すべての仕事をダンスに最適化する働き方
下田さんは現在、西尾ダンススクールでの指導を軸に、漫画・映画の監修、ショー出演、イベントなど、多方面の仕事を組み合わせています。
働き方のバランスは、今も手探りで調整中だと話します。西尾さんが今年4月にスタジオを引き継いだことで、スタジオ主催の仕事が増えたためです。
スタジオの運営とレッスンは収入の基盤でもあり、そこを安定させるために最も時間を割いていると言います。
一方で、映画『10DANCE』以降は外部から声がかかることが増えたそうです。ただ、映像系の仕事は直前で変更や中止、追加が多く、監修専業でないと全てをフォローするのは難しいと感じています。
仕事はすべてフリーランスの立場で受けています。特定のスタジオに専属で所属せず、ダンスの団体もフリーで動いているため、縛りなく声がかかるそうです。
ショー出演料の相場と、値付けの現実
ショーの出演は、自ら企画するものもあれば、ゲストとして声がかかるものもあります。生徒がイベントに出たいと言えば、一緒に行くこともあると言います。
出演料については「本当に様々」で、数万円単位でもピンキリだと話します。
生徒の発表会でのショーは、ショー以外の対価も含まれるため、ショー自体の対価はそこまで高くないこともあるそうです。
値付けには、業界の相場があります。「うちはこの金額でやっている」と一律で言われることも多く、その相場感がわかっているからこそ、納得して出るかどうかを自分で選べると言います。
下田さんが一組だけで出ることは少なく、他のプロダンサーとのバランスもあるため、自分たちだけ特別にとは言いにくい立場だと語ります。
級やキャリアで料金に差をつける主催者もいます。A級ならいくら、チャンピオンならこれくらい、という形です。
海外ゲストっていうのがちょっと別にあって、その世界チャンピオンレベルってなると、やっぱちょっと交渉が可能なんです。これじゃないと出ませんよって。
ダンス業界で集客力より効くもの
山崎さんは、ダンスの実力・実績と集客力は必ずしも一致しないのではないかと問いかけます。
下田さんは、ダンス業界では集客力の影響が少ない気がすると答えます。お客さんのほとんどがダンスをやっている人なので、試合の成績と知名度が直結しているためです。
あの人めっちゃインスタフォロワーいるよね、ということはあんまりなかったですね。
ただ、TikTokで人気の若い子が、試合の実績とは関係なくフォロワーを集めているケースは出てきているそうです。他社の人から「この人知ってる?」と聞かれることもあると言います。
そういう人が増えるのは面白いと下田さんは前向きです。イベントを動かしやすいので、自分でイベントを作ればいいと考えています。
一方で、加工できるTikTokの見せ方と、リアルの見せ方は違ってきます。がっかりされるのは避けたい、という難しさもあると付け加えます。
下田さん自身は、『10DANCE』のファンにリーチできるのが強みでした。初心者向けのイベントを積極的にやり、自分に習わなくていいから社交ダンス界に集まってほしいという気持ちが強いと話します。
銀行員からの転身と、ダンスに合わせた仕事選び
下田さんはダンスと並行して、ベンチャー企業に特化した人材紹介のエージェントでも働いています。ダンスとは全く関係のない、社会人としての仕事です。
ファーストキャリアは金融でした。アマチュアでダンスを続けることを考え、休みが取りやすい仕事を選んだそうです。
その後イギリスに行くために仕事を辞め、次はダンス教室のコアタイムに合わせられる仕事を探しました。銀行は朝8時からですが、社交ダンス教室は昼から夜が中心だからです。
そこで思いついたのが学習塾と人材紹介でした。どちらも夕方以降がメインだろうと考えたためです。
ところが学習塾には受験があり、1月・2月が繁忙期。その時期はUK選手権やアジアオープンなど大きな大会が続くため、両立できないと判断しました。
人材紹介はビンゴでした。転職相談は夕方以降が中心で、後ろの時間にフレックスで来てくれる人が欲しいと言われたそうです。
最初は職種のビジョンを持たず、時間の都合だけで入ったものの、仕事自体が面白かったと言います。
ワンオンワンだったりするので、社交ダンスでのこういう一対一っていうところにもすごい近いものがありました。
性別や年齢に関係なく働け、年齢が上がってもキャリアになる働きやすさもあり、10年以上人材業界にいると話します。現在は業務委託や契約社員という形で、ダンスに理解のある環境で働いています。
すべてがダンスに最適化された人生
平田さんは、仕事も結婚も、あらゆる人生の選択がダンスにアジャストされていると振り返ります。
最適化されてますよね、そうなんですよね。
下田さんは、人生は迷うことが多いので、軸が一つあると決めやすいと語ります。ダンスにはこっちだろう、という基準があったため、選択肢が絞られて楽だったと言います。
選手として勝ち負けのヒリヒリした世界にいた経験について、平田さんは、再び前に出たい葛藤はないかと尋ねます。
下田さんは、ヒリヒリはずっと味わってきたのでもういい、と笑います。ただ、もっと頑張れるはずの選手を見ると、もったいなさやもどかしさは感じると話します。
教える立場では、競技者としての経験がそのまま生きているそうです。自分たちが陥った悪循環や回り道を避けさせ、まっすぐ進める教え方ができると言います。
映画で俳優に教えたときも、最短で上手くなる方法を考え、自分たちのトレーニングの知識をフルに活用したそうです。
やって良かったことだけじゃなくて、やらなくて良かったことっていうのを伝える方が結構(大事なんです)。
