名和さんとファッション、そしてAcneの色使い
番組は、デザイナーの小澤祥矢さんと名和大気さんが、ユニークなブランドやカルチャーをリサーチして紹介する形式です。
前回はスウェーデン発のエレクトロニクス企業Teenage Engineeringを取り上げました。今回は、その創業者も在籍していたAcne Studios、そして前身のクリエイター集団ACNEがテーマです。
ファッション好きの名和さんは、Acne Studiosの服を買ったことはないものの、いつも「可愛いな」と思って見ていると話します。
名和さんは普段はアメカジ寄りですが、ヨーロッパのファッションにも関心があるそうです。例として、リーバイスのユーロ版に触れました。
ユーロリーバイスだと、例えばGジャンとかだとちょっとだけ丈が長いんですよ。デニムも、普通のジーパンだと色落ちの仕方がちょっと違う。ユーロリーバイスの色落ちの方が好きっていう人もいて。
名和さんによれば、ヨーロッパ版の方が濃い状態が長く保たれる感覚があり、シルエットも全体的にモダンだといいます。
Acneについては、色使いが好きだと語ります。
パキッとした色が一箇所に入ってるとか、黄色っぽい色味が入ってるとか。あの感じはやっぱヨーロッパっぽいなと思ってて、可愛いな、いつもと思って見て。
小澤さんは、Acne Studiosが今やラグジュアリー寄りのブランドとして一般化していると指摘します。同じくスウェーデンのOur Legacyも、Acne路線を順調に進んでいる印象だと話しました。
Acneはグラフィック集団から始まった
小澤さんは、Acne Studiosの成り立ちを名和さんに尋ねます。名和さんは知らないと答えました。
一般的なブランドは、既存のファッションブランドにいたデザイナーが独立して立ち上げる流れが多いものです。しかしAcneは違いました。
Acneは元々、グラフィックデザインを手掛けるクリエイター集団としてスタートしていました。
全くファッションブランドを始めようって言って始まった集団ではなくて。グラフィックやってたんですよ。
今は「Ambition to Create Novel Expressions(新しい表現を生み出す野心)」の頭文字と説明されることが多いACNEですが、始まった当時は別の意味だったといいます。
当初は「Associated Computer Nerd Enterprises」、つまりコンピューターオタク関連企業を意味していたそうです。
広告制作を中心に活動する集団で、創設メンバーには現クリエイティブディレクターのジョニー・ヨハンセンさんをはじめ、Teenage Engineeringの創業者イェスパー・コースフットさんも名を連ねていました。
四人でオフィスを借りてゼロから始めた小さな集団だったと小澤さんは語ります。自分たちの周辺のデザイナーが独立して作るような雰囲気の会社だったようです。
やがて広告デザインにとどまらず、映画製作やゲーム開発へと領域を広げ、いろいろなクリエイターを集めるマルチクリエイティブなエコシステムとして機能していきました。
北欧ストックホルムの、音楽も含めたDIYカルチャーのシーンとともに、ミニマルで実験的な美学が育まれるコミュニティになっていったといいます。
ジーンズ100本から生まれたAcne Studios
Acneは広告制作以外にも幅を広げていきました。1996年にはAcne Studiosが誕生し、2005年には自社マガジン「Acne Paper」をローンチしています。
Acne Paperは、ニューヨーク・タイムズからアンディ・ウォーホルのインタビュー誌の創刊当時を彷彿とさせると評されるなど、商業目的を超えた出版物として知られました。
ファッションブランドとしてのAcne Studiosの始まりは、意外な形でした。広告制作のAcneの創業翌年、1997年に創業者のヨハン・ヨハンソンさん{要確認: ヨハン・ヨハンソン}が、自分でデニムジーンズを100本作って友人に配ったのがきっかけです。
単純にジーパン作りたいなってデニムを作って。それがちょっと周りから評判が良くて、100本作ることにして、どんどん配っていって。あまりに評判がいいので、ファッションハウスとしてのAcne Studios発足のきっかけになった。
名和さんは「最初は極々趣味みたいな感じか」と驚きます。今イメージするファッションブランドとしてのAcne Studiosの基盤には、マルチクリエイティブなハブとしての姿があったのです。
Acne出身者たちが放つ影響力
集団としての性質から、Acne Studios出身のメンバーが、今それぞれ影響力のあるブランドを作っている状況が見えてくると小澤さんは指摘します。
Teenage Engineering創業者のイェスパーさんは、前職が社員管理ばかりで創造的でなくなった企業文化に嫌気がさして辞めたと前回語られていました。その前職がAcneのことです。
嫌だって辞めたけど、DNAにいるから。
大きくなりすぎた自らの創業したAcneから離れてTeenage Engineeringを作ったものの、新しいことに挑戦するクリエイティブなDNAは受け継がれていると小澤さんは話します。
