なぜ今回は「歴史」ではなく「物語」を扱うのか
今回のテーマは、メソポタミア文明に実在したとされる王ギルガメシュです。ただし楊さんは、これは歴史の回ではないと最初に断っています。
ギルガメシュ王は最古の文明であるメソポタミア文明メソポタミア文明 ── ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域で栄えた、人類最古級の文明。単一の国家ではなく、複数の文明や都市国家の総称として使われる。に実在した可能性が高い王で、伝説的な英雄です。しかし、歴史と言える記録はほとんど残っていません。
時代は紀元前2600年頃とされます。今から4000年以上前、下手をすれば4600年ほど前の人物です。楊さんは、物理的にさかのぼれる実在した最古の人間の一人だろうと話しています。
実在したっぽいけど、その歴史と言える記録は本当に少ない。今の我々人類が物理的に遡ることのできる実在した最古の人間の一人だろうと。
一方で、ギルガメシュは亡くなった後にどんどん神格化されていきました。人類最古の英雄と言われたり、神と人間の子とされたり、冥界の神として崇められたりと、属性が増えていったと楊さんは説明します。
その結果、ギルガメシュにまつわる物語は、歴史の記録よりもはるかにボリュームが大きくなりました。ゲーム、小説、アニメ、漫画、舞台にも登場しています。
4600年ぐらい前の人物が今もうバズり続けてるっていう状態なんです。
すげえな。
コスパいい。
物語を学ぶことに意味はあるのか
樋口さんは、物語やナラティブにフォーカスしていくシリーズは、これまでの「龍の歴史」の回くらいしか思い浮かばないと振り返り、コテンラジオとしては異色の試みだと話します。楊さんはこれを「珍味」と表現しました。
楊さんは、歴史ではなく物語だからといって学ぶ意味がないわけではない、と続けます。物語は人間が意識や目的を持って作らなければ生まれないもので、それ自体が人類の営みだからです。
この物語を知ることによって、人類のことをより深く掘れるのかなというふうに思うんですよね。
さらに楊さんは、メソポタミアは最古の文明であり、そこに生きた人々はある意味で我々の祖先でもある、と指摘します。彼らが何にエモさを感じていたのかがわかるかもしれない、というのがこの回の狙いの一つです。
樋口さんは、因果的には自分も必ず影響を受けているはずで、下手をすれば自分の遺伝子のいくつかはギルガメシュのものかもしれない、と反応しました。
楊さんは、現代の創作物に登場するギルガメシュも、古代の物語を反映しつつ、現代の人類が新たな属性やキャラ付けを盛り込んで語り直し、再生産し続けている存在だと整理します。古代の人々がこの物語に何を見いだし、どこに共感して伝えていったのかを想像するきっかけにしたい、というのが今回の主旨です。
なぜ「事実のように」語るのか
楊さんは、この回の語り方についてあらかじめ断りを入れます。古代メソポタミアの人々の心にできる限りシンクロさせたいので、物語をあたかも事実のように語っていくというのです。
あたかもこの物語が事実のように、僕は喋っていきたいなというふうに思ってます。
実在のギルガメシュ王は、物語の中ではファンタジーに近い存在として描かれています。それでも楊さんは、伝説上のギルガメシュ王を心を込めて語りたいと話します。
なぜなら、メソポタミアの人たちにとって、ギルガメシュ王の物語っていうのは嘘じゃないんですよね。
楊さんによれば、メソポタミアの人々はこの物語をリアリティの重みを伴って受け止めていたはずです。その重みを再現したい、というのが語りの方針です。
樋口さんはこれを、話される内容が実際に起こったかどうかは昔すぎてわからないが、それが語られていたことは確かである、と受け止めました。楊さんもこの理解に同意し、語られてたっていうところにフォーカスをしていくという姿勢を確認します。
ただし物語をそのまま語るだけではないとも楊さんは言います。歴史的な研究の知見や、学者による考察、さらに自分自身の考察も交ぜていくと説明しました。
欠けた粘土板から物語はどう再構築されるのか
楊さんは、ギルガメシュの物語が粘土板に楔形文字で書かれた詩であることを紹介します。原文をそのまま読んでも話の筋が取りにくく、意味がわかりにくいのだといいます。
そのまま読んでも何を言おうとしてるのか、ちょっといじみが実はわかんないんですよね。話の筋が取りにくくて。
