辞めちゃうの?——ざわついた投稿の真意
この回は、おしょうがいずみの個人インスタ投稿を見て「ざわざわした」という話から始まります。投稿を読んだおしょうは、江國香織の小説『神様のボート』を連想したと語ります。
さらにおしょうは、投稿を読んで「これは辞める前触れなのでは」と受け取り、妻のむっちゃんにも確認したと明かします。
むっちゃんに(いずみの投稿を)見た?って言って、泉ちゃん辞めちゃうの?って。
いずみ本人は、辞めるという意図はまったくなかったと否定します。むしろ、複数の人が同じように受け取っていたと知って驚いた様子でした。
絶対それ一人や二人の話じゃない感じしてきましたね。やばいじゃないですか。
投稿のきっかけは、PAY IT FORWARD CAFEのジンとのインスタライブでの一言でした。いずみが地域活動を「家庭から社会への助走期間」と表現したところ、ジンから「それは聞く人によっては寂しい思いをさせないか」と問い返されたのです。
(ジンに)「それってなんか聞く人によっては寂しい思いさせませんか?」みたいな質問されたんですよ。
「終わり」をネガティブに捉えるのをやめませんか
ジンの問いから、いずみは子どもの頃の記憶までさかのぼって考え始めます。そして「自分はこういう人だし、自分なりの地域への還元の仕方がある」と割り切れたと言います。
その思考の果てにたどり着いたのが、あの投稿でした。いずみが本当に言いたかったのは、辞めることそのものへの前向きな捉え直しでした。
日々(活動は)辞めることと始まることの繰り返しじゃないですか。
終わることへネガティブに思うのをやめませんか、っていうような、ちょっとアンチテーゼ的な思いもあって。
この考えに、おしょうは自分が出演した「諦めラジオ」に通じる話だと反応します。「やめることは次に進むこと」という視点は、二人に共通していました。
遊びに本気——リブランディングで見えた「応援の先」
話は、おしょうの活動の再定義へと移ります。法人名を「ガチ足立」に変えるタイミングで、ミッション・ビジョン・バリューをすべて考え直したと言います。
おしょうは、お寺の仕事は継続が大事だと考える一方で、トネリライナーノーツやガチ足立クラブの活動を「遊び」と位置づけていると語ります。
俺はもうこのお寺の方ではなくて、このガチ足立クラブとかトネリライナーノーツを遊びとしてて。
ただし、その「遊び」は本気で取り組むものだとおしょうは強調します。プロジェクトを立ち上げ、地域で売り、売上を社会に還元することまで含めて「遊び」と呼んでいるのです。
そこは本気じゃないと遊びも楽しくないから。
この「遊び」という言葉が、聞き手によっては誤解を生むかもしれない、とおしょうは広報のいずみに投げかけます。ディズニーランドに行くような遊びと、社会還元まで含んだ活動が、同じ「遊び」でひとくくりになっているためです。
(クラフトビールを作って売上を還元するの)も遊びなのよ、俺の中で。そう、それを全部ひとくくりにして遊びって言ってるから。
いずみはこの言葉を高く評価しつつ、自分との違いにも気づきます。おしょうが「遊び」と呼ぶ領域が、いずみにとっては「仕事」だったのです。
私はもしかすると仕事を仕事と思ってないのかもしれない。
「誰よりも応援する」を体現したPAY IT FORWARDカフェ
おしょうは、新しいミッション「地域の挑戦者と応援者を友達にする」を、いずみがPAY IT FORWARD CAFEへの関わりで体現してくれたと総括します。クラウドファンディングは3、4日で目標を達成したといいます。
もうえぐいぐらいの応援じゃんって思って。
一方、いずみ本人は自分がどうだったかをあまり考えないと言います。頭の中には常に「第三者委員会」がいて、自分のやったことを俯瞰で見ているのだそうです。
(応援が)嬉しかったかもしれないし、もしかしたらちょっとありがた迷惑だったこともあるかもしれないじゃないですか。っていつも第三者委員会が私の頭の中にいるんですよ。
いずみは、自分の応援は個人的なものではなく、あくまでトネリライナーノーツの人間としての行動だったと説明します。おしょうの伴走の一員として、メディアのリソースを生かしきる、という視点だったのです。
トネリライナーノーツのリソースを生かしきって応援するにはどうしたらいいかなしか考えてなかった。
その背景には、活動を個人の所有物にしないという意識があります。アカウントを運用していても広報をしていても、それは自分のものではない、といずみは言い切ります。
自己肯定感は低いと語るいずみですが、「自分ならやり遂げられる」という自己効力感は高いと分析します。この組み合わせが、初めてのことに考えずに飛び込める原動力になっているようです。
メディアは苦手——応援は本当に「いいこと」なのか
後半、いずみは自身の悩みを打ち明けます。トネリライナーノーツの内側に入って、「メディアって苦手だな」と感じるようになったと言うのです。
いずみは、応援することや紹介することを、何の疑いもなくいいことだと思っていました。しかし、それが恐ろしい勘違いだったと気づいたと語ります。
応援することとか紹介することって何の疑いもなくいいことだと思ってたんです。