他にも出身者は多くいます。Acne Paperの編集長を務めたトーマス・ペイションさん{要確認: トーマス・ペイション}は、カルチャーマガジン「Luncheon」を創刊し、ファッションとアートの業界で高い評価を得ています。
創業メンバーのトーマス・スコーギングさん{要確認: トーマス・スコーギング}は、映像制作のAcne Filmを牽引したのち、今はロンドンのRSA Filmsに所属する国際的なCMディレクターになっています。
創業メンバー以外の例として、2017年にデンマークで創業されたファブリックブランドTEKLA Fabricsが挙げられます。創業者のチャーリー・ヘディングさん{要確認: チャーリー・ヘディング}は、Acne Studiosのグローバルコミュニケーションチームでクリエイティブ面に携わっていた出身者です。
名和さんは、Acneをまるでキャリアの出発点のような「一大コミュニティ」として捉えます。小澤さんは、AppleやWIREDのように、出身者が語られるブランドになっていると重ねました。
無表情ロゴに宿る「ラゴム」の精神
Acne Studiosの美学として、よく挙げられるのがミニマリズムと実験精神です。シンプルな機能性の中に、独自のひねりや遊び心を忍ばせるといいます。
その象徴が、2013年に出た無表情フェイスのロゴマークです。目が二つ、口が棒線一本の、感情のない顔に見えるものです。
一見ただの無表情ですが、これはスウェーデン語で「適度が一番」を意味するLagom(ラゴム)の精神を象徴していると小澤さんは説明します。
ヨハンセンはこの顔について、スウェーデン人らしいステレオタイプ、つまり嬉しすぎず悲しすぎずな表情を表しているんだと。
名和さんは、その中庸を尊ぶ感覚に、無印良品との共通点を感じたと話します。
ただし小澤さんは、無印がシンプルをやりきる方向なのに対し、Acneは一つひねりを加える遊び心のバランスを取っている点が違うと整理します。
名和さんによれば、無印はサステナブルの発想で無駄をなくす思想が根底にあり、Acneはクリエイター側のエゴとのバランスを取ろうとしている印象だといいます。
無駄をなくすことを重視し、シンプルさをやりきる。印刷も簡素にし、環境に配慮する思想が根底にある。
シンプルな機能性の中に一つのひねりや遊び心を加え、クリエイターのエゴとのバランスを取ろうとする。
小文字のこだわりが示す平等主義
ラゴムの精神は、平等主義とも結びついています。何事もやりすぎず、ほどほどが一番というスウェーデンの感覚です。
その徹底の例として、Teenage Engineeringは表記に大文字を使わないと小澤さんは紹介します。
ブランド名も全部小文字。徹底して小文字か、もしくはオールキャップ、全部大文字かのどっちかなんですよね。
これは、ある人の頭文字だけを強調するのは古い、という平等主義や民主主義の考えの表れだといいます。
名和さんは、この徹底ぶりを面白いと評価します。
どっちでもいいじゃんに対して、いや、これはこうあった方がうちだよねって言い切れるってことだよね。いや、素晴らしいね、それは。
誰か一人がスター的な天才になるのではなく、チームやコミュニティ全体で創造していく。そのアウトプットが機能し、多くの人の生活を豊かにすることを目指す姿勢です。
小澤さんは、この感覚がIKEAの家具、Acneの服、Teenage Engineeringのガジェットに一貫して流れているのではないかと考えます。国民性やストックホルムの創造的なネットワークが強いのだといいます。
風土が生む哲学、ラゴムとヒュッゲ
スカンジナビアデザインの背景には、その土地の環境があると小澤さんは説明します。ここでもう一つ、Hygge(ヒュッゲ)という言葉が出てきます。
ヒュッゲは、居心地のいい場所や心地のいい状態を意味する言葉です。飽きのこない心地よい場所を作ろうという意識が国民的にあるといいます。
その理由は環境にあります。寒くて日照時間が短く、白夜のような季節もある北欧では、家の中で過ごす時間が長くなります。
だからこそ、個性的すぎたり強烈すぎたりするものより、飽きが来ず、馴染むものが求められると小澤さんは語ります。
そこにいることが自分らしいっていう状態ってことだよね。
名和さんは、これは空間の話というより、自分のメンタル状態の話ではないかと受け止めます。快適に過ごす工夫を余儀なくされてきたことが、普遍的でシンプルで飽きのこないデザインにつながっているのです。
小澤さんは、これが日本でいう「丁寧な暮らし」の源流にもあるのではないかと指摘します。二人は、こうした美学が能動的というより、環境が作り上げた必然だという点で一致します。
制約を強みに変えるという誇り
小澤さんは、スウェーデン的なものを、制約を歓迎するミニマリズムとしてまとめます。制約があるから自由になれるという考え方です。
ジャンルを横断するDIY精神、機能性と遊び心の同居、それらすべてが「ちょうどいい」を尊ぶラゴムの精神でラッピングされているといいます。
Our Legacyのようなブランドも、パッと見の個性は強くありません。表面的な個性より、深い部分に流れる哲学が細部に表れる点が、世界的に評価されるのだと小澤さんは考えます。