しかも粘土板は壊れたりすり減ったりして欠けている部分があります。そのため学者たちは、自分の知見とセンスでギルガメシュの物語を再構築していると楊さんは説明します。
具体的には、欠けた部分にどの言葉が入るか、あるいは他の神話のどのストーリーがここに当てはまるかを大胆に推定・補完し、一つのまとまった物語として捉えようとしているといいます。その結果、学者によってディテールの表現や訳文が違ってくるのです。
楊さんは、コテンラジオでも学者の解釈を踏まえつつ、当時の人々の気持ちがより伝わるように自分の考えを入れていくと話します。樋口さんはこれを「ヤンヤンズアイで見ていく」試みだと表現しました。
そもそもメソポタミア文明とは何か
物語に入る前に、楊さんはメソポタミア文明の全体像から説明を始めます。メソポタミアは古代ギリシャ語で「二つの川の間の土地」を意味し、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域を指します。
この地域は現在のイラク、シリア、トルコにまたがるエリアです。川が運んだ泥が南部の下流地域に堆積し、その豊かな土壌から文明が育まれていきました。
楊さんが強調するのは、メソポタミアという単一の古代国家があったわけではない、という点です。ティグリスとユーフラテスの流域一帯で起こったさまざまな文明や都市国家をひとまとめにした呼び方が「メソポタミア文明」です。
楊さんはこれをゲームにたとえます。メソポタミア文明はドラゴンクエストシリーズのような大きな枠であり、その中の個々のソフトが、この文明の中で起こった個別の文明や都市国家にあたるというイメージです。
その中で最も古いのがシュメール文明で、ファミコンの初代ドラクエにあたる位置づけです。紀元前3000年頃、シュメール人がやってきて実質最初の都市国家を形成し、灌漑施設を作って小麦の栽培を始めました。これが経済基盤となり、富の余剰が生まれ、社会構造が複雑になっていったといいます。
なお楊さんは、シュメール人がどこから来たのかはよくわかっていないと補足します。もともとメソポタミアにいた先住民の文化を受け継いだようだ、という程度しかわからないそうです。
楊さんは代表的な都市国家として、ウルク、エリドゥ、ラガシュ、シュルッパク、ニップルなどの名前を挙げます。このうちギルガメシュ王が治めたのがウルクで、実在の時期は紀元前2600年頃とされています。
都市国家と王様の役割
楊さんは、ここからの物語を楽しむための前提として、都市国家の構造を説明します。都市国家の中心には神々を祀る神殿があり、その周りに城壁が築かれ、内側に住居地、城壁の外に耕作地が広がっていました。
多くの都市国家はティグリス川かユーフラテス川まで道路でつながっていました。当時すでに車輪が考案されており、陸上での大量物資の運搬が可能だったといいます。荷車はロバなどに引かせ、川岸には船着場もあって船も使われていました。
王様は都市国家の支配者ですが、その位置づけは神から統治を任される「神の代理人」でした。楊さんはここで古代エジプトのファラオとの違いを強調します。ファラオは神が人間の姿をとって現れた現人神ですが、メソポタミアの王様は神から地上世界の統治を任された人間なのです。
だからこそ都市国家の中心に神殿があるのだ、と樋口さんは受け止めます。楊さんは、王様の仕事は大きく二つあると整理します。
国内の秩序維持と豊穣の実現。守護神への奉仕、儀式、供物、神殿の建設・維持、運河の掘削や城壁づくりなどのインフラ整備を含む
支配領域の拡大、野蛮の世界から攻めてくる者への国防、略奪戦争、生存エリアの拡大や資源確保のための外征
楊さんは、王様の内政の中でも守護神への奉仕がとりわけ重要だったと説明します。メソポタミアの人々にとって、人間世界はすべて神の意志と神との関係を前提としており、神との関係をメンテナンスしなければ自分たちが死ぬ、という世界観の中で生きていたからです。
なぜ城壁が都市国家のアイデンティティなのか
楊さんが特に注目するのが城壁です。ギルガメシュの物語には「城壁を作る」という表現が繰り返し登場し、城壁は都市国家そのものの象徴だったといいます。城壁を建設することが王様の大事な仕事の一つでした。
城壁の役割は、外敵から守り、神から与えられた秩序ある空間を維持することです。楊さんはもう一つの役割として、城壁が文明と野蛮の境界線だったと指摘します。
もう一つ城壁の役割としてあるのは、文明と野蛮の境界線なんです。
