部署をなくした組織はある?大学に根づく縦割り
この回は、木原さんの「部署をなくすようなことにチャレンジしている組織はあるのか」という問いから始まります。小笠原さんは、管理職の廃止など役職を見えなくする試みはあるものの、どこか寂しい気持ちになると答えました。
小笠原さんが例に挙げたのは、Spotifyの組織です。Spotifyは製品というプロダクト軸と、チャプターという機能軸のマトリックス ── 縦と横の2つの軸を組み合わせて人やチームを配置する組織形態。1人が製品チームと職能チームの両方に属する形になりますで運営していましたが、今は使っていないらしいと話しています。
木原さんは、大学は典型的な縦割り組織だと語ります。部署どころか個人単位の縦割りが強く、隣の人が何をしているのかわからない状態は業界内でも有名だそうです。
(縦割りを)壊そうとしてるけど、やっぱ壊す理由がないみたいな感じになるんですね、最終的に。
これに対して小笠原さんは「維持する理由もない」と返します。木原さんが、判断できないときに学校業界は維持を選ぶと説明すると、小笠原さんはさらに問い返しました。
え、どっちがいいか判断できないなら、新しい方法を試すのが学びと研究の場の存在価値ではないんですか?
木原さんは、川NGOさんの言葉を引きながら、学校には変化でネガティブな影響を受ける人の声が大きく、現状で困っている人に目が向きにくい文化があると話します。たとえばSlackで情報共有を透明にしたい人の声より、「Slackなんか使えない」という人の声のほうが尊重されやすいといいます。木原さんは、自分の大学を批判しているわけではないと添えています。
小笠原さんは、木原さんが仕事の話を必ず大学に寄せることにも触れます。人は「大学」「京都の大学」「芸大」のようなタグで自分のテリトリーを無意識に認知し、その中で考えてしまうのではないか。そのタグを外すトレーニングをすれば、部署の境界も薄くなるかもしれないと語りました。
部署はなぜ生まれたのか、古代ローマの軍隊から考える
小笠原さんは、部署の役割を整理します。ある専門性に対して部署を作ることで、専門性を育て、知識を共有しやすくし、部署内の調整を減らして効率よく進められる。さらに予算や資源、責任を部署単位に割り当てられるといいます。
木原さんが「今の話を聞くと部署はいいものに思える」と返すと、小笠原さんは部署の起源の話に移ります。古代ローマの軍隊では、1つのテントに8人が寝ていたため、8人を1単位とし、10テントで1つの部隊とする編成をとっていました。
あの戦争(を)やらなかったら組織いらなかったはずなんですよ、昔。群れでよかったんで。
小笠原さんによれば、戦争が大規模になったから管理が必要になり、その仕組みがビジネスや学校にも持ち込まれました。そして部署の本質は、情報統制や情報伝達経路といった「情報の話」だと位置づけます。
群れの時代
やれる人がやることをやれば足りた
戦争の大規模化
8人のテント単位、10テントの部隊で管理する必要が生まれた
ビジネスや学校へ
同じ編成の考え方が持ち込まれ、情報統制の仕組みになった
エージェントの登場
人間の判断に近い計算機が情報を扱えるようになった
小笠原さんは、確率論的に人間の判断に近いことをする計算機、つまりエージェントが出てきた以上、8人のような小さな単位にこだわる必要はないのではないかと考えています。
別に同時に情報が行く、流通するならこれが100人でもいいんでしょ?って思って。
木原さんはこの説明で腑に落ちたといいます。専門性を育てて知見を継承するという部署の利点も、会社が培った知見をエージェントが相談役として蓄えていけば代替できるのではないか、と応じました。
総合職をさらに細かく分ける違和感、共通業務と専門業務
小笠原さんは、大手企業の人がこの話を聞けば「それは総合職だ」と言うだろうと前置きします。そのうえで違和感があるのは、総合職をさらに細かい部署に分けていることだと説明しました。
小笠原さんの考えでは、専門職と総合職はどちらもあってよく、専門業務は好きな人や得意な人が担えばいい。一方で共通業務があれば、普段一緒に仕事をしない人同士にも共通の経験が生まれます。
あれ誰でもできるけどしんどいよねみたいな。俺こうやったよ、俺はこうやったよ。
ここでいう「誰でもできる」は、仕事のレベルが低いという意味ではありません。小笠原さんは、手順がはっきりしていて、支えるシステムや仕組みが整備されているという意味で使っていると補足しています。
手順や仕組みが整い、誰でも担える。共通の経験を生み、学生ケアなら多くの人が意見を出せる
好きな人や得意な人が担う。共通業務を経験した人が興味を持って進む先にもなりうる
