疲れていても「20年前には戻らない」理由
はたらくビ学ラジオは、良い働き方とは何か、美意識ある働き方とはどんな働き方かを話す番組です。この回は、小笠原さんの「今日しんどい」という一言から始まります。
ちょっと今日僕しんどいんですよなんか。
しんどさの話を振られた木原さんは、少し考えたあと、自分は疲れていても平気だと話します。理由は、今の人生が自分にとってのピークを更新し続けていると感じているからです。
もう要は20年前に戻っていいですよって言われても、戻った結果今にたどり着けないんだったら戻らない。
今が自分の人生にとってずっとピークを更新し続けてると思ってます。
小笠原さんも、過去には戻りたくないと答えます。ただし小笠原さんの理由は「恥ずかしいことの方が多い」というもので、木原さんも、数年後に見れば今の自分も恥ずかしいだろうと笑って同意します。
「部署をなくす」はどこまで飛躍した発想なのか
雑談のあと、木原さんがこの回のテーマを切り出します。組織や職場で前提となっている部署を、なくしたらどうなるのかという話です。
このテーマは、小笠原さんが以前から社内で「そうするのは面白そう」と口にしていたものです。木原さん自身も、ここ数ヶ月、大学における部署や仕事とは何かを考える機会が多かったといいます。
部署をなくすみたいな飛躍的なことを考えてはいないんですけど、そもそも部署なんだろうみたいなことは考えてるんですよ。
小笠原さんが問題にしていたのは、まず階層構造です。8人以下ほどの単位が10個ほど集まって事業部になり、事業部がいくつか集まって事業本部になる、という積み上げ方に対して、小笠原さんは「もっと少なくてよくね?」と感じていると話します。
単位
8人以下ぐらいのチーム
事業部
単位が10個ぐらい集まったもの
事業本部
事業部がいくつか集まったもの
部署が担う「分業・評価・宛先」の3つの機能
木原さんは、部署を階層構造だけの話とは捉えていません。新しい組織を作るときに考える部署の機能として、分業の単位、評価の単位、宛先の3つを挙げます。
これに対して小笠原さんは、分業がそのまま部署なのだとしたら、まさにある程度なくしたいものだと答えます。さらに、階層も分業の一種だと指摘します。
縦、縦横に分業してる。分業、権限を分けるっていうのは分業なんですよ。
木原さんは、権限が分かれてやることが違うのだから、階層もたしかに分業だと納得します。そのうえで、階層をなくすとは権限の範囲が均一になっていくことなのか、と小笠原さんに問いかけます。
プレスリリースの社内周知は誰がやってもいい?
小笠原さんは具体例を挙げて説明します。PRにいる木原さんと、経理総務を担うGAにいる「ゆっこ」さんがいて、あるプレスリリースの内容を社内に周知する場面です。
プレスリリースを出すこと、出す日、社内公開してよいタイミングが決まっていれば、社内周知はどちらがやってもいい仕事です。それでも実際にはPRがやることになる、と小笠原さんは指摘します。
誰がやってもいい仕事の方が多いと思ってるんですよ、僕。
小笠原さんがそう考える背景には、学園の仕事のヒアリングがあります。現行業務のワークフローやシーケンスを洗い出す一方で、法令や学則をベースに「絶対になくてはならない仕事」から新しい学校の業務を組み立てたところ、両者を突き合わせると量が倍以上違っていたといいます。
ヒアリングでワークフローやシーケンスを洗い出した業務
法令や学則をもとに、絶対になくてはならない仕事から作った業務。現行の半分以下の量
木原さんも、その差には変な感じがすると認めます。ただ、誰がやってもいいのなら、結局誰が手を挙げるのかを明確にするために、分業でわかりやすくしておいたほうが組織は回るというのが一般論だろうと返します。
学生の住所変更で、情報はいくつの部署を渡り歩くのか
小笠原さんは、大学の例として学生の住所変更を挙げます。学生が引っ越すと、現行業務では学生自身が住所変更を届け出ます。
住所変更の影響は1か所にとどまりません。小笠原さんがぱっと思い浮かべただけでも、次のような手続きに関わってきます。
- 奨学金の書類
- 証明書などの送付先の変更
- 緊急連絡先の登録
- 学生の保険の登録変更
木原さんによると、こうした手続きは別々の部署が担当しています。学生自身がそれぞれに届け出るか、最初に受け取った部署が各部署に「変わりましたよ」と転記して伝えているのが実情です。
これ部署なかったら。
小笠原さんは、部署があったとしても、どこに言ってもよい形にできないかと考えます。宛先がなければ誰もボールを取らないという責任論になりますが、今ならエージェントがある、と小笠原さんは話し、木原さんも「っていう時代」だと応じます。
休学手続きの裏側にある転記と確認の連鎖
小笠原さんはもう1つの例として、休学や退学などの学籍異動を取り上げます。学生が休学を申請すると、異動願いを紙で出すことになり、古い様式だと受け付けられません。
小笠原さんたちの大学では、この異動願いはまだ手書きです。木原さんは、大学に限らず市役所なども、大事な書類ほど手書きにしている気がすると話します。
まあもしかしたら(休学の申請が)手書きが嫌やから思いとどまってくれたとかね。
