Xで共感を集めた「跡継ぎは縛りプレイ」というポスト
この回は、小平さんがXに投稿した1つのポストから始まります。数週間前、小平さんが「跡継ぎ経営は縛りプレイだ」という趣旨のポストをしたところ、多くの跡継ぎ経営者が引用して意見を述べ、跡継ぎ界隈で少し盛り上がったといいます。
桺本さんが、どういう意図で投稿したのかを尋ねます。小平さんは、跡継ぎに対する批判、特にスタートアップや創業者界隈からの批判がきっかけだったと話します。
「なんでもっとこうしないんだろう」とか、「なんか変な常識に縛られてて、殻を抜けれてないんじゃないか」みたいな批判がされることは多いんだけど。
ただ、それはカルチャー的な違いなのではないか、というのが小平さんの見立てです。通常の会社は理念が一番上にあり、そこから事業や組織が決まります。けれど跡継ぎには、理念に書かれていないのに、跡継ぎとしてのあり方を縛る「マスタールール」のようなものがあるのではないか、と考えたといいます。
その視点で「跡継ぎは特殊な制限をかけられながら仕事している人たちだ」と書いたところ、いろんなところからものすごく共感がいっぱい来たと振り返ります。いいねが123、リツイートが24ほどで、引用リツイートが異常に多かったと話します。
桺本さんは、この「制約と誓約」の話がマンガ『ハンターハンター』のクラピカを思わせると反応し、2人とも「あるある」と頷き合います。ただし、その正体を言葉にするのは難しいという点でも一致します。
最短最速のスタートアップ思考と、跡継ぎの反発
桺本さんは、自分自身はスタートアップの経営者から「こうした方がいい」とあまり言われた経験がない、と前置きしつつ、小平さんに具体的にどんなことを言われたのかを聞きます。
小平さんが挙げたのは、100億円規模の事業を目指すシンクタンクなどのアプローチです。理念を実現するためなら、ファイナンスを含めていろいろな手段がある。だからこそ制約を取っ払って考えた方がいい、という思考法が彼らの中にあると説明します。
なりたい未来があるんだったら、そこに最短最速で行ける道を制約なく行くべきだ。それは跡継ぎ企業も含めてやるっていうのが、割とスタートアップ的な考えのアプローチで。
小平さんは、このアプローチ自体はある意味で良いものだと評価します。跡継ぎはどうしても現状維持を選びがちなので、殻を超えて最短最速のやり方を手段を選ばず試すのは、跡継ぎにとってショッキングで有効だといいます。
一方で、それへの反発もわかる、と続けます。「そうだけど、でも自分たちには実は見えないルールがあるよね」という感覚です。そのアンチテーゼをずっと言語化できずにモヤモヤしていた、と打ち明けます。
転機になったのは、自社でビオトープさんと一緒にインパクト戦略を作ったことでした。その中で、小平さんが明日死んでも会社が意志を成し遂げられるように残す「ビジョンストーリー」を作ったところ、あるフレーズを見て「これがうちのマスタールールだ」と気づいたといいます。
小平社のマスタールールという言語化
そのマスタールールは、まだ正式には公開されていないものの、小平さんは自社の歴史を振り返る中で言葉にできたと話します。
変えていけないのは、他者の幸福に対して誠実であること、地域に根差す小平であること。変えても良いのは、それ以外の全て。
桺本さんは、この言語化を「めちゃくちゃいい」と受け止めます。他者に対して誠実であり、地域に根差すことさえ守れば、あとは何を変えてもいい。これがマスタールールとして定義されたわけです。
小平さんは、これは理念に近いようで少し違うと補足します。理念は「こう行きたい」「こうありたい」という叶えたい未来の妄想として、能動的な形で書かれることが多い。一方でマスタールールは「こうあり続ける」という、あり方に関するものだといいます。
桺本さん自身も、3〜4年前に企業理念や行動指針を見直したときに、変える部分と変えない部分を考えたと共感します。その変えない部分こそがマスタールールに紐づくのではないか、と2人の理解が重なります。
