売上ほぼゼロで評価額6兆円、何が起きているのか
この回のテーマは、アメリカの有名なヒューマノイドメーカーであるFigure AIが、なぜ評価額約6兆円まで上がったのかという問いです。佐野さんによれば、Figure AIはこの評価額にたった4年で到達しています。
佐野さんは、Figure AIの規模感を伝えるために日本企業の時価総額と比べます。トヨタが約42兆円、日立が14兆円、三菱重工が約12兆円で、生まれて4年のスタートアップが三菱重工の半分の評価を得ていることになります。
そう聞いたらえぐいですね。
さらに驚くのは、Figure AIのロボットの売上がまだほぼゼロだという点です。佐野さんの説明では、実績はテストとしてBMWに納品した数十台だけです。
社会実装実験までいってますけど、その実用レベルでちゃんと商業的に使えてるよねってとこまでまだいけてないのに、バブル的な現象が起きてるっていうのがあって。
佐野さんは、この現象を理解する鍵はCEOにあると見ています。創業4年のFigure AIは「ほぼCEOの腕力で来た会社」なので、CEOの戦略を追えば評価の理由が見えてくるという考えです。
田舎育ちの3代目農家は、どうやって起業家になったのか
Figure AIのCEOはブレット・アドコック ── Figure AIの創業者兼CEO。人材マッチング事業や空飛ぶタクシー事業を立ち上げた連続起業家として知られていますという人物です。佐野さんによると現在40歳ぐらいで、アメリカ中西部の小さな田舎町で育った3代目の農家出身です。
アドコックさんの父親はトウモロコシと大豆を作っていて、本人はいわゆるエリート育ちではありません。16歳で起業し、経営学を学んだビジネス系の人で、テック系の出身ではないと佐野さんは強調します。
アドコックさんの1社目は、26歳のときにニューヨークで作ったHRテックの会社です。最初は伸びずに何度もピボットしましたが、AIで企業と求職者をマッチングする人材紹介のプラットフォームに落ち着きます。
この人材マッチング事業は2018年ごろに165億円で買収され、アドコックさんは個人資産を手にしました。佐野さんは、王道のビジネスモデルで資金を得てから世界を代表する会社を作りにいくのは、アメリカの起業家によくあるストーリーだと話します。
2社目は共同創業の空飛ぶタクシー、つまり電動垂直離着陸機 ── 電動で垂直に離着陸できる航空機で、eVTOLとも呼ばれます。都市部での短距離移動を担う「空飛ぶタクシー」として各国で開発が進んでいますの会社です。アドコックさんにとって未経験の分野でした。
何もやったことないのに、業界の専門家300人ぐらいにひたすら問い合わせしまくって、みんな冷たい対応しながら、相手してくれなかったんですけど。
それでもアドコックさんは、約6か月をかけて電動航空機の設計コースに通って猛勉強し、フロリダ大学ともつながりを作って本格的に事業を始めます。佐野さんによると、空飛ぶタクシーの会社は3年ほどで上場し、2025年には商業運行も始まっています。
佐野さんは、この空飛ぶタクシーの会社が2028年のロサンゼルス五輪でのサービス提供を目指していることにも触れます。実用化がそれほど進んでいない段階で上場までこぎつけた点も、アドコックさんらしさとして紹介されます。
自己資金150億円、VCを入れずにシリーズAから始めた理由
佐野さんの説明では、アドコックさんは空飛ぶタクシーの会社の上場から1年ほどでCEOを辞め、2022年5月にFigure AIを創業しました。
ステップアップ感がすごいな、なんか。作って売って、それを資金作って売ってみたいな。
Figure AIの立ち上げで特徴的なのは、アドコックさんが自己資金150億円を投入し、最初はVCを入れなかったことです。そのうえで、エンジェル、シードの段階を飛ばしてシリーズA ── スタートアップの資金調達ラウンドの呼び名の一つ。一般にエンジェル、シードの後に続き、事業が一定の評価を受けた段階で行われますから外部調達を始めています。
その後Figure AIはシリーズB、シリーズCと調達を重ね、最終的に2850億円を調達しました。評価額は18か月で15倍になり、約6兆円に達しています。
佐野さんによると、他のヒューマノイドメーカーの評価額は同じ期間でせいぜい3〜5倍程度しか上がっておらず、Figure AIだけが突出しています。
脳も体も自社で作るフルスタック戦略とは
