資本主義は、なぜ一言で定義しにくいのか?
コテンラジオのお金の歴史編は、前回までの株式会社の話を経て、ついに資本主義というテーマにたどり着きます。樋口聖典さんにとっても、ここが「一番聞きたいところ」だったといいます。
ところが深井龍之介さんによると、資本主義について本をたくさん読んでも、はっきり定義を書いてある本が見当たらなかったそうです。人によって定義がずれていて、樋口さんも「言葉として大きすぎる」と応じます。
(資本主義は)人工物じゃないから、あらゆるものの積み重ねの上に発生した社会的な現象的なものを指しているので、スパンと言ってくれてないんですよね。
そこで深井さんは、資本主義を定義から説明するのではなく、「資本主義の前には無かったのに、資本主義になったら現れたもの」を挙げていく方法を取ります。その最初の1つが、生産性に対する投資という概念です。
深井さんによれば、古代ローマなどで領地に奴隷や小作人を働かせることはどこの時代にもありました。しかし、鍬などの道具を技術的に改良して生産性を上げようとする投資は、行われた形跡がないといいます。
今の僕たちからすると当たり前だよね。超当たり前に、いや鍬こうした方がよくねえみたいな話するじゃないですか。そういうこと考えられた形跡がないんですよ。
古代に記録されているのは、規模を増やそうとする動きです。樋口さんが言うように、手段は奴隷を増やすことでした。畑の並びについても「並んでいたら綺麗」という記録はあっても、人の動きとして生産性が上がるという話は、過去の資料に1つもないそうです。
生産性への投資は、なぜ私有財産と競争から生まれるのか?
深井さんは、生産性投資の概念は自由と権利が保障されていないと出てこないと説明します。頑張って生まれた余剰の生産分を、全部なり一部なり自分のものにできるという前提が無い限り、改良しようという動機が生まれないからです。
樋口さんはこれを「私有財産 ── 個人や法人が財産を所有し、自由に使ったり処分したりできる権利のこと。近代の資本主義を支える基本的な制度の一つとされます制が確立されていないと動機が生まれにくい」とまとめます。深井さんは、自分の財産を持ってよいという考え方はフランス革命以降に確立されていくもので、だからこそ資本主義はそれまでなかなか出てこられなかったと補足します。
勝手に国に取られたりとか、勝手に権利制限されたりするようなリスクがあるので、常に。そうするとね、そこにそんなに投資できないし、そんな頑張ろうってなんないわけ。
一方で、すでに金持ちの人はそれ以上生産性を上げようとはしません。深井さんによると、生産性投資が生まれるのは、大量の人たちが同じ土壌で競わされている状態があるからです。
深井さんは、競争環境が悪い文脈で語られがちなことにも触れます。昔はその権利すら無かったのだから、競争させてもらえるだけありがたいという見方です。
私有財産の保障
頑張った分の余剰を自分のものにできる
競争環境
大勢が同じ土壌で競う
生産性への投資
道具や仕組みを改良しようという動機が生まれる
資本主義は拝金主義とどう違うのか
樋口さんが「資本主義って金が全てだみたいな、汚いイメージがある」と言うと、深井さんは要素の説明の前に、よくある誤解を解いておきます。
深井さんによると、功利主義や拝金主義は資本主義と同一視されることがありますが、全くの別物です。功利主義も拝金主義も古代からずっとあり、資本主義はそれらをブーストさせてはいるものの、同じものではないといいます。
そのうえで深井さんは、資本主義を成り立たせる要素を並べます。株式会社という組織形態が最大限活躍している状態、これまで語ってきた金融技術が発達している状態、そして市場経済的にも誰にも制限されない自由がある状態です。
自分という個人の自由も保障されてるし、法人の権利も保障されてる状態ですっていう、そういう状態から生まれるこの世界が資本主義です。
その世界で個人や法人が生産性を上げながら資本を増やし、それによって生産性が拡大し続けている状態こそが、中世まで無かった資本主義だと深井さんは説明します。樋口さんは、シリーズで一つずつ学んできたからこそ、この説明がすっと入ってくると話しています。
封建制の中で、ブルジョワジーはどう生まれたのか?
