大雨の名古屋を離れて、なぜ琵琶湖へ?
maricoさんは最近、琵琶湖へ旅行に行ってきました。ちょうど旅行を予定していた7日と8日は、名古屋が記録的な大雨に見舞われた時期と重なっていました。
maricoさんによると、今回の雨は東海豪雨より短い時間に降った量が多かったそうです。ただ、maricoさんの自宅周辺はもともと浸水の多い地域で、性能の高いポンプが入っているため、水はけは早かったといいます。
そのポンプ代で下水道代が高いんです。
そうね。なんかまあ安心サブスク。
浸水の多い地域で育ったmaricoさんには、子どものころの笑えるエピソードもあります。朝起きると水たまりに金魚がいて、金魚は水たまりから生まれるものだと思い込んでいたそうです。
その金魚は、おそらく池などから流されてきたもの。maricoさんのお母さんが慌てて家に連れて帰り、結構長生きしたといいます。
旅行の話に戻ると、maricoさんは天気が悪いので旅行をやめようかと迷い、AIに相談しました。AIの答えは「やめるのがおすすめだが、どうしても行きたいなら琵琶湖の方へ」というものでした。
迷う
天気が悪く、7日・8日の旅行をやめようか考える
AIに相談
やめるのがおすすめだが、行くなら琵琶湖へと言われる
琵琶湖へ
1日目は曇り、2日目も琵琶湖周辺は問題なし
早めに帰宅
帰りに雨が降り始め、事務所に戻ってから警報が鳴る
実際に琵琶湖の方へ行くと、1日目は晴れというより曇り、2日目も問題なく過ごせたそうです。早めに帰ってきて事務所に着いてから、普段は聞かないような警報が鳴り始めたといいます。
地味だけど面白い湖北、こだかみ茶とこくはく餅
今回の旅でmaricoさんが中心に回ったのは、琵琶湖の北側にあたる湖北です。多くの人は大津や近江八幡など琵琶湖の南側へ行きますが、湖北は地味ながら水鳥がたくさんいる場所や、面白い道の駅があっておすすめだといいます。
この日のお茶は、長浜の名産であるこだかみ茶のほうじ茶。maricoさんは栄養を丸ごととれるように粉末茶にしたそうです。湖北はお米がたくさん取れる土地で、米粉パンや米粉のうどんなども楽しめるといいます。
お茶請けは、道の駅の水鳥ステーションで買ってきた「こくはく餅」です。黒と白のお餅で、黒はオオワシ、白はオオハクチョウにちなんだもの。紅白ではなく黒白で、maricoさんは「告白するのかしら」と笑います。
maricoさんは長浜の黒壁スクエア以外にも見どころが多いと話します。生徒さんに教わった盆梅展 ── 鉢植えで仕立てた梅(盆梅)を並べて見せる展示。長浜の盆梅展は、冬から早春にかけて開かれる催しとして知られていますでは、樹齢300年ほどの大きな梅が1月から2月ごろに展示されるそうです。
次に行ってみたい場所として、maricoさんは「閉ざされた隠れ里」と呼ばれる菅浦集落を挙げました。昔は集落の外の人を入れないための門があり、お祭りや年末年始の過ごし方が独特だと聞いて気になっているそうです。
木之本の古い町並みもお気に入りで、今回は冨田酒造に立ち寄りました。冨田酒造は「七本槍」というお酒を造っている蔵で、名前は賤ヶ岳の戦いの七本槍にちなんでいます。
これね、槍の絵だよね。かっこいい。For the "sake" of the future。あ、For the sake of the futureに掛けてるね。
maricoさんが酒蔵へ行くのが好きな理由は、パッケージのかっこよさです。お酒をたくさん飲めるわけではないものの、最近は日本酒の蔵やジンの蒸留所のデザインが凝っていて、それを見るのが楽しいといいます。
maricoさんは、琵琶湖は湖沿いの場所ごとに文化が違うところが面白いと話します。次は西側の比良のあたりへ行く予定で、欲張らずに1つのエリアに絞って回るほうが面白い、という考えにmacoさんも「違いも感じられる」と同意しました。
この日の湯のみは、北島三郎さんのラスト御園座公演で買ったもの。最前列で見たというmaricoさんにとって、この湯のみは特別なお客さんにだけ出すものだそうです。
上田和夫さんを送る追悼ライブ、どう歌えばいい?