自分たちの国を文明の世界とみなし、城壁の外は野蛮な世界で、離れるほど野蛮さが増していくという概念です。その境界線をきちんと作り維持することが王様の役割であり、城壁は後世に自分の名声を伝える装置としても意識されていました。
樋口さんは、当時は登記簿のような土地の権利がないため、城壁のあるところまでがその国の土地だという感覚があったのではないか、と自分の考えを述べます。子どもの陣取りのように、城壁の建設が土地を増やす行為とリンクしていたのではないか、というイメージです。楊さんも、生存エリアを広げるために城壁の維持は不可欠だったと応じます。
実際にウルクにも城壁があり、ギルガメシュ王もこの城壁を作ったとされています。城壁があれば住民は外敵の危険を心配せずに仕事と生活に没頭でき、それが富の生産と蓄積につながっていきました。
楊さんは、地方からウルクに来た人々はその城壁を見て、ここに住む人はいいなと憧れただろう、と読んだ本の内容を紹介します。樋口さんはこれを、福利厚生が整った大企業や、ガラス張りの高層ビルを見て憧れる感覚にたとえました。
神殿・ジッグラトとバベルの塔のつながり
楊さんは次に神殿を解説します。神殿は都市国家の政治と経済の中心であり、政治をすることは神を祀ることでもありました。神殿は地上における神の家であり、神と人間の世界をつなぐ場所です。
ここで重要なのは、メソポタミア文明が八百万の神の世界であり、一神教ではないという点です。神殿にはいろいろな神が祀られ、神々には序列もありました。楊さんは、これは日本人になじみやすい神の世界観だと言います。神殿には神官がいて、王様とともに支配階級を形成していました。
神殿の中心部には、何層もの階段状の塔であるジッグラトがしばしば作られていました。四角錐に近いが近くで見ると段差がある構造だと樋口さんは受け止めます。シュメール語では「エテメンアンキ」、天と地の基礎の建物と呼ばれていました。
楊さんは、このジッグラトを見た記憶が後の時代に伝わり、イスラエル人によってあるもののモデルにされたと明かします。それが旧約聖書に登場するバベルの塔バベルの塔 ── 旧約聖書に登場する、天まで届く塔を建てようとして神に言語を乱される物語。人間の傲慢の象徴として語られる。で、ジッグラトがそのモデルになったと考えられているそうです。
なぜ粘土板は数千年も残ったのか
楊さんは、メソポタミア文明を「粘土が作った文明」だと表現します。城壁も建築物も、日干しレンガを積み上げて作られていました。南メソポタミアは木材が乏しく、粘土が建築材として使われていたためです。
日干しレンガは、強い日光で乾燥させただけでも耐久性が高く、火で焼いたものは半永久的に持つといいます。だからこそ楔形文字が記された粘土板が残り、数千枚単位で発見されているのです。
樋口さんは、ハードディスクやCDなら何十年も持たないのに、日干しレンガというローテクだからこそこれだけ残っている点を「えもい」と評します。楊さんは冗談交じりに、後世に名を残したければ粘土板がよいと返しました。
だから樋口さんがもし後世に名を残したければ、粘土板で残した方がいいかもしれないです。
墓碑碑で名を残し、粘土板で文字を残し。それだ。
続けて楊さんは楔形文字を紹介します。粘土板に記された世界最初の文字である楔形文字はシュメールで生まれました。葦の草のペンの断面を三角に切り、湿った粘土板に押し付けて記し、乾燥・焼成すれば耐久性抜群の記録媒体になったといいます。
文字はなぜ生まれたのか、そして物語へ
楊さんは、楔形文字がちゃんとした文字になる前の段階を説明します。もともとは商売の取引を記録するために、粘土で作った小さな塊が使われていました。
たとえば羊を表す小さな粘土の塊をいくつ持っているかで、実際に何頭の羊を持っているかを可視化していました。この塊がトークンで、これがやがて粘土板に文字として記録されるようになっていったといいます。
ギルガメシュ王が治めた都市国家ウルクからは、現時点で人類最古級の文字が見つかっています。厳密には楔形文字ではなく、そのプロトタイプである絵文字のような古拙文字で、その多くは家畜や穀物、土地に関する会計簿でした。人類の文字は商売のために生まれた、と楊さんは紹介します。
その後シュメール人は、会計情報だけでなく神々の物語など自分たちの世界も記録するようになりました。その中にギルガメシュ王の物語もあったのです。
ギルガメシュ叙事詩はどう編纂されたのか
