イッソスの後、なぜダレイオスを追わなかったのか?
イッソスの戦いでペルシア帝国に勝ったアレクサンドロスは、ペルシアが治めていたエジプトを手に入れ、この時点でファラオ ── 古代エジプトの王の称号。神の子とされ、宗教的な権威と政治的な権力をあわせ持つ存在でしたになります。
深井さんによると、エジプトはファラオでなければ治められない土地でした。そのためエジプトを治めようとしたアレクサンドロスは、ファラオになるしかなかったといいます。
もう宗教的指導者だよね。基本(エジプトで)王様になれるのは。
イッソスの勝利の後、アレクサンドロスには大きく2つの選択肢がありました。逃げたダレイオスをすぐに追撃して殺すか、追撃をやめてエジプトなど治められそうな土地を確保しに行くかです。
逃げたダレイオスを速攻で追いかけて殺す。アレクサンドロスの性格なら、普通はこちらを選ぶと考えられる
追撃をやめ、エジプトなどを確保して補給路を固める。アレクサンドロスが実際に選んだ道
深井さんは、アレクサンドロスの性格なら普通はダレイオスを追うはずだと話します。それでもアレクサンドロスは、補給路を確保するために追撃より占領を優先させました。
そこ冷静なんや。
すげえ冷静なの、そこが。
この時点のアレクサンドロスは、ペルシアを滅ぼさなくても十分な名誉を得ていました。深井さんは、女遊びや贅沢に走ることもできたのに、アレクサンドロスはそうしたことにまったく興味がなかったと説明します。
樋口さんはこの姿を始皇帝や、ドラゴンボールの悟空になぞらえ、純粋に戦うことにしか興味がない人物だと表現しています。
8ヶ月かかったティロス攻防戦と、決裂した講和
イッソスの戦いからガウガメラの戦いまでには、実は時間が空いています。その間アレクサンドロスは周辺の街を次々に手中に収めていきました。多くの街は無血開城しましたが、激しく抵抗する街もありました。
アレクサンドロスが最も苦戦したのがティロス ── 地中海東岸、現在のレバノン南部にあった港湾都市。フェニキア人の拠点で、海上交易と海軍力で栄えましたです。それまでは1日で戦いを終わらせていたアレクサンドロスが、このティロス攻防戦には8ヶ月ほどかかりました。
深井さんによると、ティロスは海軍を持つ島でした。山の上で育ったアレクサンドロスは海軍が弱く、船で近づいても敵の海軍に攻撃されてしまいます。
そこでアレクサンドロスは、連れてきていた技術者の力を使い、島まで続く陸の道を海の中に作って攻めました。敵の軍船から矢を撃たれ、兵が殺されながらも道を作り続け、砦を築いて最終的にティロスを倒しています。
海の中に陸作ったんですか。発想やばいですね。
ティロス攻防戦が続く間に、ダレイオスから講和の申し出が届きます。深井さんの説明では、ここまでの土地は治めていいので一度戦いを終わらせよう、お金もたくさん渡すし、自分の娘と結婚してもいい、という内容でした。
めちゃくちゃ歩み寄ってきてるじゃないですか、逃げたくせに。
アレクサンドロスはこの講和を一蹴します。深井さんは、アレクサンドロスの返事を「もう俺の方が偉いから」「むしろお前がへりくだれ」というような内容だったと紹介しています。
俺の土地だからね。関係ねえから。むしろお前がへりくだれみたいな返信をして、やっぱりこれ(講和条約)が決裂する。
講和が決裂したことで、両者はガウガメラの戦いへと突入していきます。
毎回成長する主人公と、ペルシア帝国の総力
深井さんは、アレクサンドロスのすごさは戦うたびに成長している点にあると話します。樋口さんも、ティロスで海に陸を作ったように、現場の課題に対して解決策を組み立てるのがとても上手いと応じました。
状況を見て、ファクトを認識した後に、それに対してのオプションを出して判断するという能力はすごくあると思います。
一方でアレクサンドロスは、かなりトップダウンな指導者でもありました。深井さんによると、側近たちは講和を結んだ方がいいと進言していましたが、アレクサンドロスはそうした意見をすべて無視しています。
