台本消失とスフィアの超エンタメ体験
冒頭、久しぶりに会った2人が近況を語り合います。部長は世界旅行帰りで日焼けしていて、話題はすぐアメリカへ向かいます。
部長が体験してきたのは、ラスベガスの巨大会場「スフィア」でのイルミニアティ系DJのライブでした。今年がアメリカ建国250周年にあたり、それをテーマにした演目だったと話します。
今年でアメリカ建国250周年で、(ベガスで)一番盛り上がってるスフィアのライブに、AIで一番いい席をピックアップして行ってきた。もう世界最高峰のエンタメ。
部長によれば、会場は3400億円をかけたもので、EDMのDJが作る映像を1時間半たっぷり見せられる内容だったといいます。
さらに部長は、スフィアの価値は演目そのものより「行くこと自体がパッケージ化されている」点にあると指摘します。ホテル宿泊、グッズ、流動的な座席販売までが一体になった仕組みだと語ります。
そこに行くこと自体が全部パッケージになってる。もうホテル入った時からそうなってる。
ここで副部長が、今回から台本が完全になくなったことを明かします。以前も見ているようで見ていなかった台本が、ついに消えたという記念すべき回だと2人は話します。
台本通りやってると面白さが2割か3割減るよね。
テスラのバッテリー上がりとAIが選んだカーシェア
部長はアメリカでの体験として、ロサンゼルスの自宅に置いていたテスラのバッテリーが上がってしまった話を始めます。EVなのにバッテリーが上がるとは思っていなかったといいます。
部長の説明では、EVも挿しっぱなしにしていると自然に少しずつ電力が下がり、久しぶりに乗ろうとしたら起動用のバッテリーが上がっていたとのことです。レッカーを呼んだものの、重くてガソリン車より大変だったと振り返ります。
目的地のパームデザートまで行く車が必要になり、部長はAIに「一番合理的な車の選び方」を尋ねます。そこで教えられたのが、アメリカのCtoCカーシェアリングサービス「Turo」でした。
SUVのベンツを選んで、3日間丸まる借りて470ドル。安い上に(自宅の)マンションまで持ってきてくれる。乗り捨てでいい。
部長によれば、車を貸すアメリカ人ホストのほかに、車を届けたり取りに行ったりする「コホスト」がいて、その多くはインド人のアフィリエイター的な立場だといいます。手数料を得ながら運用を代行する仕組みです。
さらにAIは「自分で運転したいか」と尋ね、ドライバーだけを頼む選択肢も提示したと部長は話します。ドライバーだけのほうが安いものの、帰りの200キロをそのドライバーがUberで戻るため、結果的に費用が膨らむこともあると語ります。
この一連の体験を通じて、2人はアメリカのウェブサービスの柔軟さに感心します。副部長はその創造力を評価し、部長は保険や事故といった細かい点を気にせず「やっちゃえ」で進める姿勢を挙げます。
保険どうなるとか事故はとか、細かいこと全然気にしないな。
アメリカはファンタジー駆動、日本はヒストリー駆動
副部長は、スフィアの中二病的な映像と、財産を他人に貸すカーシェア的な発想を結ぶキーワードとして、『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年』という本を紹介します。
副部長の説明では、日本人のアイデンティティには天皇や京都に象徴される長い歴史があるのに対し、アメリカには250年ほどの歴史しかありません。その歴史のなさを、ファンタジーの力で埋めて国をまとめてきたという見立てです。
神話がない、なくて、新しい国なんで、みんなが信じられる新しいファンタジー、幻想を作らなきゃいけない。
部長は、日本の仏教の経典も鎌倉時代までしか新作がなく、ブッダが空から助けに来るようなファンタジーだと応じます。多くの人種をまとめるには巨大な幻想が要る、という点で2人は一致します。
歴史が浅く、ファンタジー(共同幻想)で国をまとめる。ルールに厳しくモラルは緩め
