コテンラジオがジャパンポッドキャストアワードにノミネート
本編の前に、樋口さんから大きなニュースが発表されます。日本の面白いポッドキャスト番組を決めるジャパンポッドキャストアワード2019で、コテンラジオがエントリー対象821作品の中から最終審査の20組にノミネートされたという知らせです。
樋口さんがサイトを確認したところ、審査側は821作品をすべて聞いているそうで、深井さんはその情熱に驚いています。このアワードは今回が第1回で、どれだけ応募が集まるかもわからない状態で始まったといいます。
だから視聴者の方の応募がないと参加もできないっていう。
ノミネートの前提には、リスナーからの応募があります。深井さんはTwitterで応募を呼びかけており、たくさんの人が応募してくれたことに感謝を述べています。グランプリの発表は4月10日の予定で、配信時点ではまだ結果は出ていません。
番組に協力したいという人も増えているそうです。樋口さんの友人の映像ディレクターは、YouTube版のジングル部分にアニメーションを自主的に付けてくれました。この映像は玄奘編から使われています。
(YouTube版の)皆さんのYouTubeの再生回数が上がるのが俺にとってのギャラだって言ってくれて。
YouTube版の最後の「次回へ続く」では、3人のアニメーションがそれぞれ一言しゃべっており、そのセリフは毎回変えているそうです。
二人が勇気をもらった偉人は誰か?
番組が認められて勇気をもらえたという話から、樋口さんは深井さんと楊さんに、人生で勇気づけられた人物を尋ねます。深井さんは、歴史上の出来事や人物に結果としてとても勇気づけられてきたと答えます。
今日のテーマである高杉晋作。これめちゃくちゃ勇気もらえた。俺は。なんでだろうね。いまだに何でかよくわかんないんですけど。
深井さんは、高杉晋作の話を聞いて勇気が出るかどうか、リスナーにも確かめてほしいと話します。一方の楊さんが挙げたのは吉田松陰です。
(吉田松陰と)弟子との関係性ですよね。その相互作用とか、一緒に醸すドラマを大学の時に読んで、自然と涙こぼれましたからね。中国人なのに。
楊さんにとって、吉田松陰は歴史上の人物で初めて涙した存在だといいます。深井さんは、吉田松陰がいるからこそ、高杉晋作の人生も勇気が出る系の人生になっているのだろうと見ています。コテンラジオの第1回が吉田松陰だったのも、二人がそれぞれ松陰に感動していたからでした。
なぜ今、高杉晋作なのか。松陰の種が咲かせた花
今回の高杉晋作編の始まりで、樋口さんは高杉晋作を取り上げる理由を尋ねます。深井さんは、そろそろ日本人を扱いたかったこと、Twitterのアンケートで人気があったことを挙げます。
もう一つの理由は、吉田松陰の人生が高杉晋作の人生を見ることで完結するという考えです。深井さんは、イエスの人生も死んだところで終わってしまうとよくわからないのと同じだと例えます。
深井さんは、幕末の人物の中でも吉田松陰と高杉晋作が特に好きで、日本史の中で一番好きなのが高杉晋作だといいます。名前は知っていても何をした人かわからない、という樋口さんに向けて、深井さんはまず「エリート中のエリート」だと説明します。
幕末の志士にはエリート出身の人がほとんどいない中で、高杉晋作は長州藩 ── 現在の山口県を中心とした藩で、居城の所在地から萩藩とも呼ばれます。幕末には尊王攘夷運動と倒幕の中心勢力の一つになりましたのエリートとして生まれ、エリートのまま生涯を終えた珍しい人物だといいます。
高杉晋作は手紙や日記が多く残っており、本人の言葉を読める偉人だそうです。深井さんは、困っているとは書いていないものの、その裏には苦悩があったのだろうと感じています。
破天荒なだけじゃない、歌で返すアーティスト
樋口さんの高杉晋作のイメージは、むちゃくちゃ破天荒で、何も考えずにいろいろやる人というものでした。深井さんは、破天荒なのは確かだとしたうえで、高杉晋作にはアーティスティックな一面があると話します。
ドラマみたいな感じ、ほんと。超重要な場面で[[都々逸::七・七・七・五の音数で作る俗謡。江戸時代末期に流行し、恋愛や人情を口語でうたう歌が多く作られました]]って歌ったりするから。
代表例として挙がるのが「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」という歌です。深井さんによると、高杉晋作はこの歌を遊郭で歌っており、今でいえば風俗で口にしている言葉になります。