でもそれでね、全部正しい。正しかったからね。
ガウガメラの戦いで、ダレイオスはまだ残っていた広大な土地からペルシア帝国の力を結集させました。前回のイッソスの戦いでは6万から60万と言われたペルシア軍は、今回は25万から100万と伝えられています。
ペルシア軍には20万を超える歩兵と5万を超える騎兵がいました。さらに車輪の横に大きな鎌を付けた戦車を200台用意し、インドにまで及ぶ領域から象を連れてきて象騎兵もそろえています。
これに対するアレクサンドロス軍は、歩兵と騎兵を合わせて5万ほどでした。両軍の陣容を並べると、その差がよくわかります。
| 項目 | ペルシア軍 | アレクサンドロス軍 |
|---|---|---|
| 兵力 | 25万〜100万と言われる | 5万ほど |
| 主な構成 | 20万超の歩兵と5万超の騎兵 | 歩兵と騎兵 |
| 特殊な兵器 | 鎌付き戦車200台と象騎兵 | なし |
| 指揮官の年齢 | ダレイオス49歳 | アレクサンドロス25歳 |
魔王軍やん。
楊さんがロード・オブ・ザ・リングのようだと表現したペルシア軍を前に、アレクサンドロス軍は圧倒的に少ない兵で戦いに臨むことになりました。
夜襲を退けた正面決戦。象と戦車はなぜ役に立たなかったのか
ガウガメラの戦いの前、父の代からの側近パルメニオン ── マケドニアの将軍で、アレクサンドロスの父フィリッポス2世の時代から仕えた古参の重臣ですは夜襲を提案しました。象もいて敵があまりに多いため、正面から戦えば死ぬのではないかという進言です。
アレクサンドロスは夜襲を拒み、真正面からぶつかって倒すと主張しました。深井さんによると、相当年上のパルメニオンに対して、憎たらしい言い方で返したといいます。
パルメニオンって相当年上ですよ。そのパルメニオンに(向かって)お前だったらそうするかもしれないけど、アレクサンドロスはしないっていう。
一方のダレイオスは、夜襲が来るのではないかとおびえ、歩兵全体に一晩中警戒させていました。そのためダレイオス軍は夜通し眠れないまま決戦に突入しています。
ダレイオスも次に負ければ完全に終わる立場で、攻めの姿勢で臨んでいました。アレクサンドロスは前日に戦略会議をしていましたが、日が昇ってダレイオス軍の全体を見ると陣の配置を微調整し、これも功を奏したと深井さんは説明します。
ペルシア軍の切り札だった象と戦車は、どちらも期待どおりに働きませんでした。戦いの流れは次のように整理できます。
象が突っ込まない
ペルシア軍には象を操る熟練者がおらず、象が突撃を拒否した。象騎兵は動かない象の急所をついて殺した
戦車がかわされる
鎌付き戦車は密集隊形を取れず間隔が空いていた。アレクサンドロス軍の歩兵は普通に避けた
後ろから倒す
歩兵は通り過ぎた戦車を後ろから刺し、戦車による死者はゼロ人だった
アレクサンドロスが突撃
切り札が崩れた時点で、アレクサンドロスが騎兵で突撃する
深井さんによると、象騎兵には熟練の技術が必要でした。インド人には使い手がいても、ペルシア軍にはおらず、象は突撃を嫌がったといいます。
軍容だけはすごいですよ。もう見た目は超すげえわけ。けど全然役立たなかった。
戦車の突撃でも、アレクサンドロス軍の歩兵は混乱しませんでした。深井さんは、見た目に惑わされずに落ち着いて対処できたのは、兵士たちがアレクサンドロスを信頼していたからだろうと考えています。
やっぱりアレクサンドロス軍はアレクサンドロスが指揮してるんで、なんとかなるだろうってみんな思ってたんでしょうね。
またしても逃げたダレイオス
象と戦車が崩れた後、アレクサンドロスはいつもの戦略どおり速攻をかけます。邪魔をしてきたペルシアの騎兵を蹴散らし、ダレイオス本隊がいる歩兵隊の側面に突っ込みました。
その瞬間、ダレイオスはイッソスの戦いのときと同じように逃げ出します。
また!?また?おい!