話題は、8月16日ごろに亡くなったドラマーの上田和夫さんのことへ移ります。maricoさんが長年一緒に演奏してきた上田さんは、番組のお盆ライブ配信の翌日に亡くなりました。
翌週には、上田さんがブッキングしてくれていたライブが予定されていました。maricoさんは迷った末、そのライブを追悼ライブとして開くことにしました。
追悼ライブ私やりたいですなんて人はいないと思うんで。
maricoさんによると、追悼ライブは案の定、始まりの雰囲気がどうしても暗かったそうです。macoさんは会場にいた立場から、お客さんも演者も、どんなテンションでいればいいか戸惑っていたのではないかと話します。
本当に何かそうやって亡くなって、でもこういうふうにね、演奏したり、聞きに入ったり、そういうなんか「生きること」は変わらず動いていくっていうか。
maricoさんは、このまま暗い雰囲気で終わってはいけないと考えて選曲を工夫しました。上田さんにちなんだ曲のほかは、上田さんとのライブで何度も演奏してきた曲を中心に選んだそうです。
歌い方も、いつもより少し明るくしようとしたといいます。終演後に「朗らかなボーカルですね」と言われて、「普段はこんなに朗らかじゃない」と戸惑ったというエピソードも語られました。
厳しくても先につながる、上田さんの「本当のこと」
上田さんとは個人的なつながりが少なかったmacoさんが、どんな人だったのかを尋ねます。maricoさんの答えは、まず「酒飲み」でした。
お別れのとき、棺の上田さんに向けて、みんなが沖縄の古酒をたっぷりつけてあげたそうです。入院中は飲めなかっただろうから、天国でたくさん飲んでほしい、という気持ちだったといいます。
maricoさんは、上田さんがお酒を飲むとかなりきついことを言う人だったとも話します。それでもmaricoさんにとっては、それが大きな意味を持っていました。
maricoさんと上田さんの出会いは20代のころ。ライブハウスのセッションで上田さんがホストを務めていて、1曲だけ歌わせてもらったものの、怖そうな人だと思って挨拶もせずに帰ってしまったそうです。
名古屋ではレジェンドのような存在だった上田さんは、昔は迫力のある人だったとmaricoさんは振り返ります。それでも長く一緒に演奏するうちに、上田さんの言葉のありがたさがわかってきたといいます。
言われた側を嫌な雰囲気にしてしまう
本当のことを言い、どう直せばいいかも一緒に教えてくれる
maricoさんが話す上田さんの言い方は、ただ指摘するだけではありませんでした。「これはこう直せ」という指摘と「こうした方がいい」という提案を両方くれたので、とても勉強になったそうです。
maricoさんは、上田さんのドラムがもう聞けないことが一番悲しいと語ります。三拍子をベースにした独自のSpain、ラテンバンドのカスタネット奏者に直伝で習ったというカスタネットの音も、もう聞けません(泣)
1か月ほど前には、maricoさんの大好きなピアニストの渋谷毅 ── 日本のジャズピアニスト・作編曲家。繊細で美しいピアノで知られ、歌伴やさまざまなジャンルの演奏でも長く活躍しましたさんも亡くなっていて、ミュージシャンを失うことの大きさを感じているようです。
一方でmaricoさんは、上田さんのアドバイスがこれからも自分の中に残っていることがうれしいと話します。はっきり言うので苦手な人もいたかもしれないけれど、maricoさんにとっては良い先生だったそうです。
本当のことを伝えるのは、なぜ難しい?