ただし小笠原さんは、手書きが申請のハードルになるなら、それはその人がやろうとしていることを阻害しているので良くないと考えています。何でもスムーズなほうがいい、というのが小笠原さんの立場です。
そこから小笠原さんは、休学手続きの流れを一つずつたどっていきます。途中で何度も部署が変わり、そのたびに転記と確認が発生していることが見えてきます。
名簿の書き換えでは、Excelでやる人、GWS ── Google Workspaceの略。GmailやGoogleスプレッドシートなど、Googleが提供する業務向けツール群のことのスプレッドシートでやる人、原本をローカルに持つ人、企業として管理されたスプレッドシートでやる人と、やり方まで分かれてしまうと小笠原さんは指摘します。
SSOTがあれば部署の壁はストレスにならない
小笠原さんが住所変更や休学の例を出したのは、部署をなくす前提の話をしたかったからです。鍵になるのは、よく言われるSSOT ── Single Source of Truthの略。組織内で同じデータを1か所で管理し、全員がそこを参照する考え方。転記やデータの食い違いを防ぐ目的で語られますだといいます。
(SSOTが担保されてたら)部署があったとしても、部署間でのある意味ストレスを伴うようなやりとりってない気がするんですよね。
小笠原さんにとって、この転記の連鎖こそが、最初に「部署をなくせないか」と考えたポイントでした。木原さんはこの説明を非常にわかりやすいと受け止めます。
木原さんは、こうした問題は大学がアナログだから起きているわけではないと付け加えます。データを連携できずにCSVで落として別のシステムに入れ直すような業務プロセスは多くの企業にあり、それも転記と同じだからです。
一番最初にもらったデータを1つの部署として扱っておけば、その転記なんて本来必要がなかった。
業務の越境が「縄張り」を生むメカニズム
小笠原さんは、データを部署の外に流すことは、今の組織では部署の越境になると話します。すると「それはあなたの仕事じゃない」「こちらの仕事に手を出さないで」「あちらのやり方、こちらのやり方」といった言葉が生まれていきます。
越境
仕事が部署の境界をまたぐ
線引き
「あなたの仕事じゃない」「手を出さないで」が生まれる
感情
ストレスや悪感情が付け合わさる
縄張り
部署がテリトリー化する
小笠原さんは、超専門性の高いことを1つのグループや部署として見ることは理解できると言います。そのうえで、最初からテリトリー化しそうだとわかっているなら、組織設計の段階で部署を分けるのはやめたい、というのが小笠原さんの考えです。
経理課に異動しただけで、見える情報が変わるのはなぜか
木原さんは、縄張りの話から情報の閲覧権限を思い出します。木原さんが明日から経理課に異動すると、木原さん本人も信頼性も変わらないのに、経理課という役職に就いたことで予算が全部見えるようになるといった変化が起きます。
でも別に今の僕の立場でそれ(予算)が見れない理由がないはずって思いながら設計したいんですけど、そういうわけにはなんかいかない。
小笠原さんは、この状況がむしろ逆流していると指摘します。情報セキュリティは組織全体で見なければならないのに、各部署のやり方があるためにやり方が変わらず、全体を決める側からも見えなくなっているからです。
小笠原さんは、これをよく言われるシャドーIT ── 組織の情報システム部門が把握・許可していないIT機器やクラウドサービスを、現場が独自に業務で使うこと。AIツールの場合はシャドーAIと呼ばれますやシャドーAIの問題と重ねます。部署があることでかえって見えなくなり、情報セキュリティが低くなる、ということがどこでも起きているといいます。
木原さんも、セキュリティリスクのある情報は権限として公開しなければよいだけで、部署で守るべきものではないと考えます。階層である程度絞られた人だけが見られるほうが健全だとしつつ、それをゼロから作るのは大変だとも話します。
情報統制は必要、それでも残る「いらなかったルール」
小笠原さんは、特定個人情報や機微情報、会社として部署単位で負っている守秘義務のように、最初から分けるべきものがあることは理解していると前置きします。情報統制が組織の基本だという指摘も、その通りだと認めます。
なんですけど、普段のやり取りに困る。
困るのは、後から意図や理由を確認したときに「このルールいらなかったじゃん」となる場面です。小笠原さんは、そうしたルールの中に、縄張り意識から来ているものもあると感じています。
木原さんが縄張り意識とはどういう感情なのかを尋ねると、小笠原さんは、もともとはテリトリーと呼んでいたものだと説明します。人には自分が見通せる、把握できる、認知できる境界があるという考えです。
それをこう部署っていうことで、こうキュッって範囲決めちゃうと、本来その人が認知できることを狭めてるんじゃないかな。
小笠原さんは、認知の歪みという意味合いで縄張りという言葉を使っていたと話します。「ここを守ればいい」という感覚のことです。
「ここを守ればいい」が評価される組織は寂しい?