競技ダンスのプロは儲かるのか
山崎さんの「競技ダンスのプロって儲かるんですか?」という問いに、下田さんは「やりようですね」と答えます。
儲け方の中心はレッスン代だけではありません。スタジオを持ち、そこが栄え、生徒がイベントに出て頑張ってくれると、指導者としての収入につながると言います。
大会に生徒が出ても指導者にお金が入るわけではありません。発表会に出た生徒からパートナー料をもらうなど、別の形で収入が生まれます。
スタジオを何店舗も持つ先生や、アメリカ・オーストラリアでフランチャイズ化してマニュアルまで作っている人もいると紹介します。
マイナースポーツは経済的に厳しい業種が多い中、競技ダンスが成り立つ理由を、下田さんは社交ダンスとほぼイコールだからだと説明します。
競技で勝つだけじゃなくて、愛好家として緩く長くやってくれる方がいないとダメだと思います。どんどんスタジオも潰れちゃうし。
盛んな地域の話も出ました。昔は東北が強く、娯楽の少なかった時代に室内でできる社交ダンスが流行ったそうです。カラオケやスナックでみんなが踊っていたと言います。
東京でもキャバレーでホステスやホストが社交ダンスをする文化がありましたが、東京では薄れた一方、東北では長く続いたそうです。青森など、東北出身のチャンピオンが多いのはそのためだと話します。
自分が安く受けると業界の価格が下がる
多方面から仕事が舞い込む中で、受ける仕事の基準を平田さんが尋ねます。
下田さんはまず、自分が面白いと思えるかを第一に挙げます。睡眠時間を削ってやることが多いため、疲労に耐えられるだけの面白さが必要だと言います。
次に、社交ダンス界に少しでも貢献できるか。少なくともネガティブな印象を残す仕事ではないかを大事にしています。派手さのために業界をバカにするような見せ方や、ドロドロを悪く描くような仕事は受けたくないと語ります。
自分がやる意味があるかも判断軸です。自分より上手く見せられる人が明らかにいる場合は、その人を紹介すると言います。見てもらえる機会が少ないからこそ、一発がベストでないともったいないという考えです。
対価についても、業界視点が貫かれています。最初はボランティア価格でもいいと思っていたものの、チーム制で仕事をするようになって考えが変わりました。
自分の代役やキャスティングで他のダンサーに払うことを考えると、自分だけ安い価格で受けていては、その人まで安くなってしまうからです。
いいダンサーは、いいスタジオでいいお客さんを抱え、それだけで稼いでいます。同じ時間を使って見合うだけのものがあるかを考え、他のダンサーにも勧められる金額かを基準にしていると話します。
山崎さんが、これは下田さん特有の感覚か、業界全体かと問うと、下田さんは、業界が廃れたら終わるという危機感はみんな持っていると答えます。
どこどこのスタジオが潰れたっていうと、もう本当にじゃあそこのパーティーはなくなるわけだし、一つまたイベントが減るとか。
競合がいなくなって喜ぶ空気はあまりなく、むしろ持ちつ持たれつだと言います。先生がいるからやっていた人がその教室の閉鎖で辞めてしまうため、誰でもいいから一人でも多く続けてほしい、というのが本音だそうです。
公私ともにパートナーである西尾さんとの分担
仕事を受けるときは、公私ともにパートナーである西尾さんと相談することも多いそうです。ペアで出る仕事はもちろん、一人で声がかかってもスケジュールの都合で相談すると言います。
長く一緒にやってきたため、お互いのスタンスはだいたいわかっています。「それやりたそうだよね」と言われてフリーで受けることもあるそうです。
ただ、西尾さんはスタジオのオーナーとしてフルタイムで働いており、抜けると顧客をキャンセルしなければなりません。そのため、彼でなければならない仕事だけをお願いするようにしていると話します。
一方で、仕事の内容についてはむしろ相談することがあると言います。特に好きなBL関連の題材では、男性やスタジオのオーナーの視点でどう見えるかを確認するそうです。
前に出る仕事をどう見られているか
多方面で活躍する下田さんのような存在は、業界の中ではイレギュラーだと言います。トップダンサーほど顧客が多く、やりたくても時間を割けない人が多いためです。
最近はフリーで動く人も増えていますが、会社員も兼ねている点では異例かもしれないと話します。
平田さんは、研究者の世界にたとえます。メディアに多く出る人が「ちゃんと論文を書いているのか」と見られることがあるように、前に出る仕事への視線はどうかと尋ねます。
下田さんの答えは「中間ぐらい」でした。そうした見られ方もあると思ったからこそ、競技で成績を残すことも大事にしてきたと言います。
競技の中で成績を残すことも大事にしたいなっていうのは一つありました。説得力に絶対なりますから。
肩書きが重要になる世界だからこそ、成績と技術の両方を意識してきたと語ります。だからこそネガティブなことはしたくない、という姿勢が改めて表れています。
まとめ
ボールルームダンサー・下田藍さんの働き方には、仕事選びから値付けまで一貫して「業界視点」が貫かれていました。狭い業界を守るために、自分だけが得をする選択を取らないという姿勢が印象的な回です。
- 仕事も結婚もダンスに最適化し、軸を一つ持つことで選択を楽にしてきた
- ダンス業界では集客力より試合の成績と知名度が収入に直結する
- 競技ダンスが成り立つのは、緩く長く続ける愛好家がいるから
- 自分が安く受けると他のダンサーも安くなるため、業界に勧められる金額を基準にする
- 前に出る仕事への視線を意識し、競技の成績で説得力を担保してきた