上田さんの思い出から、maricoさんは「本当のことを言う」ことについて考えていたと話します。生徒さんに教えるときも、言い方や受け取る人の状態によって伝わり方が変わるからです。
maricoさんには苦い経験があります。講座の初期に、個人の問題としてではなく全体へのアドバイスとして伝えたつもりが、感受性の強い受講生を泣かせてしまったそうです。
みんなの前で歌うため、本当のことは基本的にあまり言わないようにしている
わりとしっかり伝えるが、どこまでどう伝えるかは毎回悩む
maricoさんはこの日、コンビニで白洲次郎 ── 戦後の日本で吉田茂の側近として活躍した実業家。はっきりした物言いやダンディな生き方で知られ、言葉をまとめた本も出ていますの言葉集を見かけました。そこには、みんなに好かれなくていい、半分の人に嫌われるくらいの勢いでいけ、と書かれていたそうです。
maricoさんは、上田さんも嫌われることを平気だと思っていたのかもしれないと話します。ただ、あとで「言い過ぎたね」と言っていたこともあったそうで、それでも本当のことを言えるのはすごいことだと感じています。
なんか楽しい顔が悲しい顔になるのをみる瞬間が苦手なの。
maricoさんが本当のことを言えない理由は、嫌われたくないからではなく、相手が嫌な気分になる瞬間を見たくないから。macoさんも「すごくわかる」と応じます。
もうなんか自分じゃなくても、誰かが誰かに言ってるの見ただけでもダメだから。
macoさんは、人を喜ばせるというより、人が嫌がることをしないように生きてきたと話します。maricoさんのほうは、場を楽しませたい気持ちから、本音を少しずらして愉快な話にしてしまうことがあるそうです。
macoさんは、言う側と言われる側の距離感も大事だと話します。先のことを考えて言ってくれていると感じる相手なら受け止められるけれど、そこまでの関係ではない人に言われると「なぜ言われなきゃいけないのか」と思うこともあるからです。
maricoさんは、言われる側なら改善のヒントがほしいのに、言う側になると言えないのはなぜだろう、と自問します。macoさんは、年を重ねて経験を積むほど言ってくれる人は減っていくので、言ってもらえるのはありがたいことだと話しました。
macoさんは、レッスンに来る人は言ってもらうことを求めているので、言うべきことは言わないと伸び悩むこともあると考えています。一方で、対等な関係では一歩間違えるとすれ違うので、本音をなかったことにせず、うまく伝えられるようにありたいと話しました。
言うより引き出す?アメリカ流の対話と質問力
maricoさんは急に、アメリカの人はどうなのだろうと話を広げます。アメリカの人は思わぬ角度から褒めるのが上手だけれど、本当のことは言わなさそうだ、というのがmaricoさんの印象です。
ただmaricoさんは、アメリカの人は本気で関わろうとする相手やライバルには厳しいことも言うので、関わる相手には真実を伝えるのかもしれない、とも考えます。
macoさんはあくまでイメージだと断ったうえで、アメリカでは一方的な指摘よりも、「どう思う?」と意見を交わす対話になりそうだと話します。ディベートのように考えをシェアし合う土台があり、先生との距離も比較的フランクだからです。
でもなんかこう、相手から引き出そうとするっていうのはあるよね。そうか、向こうに言わせちゃえばいいんだな。
macoさんも、相手が気づいているかどうかを確かめたり、気づかせたりすることが大事だと応じます。maricoさんはそこから、本当のことを伝えるには質問する力が欠かせないと気づき、このテーマは別の回で改めて話したいと語りました。
上田組、新年会、Love Potion。居場所をつくる人
maricoさんは、上田さんのもう1つのすごさとして、人と人をまとめる力を挙げます。バンドのメンバーを集めるだけでなく、「上田組」と呼べるような仲間のコミュニティをつくっていたそうです。
上田さんは、自分がバンマスを務めるバンドでも参加するバンドでも、そのときどきのメンバーをとても大切にしていました。maricoさんたちの上田組も、そのうちの1つだといいます。
コロナ前までは毎年、上田さんの家で新年会が開かれていました。料理上手な奥さんのごちそうが並び、maricoさんは毎年その集まりを楽しみにしていたそうです。
maricoさんは、コミュニティに参加することはできても、自然に人が集まる場をつくって運営していける人はあまりいないと話します。上田さんには、そうしたリーダーシップがあったと感じているそうです。
maricoさん自身も講座やセッション会を開いていて、コミュニティづくりが好きだといいます。その意味でも、上田さんは多くを学べる先輩だったと振り返りました。
コロナ禍の喫茶店が、macoさんのよりどころに
maricoさんから「これからはコミュニティが大事だと思う」と振られたmacoさんは、コロナ禍の経験を話します。人と会えなくなって一人になったとき、外に居場所がほしくて近所の喫茶店に通うようになったそうです。
macoさんにとって、その喫茶店で過ごす一人の時間はとても心地よいものでした。お店の人がいて、近所の人が顔を見せに来るような、地域のよりどころになっている様子を素敵だと感じたといいます。
macoさんは、自分も何かを渡すというより、そんな場を提供できたらいいと漠然と考えていたそうです。例えば手芸が好きな人がお茶を飲みながら「今何作ってるの?」と話したり、本好きが集まったりして、顔なじみになれる場所です。