深井さんは、ダレイオスが逃げた理由を心境からたどります。ダレイオスは数の優勢で安心していたはずですが、アレクサンドロスは横から騎兵で削るという、数の優勢が効かない攻め方をしてきました。
自分が強みで思ってたやつが全く通用しない感覚。(それが)怖いんだと思います。
今回のダレイオスは前回より兵を増やし、象と戦車まで用意していました。それが目の前で何の役にも立たず、またアレクサンドロスが突っ込んでくる状況で、逃げようとなったのだろうと深井さんは推測しています。
アレクサンドロスは今回こそダレイオスの息の根を止めようと追撃しかけます。しかし歩兵隊を率いるパルメニオンが、まだ20万人以上の敵が残っていて負けそうなので戻ってきてほしいと求めました。
アレクサンドロスは追撃をやめて戻り、そのまま戦いに勝ちます。楊さんは、20万人を相手に「普通に勝つ」こと自体が信じられないと驚いています。
深井さんは、ダレイオスを追いたい気持ちがあっても、パルメニオンの求めを無視せず戻ってきた点を立派だと評価しました。結局ダレイオスはイッソスとガウガメラの2回とも逃げたことになり、王としての信頼を失っていきます。
兵士と寝る王、権威で飾る王。そして次のステージへ
深井さんは補足として、アレクサンドロスが兵士にとても人気があったことを紹介します。パルメニオンに憎たらしいことを言う一方で、王様然とせず、兵士と一緒に寝ることもありました。
オープンなの、そうオープンなんですよ。だから兵士と一緒に寝たりするんですよ、彼。
これに対してダレイオスは、「王の中の王」と名乗り、普通の人には会えない存在として自分を権威づけていました。それでも戦場では逃げてしまいます。
王様然とせずオープン。兵士と一緒に寝て、アイドルのように慕われる。戦場では自ら突撃する
「王の中の王」として権威づけし、普通の人には会えない。戦場では2度とも逃げた
ペルシアを倒したことで、アレクサンドロスは広大な土地を手に入れました。深井さんは、ここでアレクサンドロスの思考が転換すると話します。
これまでは自分より強大な敵を倒し続ければよかったアレクサンドロスですが、ここからは広大な土地を治めるという、まったく違うステージに入ります。求められるスキルが変わる中でアレクサンドロスがどう応えるかが、次回のテーマです。
全く違うステージに突入するんです。この違うステージに突入した時に、アレクサンドロスに求められるスキルが変わっていくんですよ。
まとめ
ガウガメラの戦いでは、兵力で圧倒するペルシア軍に対し、アレクサンドロスが冷静な判断と兵士からの信頼で勝利しました。ダレイオスは再び逃げ、アレクサンドロスは戦う王から治める王へと転機を迎えます。
- イッソスの戦いの後、アレクサンドロスはダレイオスの追撃より補給路の確保を優先し、エジプトでファラオになった
- ティロス攻防戦では8ヶ月ほどかけ、海に陸の道を作って海軍の島を攻略した
- ダレイオスの講和を一蹴し、25万〜100万と言われるペルシア軍に5万ほどで正面から挑んだ
- 象は突撃せず、鎌付き戦車も歩兵に避けられ、ダレイオスは2度目の逃走をした
- ペルシアを倒したことで、アレクサンドロスは広大な土地を治めるという新しい課題に向き合うことになる