高杉晋作は公金を使って遊郭に通いまくっていたそうです。同じ松下村塾 ── 吉田松陰が萩で主宰した私塾。高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文など、幕末から明治に活躍する多くの人物を輩出しましたの仲間で真面目な入江杉蔵に怒られた際には、逆ギレしたといいます。
もう死ぬのを覚悟して生きてんのに、うるせえみたいなこと言って。
今の政治家なら大炎上だと3人は笑います。そのうえで深井さんが惹かれているのは、エリートでありながら、下級武士や農民が多い志士たちの中に飛び込んでいき、エリートであるがゆえの苦悩を抱えたところです。
下級武士や農民などの出身で、エリートではない
長州藩のエリートとして生まれ、エリートのまま志士たちの中に飛び込み、出自ゆえに苦悩する
深井さんによれば、高杉晋作のこの苦悩は誰からもあまり理解されていません。その苦悩の中で自分をどう燃焼させていくかに吉田松陰が絡んでくるところが、深井さんにとっての感動ポイントです。
楊さんは、高杉晋作をガンディーと似ていると見ています。最初から偉人だったわけではなく、人生の方向に悩んだ時期を経たという意味で、27歳で亡くなったにもかかわらず、ある意味では大器晩成だというのです。
この人が歴史に名を残したのは、本当に最後の1、2年の活動であって、それまではずっと空回りしてますからね、彼は。
深井さんは、高杉晋作が歌で詠む姿を、今でいえば会社の経営判断で議論が紛糾し、場が静まり返った瞬間にいきなりラップを言うようなものだと例えます。楊さんによれば、高杉晋作は400首もの漢詩を残しており、中国人から見てもセンスのいい詩だそうです。
「おもしろきこともなき世を」の本当の意味は?
樋口さんが挙げたのは、高杉晋作の辞世の句として知られる「おもしろきこともなき世をおもしろく」です。深井さんによると、高杉晋作が詠んだのは上の句だけで、下の句「住みなすものは心なりけり」は野村望東尼 ── 福岡藩出身の歌人で尼僧。平尾山荘に志士をかくまうなど、幕末の志士たちを支援したことで知られますが詠んだものです。
活躍の絶頂で結核に
最も活躍していた時期に結核で戦線離脱を余儀なくされる
上の句を詠む
見舞いの場で高杉晋作が「おもしろきこともなき世をおもしろく」と詠む
下の句で応える
60歳ほどの野村望東尼が「住みなすものは心なりけり」と返す
深井さんの見立てでは、高杉晋作は死の数か月前、見舞いに来た野村望東尼の前で、かなりネガティブな気持ちでこの上の句を詠んだのではないかといいます。下の句は、つまらない世の中を面白くするのは心次第だと、若い高杉晋作を慰める意味だったのではないかという解釈です。
自暴自棄になってたんじゃないかなと思います。
樋口さんは、この句をずっとポジティブなものとして受け取っていたため驚きます。深井さんも、実際に詠まれた時期は死の直前だった可能性もあるとしつつ、少なくとも下の句は本人が詠んでいないと話しています。
深井さんは、高杉晋作の繊細さと過激さ、そして吉田松陰の影響が、日本史だけでなく世界史にも影響を与えたと考えています。明治維新は世界史上でも大きな出来事であり、高杉晋作がいなければ明治維新は違う形になっていた可能性が大きいという見方です。
(明治維新が違う形なら、日本は)中国みたいになってたかもしれんね。
次回からは、高杉晋作が活躍した幕末の時代背景から話が始まります。
まとめ
高杉晋作編の導入回では、破天荒な幕末風雲児というイメージの裏に、エリートゆえの苦悩、空回りを続けた長い時期、そして詩歌に表れる繊細さがあったことが語られました。吉田松陰がまいた種がどう花開いたのかを見る物語として、本編への期待が高まる回です。
- コテンラジオは、ジャパンポッドキャストアワード2019で821作品の中から最終審査20組にノミネートされた
- 高杉晋作は、下級武士や農民が多い幕末の志士の中では珍しい長州藩のエリートで、出自ゆえに苦悩していた
- 歴史に名を残した活躍は最後の1、2年で、それまでは空回りが続いていたと深井さんは話す
- 400首の詩歌を詠み、重要な場面で都々逸を歌うアーティスティックな一面があった
- 「おもしろきこともなき世を」の下の句は野村望東尼の作で、上の句は病床での心境だったという解釈がある


