テーマは「面白くないものも出すべきか」、議論は1分で終わった
今回も樋口さんは車の中から配信です。まず、この回のテーマが読み上げられます。
まだないPodcastを考える番組、まだないです。けんすうです。
樋口聖典です。
今日はなんと樋口さんが車の中から配信ということでね。
たまたまスケジュールの合間にこれ撮ってるから、車の中にいるだけなんですけどね。今、セブンのイレブンにいます。
今日のテーマはですね、自分が面白いと思えないものは出すべきではない派か、とにかく定期的に数を出さないと何が当たるかわかんないから出した方がいい派の議論をしたいなと思ってます。
これは面白いですよ。ちなみにもうどっちか決まってるんですか、けんすうさんは。
僕はやっぱり定期的に出すが最優先であり、たとえちょっと面白くなかったなっていうのがあったとしても、出し続けるべきだ派です。
全然面白くなかったなと思ったものがやたら受けるとか、超自信あるけどダメだったっていうのがあるので、大事なのはユーザー側の感覚と自分を合わせることなんですよ。
今の自分の感性をそんなに信じてないっていうのがありますね。
もう終わっちゃったな。同じやったな。議論は終わりました。
同じだった。
作り手の感覚は社会の2歩先に行ってしまう
なぜ自信作が外れるのか。樋口さんは、作り手とリスナーの感覚がそもそもズレる構造を説明します。
とはいえ、面白いと思えないものを出すべきではないはすごいわかるんですよ。テンションにもつながるでしょうし。
どっちかというと僕は出したくない派が多いような気がしてますね。
よく例えて言うのは、アルバムの中のシングルとカップリング曲で、だいたいアーティストってカップリング曲の方が好きだったりするんですよね。
ライブでやる曲になった時に、めっちゃ売れてる曲あるけど、俺もう別にこれ好きじゃないんだよねと思いながら、盛り上がるからやるみたいな。結構多くて。
適当に作ったものがめっちゃ売れて。本人ってそのジャンルを知ってるから、やればやるほどマニアックになって、社会から一歩とか二歩とか先に行っちゃうことが多いと思うんですよ。
ああ、なるほどね。ちょっと尖りすぎてしまうというか。
自分が面白いと思っちゃってることは、社会の二歩ぐらい前に行ってる。社会がちょうど面白いと思う半歩先ぐらいのことは、自分からしたらもう飽きちゃってるみたいなことがめっちゃあると思うんですよね。
多分けんすうさんが小原さんとAIについてフルマックスで話したら、社会は面白くないと思うんすよ。わかんなさすぎて。
いや、そうですね。マニアックになっちゃう。
多分社会が今求めてることって、Claude Codeの使い方で、ちょっと半歩ぐらい先に行ってるみたいな。マニアックな使い方やスキルの作り方ぐらいが多分ちょうどよくて。
チャットだけでAIを使うのはもったいないぐらいの文脈で次に行こうぐらいが、ちょうどよさそうな感じですね。
発信者と受け取り側でリテラシーの差があるから、もうこの時点で面白いものがバチッと合うわけないと思ってるんですよね。
確かにね。自分が面白いと思うものをやってたらマニアックになりすぎたり、先に行きすぎてユーザーがついてこれないみたいなのはありますね。
地元の特産品と同じで、才能は外から指摘してもらうしかない
リテラシーの差とは別に、樋口さんは「自分の当たり前は自分では価値に気づけない」という話へ進みます。
これは地域創生事業を田川ってところでやってるからよく言われるやつで、「ここの特産物全然しょうもないんだよね」って住んでる人は言ってるけど、外から来た人は「こんなの食ったことないんやけど」って食うとかね。
日常で見てると全然いいと思わないが、観光客にとってすごく意味はありますね。
社会科見学とかで起こりうると思うんですよね。工場に行った時に、やってるおっちゃんは普通にやってるけど、みんなが見たらすげえと思うみたいな。
これはリテラシーの差というよりは、自分の才能に気づきにくいみたいなことだと思うんですよね。当たり前にやりすぎていて。
自分は全然すごいと思ってない当たり前のことが、他の人から撮ったらすごくコンテンツになるみたいなのに、気づきづらいのが人間ですね。
元コテンにいたタカチンっていう才能博士って言われてる方がいるんですけど、才能を「自分が普段意識せずにやれてることで社会に価値を出せていること」って定義してたんですね。
意識してないから、自分では構造上気づけないって言ってて。だから才能ってもう外から指摘してもらうしかないって言ってて。