Figure AIが高く評価される理由について、佐野さんはまず、AIからモーター、データ収集、製造までをほぼすべて自社で手がけている点を挙げます。多くの企業がOpenAIやGoogleのAIを外部から使うのに対し、Figure AIはAIそのものも自社で作っています。
このように一貫して自社で開発するやり方はフルスタック ── 開発・製造に必要な要素を自社ですべて抱える体制。垂直統合(バーティカルインテグレーション)とも呼ばれますと呼ばれます。佐野さんによれば、アドコックさんはテスラが全部を内製化したやり方を、物理のAIの世界でヒューマノイドとして再現すると語っており、これがVCに評価されています。
Figure AIはもともとOpenAIから出資を受けて共同開発をしていましたが、2025年2月ごろにパートナーシップ契約を解除し、独自のAIモデルを作る方向へ切り替えました。
佐野さんが紹介するのは、VLA ── Vision Language Actionの略。カメラの映像と言葉の指示を受け取り、ロボットの動作を直接出力するAIモデルの考え方ですと呼ばれる視覚言語行動モデルです。言葉で指示すると関節の動きを直接出力できる技術で、「物を持って」と言われたら関節をどう動かすかがわかるAIモデルだと説明されます。
佐野さんは、自社モデルは速いうえ、外部のAIに払うAPIコストが要らなくなるため、最終的に利益幅が大きくなる未来が予測できると話します。最初の投資は必要でも、最終的には跳ねるという見立てがビジネス面で評価されたという整理です。
評価の理由として、佐野さんはさらに2点を加えます。BMWの工場で実際に働かせたことがメディアで有名になり、他のメーカーに強く刺さったこと。そして自社の製造拠点を作り、4年間で10万台を出すと宣言していることです。
フルスタック開発
AIからモーター、データ、製造まで自社で手がける
独自AIモデル
OpenAIとの契約を解除し、APIコストのかからない自社モデルへ
BMWでの実証
工場での稼働がメディアで話題になり、メーカーに刺さった
大量生産の宣言
自社製造拠点で4年間に10万台を出すと宣言
樋口さんは、スタートアップは小さく始めて外注で小回りを利かせるのがセオリーだと思っていたが、Figure AIはむしろ逆だと驚きます。佐野さんは、最初に150億円の資本があったことが大きいと答えます。
これVC入れて株削ってちまちまやってたらもうCEOの株が薄くなってきちゃって、経営的戦略が取れなくなりづらいんですよ。
佐野さんは、普通はシードから頑張るところを、自己資本があってシリーズAから始められたことが非常に強いと見ています。
ヒューマノイドの「脳」をめぐる派閥争いと、Figureの独立路線
横山さんは、脳と体の両方を作れることがFigure AIの強みだという佐野さんの見方に同意したうえで、技術面から補足します。目の前のものを認識してから動くVLAの考え方は、ヒューマノイドの脳を作るうえで主流になりつつありますが、多くの企業は派閥を組んで共同開発しているといいます。
横山さんが紹介する有名な派閥は2つです。NVIDIAを中心とする派閥と、Google Gemini Roboticsを中心とする派閥で、脳の仕組みの考え方が異なります。
考える脳と反射神経の2つに役割を分け、協力させて作業させる。経営企画部と現場の実行部隊のような分担
1つの経験豊富なベテラン社員のように、経験則で瞬時に動く部分と深く推論する部分を1つで進める
横山さんによると、どちらの派閥も1社ではなくグループで共同開発しており、Figure AIがそこから独立して開発していることが強みの一つになっています。脳みそ側とボディ側のチームが密に連携し、高度な動きに必要な仕組みをすぐに作り込めるからです。
具体例として番組で挙がったのが、指先の動きです。指先の情報をもっと深く得た方が精密に動けるとハード側とソフト側が話し合った結果、手のひらにカメラを付け、その映像を脳に送る仕組みにしたと紹介されます。
共通のプラットフォームに乗る場合は、スマートフォンのAndroidのように基本の上で小さな修正はしやすいものの、考え方を一気に変えるのは難しいと説明されます。全部を自社で開発していることが、精密な動作での強みになっているという見方です。
樋口さんは、ハードもOSも自社で作るAppleとWindowsの違いに近いと受け止めます。一体化することでロスがなくなり、より最適化されるという意味で、佐野さんも「そんなイメージ」と同意します。
バブルか適正か、答えが出るのはいつ?