木原さんは、小笠原さんの言う縄張り意識に強く共感します。多くの人が「ここを守ればいい」と思って働いていて、しかもそれが評価されるような気がするといいます。
木原さんによれば、部署における目標設定は「お前がやるべきことを突破すれば組織にとって良い」という前提で作られることが大半です。部署の目標も個人の目標も、結局はその前提で設定されているように見えます。
なんか寂しくない?
いや、寂しいと思いますよ。めっちゃ。だから僕はそこに抗って生きてきたと思ってますよ。
木原さんは、部署に関係なくいろいろなことにちょっかいを出して楽しんできたつもりだと話します。ところが小笠原さんは、それは一人でやるとスタンドプレー扱いになると指摘し、木原さんも「それはあるかも」と認めます。
組織の設計として、そういう越境性だったり、包括包摂みたいに考えれへんのかなと。
「20%は他部署の仕事」では越境にならない
木原さんは、小笠原さんの言う越境性と、多くの人が受け取る越境性は全然違うと指摘します。多くの人は、目標に全体最適の項目を1つ入れる、他部署との共有を透明化する、といった制度にとどまると考えるからです。
小笠原さんは、大学の学生に置き換えて説明します。学生は学部・学科・コースに入って専攻を学び、最近は副専攻で領域を横断することも増えています。さらに一般教養、小笠原さんたちの大学でいう芸術教養のような、みんなに共通する部分があります。
一般教養や芸術教養のように、全員が学ぶもの
学部・学科・コースで専攻するもの。副専攻で横断もできる
すごいベタなこと言うと、ゴミ落ちてたら拾うの誰でもよくね?みたいな。
小笠原さんは、学ぶという行為と作業するという行為はそんなに違うのか、と問いかけます。木原さんは他部署への留学や異動のような仕組みを思い浮かべますが、小笠原さんに「それもボーダーを引いている」と返されます。
木原さんは、自分は一般的な制度設計の罠に引っかかったと笑います。「20パーセントは他部署のことをやりましょう」というのはよく思いつく解決策ですが、小笠原さんが言っているのはそういうことではないと気づいたのです。
共通の仕事があるはずなんですよ。そこに部署はないはずなんですよ。
専門の仕事と共通の仕事、どこで線を引く?
小笠原さんは、部署がすべて不要だと言っているわけではありません。専門性の高いことや、人に入ってきてもらいやすくしたいこと、部署ごとに評価を変えたいことには、部署があったほうがいいと考えています。
一方で、属人性の高い仕事を部署に閉じ込めるのはきついとも話します。小笠原さんは、属人性の高いことは組織全体の宝だと表現します。
| 仕事の種類 | 部署 | 理由 |
|---|---|---|
| 専門性の高い仕事 | あったほうがいい | グループとして見る意味がある |
| 評価を変えたい仕事 | あったほうがいい | 部署ごとに評価を分けられる |
| 属人性の高い仕事 | 閉じ込めるときつい | 組織全体の宝だから |
| 共通の仕事 | ないはず | 誰がやってもいい |
共通の仕事を考えなさすぎてない?みたいな。
木原さんが「共通の仕事には何があるか」と考え込むと、小笠原さんは「ほとんど共通じゃない?」と返します。木原さんも、これまでの話にあった、本来共通の情報なのに部署ごとに転記しているだけという状況は、まさに共通の仕事の例だと気づきます。
SSOTとCRUDの共通化から始める
小笠原さんは、共通の仕事を見つける第一歩として、転記をなくしSSOTを実現することを挙げます。そのうえで、データの読み書きにあたるCRUD ── Create(作成)、Read(読み取り)、Update(更新)、Delete(削除)の頭文字。データを扱うときの基本的な4つの操作を指しますを共通化するという流れです。
(読み書きを共通化)できたら、そこに関することはみんなできることのはずなんですよ。
小笠原さんは、今の組織は「何をやるか」で部署を切りすぎていると感じています。本来、部署は何に対して責任を担うのかという範囲であるはずだ、という見立てです。
最後に小笠原さんは、なんとなく今の部署が気持ち悪いと率直に語ります。ただしそれは他人事ではなく、自分も部署を作っている当事者として言っているのだと付け加え、話は次回へと続きます。
いや、僕も(部署を)作ってますよ。なんかこれ別に自分のことも含めて言ってるんですよ。
まとめ
この回では、部署の機能を分業・評価・宛先として捉え直し、学生の住所変更や休学手続きに潜む転記と確認の連鎖から、部署の境界が縄張りを生む構造が語られました。小笠原さんは、専門性や属人性の高い仕事には部署を認めつつ、SSOTと読み書きの共通化によって、誰がやってもいい「共通の仕事」を見つけたいと話しています。
- 部署には分業・評価・宛先の機能があり、小笠原さんは階層も権限を分ける分業だと捉えている
- 学生の住所変更や休学手続きでは、部署が変わるたびに転記と確認が発生している
- 部署の越境がストレスや悪感情と結びつくと、縄張り化して認知の範囲まで狭める可能性がある
- 「20%は他部署の仕事」のような制度ではなく、そもそも部署のない共通の仕事を見つけることが論点になる
- SSOTを実現し情報の読み書きを共通化すれば、その情報に関わる仕事は誰でもできるはずだと小笠原さんは考えている