自分では当たり前にやってて、全然面白くないと思ってるけど、みんながめっちゃ喜んでるみたいな状態って結構ありますよね。
ブログ書いてて、もう当たり前すぎてぬるいなみたいなやつが爆発的に読まれたりすることはよくありますね。
マライア・キャリーは3曲しか知られていない
自分では飽きた話でも、リスナーは同じ話を求めている。けんすうさんは有名発信者を例に、知っている話が好かれる理由を語ります。
多分けんすうさんとかだったら、もう何回もこの話題出してるんだけどなみたいな。ないですか。
テストステロンさんに言われてそうだなと思ったのが、マライア・キャリーの曲って3曲ぐらいしかみんな知らないと。むしろその3曲だけをやり続けるぐらいでXを書いた方がいいって言われて。
テストステロンさんは200万フォロワーいるんですけど、筋トレは大事、運動や睡眠は重要、自分を大事にしよう、ぐらいしか本当に言ってなくて。
これを手を替え品を替え言うことで毎回受け続けるし、フォローしてる人はそれが聞きたくてフォローしてると。ライブに行ったら一番有名な曲やってほしいみたいな。
僕は一回イルカさんのライブに行った時に、なごり雪っていう一番有名な曲を、一回のライブで4回やってたんですよ。
でもわかる。もうそれが一番聞きたい曲だから。
あるあると思うんですけど、めっちゃその曲聴きたいのに、やってる本人はもう飽きすぎてサビとかでめちゃくちゃアレンジしちゃってたり、客に歌わせて終わるみたいなことあるじゃないですか。
本人は何回もやってるから慣れてるけど、お客さんは初めて来る人もいるから、それ聴きに来てるのにみたいなのがよくあるんですけど。
人間は知らないものが好きなんじゃなくて、知ってるものが好きっていうのがあるので、知らなすぎるとちょっとつまんないと思っちゃうんですよね。
これからはAIが来るよぐらいの方が知ってる話なので聞きやすいけど、これからはAIなんて来ないって言われると知らない話なので、実は結構ストレスが高いとかはありそうですね。
苦手を1回やると相手の気持ちが分かる、筋トレとしての発信
ここから樋口さんは、面白くないものを出す意味を「自分自身の成長」の視点で語ります。得意だけを鍛えるとバランスが崩れる、という筋トレの例えです。
自分自身のコンテンツとの向き合い方っていう視点でも、僕は出すべきだと思ってるんですよ。面白くないものでも。
面白いものを出し続けるっていうのは、筋トレでいうとムキムキで自分も気に入ってて、いいところだけをずっと鍛え続けるようなことだと思う。
上半身めっちゃいいねって褒められて、上半身ばっかり鍛えると下半身がヒョロヒョロになっちゃうみたいなことやと思うんですよ。でも実は総合力だったりするじゃないですか。
苦手なこともちゃんとやって筋肉つけといた方がいいっていうのがまず一個ですね。
Podcastだと同じような話ばっかりやってても広がりが出ない。リスナー視点でつまんないかもしれないけど、ここは知っといてほしいみたいなことはちゃんとやるのが必要だなと思いました。
真面目なPodcastをやってる人が、番外編でちょっとおもろい系のやつやってみるとかは僕はやった方がいいと思ってるんですよ。逆も然りですね。
一回それをやったことによって、聞き手に回った時にプレゼンターの気持ちわかるじゃないですか。ピッチャーはキャッチャーやった方がいいし、キャッチャーはピッチャーやった方がいいみたいな。
そこ自体で成果が出なくても、肌感覚だったりちょっと筋肉つくみたいな視点もあるから、短期的に面白くないと思ってもやる価値はあるっていうのがまず一個ですね。
僕もネットで文章を書くのは昔から得意だなと思ってたんですけど、プレゼンとか人前で喋るのは超苦手と思ってずっとやってなかったんですよ、2009年ぐらいまで。
でもこれやっぱ慣れだなと思って。100回ぐらいやるとさすがに慣れる、慣れるとできるとかがあるので。
苦手部分もやりまくると意外とそれはそれで一定のレベル行くとか、むしろ評価されるみたいなこともあるので、長期的な視点も重要だなと思いました。
生き残る発信者は中身を変え続けている
話は分散投資の視点へ。けんすうさんは、長く生き残るインフルエンサーが発信内容も場所も変え続けている点を挙げます。
分散投資っていう意味でもそうだと思うんですよね。AIの話が上手い人がバーンと当たるかもしれないけど、その次また全然違うものが来た時に、一点投資だとまずいじゃないですか。
