「一重積んでは父のため」その歌はどこから来たのか
この回は、ある一節の紹介から始まります。
一重積んでは父のため、二重積んでは母のため。
こええよ。
多くの人がどこかで聞いたことがあるこの歌は、賽の河原和讃に出てくる一節です。
賽の河原和讃は、三途の川仏教で、死者があの世へ向かう途中に渡るとされる川。その川辺が賽の河原とされます。のほとりを舞台にした物語です。
幼くして亡くなった子どもたちが、河原の石を一つずつ積んで塔を作ろうとしています。
一つ目は育ててくれた父のため、二つ目は産んでくれた母のため、三つ目は現世に残した兄弟や家族、そして自分のため。そうやって人の幸せや自分の供養を願って積んでいきます。
なぜ鬼は、罪のない子を責めるのか
ところが夜になると鬼が現れ、せっかく積んだ塔を金棒でことごとく崩してしまいます。
鬼は、俺たちを恨むなと言い放ちます。父母が幼くして死んだお前たちを嘆き悲しむばかりで、供養をちっともしないから仕方ないのだ、と。
子どもたちが手を合わせて許しを乞うと、鬼は問いかけます。そもそもお前たち自身に罪がないと思っているのか、と。
子どもたちは山の風や川の音を父母の声と聞き違え、右往左往してつまずき、疲れきってウトウトします。でもすぐに冷たい風で目を覚まします。
そこへ地蔵菩薩が現れ、子どもたちを抱きかかえて救います。
自分のことを父母と思ったらいい。
だから地蔵菩薩に感謝して念仏を唱えなさい、という内容です。
sottoさんは、この話への率直な違和感を口にします。
何の罪もない子供たちになんでこんな酷い仕打ちをするの。作り話だとしても、なんて救いのない想像をするんだって思いませんか。
お地蔵さん早く来いよ。なんですぐに来ずにいい人面してんの、って思いません。
大事な子供を亡くした両親にこんな話を聞かせて、弱みにつけ込んで仏様に帰依しなさいってカルトかって思いません。
姉を亡くした家族と、両親の沈黙
ここでsottoさんは、自身の家族の話に触れます。
実は私、姉を一人亡くしてるんですよ。
亡くなったのは一番上の姉でした。sottoさんが幼稚園に通う前のことで、本人はほとんど覚えていないと言います。
姉は小学3年生ごろに亡くなりました。持病はなく、夜寝ている間に亡くなって、結局原因はわからなかったそうです。
そのため幼い頃のsottoさんは、自分も姉と同じ年齢ぐらいまでしか生きられないと思っていたと振り返ります。
祖父母が姉に会いたいと言ったり、姉の話をすることはありました。
一方で、両親からはほとんど姉の話を聞いたことがないと言います。
自分に子どもができてから、両親がすごく悲しかったんだろうなと思うようになった、と語られています。
救急車を呼んだ夜、姉のことを思い出した
この回でsottoさんは、最近あった出来事を打ち明けます。単身赴任先から夕方に帰宅したときのことです。
居間で、妻が寝転んだ高校生の息子のほおを平手打ちしていました。じゃれているのかと思いきや、妻は真剣でした。
起きて、起きてって言ってるんです。息子は息はしてるんですが、全然反応しないんですね。
朝から体調不良で学校を休み、LINEが既読にならないので心配した妻が帰宅すると、居間で寝ていて、どうやっても目を覚まさなかったといいます。
結局、救急車を呼びました。救急隊が来て検査している最中に息子の意識は少し戻りましたが、反応は鈍いままでした。
普段はそんな喋り方もしないのに、「大丈夫だよ、行かねえよ」って言うんですね。
救急隊は、意識がある人を無理に運べないといいます。結局、家で様子を見て、何かあればまた呼ぶことになりました。
その後、居間で寝かせたまま息をしているか確認していると、途中で息が止まりました。顔色も急に土色に変わったといいます。
そのときsottoさんは、亡くなった姉のことを思い出しました。この子も姉のように寝ている間に死んでしまうのではないか、と。
