「火照らす熱帯夜」の促音は、なぜ衝撃的なのか?
水野さんが最初に挙げたのは、RIP SLYMEの「熱帯夜」です。歌詞カードでは「火照らす熱帯夜」なのに、歌では「ネツタイヤ」と、小さい「っ」を「ツ」として発音しています。
水野さんによると、歌の中で促音をどう処理するかには流派があります。よく見るのは、促音の1つ前の音節の母音を伸ばすやり方です。
Mr.Children、ほうき星って曲ありますね。(Bメロが)君は知ってんだろ、僕の青写真っていう。
「しーてんだろ」か。
ヨルシカの「太陽」のサビも同じで、「ゆっくり」が「ゆーっくり」と歌われます。水野さんはこうした例を、促音の前の母音を伸ばす典型として紹介しています。
なぜ伸ばすのかというと、促音は音が出ていない状態だからです。「ゆったり」なら、舌先を前歯の付け根に当てて閉鎖を作り、息を止めて一拍の間を置いています。
つまり空気を流さずに、その口の形で止めて、一拍なんかこう間を作って出すと。だからそこに音程をつけれないんですよね。
ところが「熱帯夜」は、前の母音を伸ばす「ネータイヤ」ではなく、「ツ」を声帯振動を伴わない無声の音として出し、音符を与えています。水野さんが衝撃を受けたのはこの処理です。
「しーてんだろ」(ほうき星)、「ゆーっくり」(太陽)のように、促音の直前の母音を延ばす
「ネツタイヤ」(熱帯夜)のように、促音を無声の「ツ」として発音し、音符にする
話はそのあと、「熱帯夜」を校舎で踊る高校生の動画と、10年後に社会人になった同じメンバーが踊る動画へ脱線します。堀元さんはスクールカーストが変わっていない様子にグッときたと話しますが、最後は二人とも促音とは関係ないと認めて本題へ戻ります。
お姫様気分「で」楽しめる天蓋ベッド、何を楽しむ?
広告コピーを読む回は、広告に限らず、街で見かけた逸脱的な用法、歌詞、タイトルなど、面白い用例を取り上げる企画です。
堀元さんが最近感動したのは、収録場所の近くにあるバリ風のホテル「バリアン」のコピー「お姫様気分で楽しめる天蓋ベッド」です。
お姫様気分を楽しめる天蓋ベッドじゃなくて、お姫様気分で楽しめる天蓋ベッドにするのすごくない?
堀元さんの読みでは、このコピーは男女を同時に引きつけています。女性は「このベッドで寝たらお姫様気分になれそう」とまっすぐ受け取り、性行為へのモチベーションが高い男性は「お姫様気分でセックスを楽しめる」と読める、という解釈です。
一方、水野さんはまったく違う読み方をしていました。生成文法 ── チョムスキーが提唱した文法理論。文の背後にある構造や、要素がどこから移動したかを形式的に分析しますを学んだ水野さんは、連体修飾節の「空所」がどこにあるかを考えるといいます。
英語の「The book I bought yesterday」では、boughtの目的語が欠けていて、そこに「the book」が当てはまります。同じように考えると「お姫様気分で楽しめる」の目的語の空所に「天蓋ベッド」が入り、水野さんには「天蓋ベッドを楽しむ」という解釈しか浮かばなかったそうです。
「お姫様気分を」にすると堀元さんの読みが消える理由として、水野さんは「二重ヲ格制約」を挙げます。1つの文に「〜を」を2つ入れると不自然になるというもので、「私は部屋を友達を訪ねた」がおかしく聞こえるのはこのためです。
「を」がすでに使われているため、「セックスを」などを入れる余地がなく、天蓋ベッドそのものの話になる
「楽しむ」の対象が空いたままなので、読む人によって楽しむ内容が変わる
英語には訳せない、日本語ならではの多義性
水野さんは、堀元さんの解釈を明示的に埋め込んでみます。「お姫様気分でセックスを楽しめる天蓋ベッド」も自然な日本語で、「楽しむ」はデ格もヲ格も取れる動詞だとわかります。
このコピーの多義性は、英語に直訳すると出せないと水野さんは言います。英語の関係詞は、欠けた名詞が何格かを、at whichやwhere、あるいは動詞の直後を空けることで明示しなければならないからです。
日本語の連体修飾、文で名詞を欠けるやつって、曖昧なままごまかせるんですけど、英語は結構くっきり明示しなきゃいけないんで、これ英語にできないと思います。
さらに水野さんは、生成文法をやりすぎると別の解釈が見えなくなると話します。知り合いの研究者は、主語省略の研究に没頭しすぎて、例文を見るたびに主語を削除しようとする癖がついたそうです。
楽しむ内容は性行為に限りません。天蓋ベッドの上で髪をとかしたい人には、その行為を楽しむベッドとして読めます。水野さんは、したいことが人それぞれだからこそ多義性が生まれるコピーだと整理しました。