名和さんは、この感覚は他の地域の人には真似できないと指摘します。DNA的に染みついた人たちだけが共有できるものだからです。
経済大国だとアメリカに寄るとかじゃなくて、自分たちの国はこういう制約があるけど、その分自分たちはこういうもののクリエーションができるっていうところにちゃんと転換してるじゃん。誇りを持ってるってこともね。
ここから話は、では日本らしさとは何かという問いへ移ります。
日本らしさとは何か、ごった煮という個性
日本には強い文化的特徴があるものの、それをビジネスやブランドと接続したとき、何が日本らしいのかは掴みにくいと二人は話します。
名和さんは、侘び寂びに加え、礼儀作法やおもてなし、列に並ぶ、時間を守るといった生真面目さを挙げます。他人に不快な思いをさせたくないという意識です。
小澤さんは、これも島国という環境要因ではないかと指摘します。逃げられない環境が、良くも悪くも秩序や共存を尊ぶ姿勢を生んだという見方です。
日本発のブランドとして裏原系やBAPEも話題に上りますが、二人は、それらは日本らしいエッセンスはあっても、純粋な日本発とは言い切れないと整理します。
一方で、取り込んで独自のものに作り替える「ごった煮感」こそが日本的だという見方も出ました。北欧への憧れから来た丁寧な暮らしも、今や日本的美意識になっています。
ぬか床的な感じがいいですよね。漬けとくとうまくなるのかまずくなるのかよくわかんないけど、とりあえずなんか別のものが面白いものになってくる。
名和さんは、日本発として強いのはアニメや漫画だと指摘します。歴史はそれほど長くないものの、今や世界的に圧倒的な存在です。
アニメと擬人化、日本人の感覚
小澤さんは、アニメと日本人の感覚のつながりを、アニミズム的な信仰から考えます。ものに魂が宿るという汎神論的な感覚です。
アニメーションとアニミズムは、ともにラテン語のanima(命を宿らせる意)に語源があると小澤さんは触れます。日本では何でも擬人化し、それを違和感なく受け入れると話します。
象徴的な例として、虫の鳴き声の話が出ました。虫の音を「声」として認識するのは日本人特有だという話です。
欧米的な価値観だと、虫が鳴いてるねって言われて、え?ってなって、あ、この音のこと?みたいな。彼らの鳴き声だって感覚がないから。
日本人は虫の音を「声」と言い、絵にしろと言われれば吹き出しをつけて喋らせる。この感覚は、アニメや漫画と非常に近いのではないかと二人は語ります。
欧米はピクサーのように2Dアニメーションのクオリティが高い一方で、いわゆるジャパニメーション的なものは生まれにくいのは、根本的な感覚の違いによるものかもしれません。
ただしピクサーも日本のアニメーターからの影響が強く、トイストーリーから始まったのはアニミズム的だと二人は納得します。
ストックホルムの潮流と、探すべき日本版
話はAcne Studiosとストックホルムに戻ります。大きくない街の中で、DIYカルチャー、音楽、デザインがごちゃっと共存しているのが特徴です。
Acneのような企業は、越境して新しい表現を作り続けてきました。創業から15年で、制作エージェンシー、テレビ、映画、ビデオゲーム、ファッション、アートが交わるプロジェクトを生み出しています。
その北欧らしいミニマルで実験的な美学は、Teenage Engineering、そして今はNothingへと受け継がれています。イェスパーさんは、Nothingのデザイン責任者として関わっているそうです。
名和さんは、Teenage EngineeringとNothingの筐体が共鳴していると話します。同じ人が作っていると言われた方がしっくりくるほどです。
うまくいかなかったAIガジェットのRabbit{要確認: Rabbit}も、イェスパーさんが手掛けたものだと小澤さんは紹介します。ミニマルデザインと機能性の両立は、北欧デザインの伝統的な感覚だといいます。
最後に二人は、日本にとっての「これや」と言えるものを探したいと語り合います。歴史や地理、敗戦国という背景も関係し、意識してやるものではないだけに難しい問いです。
これや、っていうのを自分たちにとっては見つけられると非常に面白いんだろうなと思う。
まとめ
Acne Studiosは、コンピューターオタクの集団が始めたグラフィック集団から生まれ、ジーンズ100本の配布をきっかけにファッションブランドへと広がりました。その背景には、ラゴムやヒュッゲに象徴される北欧の風土と、平等主義的な創造の姿勢があります。二人は、制約を強みに変える北欧の哲学と対比しながら、日本らしさとは何かを問い直しました。
- Acneはグラフィック集団として始まり、ジーンズ100本の配布からファッションブランドへ発展した。
- Teenage EngineeringやTEKLA、Nothingなど、Acne周辺から多くの影響力あるクリエイターが生まれている。
- 無表情ロゴや小文字表記には、ラゴム(ちょうどよさ)と平等主義の精神が表れている。
- 北欧のミニマル美学は、日照時間の短い環境が生んだヒュッゲ的な必然と結びついている。
- 日本らしさは、ごった煮で取り込む文化や、擬人化を受け入れるアニミズム的感覚に手がかりがありそうだと語られた。