資本主義の土台には自由と権利がありますが、フランス革命の担い手となったブルジョワジー ── もとは都市に住む商工業者を指す言葉で、のちに資本を持つ富裕な市民層を意味するようになりました。フランス革命の主な担い手とされますは、それ以前から勃興していました。深井さんは、その人たちがどうやって生まれたのかを封建制から説明します。
深井さんの説明では、封建制とは権力者が領地を持ち、その領地の税収や人々を所有している状態です。封建制が強いあいだは、農業で麦がたくさん取れても余剰分が全部吸収されてしまうため、ブルジョワジーは出てこられません。
民衆が富を貯められなかった理由は、税の納め方にありました。農奴 ── 中世ヨーロッパで、領主の土地に縛られて耕作した農民。移動や職業の自由が制限され、労働や生産物を領主に納めましたが納めていたのは、自分の労働そのものだったのです。
税ってめっちゃすげえんですよ。だからほとんどの労働時間を搾取されてる状態になっちゃうわけ。労働で納めてる時って。
ところが封建の権力が下がってくると、労働ではなく麦などの生産物で納めてもよくなり、さらに権力が下がると、お金で納めてもよくなっていきます。お金で納めるなら、自分の時間が全部取られるとは限らず、その中から富を貯められる人が出てきます。
労働で納める
労働時間のほとんどが搾取され、他に時間を取れない
生産物で納める
麦などの生産物そのものを納めてもよくなる
お金で納める
時間の使い方に余地が生まれ、余剰を手元に貯められる
聞き手は「5日かけて稼いでいたお金を3日で稼げれば、2日分を貯められる」という例えで受け止めます。生産性を上げることが、自分の利益に直接つながるようになったわけです。
ペスト、百年戦争、物価上昇は封建制をどう弱めたのか
深井さんは、封建制が弱まった背景として中世ヨーロッパのペストと百年戦争 ── 14〜15世紀にイングランドとフランスの間で断続的に続いた戦争。フランスの王位継承や領土をめぐる争いでしたを挙げます。疲弊した状態が続き、戦争に人を駆り出し続けた領主は、民衆に強く言いづらくなっていったといいます。
もう1つの要因が、1530年ごろからの大航海時代に、スペインが大量の貴金属をヨーロッパに流したことです。物価が上がる一方で税金は一定なので、民衆にとっては相対的に税が下がり、お金を貯めやすくなりました。
ちなみに物価の上がり方の例なんですけど、イギリスとかだと16世紀からの100年間で生活費7倍まで上がったらしいですよ。
深井さんは、物価上昇がどれくらい影響したかはわからないとしつつ、こうした積み重ねでブルジョワジーが生まれる素地ができたと説明します。17世紀ごろには、イギリス、フランス、オランダなど、金融が発達したのと同じ地域でブルジョワジーが現れます。
それ以前の世界では、9割ほどの人が農業をしていました。ブルジョワジーももともと農民でしたが、封建社会の制約から外されて富を貯め、株式会社の登場もあって権力を強めていきます。その力と君主制との衝突が、フランス革命などの革命として表れたというのが深井さんの見立てです。
なぜ後進国だったイングランドで資本主義が生まれたのか?