堀元さんは看板を見て「なんてエッチなんだ」と思い、しばらく歩いてから「エッチなのは俺か?」と気づいたといいます。自分を教えてくれたコピーでもある、というのが堀元さんのオチです。
「偏差値0」の家庭教師と、かき混ぜすぎた看板
水野さんが対抗して出したのは、「ボインすぎる家庭教師」を強調するためのコピー「教え子の偏差値が0になる」です。偏差値はふつう0にならず、「0」という語の強さもあって、頭をひねってもなかなか出ないコピーだと評価しています。
話を戻すため、水野さんは千葉県鎌ケ谷市の注意喚起看板を紹介します。書かれていたのは「速度落とせ 飛び出すぞ 路地から子供が自転車が」です。
これさ、語順がすごくてさ、これ多分直すと路地から子供が自転車が飛び出すから速度落とせ。
堀元さんは、ウエストランドの井口さんのツッコミで脳内再生されると反応します。井口さんの「何々だろ、何々じゃないんだから」という話し方も、語順を入れ替えているから面白いのだと二人は気づきます。
日本語で助詞ごと要素をずらすことをかき混ぜ ── 英語ではスクランブリング。日本語のように助詞で役割がわかる言語で、語順を入れ替えても意味が保たれる現象を指しますと呼びます。「リンゴを花子が買った」程度なら違和感はありませんが、この看板は述語がすべて前に来た「かき混ぜの極致」だと水野さんは言います。
路地から子供が自転車が飛び出すから速度落とせ
速度落とせ 飛び出すぞ 路地から子供が自転車が
それでも意味はわかるので、非文ではありません。堀元さんは後半が五七五になっている点を挙げますが、水野さんは前半が六五で崩れているため、音数だけではかき混ぜの必然性が説明できないと指摘します。
「危ない」より「Watch out」、とっさの一言の日英差
水野さんが語順の理由として挙げたのは、伝えたいことを先に言いたいという欲求です。子どもに車が迫っているとき、日本語話者は「危ない」と言いがちですが、英語では「Watch out」や「Be careful」と言います。
これが英語と日本語の発想の違いで、危ないって、で何すればいいのかわかんないわけですよね。
水野さんは、「危ない」と言うと子どもがうずくまってしまうので「走れ」などの指示を出したほうが安全だ、という話を聞いたことがあるとも話します。状況説明より行動の指示を先に出したい欲求が、看板のかき混ぜにも表れているのではないか、という見立てです。
「危ない」と状況を伝えるが、何をすればいいかは伝わらない
「Watch out」「Be careful」と、取るべき行動を指示する
堀元さんは、恋人の運転する車の助手席で横から来る車に気づき「あー」とだけ言ったら、「『あ』じゃなくて『車来てる』とか言わないと」と注意された思い出を語ります。水野さんは、とっさの一言は意識してもなかなか変えられないと応じています。
「早くもアカデミー賞絶望」と、受賞したとは言っていない帯
ここからはリスナーが専用フォームに寄せた投稿です。ヤマダコウエンさんが送ったのは、B級ホラー映画『最終絶叫計画』のキャッチコピー「早くもアカデミー賞絶望」でした。
水野さんは「アカデミー賞」の後に助詞がない点に注目します。「が」なのか「で」なのかがわからず、アカデミー賞の審査員が見たら絶望する、という意味にも取れるといいます。
投稿者は、ふつうの映画ポスターは「アカデミー賞受賞」と景気よく訴求するのに逆をやることで、くだらない映画だと伝わってくると考察していました。堀元さんも、助詞を使わない「アカデミー賞受賞」「ノミネート」への逆張りだと読んでいます。
水野さんが似た例として思い出したのは、『ポプテピピック』1巻の帯です。「数多くの名誉ある賞」と書き、その下に漫画賞や芥川龍之介賞などを並べていますが、受賞したとは一言も書いていません。
これらの賞が数多くの名誉ある賞だって言ってるだけなんですよ、これ。
堀元さんは、ゆる言語学ラジオの概要欄にもギャラクシー賞やピューリッツァー賞を並べようと提案します。そのうえで、景品表示法 ── 商品やサービスの品質・価格などについて、実際より著しく優れていると誤解させる表示を規制する法律違反を取られる可能性があるとも付け加えています。
「無」条件においしい、エビアン、AI来店というギリギリの攻防
水野さんが見せたのは、とろろ昆布のパッケージです。旧パッケージには「無添加」とありましたが、消費者庁の方針で「無添加」を単独で表示できなくなりました。
新パッケージでは「無」の字だけが大きく、横に小さく「条件においしい」と書かれていて、「無条件においしい」と読ませています。
「無添加」と表記
