大阪に帰ってきて、祭りの準備へ
今回は大阪に帰省中の収録です。マイクなし、編集なしで、いつもと音が違うと最初に断りが入ります。
帰ってきたのは8月30日。仕事や人に会うため、そしておばあちゃんに顔を見せるためでもあったと話します。
この日の少し前まで参加していたのが、団尻の青年団の祭り準備です。
9月はほぼ行けなくなるため、行ける時に行っておこうと思って顔を出したそうです。準備を一生懸命しつつ、他愛もない話をしてきたと振り返ります。
16歳から29歳、20人が集まる田舎の青年団
改めてすごいと感じたのは、その人数です。この日は20人近くが集まったと言います。
下は高校生の16歳から、りゅうちゃんたちの代である29歳まで。河内長野という田舎の地で、これだけの世代が準備のために集まる光景に驚いています。
久しぶりに幼馴染や同期の子たちとも会えたそうです。前回の祭り以来、ほぼ1年ぶりの再会でした。
年を経るたびに感覚が違ったり、みんなの生活に変化があったりする。それでも話すことややることは、小学生の頃からあまり変わっていないと感じます。
ほんまに変わってない。やること、ふざけること、ボケること、突っ込むこと、いたずらすること、全然変わってない。
ただ変わらないだけではなく、相手のことを思っているとも感じています。冗談も本気だからこそのもので、あからさまな冗談や雑なフリもあって、そこが面白いと話します。
同窓会くらいしかない、同い年と話せる機会
青年団に入っていなければ、同い年が7〜8人集まって話す機会は、同窓会くらいしかないと気づきます。
仲のいい人とは何度か会うかもしれないけれど、小中学校の友達と差しでどこかへ行くことはほぼない。だからこそ、こういう会があってよかったと繰り返します。
スマホ代とタバコ代に、思わず言いたくなったこと
一方で、言いたいことも一つあったそうです。スマホの通信会社の話になったときのことです。
みんな大手3社を使っていて、月に6千円や7千円、1万円ほど払っていると聞いて驚いたと言います。
この時代にスマホの通信、毎月それぐらい払ってるってやばいなと思って。そこはちょっと言いたかった。
もう少し改善したら生活がよくなりそうだと、お金の面で感じたようです。
それでもみんな社会人としてちゃんとした職に就き、それぞれの現場で働いている。所帯を持つ子や子どもがいる子もいて、それぞれの場所で生きていることを聞けたのはよかったと話します。
むしろ変化が少ないのは自分のほうかもしれない、とも言います。まだ徳島にいるのか、まだお寺なのかと聞かれ、変わらない日々を過ごしていると答えるやり取りです。
話はタバコにも及びます。1日に1、2箱吸えば、1か月で1万〜2万円ほどになる。携帯とタバコで月3万円ほどになる計算に、なかなかの額だと感想を漏らします。
考えて話す自分と、ストレートに喋る彼ら
もう少し喋りたかった、という思いも残ったそうです。理由は、幼馴染たちがとにかくよく喋るからだと言います。
ほんまにずっと喋ってて、笑かしてくるわけじゃないんやけど面白いんよね。そのノリがなんか野蛮なんよ。
野蛮というのは、反射的に、考えずに言っているという意味だと補足します。そこが面白いと感じるのは、自分が考えながら喋るタイプだからだと気づきます。
俺はこっちの方が適切な言葉かなとか、今何考えてるんやっけとか、考えながら喋る。この子らはほんまに頭から口にストレートに言う。
その違いを、言いたいことを頭から口にストレートに言う彼らと、言葉を選ぶ自分という形で見つめています。
手先の器用さと、組織をまとめる力
もう一つ感じたのは、彼らの技術の高さです。電気、木工、溶接など、大人になるにつれて手先が器用になっていくと話します。
さらに、団長として組織をまとめる人もいる。マネジメントや、下を従えるスキル、その場での言葉選びもあると言います。
その一方で、自分は青年団の中に入りながらも、第三者的に距離を置いて見てしまうと打ち明けます。
観察しちゃうね、やっぱそいつらの言動。面白いなと思いながら見てて、話すのも一歩遅れたり、動くのも一歩遅れたりする。
本能で生きる彼らに感じた、アートのような感覚
彼らの生き方を、りゅうちゃんは本能的だと表現します。嫌なら嫌、やりたかったらやる。それでいて資本主義やお金の中でちゃんと生活が成り立っている。
その様子を、言語ではなく身体的な感覚での生活だと言い換えます。よく言えばアート、悪く言えばガサツ、という対比で語ります。