規模の小さいお店ほど、取材や紹介を望まない事情があるといいます。今いる客を大事にしたい、オペレーションが回らなくなる、そもそも取材を受ける暇がない——そうした心情に、いずみは何度もぶつかりました。
- 今いるお客さんだけを大事にしたい
- 紹介されるとオペレーションが回らなくなる
- 取材を受けている暇がない
- 気恥ずかしくて世の中に知らしめたくない
- 思ったように紹介してもらえず不服が残る
この経験から、いずみは自分に配慮の視点が抜け落ちていたと反省します。相手が紹介を望んでいるとは限らない、という前提が欠けていたのです。
やっぱそこにその視点がないと配慮が足りなすぎるんですよね。
そこから、いずみは「自分にとっての発信とは何か」を考えるようになります。今のところの答えは、発信を通じて相手からの反応が返ってくる交流こそが目的だ、というものでした。
私にとっての発信は、なんかそのノックのようなものだ。
個人の発信とメディアの発信は何が違うのか
いずみの悩みを受けて、おしょうは個人の発信とメディアの発信の違いを整理します。個人の発信は一人称、メディアの発信は三人称であり、その客観性が信用につながる、という区分です。
一人称。何を発信してもいいが、客観性は担保されにくい
三人称。客観性があるぶん信用が生まれるが、扱いに慎重さが求められる
だからこそ、メディアには客観性の担保が欠かせないとおしょうは言います。生成AIの画像を使わないという方針も、その一環です。
それをAIで生成したものを使っちゃうと、一気にもうメディアとしての価値がなくなっちゃう。
いずみは、自分がメディアのアカウントでインスタライブをするときの線引きも説明します。ローカルメディアの広報として、かつクラウドファンディングの伴走支援相手だから、という確実な理由があるからこそ行うのだと言います。
(クラファンを)抜きにしたら、PAY IT FORWARD CAFEだけをインスタライブするのはおかしいかなと思うんでやらないです。
発信を続ける自分の「心の置き場」
いずみが本当に苦手なのは、発信そのものではありませんでした。発信に嫌悪感を抱く人がいるとわかっていながら、それを続けている自分への心の置き場がない、というのが本音でした。
発信に対する苦手意識とか、嫌悪感を抱く人がいっぱいいるってわかってる中で、それをし続けている自分。
受け手がどう思ったかを基準にするいずみは、記事を作って応援しても相手がシェアしないような場面で、自分を責めてしまうと言います。
なんて余計なことをしてしまったんだろうか、みたいな。
いずみは、相手がシェアしやすい形に整えられているか、そこに問題があるのではないかと、常に自分側の課題として考え込んでしまうのです。
ちゃんと相手がシェアしやすい形にこちらが整えられてるんだろうかとかもすごい考えちゃうんですよ。
ブランド力とPR意識——難しさの正体
おしょうは、この悩みの一部はいずみの責任ではないと切り分けます。トネリライナーノーツはまだ新興メディアで、信用を十分に獲得しきれていないのが背景にある、という見立てです。
いい記事は最近めっちゃ上がってると思うけど、まだそこの信用を獲得してないんだと思うよ。
断られること自体は気にしなくていい、とおしょうは言います。無理に出てもらうものではないからです。問題は、載せたのに良いコミュニケーションにならない相手にどう向き合うかでした。
おしょうは、地域の人はPRへの意識が低い傾向があると指摘します。PRを合意形成として捉える視点が、まだ地域に根づいていないのです。
結論として、おしょうは向き合うべき課題を2つに整理します。自分たちのメディアのブランド力を上げることと、地域にPRの大切さを伝えていくことです。
この難しさは、もともとおしょう自身が面倒くさがって済ませてきた部分でもありました。それをいずみが丁寧に組み上げようとしている、という構図が見えてきます。
俺自分ではやらないで、面倒くさがってまあいいやで済ましてたのをすごい丁寧に組み上げて、なかなか難しいみたいな。
それでも、いずみはこの環境を前向きに受け止めています。こういう場に身を置かなければ味わえなかった感情がある、と語ります。
多分こういう環境に身を置かなかったら、またこういう自分の感情とか味わえなかったと思うんで、すごい楽しんではいます。
まとめ
いずみの「辞めるように見えた投稿」から始まったこの回は、終わりの捉え方、応援のスタンス、メディア発信の難しさへと、二人の本音を掘り下げていきました。悩みながらも前向きに続けていく姿勢が、最後まで一貫していた回でした。
- いずみの投稿の真意は「辞める」ではなく、終わりをネガティブに捉えることへのアンチテーゼだった
- おしょうは活動を「遊び」と呼ぶが、社会還元まで含めて本気で取り組むものとして位置づけている
- いずみは応援を個人のものにせず、メディアのリソースを生かす視点で動いている
- 紹介や取材を望まない相手もいると気づき、いずみは配慮の視点の欠落を反省した
- メディア発信の課題は、自分たちのブランド力を上げることと、地域にPRの大切さを伝えることの2つに整理された