「無」を大きく書き、横に小さく「条件においしい」を添えて「無条件においしい」
堀元さんは「無添加に引っ張られている、ずるい」と反応し、水野さんは「デザインがかっこいい」ととぼけます。規制を回避するためにギリギリを攻める事例として、水野さんはさらにパチンコ店の広告を紹介します。
パチスロ「北斗の拳」の景品フェアの広告にエビアンの写真が載っているのは、エビアンがパチンコ界隈で「海老とアンコウ」の隠語だからです。「海物語」の絵柄で5と6が海老とアンコウにあたり、設定5と6が入っていることを暗示しているといいます。
景品エビアンっていうことが本質じゃなくて、この日は出るよっていうことを言っちゃってるんだ。
有名人の「来店」告知も、実は高設定を期待させる合図です。水野さんによれば、最近はタレントを呼ばずにAIが来店するという設定を使い、経費を削っている店もあるそうです。
「真剣にやっても勝てないんだから」、順接がコピーになる理由
コラージュの練り消しさんが送ったのは、豊橋競輪場のポスター「競輪は真剣にやるんだよ。真剣にやっても勝てないんだから」です。
接続詞(の)「から」が全然順接として結びついてない。
堀元さんは、タモリさんが後輩とゴルフに行ったときに言ったとされる「真面目にやれよ、仕事じゃねえんだぞ」に似ていると指摘します。水野さんは、本来は逆接にすべきところを順接にしているのが面白いのだと整理しました。
「真剣にやっても勝てないけど、真剣にやるんだよ」では面白くなりません。主節を先に出し、理由の「から」を後ろに回すかき混ぜも効いています。
投稿者は、勝てないという言葉を使っているのに競輪の魅力を示していると書いていました。堀元さんも、胴元が儲かるとわかっていても真剣にやる、夢中でやる喜びという賭博の本質を感じると話しています。
「けど」を「から」に変える、コピー生成の黄金法則?
水野さんは競輪のコピーから、逆接のところを順接で言うとコピーっぽくなるという学びを抽出します。
「彼は不器用だけどとても優しい人だ」も、「彼はとても優しい人だ。不器用だから」になります。堀元さんは雨合羽のコピーになりそうだと面白がり、二人は黄金の方程式を見つけたと盛り上がります。
水野さんがAIに作らせた「けど」の例文でも、「日本語は勉強するのが楽しい。難しいから」「その映画は最後まで飽きずに見られた。長かったから」と、意味深な雰囲気が出ました。
なんとかけどなんとかだを、全部その方式で言うと、一気にメディアで重宝される若手言論人みたいなこと出せる。
堀元さんは、秦基博さんの『ひまわりの約束』のラスト「これからは僕も届けていきたい。本当の幸せの意味を見つけたから」もこのメソッドではないかと考えます。しかし「けど」に戻すと意味が通らず、仮説は外れました。水野さんは、作業仮説を立てて違ったとわかった、科学と同じだとまとめています。
広告コピー募集フォームに投稿が集まらない理由
締めくくりに水野さんは、日常会話やメールでは見ない歌・コピー・看板の用例を、言語学的にどこが面白いか話してきた回だと振り返ります。
堀元さんによると、コピー収集フォームは2023年から3年近く募集しているのに、あまり投稿が集まっていません。二人は、フォームの存在をほとんど告知せず、届いた投稿も読んでこなかったのが原因だと認めています。
一方で、フォームにはコンプライアンス的に読みづらい投稿も多く届いているそうです。堀元さんはAVの話などをしたせいかもしれないと言い、水野さんのせいだと責任を押しつけ合います。
最後に堀元さんは、概要欄と固定コメントにフォームのURLを貼ると告知しました。広告コピーに限らず、歌詞なども含めて、いいと思った言語表現を募集しています。
まとめ
この回では、促音の歌い方、格助詞の選び方、語順のかき混ぜ、逆接と順接の入れ替えといった小さな仕掛けが、歌詞やコピーの印象を大きく変えることが、具体例を通して語られました。規制をかわす表現や、読む人によって意味が変わるコピーなど、言葉のギリギリを攻める工夫も取り上げられています。
- 「熱帯夜」は、促音を前の母音で伸ばさず、無声の「ツ」として音符にする珍しい処理をしている
- 「お姫様気分で楽しめる」は、「楽しむ」の対象が空いたままなので、読む人の欲望によって意味が変わる
- 日本語は連体修飾節の空所の格を曖昧にできるため、英語に訳せない多義性が生まれる
- 看板や競輪のコピーは、語順のかき混ぜや逆接を順接にする操作によって、印象に残る言葉になっている
- 「無条件においしい」やエビアンの広告のように、規制を回避するためにギリギリを攻める表現もある