本能的でストレート。感覚や身体で生きていて、手先も器用。組織をまとめる力もある
言葉を選び、考えながら喋る。距離を置いて観察してしまう第三者的な立ち位置
タバコもご飯も、吸いたかったら吸う、食べたかったら食べる。欲にストレートだと感じています。
同時に、我先にという部分と、和を尊び組織を尊ぶ協調性が同居している点にも触れます。自分が粗相すればチームに迷惑がかかるため、上下関係もしっかりしていると分析します。
ほんまたった3日4日のために1年費やして、めちゃくちゃしんどいのに、すごいよね。
大阪の人混みで感じる、自分以外の人生
この日は昼過ぎに地元に着きました。大阪は人が多く、いろいろ考えてしまってしんどいと言います。
この人は何を考えているのか、この人たちの関係性は何なのか。様子を見てしまい、あんなキーホルダーがあるのかと目に入ってしまう。それがしんどくて、あまり見ないようにして帰ってきたそうです。
それでも人はたくさんいて、自分以外の人生が目の前を流れていくのを目にします。
それぞれに思いや本能、好き嫌い、目標やビジョン、楽しみなことがある。徳島では人をあまり見ないぶん、大阪に来るとそういうことを考え込んでしまうと話します。
変わらない中身に、少し安心した
人混みで気が滅入っていた一方で、地元の友達と会って喋ると気持ちが変わったと言います。
自分もここ数年は生活が変わらないけれど、彼らも中身が小学生の頃から変わっていない。そのことに少し安心したそうです。
この日は、なぜタバコを吸い始めたかという話や、最近行ったところの話をしたと言います。
印象的だったのは、みんながその時のことを鮮明に、鮮やかに思い出しているように話す点でした。
もっと聞いてみたかった、彼らが思っていること
深い意味はないと前置きしつつ、タバコを吸い始めた理由をもう一歩踏み込んで聞いてみたかったと振り返ります。
吸い続ける理由は依存かもしれない。けれど、吸い始めた時に周りの反応を気にしていたかどうかなど、彼らが思っていたことに興味があると言います。
小中高大、そして今、仕事をしながら思っていること。そうした内側に触れてみたい気持ちがあるものの、なかなかそういう話にはならないと話します。
俺が話すと真面目になっちゃうよね。ボケをボケとも思えない人っておるじゃないですか。僕そういう立ち位置なんかもしれない。
自分は笑う担当で、真面目寄りの話をしたくなってしまう。向こうのノリで質問できたらいいけれど、その術がわからないと、毎年思っていると言います。
感覚の奥にある、自分のヒントになりそうなもの
去年までは、彼らの感覚的な生き方こそが本質的だと思っていたそうです。
けれど今回は、その奥にもう一つ何かを持っていそうだと感じたと話します。それが自分のヒントになりそうな気がしたと言います。
何かはまだわからないけれど、また会った時に話せたら、感じ取れたらいいと締めくくります。
おばあちゃんも元気、明後日には徳島へ
帰省では、おばあちゃんにも会えたそうです。ほぼ1年ぶりの再会に、非常に喜んでくれたと話します。
めちゃくちゃ元気そうやったし、よかった。ちょっと心配してたんやけど、まだまだ元気に生きてますわ。
明日は予定があって出かけ、明後日の9月1日には徳島に帰る予定だと言います。
大阪への移動、1日の外作業、そしてみんなの話を考えながら聞いていたことで、いろいろ疲れたけれど、いい一日だったと振り返ります。
最後に、聞いているならぜひ反応してほしいと呼びかけ、季節を楽しんで過ごすようにと言い残して収録を終えます。
まとめ
大阪への帰省で、青年団の祭り準備を通して同い年の幼馴染たちと再会した回です。本能的に生きる彼らと、考えて観察してしまう自分の違いを見つめながら、その奥にあるものへの興味を語っています。
- 河内長野の青年団には16歳から29歳まで20人近くが集まり、同い年と話せる貴重な機会になっている
- 幼馴染たちは本能的でストレートに喋り、手先も器用で組織をまとめる力もある一方、りゅうちゃんは言葉を選び距離を置いて観察してしまう
- 大阪の人混みでは自分以外の人生が流れていくのを感じ考え込むが、変わらない仲間の中身に少し安心した
- タバコを吸い始めた理由など、彼らが内側で思っていることをもっと聞いてみたかったと振り返っている
- おばあちゃんも元気で、明後日には徳島へ帰る予定だと締めくくっている