すごくありますね。インフルエンサーで生き残ってる人ってやっぱりずっと変わってますね。
例えば池田さんという人は、昔はブログで稼ぐから地方移住、YouTube、Web3、NFT、今AIとかゲームやってと、結構コロコロ変わってくし、発信場所もブログからVoicy、Podcast、YouTubeと変わっていくんですよ。
だからずっと支持が積み上がってるんですけど、20年前からずっとブログ一本でやってる人ってもうすごい衰退しちゃってるんですよ。ブログが読まれないので。
いろいろやることによって、抽象化された一個の体幹みたいな筋肉がついてるから、どこの世界に行っても通用するみたいな感じですよね。
「面白くないから出さない」は言い訳、最後まで立っていた人が勝つ
ここで話の核心に入ります。けんすうさんは、面白くないものを出さないことが更新をやめる言い訳になっていると指摘します。
自分が面白くないものを出さないっていうのを、更新しない言い訳として最強すぎて。多くの人がやっぱやらなくなるんですよね。
いや、それめっちゃ僕も一個言おうと思ってたの。めっちゃありますそれ。
昨日、深津さんという有名なギルドという会社の人と話したんですけど、IT業界に長くいる身として一番思うのが、突き抜けたやつが勝ってるわけではなくて、最後まで立ってたやつが勝ってるっていう感覚がすごいあるんですよ。
めちゃくちゃわかる。
ブログブームの時、100ぐらいブログサービスが出て、今残ってるのってやり続けたライブドアとはてなとどっかと、noteみたいな感じなんですよね。
ほとんどがやめた結果、最終的に4サービスぐらいに集約して、残った人たちはやっぱりその恩恵を受けてると。突き抜けることよりも倒れないことの方が重要っていうのがあるなぁと。
Podcastも更新し続けた人が最終的に勝つ可能性が高くて、突き抜けたコンテンツでバズってる人が残るかどうかはまた別っていうふうに思いました。
クオリティは一度上げると下げられない
樋口さんは、クオリティを上げすぎることのリスクを、生活レベルやマラソンに例えて語ります。
クオリティは僕、生活レベルと同じだと思ってるんですよね。一回上げるともう下げれない、自分では。
一回高い家賃の家に住んじゃうとなかなか低い家賃に住めないのと同じで、一回上げたクオリティってなかなか下げれないと思うんですよ。
一本を撮るのに本当に2ヶ月ぐらい下準備をして撮ったら面白くなる確率も高いじゃないですか。でもそれでめっちゃバズったあと、力かけてないコンテンツを出す時に、相対的に意味を感じなくなっちゃうじゃないですか。
またあれをやらないといけないってなって、がっつりリサーチして台本書いて出すみたいなのをやってるともうしんどくなって、継続がそもそもできなくなるみたいなことが起きると思うんですよね。
マラソンで言うと、スタートで全力ダッシュすると「結構突き抜けれた」と思って。でも休憩してたら、後ろからゆっくり走ってるやつがバーって来て、「やばい、もう一回走らないといけない」ってまたダッシュするみたいな。
小学生の時そういう友達いたじゃないですか。結局そいつスタミナ切れで順位下がっていく。で、最初からずっと同じ速度でスローで走ってるやつが勝つみたいな。ウサギとカメ状態みたいな。
すごくある。すごくありますね。
1本に2ヶ月かけて突き抜けるが、次から相対的に意味を感じなくなり息切れして継続できなくなる
無理のないクオリティで同じ速度で出し続け、最後まで立っていて勝つ
コンサルの結果はドーピング、毎日書いて700日目の人が伸びる
樋口さんは、短期的に結果を出すコンサルとの違いを語り、けんすうさんは手塚治虫を例に「駄作でも出し続ける」意味を語ります。
「Podcastコンサルやります」みたいな人がやった場合って、いわゆるドーピングで短期的に結果出ると思うんすよ。バーッてやるから。
徹夜とかして結果出たら僕の実績、ポイントになるじゃないですか。でも実は長い目で見たら、それドーピングしてるのと同じだから継続性がない。その後の話はもう僕知らないから。
それよりも、もう地道にやれることやりましょうよ、そっち派なんすよね。
noteでも、何回か記事書いて超バズるみたいなことをしてる友達とかいるんですけど、年に一回とかしか書かなくなって、それが出るときしか書かない状態になってて。
逆に文章力も知名度もないけど、毎日書くを目的にして今700日目ですみたいな人はやっぱり伸びてんですよ。