楊さんは、ギルガメシュ王の物語がシュメールの時代の後、長い時間をかけて形成されたと説明します。一つの物語が一気に生まれたのではなく、いろいろなバージョンが存在します。
シュメール人の後にやってきたのがアッカド人で、アッカド語を使いました。彼らの中でもギルガメシュ王の物語が作られ、語られ、編集されていきました。つまりギルガメシュの物語は、さまざまな時代・言語で生まれ続けた一連の営みなのです。
そのため特定の作者はいません。ただ、後の時代にはこの物語に携わった人物が特定されることもあります。生産の過程で、複数の物語を集約してひとつながりの物語に仕立てるキュレーションも起きました。
その代表がギルガメシュ叙事詩ギルガメシュ叙事詩 ── 複数のギルガメシュ物語を集めて編纂した叙事詩。人類世界で知られる最初期の文学作品の一つとされる。です。楊さんは、いろいろな物語を集めて編纂し、大河ドラマとして仕立て直したものだと表現します。メッセージ性があり、一つのまとまった物語として完結しているといいます。
楊さんは、今回読んだ文献の一つである月本明夫先生の本の帯に「全ての物語はここから生まれた」とあったことを紹介します。ギルガメシュ叙事詩は最古の物語ではないものの、これほど芸術点の高い文学作品としては最古の物語と言って差し支えない、と話します。
古代の語りと今のポッドキャストは同じか
楊さんは、ギルガメシュ叙事詩が詩の形式であり、かつては宮廷の詩人たちによって声に出して歌われていたかもしれないと述べます。王様やその客人を楽しませる話として語られたはずだといいます。
古典ラジオでギルガメシュ王の物語を音声で語るっていうことは、古代の人たちがギルガメシュ王を語ったスタイルと同じなんですよ。
樋口さんは、今はリスナーのイヤホンを通して届けているが、当時は宮廷に集まって同じことをしていたかもしれない、とロマンを感じたと話します。楊さんも、当時は音声のほうが今より主体だったと応じます。
楊さんは、楔形文字がメソポタミア文明の滅亡後に人類社会から完全に忘れ去られたことも紹介します。千年以上のあいだ誰もその存在を知らず、これが文明が滅ぶということかもしれない、といいます。
その後、17世紀から19世紀にかけて粘土板の破片が見つかり、ヨーロッパの学者による解読が始まりました。数千年前の文字であるため、単語の意味を一つずつ確定する作業には無限の根気が必要で、人生を削るような世界だったと楊さんは語ります。その人々が見つけたのがギルガメシュ王の物語でした。
最も古いのに最も近いテーマとは
樋口さんは、これまでのコテンラジオで一番古い、最古の文明の話をしている点に改めてロマンを感じます。楊さんはそれに同意しつつ、意外な言葉を返します。
一番遠いですね。
でも実は一番近いんです。
楊さんは、この物語のテーマは我々人間にとって最も身近なものだと予告します。テーマの中身は明かさないまま、次回への引きとしました。
次回はまだギルガメシュ王は登場せず、世界の初期設定、つまりこの宇宙がどう生まれたのかから話すといいます。答えはビッグバンではなく、神々の存在です。楊さんは、頭を近代科学モードからメソポタミアモードに切り替えてほしいと促します。
そして主要なメソポタミアの神々は7柱で、楊さんはこれを発音のしやすさから「7人の神様」と呼び、樋口さんとともに「神セブン」と名付けます。この神々がギルガメシュ王の物語に深く関わってくるため、次回はまず神セブンの紹介から始まると締めくくりました。
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まとめ
この回は、ギルガメシュ編の導入として、なぜ「歴史」ではなく「物語」を扱うのか、そしてその前提となるメソポタミア文明の世界観を丁寧に整理する内容でした。物語を事実のように語るという方針と、都市国家・城壁・神殿・粘土板の知識が、次回以降の物語を読み解く土台になります。
- ギルガメシュは紀元前2600年頃のウルクの王とされるが、歴史の記録はほとんど残っていない
- 物語は事実かどうかより「語られてきた」ことに意味があり、古代の人々の心に迫るために事実のように語られる
- メソポタミアは単一の国家ではなく、シュメールやアッカドなど複数の文明・都市国家の総称である
- 城壁は文明と野蛮の境界線であり、王の名声を残す装置として都市国家の象徴だった
- 粘土板というローテクだからこそ楔形文字が数千年残り、そこからギルガメシュの物語が解読された