長い歴史(ヒストリー)を土台にまとまる。モラルに厳しくルールには緩め
この対比から、副部長は日米のルールとモラルの違いに話を進めます。日本人はモラルに厳しいのにルールには緩く、アメリカ人は逆にルールに厳しくモラルは緩く見える、という整理です。
ロボットとWaymoが行き交うディストピア的日常
部長は、サンタモニカなどで見たAI時代の光景を語ります。UberEatsのロボットが飲食店の前を走り、ホームレスに襲われることもあるといいます。
ふっと離れて見たら日常になってるんだけど、サンタモニカとかディストピアそのもの。機械が勝ってて、AIが勝ってて、人間が負けてるみたいな。
部長によれば、Waymoが交差点の真ん中で止まって再起動を余儀なくされても、誰もどうにもできず、それが平気で起きてしまうといいます。日本なら10年ほどかけて事前評価するところを、アメリカは「やってみなはれ」で進めると対比します。
2人は、この違いが両国の基本的な考え方の差に根ざしていると確認します。話題は建国250周年の年に開かれたワールドカップへと移ります。
ワールドカップ論争、国を超えるハーランドの個の力
部長は、サッカーを一度も見たことがなく、他人のプレーで自国を応援する気持ちがわからないと率直に語ります。副部長は、それをナショナリズムや同胞意識だと説明します。
生まれてからサッカーの試合を一回も見たことないです。なんで自国を応援しなきゃいけないの?そのアイデンティティは何?
副部長は反例として、ノルウェー代表のハーランドを挙げます。ノルウェーは強豪国ではないものの、ブルドーザーのような個の力で好成績に導き、国を超えて人気を集めたと語ります。
この話から、部長は「国を代表してどうこうだけではない」という論点を引き出します。ただし副部長は、ワールドカップは結局、国と国のぶつかり合いだと述べ、部長はそれが世界を平和にしないのではないかと持論を展開します。
(国と国のぶつかり合いという発想が)世界を平和にしないんじゃないの。やめてしまえばいいと思う、オリンピックとかサッカーとか。
話題はワールドカップの表彰式に及びます。優勝したスペインの写真から、割り込んでしまったトランプ大統領が「消しゴムマジック」で消されていた、というエピソードを副部長が紹介します。
スペインのXの投稿の写真から、トランプさんが消しゴムマジックで消されてる。
部長は、これほど嫌われている世界一の国力の国の大統領はいなかったと感想を述べます。副部長は、250周年の節目にアメリカ以外が主役の大会が開かれたこともファンタジーの力だとまとめます。
2028年ロス五輪と、イングルウッドという持ち場
部長は、2028年のロサンゼルス五輪について、スタジアムまで歩いて行けるイングルウッドに家を持っていると明かします。オープニングのエンタメには行くつもりだと話します。
副部長は、イングルウッドが数々のラッパーの出身地であり、ヒップホップで地名が繰り返し歌われる場所だと補足します。部長は、五輪開催を何年も前から見込んで土地を買っていたと語ります。
一方で部長は、オリンピック自体はヒトラーが利用した段階からダメだと考えており、これまで一度も見たことがないとも言います。それでもエンタメがありそうな開会式には関心を示します。
オリンピックというものが、もうヒトラーが使った段階からもうダメだと思ってる。
2人は、前回大会でトム・クルーズが旗を持って登場したことを引き合いに、次もトムが何らかの形で登場するはずだと盛り上がります。ダイビングやパラシュートで来るのではと想像を膨らませます。
GACKTはアメリカ向き?抹茶とみたらしのビジネス構想
部長は、日本の感覚に合わないように見えるGACKTは、干渉の少ない今のアメリカが向いていると提案します。会社を作るべきだとまで語ります。
GACKTって常々、日本の感覚に合わない人だなと思ってた。アメリカはいいよ、もう全く干渉しないし。