maricoさんは、macoさんがなぜ喫茶店でアルバイトをしているのかずっと不思議だったそうで、この話で謎が解けたと笑います。macoさん自身も、もともと喫茶店で働くつもりはなかったといいます。
macoさんが喫茶店への思いを夫に話し、「働いてみれば?」と言われた直後に、友人から家のすぐ近くの喫茶店で募集があると声をかけられたそうです。その友人はmacoさんの気持ちを知らず、偶然のご縁だったといいます。macoさんはそこで2〜3年ほど働いていました。
maricoさんは、喫茶店も「部室」のようなものだと話します。上田さんにも、かつてLove Potion ── 上田さんが営んでいたお店。maricoさんは、ジャズのスタンダード曲「Love Potion No.9」から付けた名前だろうと話していますという、狭いながらも部室のようなお店があったそうです。
上田さんとのライブのあとは、必ずLove Potionに連れて行かれたといいます。maricoさんはそこで音楽の話をたくさん聞き、とても勉強になったと振り返りました。
自分はね、あんまり中心にならなくていいの。
macoさんは、人が集まる輪を見守るのが好きなタイプです。maricoさんも中心にいなくていいけれど、部室の中でわちゃわちゃしていたいと話し、場をつくることを残りの人生の目標にしたいと語りました。
人見知りにも「部室」がほしい
場づくりを目標にしたいmaricoさんですが、実はかなりの人見知りだといいます。人見知りだと知られると相手に気を使わせてしまうので、人見知りではないふりをしていて、それがとても疲れるそうです。
元来人見知りを、ただこの興味だけで生きてるんだよね。
maricoさんは、人や新しいものへの好奇心を前に出すことで人見知りをカバーしているそうです。そんなmaricoさんは、人見知り同士の旅をやってみたいといいます。
maricoさんが考える人見知りの旅は、日中はばらばらに行動し、夕食のときだけ集まって、ぽつぽつと感想を語り合うというもの。macoさんも、まだ日の浅い関係で群れるのはとても疲れるので、それなら一人のほうがいいと共感します。
macoさんは、自分は好奇心で踏み込めず、受け身になってしまうと話します。けれどmaricoさんは、macoさんの受け身な姿勢こそ、にこにこ話を聞いてくれそうな安心感につながっていると伝えました。
一方で二人とも、いわゆる「ウェイ」な場にはどうしてもなじめないといいます。maricoさんは、音楽シーンはそうした人たちで構成されがちだけれど、その中で努力してきた人見知りの人もいると話し、星野源さんの例を挙げます。
macoさんは、星野源さんの歌詞に「居場所は作るものだった」という一節があると紹介します。自分の居場所は自分でつくる、という考え方に、maricoさんも「作っちゃえばいいんだよね」と応じました。
maricoさんは、ちゃんとしたものをつくろうとすると大変なので、最初は小さく、気楽につくればいいと話します。macoさんも、仕事としてではなくフラットな形でいい、と付け加えました。
10月のセッション会とライブのお知らせ
最後は告知コーナーです。10月3日にはセッション会があり、講座の受講生はもちろん、1回でもレッスンに来た人なら誰でも出られる、ゆるい会だそうです。
また、9月からホテルSono Moonでジャズナイトが始まっています。1回目は満席で、2回目は生徒さんの水嶌さらさんのライブが10月16日の金曜日、19時から予定されています。
macoさんは個人の活動として、参加しているバンド7th Nestで2つのステージに出演します。どちらもシティポップのステージです。
| 日付 | イベント | 内容 |
|---|---|---|
| 10月3日 | セッション会 | 1回でもレッスンに来た人なら出演できる |
| 10月16日 | Sono Moonジャズナイト | 生徒の水嶌さらさんのライブ、19時から |
| 10月11日 | やらまいかミュージックフェスティバル | macoさんが7th Nestで浜松駅前のステージに出演 |
| 10月25日 | 沖縄サインバーKOZA | macoさんが名古屋でシティポップのステージに出演 |
浜松のフェスティバルは10月10日と11日の2日間開かれ、街のあちこちにステージが出るそうです。maricoさんは、名古屋から浜松は新幹線で50分ほどと近いので、ぜひ足を運んでほしいと呼びかけました。
まとめ
琵琶湖・湖北の旅の話から始まった今回は、ドラマーの上田和夫さんを偲びながら、本当のことを伝える難しさと、人が安心して集まれる居場所について語り合う回になりました。上田さんが残した言葉と場のつくり方は、二人のこれからの目標にもつながっているようです。
- 湖北は地味ながら、水鳥、酒蔵、古い町並み、独特な集落など、エリアを絞って回ると面白い場所です
- 上田和夫さんは、指摘と改善案をセットで伝える「本当のことを言ってくれる人」でした
- 本当のことを伝えるには、言い方や距離感に加えて、相手から引き出す質問力も大切だと語られました
- 上田組や新年会、Love Potionのように、上田さんは自然に人が集まる場をつくっていました
- 人見知りでも無理なく集まれる「部室」のような居場所は、小さく気楽につくればいい、という話に着地しました