深井さんによると、資本主義が生まれたのは、当時の後進国の一つとも言えるイングランドでした。強国はむしろフランスで、しかもイングランドの中でもロンドンではなく、当時は牧畜ののどかな村だったマンチェスターから始まったといいます。
なぜフランスとかじゃなかったかでいうと、一言でいうと王権がイギリスが弱かったからなんです。王権が弱いからイギリスが自由になって資本主義につながっていくんです。
フランスは絶対王政のもとで不満がたまりにたまり、巨大な革命が起きました。イギリスでもピューリタン革命 ── 17世紀半ばのイングランドで、議会派が国王チャールズ1世と戦い、処刑に至った内乱と革命。一時は共和政が敷かれましたと名誉革命 ── 1688〜89年のイングランドで、国王ジェームズ2世が追われ、議会の権利を確認した「権利の章典」が定められた政変ですが起こりましたが、フランス革命ほどイデオロギーに基づく圧倒的な革命ではなかったといいます。
絶対王政で不満がたまり、イデオロギー面で社会通念を変える大革命が起きた
王権が弱く議会が強かったため、資本主義という具体的な仕組みが生まれた
聞き手がマグナカルタ ── 1215年にイングランド王ジョンが貴族たちに認めさせた文書。王の権力を法で制限する考え方の源流とされますに触れると、深井さんはそれがルーツだと応じます。ある王のせいで王権が大きく下がり、そのまま議会が強い国になったイギリスでは、議会にいるブルジョワジーが自分たちに便宜を図る政治をしやすかったのです。
フランスのブルジョワジーがルソーで理論武装したのに対し、イギリスのブルジョワジーはジョン・ロック ── 17世紀イングランドの哲学者。生命・自由・財産を守る権利を説き、名誉革命を理論的に支えたとされますで理論武装し、王権に対抗していきました。人口でもイギリスはフランスの3分の1以下で、金融面でも後進国だったといいます。
その後進国から、人がやっていた作業を機械が担う産業革命が、時間をかけて少しずつ始まります。イギリスの機械化で安い綿が大量に生産され、それがフランスに流れ込んでフランスの綿業者が全滅したことも、フランス革命の一因だったと深井さんは振り返ります。
全ての現象は全てに一長一短の影響を与えるので、こういうことでよくわかるなと思います。
なぜ産業革命は田舎のマンチェスターで始まったのか
深井さんは、産業革命の工業化が研究機関や科学とは違うルーツから生まれたと説明します。田舎の職人が工夫した、というところから始まっているのです。
産業革命が起きるにはまず、ご飯が足りていて、余剰生産分をお金に換え、そのお金で何かを買う市場があることが必要です。作っても売れなければ誰も作らないからです。
じゃあ産業革命の一番最初の市場って何だったのか。これが要は紡績なんです。つまり衣類とかのこの布なんですよ。だから田舎で生まれたんです。
理由は、イギリスの田舎で羊毛を取っていたからです。羊を飼うのも綿花を作るのも都会では無理なので、農業の次の産業として最初に布が来る以上、産業革命は田舎からしか起こりえなかったと深井さんは説明します。
さらにイングランドは、封建制が一番早い段階でなくなっていった国でした。中世末の時点で農奴はほぼおらず、土地の私有化も進んでいたため、作れば作るほどリターンがあるという状況で、人々は農業生産性を上げようとしました。
その結果、イギリスだけ栄養状態が非常によくなり、人口も増えます。フランス革命の時期には、イギリス人がフランス人を見て「めっちゃ老けている」と記した記録が残っているそうです。栄養状態が悪く、20代でも老婆のように見えたといいます。
人件費が高いことが、なぜ機械化を生んだのか?
王権の弱さから生産性への投資が始まり、暮らしがよくなり、そこから育ったブルジョワジーが次の投資先として見つけたのが紡績業でした。ここで深井さんが面白いと強調するのが、イギリス人の暮らしがよくなっていたぶん、人件費が高かったという点です。
機械化って人件費が高い時しか起こんないんですよ。
深井さんによると、人件費が安ければ人を投入すればよく、工夫する必要がありません。古代ローマや、アメリカで先住民を働かせた鉱山などでは、改善もせずに人を投入し続けていたといいます。
一方のイギリスでは生活水準が上がり続け、人件費が高騰しました。布を織るのにお金がかかりすぎるので、工夫して人を減らそうという発想に転換したのです。
王権の弱さと土地の私有化
作るほどリターンがあり、農業生産性が上がる
栄養状態と生活水準の向上
人口が増え、暮らしがよくなる
人件費の高騰
布を織るコストが上がる