実際には喉に痰が詰まっていたようで、妻が背中をたたくと呼吸を再開しました。その夜は親子3人、川の字で息子の状態を確認しながら眠ったといいます。
翌朝、息子は何事もなかったように目を覚ましましたが、前夜のことはよく覚えていませんでした。病院に連れて行っても、原因はよくわからなかったそうです。
賽の河原の物語が、遺族に向けられていたという読み方
この体験を経て、sottoさんは賽の河原和讃を読み直します。なぜ亡くなった子が苦しめられ、なぜ鬼は罪があると責めるのか。
これはグリーフケアの意味があったとも考えられている、と説明されます。
鬼は、両親が悲しんでばかりいるから子どもたちが辛い目に遭うのだ、と説明します。ここには、悲しみを超えていくことが子どもたちの救いになるという考え方がつながっています。
また仏教では、親より先に亡くなることは罪だと考えられていました。
この考えには、何もしてやれなかったという親の罪の意識を、子にも罪があるとすることで相対的に和らげる狙いがあるのでは、とも言われています。
さらに、子も親や家族を思っているという相互のつながりは、死では断絶されないことも表されている、と語られています。
悲しみを超える
両親が嘆き続けることが子の苦しみになると説き、悲しみを超えることを促す
罪の意識を和らげる
子にも罪があるとすることで、親の「何もしてやれなかった」という罪の意識を相対化する
つながりは断たれない
親子が互いを思い合う関係は、死によって断絶されないことを表す
「死は現象」と知る私たちと、地続きの世界に生きた人々
それでもsottoさんは、この話への引っかかりを手放せません。
なんか作り話で騙してるような、最終的に仏教を信じるように誘導されているような、なんか嫌な感じがするんですよね。
だって死は現象なんだから。賽の河原もなければ鬼もいないし、お地蔵さんもいない。あるのは喪失だけなんです。
そこまで考えて、sottoさんはある視点に気づきます。
今の私たちは死が現象だと知っているから、嘘臭い作り話を受け入れられない。でも昔の人にとって、賽の河原も鬼も地蔵も、現実と地続きの世界だったのではないか、と。
現代は得られたものがたくさんあるけれど、生や死の答えは出ていないし、失ったものとどう向き合うかも解決できていません。むしろ昔の方が分かりやすくて幸せだったのではないか、とsottoさんは考えます。
昔は医療技術も保険制度もなく、弱い子どもたちがたくさん亡くなっていました。子どもの死はよくある話でした。
だからといって、みんなが気にしなかったわけではありません。だからこそ、グリーフケアのためのこんな歌が残っている、と語られます。
最後に、sottoさんは生きているほうの姉の話に触れます。その姉は亡くなった姉の記憶があり、小さい頃の姉とsottoさんがよく似ていたといいます。
私が亡くなった姉の生まれ変わりだと思ってたって。いや、すでに俺生まれてたじゃん。
まとめ
怖い数え歌として知られる賽の河原和讃を入り口に、家族の喪失とどう向き合うかを、姉や息子をめぐる自身の体験から静かに見つめ直した回です。救いのない物語に見えたものが、実は残された人の悲しみに寄り添う知恵だったのかもしれない、という気づきに着地します。
- 賽の河原和讃は、文字が読めない庶民にも教えを伝えた仏教の歌の一節
- 鬼が子を責める残酷な描写には、遺族の悲しみを和らげるグリーフケアの意味があったと考えられている
- sotto自身が姉を亡くし、息子の急変で「子を亡くす悲しみ」を想像するに至った体験が語られる
- 死を現象と知る現代の視点で「騙し」と感じてしまうが、地続きの世界に生きた昔の人には別の納得があったのではという問いが残る
- 時代が変わっても、親が子を思う愛情は変わらないという気づきに着地する