具体例として挙がったのが学生ケアです。生きてきた経験から誰もが自分なりの意見を言えるので、学生にとっては1人にしか相談できないより、10人に相談してよいと思う答えを選べるほうがいい。学生に関わりたくて入ったのに関われない職員も減るはずだと小笠原さんは語ります。
ただ、小笠原さんは一つ一つの業務を見ると「これはこうかな」と迷ってしまうとも認めています。木原さんは、今も適切でない業務を力技で回しているのだから、穴があっても変えたほうがいいというマインドになっていると返しました。
5人で起業したら「経理を少しずつ手伝って」と言えるか
小笠原さんは、お互いの約束で組織が進むのは理想的で、5人の組織なら想像しやすいはずだと、木原さんが起業する想定の思考実験を持ち出します。PR、AI開発の土台、プロダクト開発、経理、リサーチや取りまとめを、それぞれ社内の得意そうなメンバーに頼めば、5人でも回るだろうという設定です。
ある日ユーザーが増えて処理が増え、経理担当が「人が足りない」と言ってきます。売上や利益を考えると人は増やせず、経理がボトルネックになっている。ほかのメンバーには少し手が空いているとします。
みんなに、例えばですけど、経理業務(を)ちょっとずつお願い(って)多分言えないですよね。
木原さんは、言えない理由は専門性よりも「やりたくない」という気持ちにあるのかと尋ねます。小笠原さんは「やりたくないはどこで生まれるのか」と問い返しました。請求書のチェック、支払い指示、入金確認は、手順書があれば誰でもできる作業だからです。
木原さんも、今のメンバーなら作業自体は必ずできるが、やりたくない感情は生まれるかもしれないと応じます。小笠原さんはそれを「思い込み」かもしれないとしつつ、例に挙げた光陽くんが個人向け会計ソフトを作っている人なので、頼みやすい人を選んでいたと打ち明けました。
小笠原さんは、一般には「この仕事の人はこの仕事をやりたくない」という感覚が強く生まれていると見ています。共通業務と専門業務を明確にすれば入社希望者が減るという見方もありうる一方、小笠原さん自身は、新卒が共通業務を経験したうえで専門業務に興味を持って進んでくれる期待のほうを考えてしまうと話します。
見えない貢献はどう報われる?「評価」から「合意」へ
木原さんはこの話を「めちゃめちゃ未来の組織の話」だと受け止めます。部署をまたいで仕事をしない理由は、手伝っても評価されず、自分の稼働が取られるだけでタスクが減らないからだと整理しました。
かつ上長、今で言うとやっぱ評価(は)上長がするので、上長はそういったこと(他部署の手伝い)をやってるかどうかもわからない。
木原さんは、やっていることが可視化されて評価にフィードバックされれば部署を越えた活動は推奨され、究極的には部署がいらなくなるかもしれないと考えます。小笠原さんは、二人の組織で人がどんな活動をしたかとアウトプットのつながりを可視化しようとしていることに触れ、こう語りました。
小笠原さんにとって、評価はコントロールに使うものです。たとえばある人が100個のプロセスに関わり、そのうち40個は専門性の無い仕事だったとしても、やったことが記録に残る。それを踏まえて、お互いに「報酬レンジとしてこの辺だね」と合意できる形が理想だといいます。
評価者と評価される側に上下が生まれる。言われて受ける一方通行になりやすい
同じ活動記録をお互いが見て、報酬レンジなどを双方で決める
木原さんは「めちゃフェア」だとしつつ、多くの組織は結局お互いに合意しているのに、なぜ「評価」と呼ぶのかと疑問を投げかけます。評価という言葉にした時点で、圧倒的な上下関係が生まれるからです。
小笠原さんは、その方がコントロールしやすいと今は思われているのだろうと答えます。ただし多くの人はコントロールのつもりではなく、「認めてあげたら嬉しいでしょ」という感覚だろうとも話しています。
なんかお互い片思いしてるみたいな状態。
小笠原さんは、お互いを認め合うアプリシエイトのようなものは良く、それを「合意」と呼んでいます。今の評価は一方通行を双方からやっているだけだという指摘です。木原さんも、360度評価 ── 上司だけでなく同僚や部下など複数の立場から評価を集める手法。多面評価とも呼ばれますであっても、フィードバックを言われて受けるのが一般的で、やりとりとしての合意にはなっていないと同意しました。
想像力には限界がある、だから事実が欲しい
小笠原さんは、合意が生まれにくい背景に、想像力の限界や前半で触れた「認知の境界」があると考えます。小笠原さんは木原さんの仕事をすべて見ているわけではなく、見えない活動を知らないまま、接点や周囲から入る情報で判断しているといいます。
(僕が見えないまま判断してると)たまにムカつくでしょ?