紡績の機械化
人を減らす工夫として生産性投資が始まる
人間の意識がそこに転換するまでに、今まで全部説明した銀行とかも全部関係してるんです、これ。
こうしてイングランドのマンチェスターで始まった生産性への投資が、イギリスの力を爆発的に強めていきます。樋口さんは、機械は24時間働けることも大きな要因だと付け加えています。
資本主義を加速させたのは、なぜイギリスではなくアメリカだったのか
深井さんによると、紡績の次には人工染料や人造肥料、続いて電信・電話・電球・電気モーター、さらに自転車・自動車・ラジオ・映画・飛行機といった産業が次々に生まれていきます。
イギリスで生まれた資本主義を、株式会社を先頭にめちゃくちゃ加速させたのはアメリカでした。樋口さんはこれを「発明したところと発展させたところは違う」と表現します。
深井さんは、フランス革命をきっかけに君主国が倒されていく構造ができ、その結果として第一次世界大戦が起きたと説明します。ヨーロッパが戦場になる一方、遠くにいたアメリカは被害を受けずに産業を発達させ、大戦後にはアメリカの覇権の時代になりました。
イギリスで資本主義が誕生
産業革命で生産性が大きく上がる
ヨーロッパで第一次世界大戦
資本主義の発祥地周辺で戦争が起き、疲弊する
アメリカの産業が発達
遠くにいて被害を受けず、株式会社が資本主義を加速
アメリカの覇権
ドルが世界の基軸通貨になる
ドルが基軸通貨になったのも、当時のアメリカが一番力を持ち、安定していたからだといいます。樋口さんが「因子やべえ」と驚くと、深井さんはこれが社会科学という分野だと答えます。
絶対無理だよ。当時生きてた人間がここまで予想してコントロール絶対無理。
聞き手は、各国が発展していくタイミングのずれによって世界のリーダーが変わっていくと整理し、日本が台頭して西洋とぶつかり、今は中国が台頭してアメリカと対立している状況にも話をつなげます。
技術で勝っていた中国は、なぜ資本主義を生めなかったのか?
続いて深井さんは、なぜアジアで資本主義が起きなかったのかを説明します。答えはイギリスの裏返しで、中国は国家権力が強すぎたからです。
深井さんによると、中国では古代に国家の統治システムがうまくできすぎていたため、そのシステムでずっとやれてしまいました。資本主義を生み出せない国は経済力が弱く、結果として西洋に支配されていく構造になったといいます。
深井さんはその統治の礎を築いた人物として管仲の名前を挙げ、千何百年も後に植民地化されることを想定して動くなど絶対に無理だと話します。
しかも中国は、技術ではずっと先を行っていました。大航海時代には艦隊の数も航海技術も上で、羅針盤も火薬も紙も中国で作られ、貨幣の鋳造技術も持っていたといいます。
その中国は資本主義を起こせなかったんです。
深井さんと聞き手は、中国は「できすぎていた」「大企業すぎた」と表現します。競争原理が働かなかったのです。その巨大な国家を支えたのが、出自に関わらず試験に合格した人を官僚に登用する、隋の時代からの科挙 ── 隋の時代に始まった中国の官僚登用試験。家柄に関係なく受験でき、清の末期まで約1300年続きましたでした。
あのシステムが強すぎて、そのシステムでずっといけてちゃってたんですよ、あの広大な土地を。そう、だからね、負けちゃったんです。
その結果、清の時代にヨーロッパが攻めてきたとき、中国は全く歯が立ちませんでした。お金も技術も人もあり、生産性も高く、システムもうまかったのに、産業革命は起きなかったという皮肉です。
王権が弱く、私有と競争が生まれ、田舎から産業革命が起きた
国家の統治が優秀すぎて競争原理が働かず、技術で勝りながら産業革命が起きなかった
明治維新の日本は、どうやって列強をせき止めたのか
聞き手が、ギリギリのところで転換できたのが日本だと指摘すると、深井さんは明治維新を「今まで話した全てのストーリーを凌駕するレベル」の歴史の一つだと語ります。
西洋がガンガン来てて、列強の時代で植民地化し続けてるやつに、日本がポーンってせき止めたんですよ。どうやって?ってなるじゃないですか。
深井さんは余談として、日露戦争に勝った頃から、アメリカの政府中枢では日本といつか戦争しなければならないと考えられていたようだとも触れます。
明治維新の成功後、伊藤博文や山県有朋らが決めたシステムで陸軍が作られ、その陸軍が自制の効かない状態を作ったことで第二次世界大戦に突入し、敗れたと深井さんは説明します。歴史はドミノ倒しのように、しかも1本ではなく複数のルートでつながっているといいます。
資本主義の前には、うつ病がなかった?