何をやるかという話から、部長はアメリカで手巻き寿司のチェーンが流行っている現状を紹介します。おにぎりより手巻きのほうが受けていて、ブリトー感覚で食べられる点がポイントだといいます。
さらに部長は、ドバイで抹茶ラテの一店舗が長蛇の列を作り、伊藤園を辞めた人が大きく儲けている例を挙げます。副部長も静岡出身としてお茶への思い入れを語り、2人はグローバル抹茶ブランド構想へと発展させます。
部長は、抹茶に甘いみたらしを組み合わせる案や、多くの店が抹茶ではなく煎茶を細かくしたものを使っている現状にも触れます。完成品しか見せないパウダー文化にイノベーションがあると副部長は指摘します。
話してるうちに商売がジェネレートされてしまうというね。
円安でも成長を実感するアメリカとコストコの信念
話題はアメリカの経済的な勢いに移ります。部長は、円安で日本人には物価が高く感じられても、長く住む人は「物価は日本の倍だが収入も倍だから気にならない」と話していたと紹介します。
物価は多分日本の倍だと。だけど収入も倍だと。だから別に(高いと)思わない。
副部長は、コストコのパートの時給が昔から高いのは、グローバルで基準を揃えているからだと説明します。日本の水準がそれに対して低すぎるため、相対的に高く感じられるという見方です。
副部長は、コストコのロティサリーチキンが赤字覚悟で安く売られている理由を語ります。どんな家庭でも節目に鶏一羽の贅沢を味わえる体験を提供したい、という信念を守り続けているといいます。
部長は、人にも商品にもサービス精神があるなら優良企業だと評価します。そして、AI時代だからこそ人に優しいことが特徴になる、と話をAIの人間力へつなげます。
AI時代に価値が上がるのは、飲み会を回せる人
部長は、AIロボティクスが将来的に膨大な台数になっても、超ベテランや扱いの難しい人はAIにも困難な「存在困難」な人材として残るのではないかと問いかけます。
副部長は、話題になったツイートを引きます。企業がスキルの高い人を雇う時代から、毎日出社でき、飲み会で幹事を務めて盛り上げてくれる人がありがたい時代へ変わったという内容です。
能力が高い人よりも、毎日出社できる人、飲み会に来る人、特に幹事をやって責任持って盛り上げてくれる人が一番ありがたい。そこそこAIを使えたら、他の能力は誤差になる。
副部長によれば、この投稿は500万インプレッション以上を集めたといいます。最も社交を求めてこなかったIT業界が、AIによって最速で社交的な方向へ戻ろうとしている、という逆説を2人は面白がります。
一方で部長は、AIが優れすぎて「AI負け」する人が続出していると指摘します。AIの言いなりになり、精神的にゾンビ化したような人が増えているという見立てです。
なんならね、安値のAIっぽい人が増えた。人間がもうAIっぽいわけ。
部長は、ショート動画の誤読ナレーションに慣れると受け取る側の幅が広がる一方で、AIに頼りすぎる人はむしろ能力が狭くなると分析します。人間全体では代替されなくても、個で見ると大きな格差が出るのではないかと語ります。
どこまでAIに委ねるか、気力とポジショニングの問題
副部長は、部長自身も車のトラブルからカーシェアまでAIに聞いていた点を挙げ、頼りきる人との違いを問います。部長は、問題は「どうしたいか」まで委ねてしまうかどうかだと答えます。
気力の問題だと思うのよ。文章を誰かに出すときに、どの程度の文章を出すって考えない?その中でAIをポジショニングしてたらいい。
副部長は、会社でポッドキャストの企画書を出してもらうと、いかにもAIでページを埋めたようなものが上がってくると打ち明けます。思わず「AIくせえ」と言ってしまうといいます。
2人は、AIはそつのない70点80点は作れるが、突き抜けたものにはなりにくいと感じていると語り合います。ここから、AI時代の価値観をシニアとジュニアという軸で整理します。