叶えたい未来を能動的に描く。「〜し続ける」など、こうありたいという志向を掲げる
理念より前にある、変えてはいけないあり方。文章化されにくいが手段の選択を縛る
なぜ黒字でも会社を売らず、渡さずに閉じるのか
小平さんは、跡継ぎに共通する縛りを具体例で説明します。たとえばホールディングス化して税金の安い場所に置いた方が得でも、それをしない。事業を全部売って金融投資した方が生涯収入が上がるとわかっていても、それをしない。
つまり、金銭を生むだけならもっと良い方法があるのに、それができない何かしらの縛りが跡継ぎ企業には強くある、というのです。それは理念に記載されるあり方であり、モヤっとしたものだといいます。
桺本さんは、そもそも跡継ぎは創業したのではなく受け継いだ存在だと整理します。ゼロイチで作った創業者とは、そもそもの考え方が少し違う、と応じます。
小平さんは、跡継ぎには経営の連続性への強いこだわりがあると指摘します。前の人からバトンをもらい、次の人に渡すという感覚です。だからこそ、小平という会社を小平でない人がトップになって継ぐことへの忌避感が生まれると話します。
この連続性へのこだわりがあるからこそ、黒字なのに誰にも渡さず廃業してしまう会社が生まれるのではないか、と小平さんは見ています。黒字で清算する後継企業は半分ほどにのぼり、年間で何万社もあると話します。
もう1つの縛りが、地域に根差し、ステークホルダーと長期契約を結ぶという姿勢です。デイトレーダーではなく、50年、100年単位で回収していく長期投資家のような時間軸で、この2つの縛りの中で最適解を探すのが跡継ぎ経営の基本だと語ります。
バトンの渡し方の美学とM&Aのセレモニー
桺本さんは、自分の時代でやるべきことと次の時代でやるべきことを切り分けている、と話します。自分がここまでやって、次の世代にここまでやってほしいと考える。バトンの渡し方の美学が結構ある、というのです。
小平さんは、100億企業と100年企業を両方やるのがいい、という跡継ぎファーストのヤマトさんの言葉を紹介します。縛りがあるがゆえに人に渡せなかったり、自分の代で閉じてしまったりするのは悲しい、と話します。
一方で、こだわらない人は売ってしまえばいい、とも言います。清算されるよりは、その方が社員はハッピーだからです。継続性と成長性を二項対立にはしたくない、と2人は確認し合います。
成長しないとね、継続できないからね。
話題は、M&Aの締結時に行われるセレモニーに移ります。小平さんは、全員が正装し、ホテルのような綺麗な部屋で「確かにお預かりしました」と誓う儀式が行われると聞いたことがあると話します。
それは事業の継続性を儀式的に担保するイベントだといいます。だからこそ、アメリカ的な雑なM&A、たとえば大きなファンドを作って買いまくるようなやり方は、意外と良い案件が引っかからないのではないか、と小平さんは見ています。
桺本さんも、自社が去年おこなった買収でセレモニーがあったと明かします。銀行の会議室で、前の会社の先代に花束を渡し、お礼を述べ、引き継いで継続していくことを誓ったといいます。
小平さんは、スタートアップ的なやり方が悪いわけではないと念を押します。合併で企業が強くなり社員が幸せになるケースはほとんどで、自分も会社を売ったことがある、と付け加えます。ただ、こうした側面があるという話だと整理します。
美意識という出発点と、淡然と手放せる経営者像
桺本さんは、家族や親族、兄弟の縛りを感じるかと尋ねます。小平さんの家では兄弟2人とも家業に戻ってきているといいます。
小平さんは、立命館の稲堀先生とローカルテーブルの研究を手伝った経験に触れます。そこで最初に来るのは美意識や美学ではないか、という説明を受けたそうです。