深井さんは雑学として、本で読んだ「資本主義の登場以前には、うつ病も統合失調症もなかった」という説を紹介します。自由や権利、生産性の向上といった資本主義の特徴が原因の可能性が高い、と主張する人がいるそうです。深井さん自身は、正しいかどうかはわからないと断っています。
聞き手は完全には否定できないと受け止め、自由がなければアイデンティティの喪失という概念も起こりにくいのではと話します。深井さんは、自由だからこそあらゆる選択を迫られ、良い選択と悪い選択が生まれ、悩む時代になったと続けます。
いいものなんて一つもないし、悪いものなんて一つもないです。歴史って難しいですね。複雑ですよね。
シェアリングとクラウドファンディングは資本主義を変えるのか
お金の歴史編の締めくくりとして、深井さんはこのシリーズで感じてほしかったのは「予測できない連鎖」、全てがつながっている感覚だと語ります。聞き手も、1人いないだけで世界が変わるバタフライエフェクトを強く感じたと応じます。
そのうえで深井さんは、これからの資本主義にも目を向けます。仮想通貨が登場し、シェアリングエコノミーやサブスクが流行すると、自分が所有していたものをみんなで共有する方向に向かい、資本主義の要素である私有財産制の意味合いが変わってくるかもしれないといいます。
株式会社のお金の集め方も変わりつつあります。株式会社の強みは、リスクを分散してお金を集めやすいことでしたが、クラウドファンディング ── インターネットを通じて多くの人から少額ずつ資金を集める仕組み。製品の先行予約や寄付など、さまざまな形がありますによって株を持たなくてもお金が集まるようになると、株式会社ではない組織が出てくる可能性があると深井さんは話します。
聞き手は、先にお金を集めてから生産するような、マネタイズのタイミングがずれる変化にも触れます。深井さんは、評価がマネタイズのベースになっている部分もあると、評価経済や信用経済に話を広げます。
深井さんの見立てでは、アメリカで大企業が次々と生まれ「作れば作るほど売れる」時代の資本主義は、自分たちが生まれた頃にはすでに終わりつつありました。今はニーズが飽和し、市場をほじくり返している状態です。
大企業が作れば作るほど売れ、大企業が強い時代
ニーズが飽和し、少ない資本と人数のベンチャーが急成長しうる時代
大企業の力が相対的に下がり、ベンチャーがいきなり成功する時代は、昔の資本主義には基本的になかったと深井さんは言います。ソーシャルベンチャーのような新しい形の会社が出てくると、資本主義そのものも変わり、それがポスト資本主義と呼ばれるものだろうと話します。
だから僕らがいつも言ってるように、最初からいいか悪いかで判断するにあまり意味はないんですよ、最初から。
最後に、福岡県田川を拠点にする樋口さんの立場から、王権の弱いイギリスの、しかも田舎から産業革命が生まれたことに勇気づけられたという話が出ます。深井さんは、田舎でも世界を変えることがあると応じ、「田川からラジオ革命を」と笑い合って番組は締めくくられます。
まとめ
コテンラジオのお金の歴史編の締めくくりとなるこの回では、私有財産の保障と競争環境が生産性への投資を生み、王権の弱かったイギリスの田舎で資本主義が芽生えた経緯が語られました。同じ要因の裏返しとして中国が資本主義を生めなかったことも含め、深井さんは歴史を予測もコントロールもできない連鎖として描いています。
- 資本主義は、私有財産・競争環境・市場経済・株式会社・金融技術がそろい、生産性が拡大し続ける状態として説明された
- 封建制の弱まりで税を労働ではなくお金で納められるようになり、富を貯めたブルジョワジーが生まれた
- イギリスは王権の弱さから生活水準と人件費が上がり、羊毛のあるマンチェスターで紡績の機械化が始まった
- 中国は統治システムが優秀すぎて競争原理が働かず、技術で勝りながら産業革命を起こせなかった
- シェアリングやクラウドファンディングの広がりで、私有財産や株式会社という資本主義の前提が変わる可能性がある