これ多分手塚治虫とかとも近いと思ってて。彼700作品ぐらい作ってるけど、有名作品って実はかなり少ない。ブラックジャックとか鉄腕アトムとか。
駄作がめっちゃ多いけど書き続けたことによって、亡くなる直前は火の鳥とかブラックジャックとか生まれてるので。3作品とかでやめてたら、今ほど「漫画の神様」と言われてないと思うので。
駄作でもいいから出すっていうのは結構重要なんじゃないかなというのは思いました。
売れない番組が多いほど、売れる番組が高くなる
樋口さんは業界全体の視点へ広げ、母数の大きさがトップの高さを決めるという岡田斗司夫さんの話を紹介します。
個人団体の中だけで見てもそうだし、業界全体で見ても僕はそうだと思ってるんですよね。売れないPodcastが何千、何万あるからこそ、めっちゃ売れるPodcastがドーンと飛び抜けるみたいな。
岡田斗司夫さんがなんかの時に言ってたんですけど、HIKAKINは1000万登録でやってますと。ただ、この世にYouTuberがHIKAKINだけしかいなかったら1000万登録いくわけないと。
だいたい三角形の形になっていて。売れてない人たちが横でバーっているから、縦の高さが出るんだみたいな話をしていて。
YouTubeとPodcastでいうと、明らかにYouTubeの方が発信者の母数が多いから、視聴者の数も多いし、超トップYouTuberが出てきてると思ってるんですよ。
Podcastってまだそもそも底辺の横の長さがないというか、市場自体の大きさがそんなないから、有名Podcastを作るためには二つの動きが必要だと思っていて。
クオリティで上に引き上げる力と、底辺をギュッと伸ばしてやってる人を増やすっていう二つの力が僕はいると思ってて。
Spotifyがお金を投下して番組を作ったりCMを出すのは引き上げる力だと思うんですけど、僕はその横を伸ばす力を結構やりたいなと思ってるみたいな。
ちょっと気軽に毎週とりあえず更新することを目指してくださいみたいなのも、やりやすくなりますよね。
バズんなくてもいいから、10人が話聞いてるってすごいことだよっていうのをみんな分かった上でやるとかがちょうどいいような気がしますけどね。
そうやってたらたまになぜか当たる番組が出てきたりとか、みたいなね。
個人か会社かで、かけていい負荷は変わる
最後に、継続のハードルは環境によって変わるという話で締めくくります。
継続するしないとかも本当に環境によって違うじゃないですか。あまりにハードル高くしすぎると継続する気がなくなっちゃうから、ハードル下げましょうって話をしてましたけど。
会社の一個の事業として広報でPodcastを絶対やらないといけないってなった時は、継続性の心配をしないでいいじゃないですか。ある程度負荷をかけてもクオリティ上げる方向にもってっていいとか。
でも個人だったらやめようと思ったらいつでもやめれるから、あんまり上げすぎると続かないみたいな。これも状況によって違いますよね。
法人だと逆にコストかけすぎるとやめろと言われるとか、効果出ないとやめろと言われるとか、そういうのを気にしてバランスを取らなきゃいけないとか。
個人だと楽しんで毎週やろうみたいな感じになってればいいけど。でも一番は約束事な気がしますね。毎週更新するよって言ったらするみたいな。
継続ですよね。
というわけで、結論としてはそんな感じです。
とにかく数を出していきましょう。そして面白くないものもあえて出しましょうという。
っていうのが我々の結論です。じゃあ今週以上です。ありがとうございます。
ただ、今回も面白くてすいません。お疲れ様でした。
まとめ
この回では、Podcastで「面白くないと思った回も出すべきか」が語られました。作り手の感覚はリスナーより2歩先に行きがちで、自信作が外れることは珍しくありません。得意だけを鍛えず苦手も出すこと、そして何より更新を止めないことが、長期的には効いてきます。「面白くないから出さない」は更新をやめる言い訳になりやすく、最後まで立っていた人が勝つ、というのが二人の結論です。
- 作り手の感覚は社会の2歩先に行きがちで、面白さはどうせ噛み合わない。今の自分の感性を信じすぎない
- 自分の当たり前は自分では価値に気づけない。才能は外から指摘してもらうしかない
- 苦手なことや面白くない回も出すと、総合力や相手の気持ちが分かる筋肉がつく
- 突き抜けることより倒れないことが重要。更新し続けた人が最後に勝つ
- クオリティは一度上げると下げられない。継続できる負荷は個人か会社かで変わる