小平さん自身の出発点も、小平という会社をダサいまま終わらせたくないという美意識だといいます。それはロジカルというより美意識の側にある感覚です。
例として、羊サミットの岩田さんの姿勢を挙げます。自分の会社だけが儲かって地域の産業がへこむのは健全ではない、という企業のあり方の美学がベースにあり、その上で全体を盛り上げる活動をしていると話します。
だからこそ小平さんは、良き経営者、次に継ぐ経営者とは、株式や立場に固執せず、時代の変化についていけなくなったらサクッと次に渡せる人でありたいと語ります。弟とも、お金をもらえばいつでも辞めていいと話しているといいます。
(弟は)いいバーテンになると思うから。淡然としたいみたいなことはすごくあるな。
桺本さんも自社の美意識を語ります。祖父の代に大きくなった会社が解散し、いくつかの会社を母が受け継ぎ、マイナスに近いところからゼロ、そして10まで持っていってくれたといいます。
その上で、桺本さんの代の役割は、その10をもっと大きく成長させることだと話します。子どもや弟、家族がいる中で、どうバトンを綺麗に渡せるかを日々考えている、と語ります。
縛りをどう強みに変えるか、そして人文知への投資
小平さんは、こうした企業の倫理観がOSに組み込まれているのが跡継ぎ企業の特徴であり、弱さでもあると整理します。成長にベストな手が常に打てるわけではないからです。
会社を切った方がいい、節税のために移った方がいい、東京にサクッと移った方がいい。そうした合理的な手が打てないのは弱さです。それをいかに強みに変え、バランスを取って経営するかが跡継ぎ経営の面白さだといいます。
この縛りの中でどんだけやるかが、めちゃくちゃ重要なんで。意味なくねって言われちゃうと、跡継ぎやってる意味もなくなっちゃう。
最も金を儲けられるやり方を選ぶのは、自分の美学からすると違う。だからこそ跡継ぎとして縛りの中で戦う意味があるのだ、と2人は確認します。
小平さんは、この美意識や倫理観、そこから派生するマスタールールがどのようなものかは、今後ゲストの先生を呼んで深めたいテーマだと話します。薩摩会議のように跡継ぎが集まる場でも議論してみたい、と桺本さんも応じます。
さらに小平さんは、こうした倫理性はAIの時代にこそ大切になると指摘します。ClaudeのAnthropicが哲学者を開発チームに入れているという話にも触れ、人文知をどう経営や組織のOSに落とし込むかが重要だと語ります。
小平さんは、自社ではインパクト戦略の作成を通じて、この物語を内外に理解してもらい、ファンやブランドを作ることに取り組んでいると話します。それは面白いテーマであり、勝ち筋になると考えているといいます。
桺本さんは、小平さんの会社は物語や歴史に投資できているが、99パーセントの会社はまだそこにできていないと指摘します。だからこそみんなで集まって議論できれば、気づきやナレッジのヒントになると話します。
最後に2人は、自分たちが一体何に無意識に縛られているのかは、それぞれに答えがあるテーマだと確認します。桺本さんも、自分でも言語化しきれておらず、感じているのに認識できていない部分がありそうだと述べ、いろんな方を呼んで引き続き議論したいと締めくくります。
まとめ
この回は、跡継ぎ経営の縛りを「マスタールール」という言葉で捉え直す提案回でした。理念より前にある変えてはいけないあり方が、手段の選択を静かに縛っている。その正体を美意識や倫理観の側から言語化していこうとする対話が中心でした。
- 跡継ぎには、理念に書かれない「変えてはいけないあり方」=マスタールールが存在する
- 小平社の場合は「他者の幸福に誠実であること」と「地域に根差すこと」が変えない核
- 経営の連続性とステークホルダーとの長期契約が、跡継ぎ特有の2つの縛りになる
- 黒字でも渡さず閉じる選択も、この縛りの中では合理的に動いている結果と捉えられる
- 縛りをどう強みに変えるかが跡継ぎ経営の面白さで、美意識や人文知への投資が鍵になる


