話していたといいます。
先にその回を聴いたゆうじがモヤモヤし、じゅんこにも聴くよう勧めたことから、この回で取り上げることになりました。じゅんこは聴きながらメモを取っていたと話しています。
「死にたい」ではなく「消えたい」という感覚
じゅんこがまず苦しくなったのは、ゲストが語った「死にたいじゃなくて消えたい」という感情でした。
死とはまた違い、自分の存在そのものをなくしたいという感覚だと語られています。死ぬと迷惑がかかるから、スーッと消えられればいいのではないか、という趣旨の話もあったといいます。
私は産後うつとかはないけど、その消えたいと思うっていう、その感覚がすごいわかるの。かつて自分に存在価値を見出せなかった時期があって。落ち込んだ時期は本当に、死にたいとかじゃなくて、もう消えてしまいたいって思ってた。
じゅんこは、過去に定期的に落ち込む時期があったと振り返ります。今思えば躁うつだったのかもしれないと話しています。
その頃は人に言わず、ひたすら書いていたそうです。日記というより、今感じている「消えたい」という気持ちを内省として書き出し、落ち着いていたといいます。
旦那が登場しないことへの違和感と怒り
一方でゆうじは、この話に怒りを感じたと話します。ゲストの女性がそこまで追い詰められている話の中に、旦那がほとんど登場しないことに強い違和感を持ったからです。
パートナーがそんなところまで追い詰められてる時に、何をしてるんだこいつはと。でも何もしてないから、ムカつくわけだけど。
じゅんこは、この夫婦の間に競争関係があるように聞こえたと指摘します。仕事で高め合う関係はいいけれど、より多く稼いだ方が勝ち、というような空気を感じたそうです。
喧嘩の際に夫が「ペラペラの時短のくせに」と言ったというエピソードから、稼いでいない側を下に見る意識があるのではないか、とじゅんこは考えています。
さらに番組の最後で、その女性が「でも稼ぎは私の上なんですよね」とポロっと言った場面に、ゆうじは強く驚いたと語ります。
ミステリーを読み終わる時の、実はこの人が犯人で、みたいなどんでん返しを食らったような感じで。
「母はこうあるべき」という呪縛
話は、ゲストが抱えていた「母としてこうあらねば」という呪縛にも及びます。家政婦的な人を雇うことや冷凍食品を頼むことが、最初はできなかったと語られていたそうです。
共働きのパワーカップルなら早めに導入しそうなことなのに、と二人は不思議がります。全部自分でやらなければ、という気持ちが強かったのではないか、と話されています。
ゆうじは、全体を通して「自分を大事にできているのだろうか」と感じたといいます。母として、社会人として、こうあるべきという「べき」が強く、それが苦しみにつながっているように見えたそうです。
実際、病院の診断でも「あなたはべきが多すぎる」と言われたと語られていたと二人は振り返ります。
子供を大事にしたくて仕事をセーブしたはずなのに、べきに縛られて一番大事なところを取りこぼしてしまう。それはもったいないし、周囲のサポート不足のせいでもある、とゆうじは話します。
産後うつの背景にある日本的雇用慣行
ゆうじは、ゲストの「仕事は裏切らない」という発言にも引っかかったと語ります。仕事で得たスキルは裏切らないかもしれないが、会社そのものは裏切ることもあるのではないか、という疑問です。
番組内ではホストが「会社DV」という言い方もしていたそうです。育休など取っている場合ではない、という無言の圧を労働者が感じてしまう構造が話題になっていました。
じゅんこは、昔は結婚や妻の妊娠を機に転勤させるような、懲罰的とも思える慣行があったと話します。そうやって男性側の昇進の道を開いていく側面があった、という見方です。
ゲストの夫も出産間際に出張を重ねていたといい、そうした働き方の影響もあったのではないか、とじゅんこは考えています。
「できない」ではなく「やらない」問題
じゅんこが強く言いたかったのは、家事育児をめぐる「できない」と「やらない」の違いです。
日本の男性が家事育児に参加しない理由として、仕事を休めない、早く帰れないといったものが挙げられがちです。しかし働く女性も同じ状況で、それでも早く帰ってこなしている、とじゅんこは指摘します。
できるできないじゃなくて、やるかやらないかだと思ってんの。夫が早く帰って育児しなかったのは、できなかったからじゃなくて、やろうとしなかった。それだけ。
仕事を休めない、早く帰れないなど、状況を理由にする説明
同じ状況でも女性はこなしている。実際はやるかやらないかの選択だという指摘
ゆうじが不思議に思ったのは、その認識をバリバリ働く妻の側も持っていなかったことです。専業主婦ならまだしも、自分も仕事を削ってやっているのに、なぜ、という疑問です。
その背景には、義母のように何でも一人でこなす完璧な母親像への憧れがあったのではないか、と二人は推測します。仕事ができる人ほど、自分のキャパを広げ、何でも自分でやろうとしがちだという話も出ました。
存在そのものが持つ価値と、フラットに話せる関係
ゲストは、自分がいなくても夫と義母と子供でうまく回るのではと思い、消えたくなったと語っていたそうです。しかしゆうじは、そんなはずはないと話します。
どんなに義母が優秀でも、それは家事や育児をしてくれる人であって、母の代わりにはなれない、という考えです。
母ですから、みたいな。そこが自信なくなっちゃうほど追い詰められるのはすごく不幸だなと思った。
ゆうじは、存在そのものの価値と、料理などのできることを分けて考えます。ゲストの深井さん{要確認: 深井さん}の話も引きながら、母はすでに存在として大きな価値を持っている、と語ります。
存在が九十九点で、残り一点の微妙な差のところで、熱量を傾けられる仕事をした方がいいよねという話があって。母とかマジでそうだよね。九十九点もう取ってるから。
ただ、その価値を本人に信じさせるのは周囲の役割でもある、とゆうじは付け加えます。子供の「ママ」という呼びかけや、パートナーの関わり方が大切だという考えです。
また、第一子を優先しようと仏のような微笑みで接し続け、心身が崩れていったという話にも触れます。無理に取り繕った笑顔のズレは子供に伝わってしまうため、「疲れているから少し休ませて」と正直に言える方がいい、と話されています。
最終的に二人がたどり着いたのは、夫婦でフラットに話し合える関係を築くことの大切さでした。靴下一つを「片付けて」と言えないなら、キャリアの話などできるはずがない、とゆうじは指摘します。
関連して、まともに話ができない夫婦は実際に少なくないというニュースの話や、家庭的で料理がうまい人が好みと語る若い有名人の記事にモヤっとした、というエピソードも共有されました。日々の一つ一つが、より良い夫婦関係につながっていく、と締めくくられています。
まとめ
他番組の産後うつ回をきっかけに、母としての呪縛、日本的雇用慣行、そして夫婦の会話のあり方までを語り合った回でした。二人が繰り返し立ち返ったのは、身近な相手と本音でフラットに話せる関係こそ大切だ、という一点です。
- 産後うつでは「死にたい」とは違う「消えたい」という感覚が語られ、じゅんこは自身の過去と重ねて共感した
- ゲストの話に旦那がほとんど登場しないことに、ゆうじは強い違和感と怒りを覚えた
- 「母はこうあるべき」という呪縛や、その背景にある日本的雇用慣行が産後うつを重くしていると考えられる
- 家事育児は「できない」ではなく「やるかやらないか」の問題だと、じゅんこは指摘した
- 母は存在そのものに大きな価値があり、それを信じさせる周囲の関わりと、フラットに話せる関係が重要だと締めくくられた