ミドル層はどう生き残るか、番頭とブルーカラーの価値
部長は、AI時代の価値観の切り口としてシニアとジュニアを挙げ、7割ほどAIに頼ってしまう「真ん中」が最もつらいと指摘します。
副部長は、組織にいる超ベテランの番頭のような存在を例に出します。出世を望まず作法に厳しく、ネジがどこにあるかまで全部知っているような人は、代替されにくい領域にいるといいます。
2人は、ミドル層こそAIにリプレースされやすいと確認します。では、どうすればよいのか。副部長の答えは明快です。
副部長は、飲み会を4時間のライブパフォーマンスだと思ってやっていると語ります。場所選び、人数調整、二次会の判断など、AIには置き換えにくい段取りが詰まっているからです。
俺はもう4時間のライブパフォーマンスだと思ってやってます。
部長も、少し前なら「昭和」と言われた飲み会の作法が、AI時代には価値になると同意します。ここから話は、おじさんをめぐる世間の目へと移ります。
ハーフパンツと無駄毛論争、日本の世間体とダブルスタンダード
副部長は、今年話題になった「ハーフパンツ問題」を取り上げます。東京都庁がクールビズでハーフパンツを認めようとしたところ、おじさんが履くのは気持ち悪いといった反応が出たといいます。
副部長は、これはブーメランだと述べます。かつて男性たちが、無駄毛を処理せずノースリーブを着た女性に対して同じような目を向けていたのではないか、という問いかけです。
女性がわき毛を処理せずにノースリーブを着ていたら、我々は過去に何て言ってましたか。同じことなんじゃないか。
部長は、この話がGACKTのアメリカ行き提案とつながると応じます。日本人以外は「太ったね」といった発言を日常でしないのに、日本では他人の体型や外見を頻繁に話題にすると指摘します。
元々、他人のこと(を太ったねと)言う特殊民族なんだよ。世界的に成り立ってない。何だっていいじゃん、ハーフパンツだって。
副部長は、久しぶりに会った知人の女性から体型を触りながらいじられた経験を挙げ、日本以外なら即セクハラだと語ります。社会的な立場ではなく、太ったねという弱点だけを突く浅ましさに腹が立つといいます。
部長は、こうした「行き過ぎ攻撃」のほうが生きづらいと述べ、女性専用車両という概念にも違和感があると持論を展開します。日本はコンプライアンスを形骸化させ、建前だけが強くなると語り、その仕組みが日本に向いていないと指摘します。
日本人ってあれ(コンプラ)を形骸化させるプロだよ。建前の方が強くなっちゃって、内実の方はどうでもいいってなる。
トイ・ストーリー5に涙、キャンセルと才能の交代
話題はファンタジーを軸に映画へ移ります。副部長は最近の映画が豊作だと語り、体験価値を求めて映画館へ行く流れが続いていると2人は確認します。
部長は、無罪判決を受けながらもスキャンダルで追い詰められたマイケル・ジャクソンについて、伝記映画がここまで時間が経ってから作られたことを惜しみます。日本人は一貫してマイケルを好きだったとも語ります。
全く無実が証明されたマイケルの復権が、こんな時間が経って、この映画がされた時かい、って。
副部長は『トイ・ストーリー5』を、シリーズで一番面白いと評価します。評判の悪かった4の因縁を回収しつつ、タブレット対おもちゃという表面のテーマの裏にシスターフッドの物語を描いていると語ります。
たった一つの変わらないものをちゃんと描くために、他の全てを変えたって感じ。
副部長によれば、5では主役級の人間もおもちゃもすべて女の子で、ウッディとバズは脇役に振り切られているといいます。ラサター以降のピクサーで女性監督が増えていることも、この変化と重なると語ります。
日本映画の需給問題、産業化されないエンタメ
部長は、アニメ映画は普遍的なテーマでないと作れず、スタジオが人を育てる長期投資が欠かせないと語ります。ラサターの功罪は別として、人を育てていたからこそ才能が続いた、という見立てです。