これは小笠原さん自身も同じだそうです。予定管理が一番のストレスなので、木原さんが自分の時間を考えずに依頼してきたと感じると、ほかのことよりそちらの比重が大きくなってしまうと明かしました。
小笠原さんによれば、部署による情報統制は、想像力に頼らなくて済むように仕組みで補う効率的な方法でした。しかし相手を慮れる組織を作るには、想像と事実の組み合わせが必要で、想像力が限られている以上、やはり事実が欲しいという結論になります。
プロセスの記録
業務や作業のプロセスで、やったことをやったと残す
適切な認識
残った事実をお互いが適切に認識できる
報酬との接続
一般的な報酬相場より多い報酬を得られるようにする
収入づくり
そのために組織としてきちんと収入を作る
二人の組織では、この仕組みをCompanyOSと呼んでいます。小笠原さんは、これらをすべて紐付けたとき、本当に部署単位の目標で仕事をしていてよいのかと問いかけました。実際にやっている組織を知っている人がいれば、コメントで教えてほしいとも呼びかけています。
DMで仕事をする有能な人に光を当てるには?
木原さんは、プロセスの可視化の事例は意外とあるかもしれないとしつつ、今のAIでどこまで精緻にできるのかは本当に知りたいと話します。小笠原さんが挙げたのは、メンバー1人1人とDMでやりとりしてマネジメントするタイプの人の例です。
で、しかもそこ(DM)で解決してるから表に出てこない。だからめちゃめちゃ有能なわけですよ。
普段の仕事の場であるSlackにはそのやりとりが見えないため、仕事をしていないように見えてしまう。本人もDMの記録をわざわざ見せてくるわけではありません。小笠原さんは、DMを使うのは秘匿したいからではなく、単に1対1だからだと指摘します。
そこで小笠原さんは、秘匿情報は秘匿のチャンネルを作ってもらい、システム上は見ない。一方でDMは業務上の1対1のやりとりとして見る、というルールを提案します。そうできれば、社内でよく相談される人のような見えない貢献にも光が当たり、それも仕事だと認められるといいます。
わかってほしいとは思うけど、わかってほしいと思っているだけで、その術が今はない。
小笠原さんは、部署があると部署の中で閉じる感覚が生まれると話します。「部署をなくそう」はキャッチーすぎる自覚があるとしたうえで、新しい組織を作るときは部署も階層も最小限にしようと言えたらいいと語り、木原さんの「やっていきましょう」で回は締めくくられました。
まとめ
この回では、部署の役割を古代ローマの軍隊にまでさかのぼって情報の扱いとして捉え直し、エージェントの登場で前提が変わりつつあることが語られました。そのうえで、共通業務と専門業務を分け、見えない貢献を事実として残すことで、評価ではなく合意で報酬を決める組織の姿が描かれています。
- 部署は戦争の大規模化から生まれた情報統制の仕組みであり、エージェントが情報を扱える今は小さな単位にこだわる必要がないかもしれない
- 共通業務を手順と仕組みで誰でも担えるようにすると、共通の経験が生まれ、部署の境界が薄くなる
- 部署を越えた手伝いが進まないのは、上長がその貢献を見えず、評価されないから
- 活動とアウトプットのつながりをお互いが同じように見られれば、一方通行の評価ではなく合意で報酬を決められる
- DMでのマネジメントや社内相談のような見えない仕事も、記録できれば正当に認められる