一方で日本は、スタジオが弱くインディーズが多いために才能が育ちにくいと部長は指摘します。ピクサーの待遇の良さとも対比されます。
部長は、日本映画の興行収入が2300億円を超えても、上位6作品で7割以上を占めていると数字を挙げます。パンデミックで公開できなかった作品が後から詰まり、需要のないまま供給が続いている状態だといいます。
部長は、需要がないのに作られ続ける現状を「産業化していない」と表現します。タニマチが支える趣味である限り作られ続け、公開の場が足りずに歪みが生じているという分析です。
副部長は、洋画が特に需給の被害を受けていると受けます。本数が減る一方で、トム・クルーズの『トップガン マーヴェリック』のように、良いものは良いと評価される流れも出てきていると2人は語ります。
プッシュ型メディアが開く扉、街づくりとファンタジー
洋画不調の理由として、副部長は金曜ロードショーのような「洋画を見る習慣」を作るメディアが今はない点を挙げます。部長も、テレビやラジオのようなプッシュ型のきっかけが必要だと応じます。
副部長は、金曜ロードショーや日曜洋画劇場を通じて、ジャッキー・チェンから『ラッシュアワー』へと興味が連鎖し、映画の深みにハマっていった自身の経験を語ります。
何気なく見たものから引き込まれるっていうのが、プッシュ型メディアの良さ。
2人は、このラジオも同じだと語ります。期待される話とは違う話題を混ぜることで、聞いている人の扉が新たに開くのではないか、と自分たちの番組の役割を確認します。
最後に部長は、日本には万物の神があり中心のない分散型で、地方ごとのストーリーが日本昔話や古事記の原型になったと語ります。ナラティブが多いほどファンタジーは歴史になり、何もないアメリカは常に大きなファンタジーを求める、という整理です。
部長は、その象徴としてパームデザートの先にある「パイオニアタウン」を紹介します。1950年代から60年代にかけて西部劇のセットとして作られた場所が、半世紀を経て本物の街になったといいます。
ずっとフェイクでそこを作ってたのが、半世紀経ったら本当に西部劇の街になっちゃった。
副部長も、韓国と北朝鮮の国境沿いにあるスターバックスの話で応じます。展望台から見える北朝鮮の「プロパガンダ村」は、かつて豊かさを誇示するために作られ、人が住んでいないことが望遠鏡で分かってしまったため、慌てて人を住まわせたといいます。
スターバックスを飲みながら北朝鮮のプロパガンダ村を見るって、これすごくない。
2人は、フェイクやファンタジーとして始まった場所が、時間を経て本物の街や生活になっていく点で、パイオニアタウンと北朝鮮の村は同じだと語り合います。ファンタジー駆動という今回のテーマが、街づくりの話にまで通じて回を締めくくります。
まとめ
台本のない自由な雑談を通じて、アメリカのファンタジー駆動と日本のヒストリー駆動という補助線が、エンタメ・AI時代の人間力・映画産業・街づくりまでを貫いて語られた回でした。
- アメリカは浅い歴史をファンタジー(共同幻想)で補って国をまとめ、日本は長い歴史(ヒストリー)で駆動しているという対比が、日米のルールとモラルの違いにもつながる
- AIが優れるほど「AI負け」する人が増え、ミドル層は代替されやすい。副部長は飲み会を4時間のライブパフォーマンスとして回せる社交力を生き残りの鍵に挙げる
- 日本映画は上位6作品で興行収入の7割以上を占め、需要のないまま作られ続ける産業化されていない構造を、部長は問題視している
- 金曜ロードショーのようなプッシュ型メディアが、映画への扉を開く連鎖を生んでいた。番組も期待外の話題を混ぜることで聞き手の扉を開くことを目指している
- パイオニアタウンや北朝鮮のプロパガンダ村など、フェイクやファンタジーとして始まった場所が本物の街になる例は、今回のファンタジー駆動というテーマを象徴している