樋口さんは、Figure AIの評価額がバブルなのか適正なのか、いつわかるのかと問いかけます。佐野さんは、5年後には見えてくるかもしれないとしつつ、明確にわかるのは2050年ごろだと答えます。
佐野さんがその根拠に挙げるのは、モルガン・スタンレーの試算です。ヒューマノイド市場は2050年までに4500兆円規模になると言われており、Figure AIがその10%を取れば売上は450兆円になる可能性があります。
そう考えると、現時点での6兆円ってなんか本当にちっちゃいもので、これからの可能性はかなりあるんですけど。
一方で佐野さんは、つまずいたり、ヒューマノイドが実用に使えないとわかったりした瞬間に評価額は一気に下がると指摘します。倒産や、他社による買収と経営者交代での立て直しといった展開も、まだ起こりうるという見方です。
樋口さんは、OpenAIの後にGeminiやClaudeが次々と現れ、OpenAIが大丈夫かと言われる世界を例に挙げ、テック分野は真似されやすいと懸念します。これに対し佐野さんは、だからこそ全部を自社のラインで作ることが強みになると答えます。
佐野さんによれば、自社の製造ラインで全部をカスタムできる体制は真似されにくく、それだけの資本力を持つ企業はほとんどありません。対抗馬があるとすれば中国から抜きん出た会社が現れる場合で、軍事利用をめぐるブランディングや、各国がどの国の企業を導入したいかによっても勢力図は変わると見ています。
なぜ学習データを自社で持つことが強いのか
続いて番組では、Figure AIがデータまで自社で取れている点が強みとして補足されます。BMWの工場では11か月にわたって実証実験が行われていますが、派閥で共同開発していれば稼働データを他社に渡す必要が出てくる可能性があります。
Figure AIの場合は、ハードも脳も自社なので、経験値や学習データ、実際の稼働データをすべて自社で保有できます。番組では、データを独占できる土壌が整っていると表現されています。
学習データの取得は、いま世界的なビッグトレンドになっていると紹介されます。インドでは作業者が頭に小さなカメラを付け、工場での作業を録画する取り組みが何千人規模で行われ、その映像をヒューマノイドの動きに落とし込んでいるといいます。
中国のロボット事情に詳しい人の話として、中国の展示会では講演の大半が学習データをどう作るかという議論になっていることも語られます。日本の展示会ではそうしたセッションは1つか2つ程度で、海外との温度差がうかがえます。
BMWでのFigure AIの作業は、車用のメタルシートを別の場所から運び、ネジ付けの工程へ置くというものです。99%以上の確率で5ミリ以下の誤差に配置できたという実測データが取れているといい、かなり有用な学習データではないかと話されます。
樋口さんのこの言葉に佐野さんも同意し、実際の職場や現場の作業データをどれだけ取得できるかが、今後の強化学習の能力を引き上げる部分になると話します。
ポケモンGOのデータがヒューマノイドを育てる?
佐野さんが面白い話として紹介するのが、ポケモンGOのデータがヒューマノイドに使われるかもしれないという話です。海外ではポケモンGOのプレイヤーが、ポケモンを探してひたすら写真や映像を撮っています。
佐野さんによれば、Googleマップのデータは道路が中心ですが、ポケモンGOは人間の高さで人間が見ている視界を撮れています。ポケモンGOを作った会社(ポケモン社とは別の会社)が、ため込んだデータを学習に使えるという流れになっているそうです。
ゲームのプレイ
人々がポケモンを探して、人間の目線で写真や映像を撮る
データの蓄積
人間の高さからの視界データがたまり、GPSの精度向上にも貢献
ロボットへの活用
配送ロボットなどの精密な動作性が上がる
何気なくみんながゲームとしてやってるとか、便利なツールとして使ってるものが、実はデータ取るって観点で見たらとてつもないデータになるとか、めっちゃありそうやな。
佐野さんは、関係ないと思われていたデータがヒューマノイドの動作に影響を与えてくる点が面白いと話します。樋口さんが「ポケモンGOがメガ進化する」と冗談を言うと、佐野さんは「ポケモンだったものがヒューマノイドにメガ進化しちゃいますね」と応じます。
今までやってきたことが全部無駄になんなくて、全部伏線回収されてるっていう。人類やってきたことが。
レシートからうんちまで、データが売れる時代のビジネス
樋口さんは、SNSやブログもLLMの学習に使えるようになったと指摘し、イーロン・マスクさんがTwitterを買収してXにしたのも、AIの学習データという側面が相当あるはずだと推測します。佐野さんも、人間らしい振る舞いの学習データだと応じます。
佐野さんは、普段何気なく捨てているようなデータを集め、ヒューマノイドの学習データとして売るビジネスがどんどん出てくると予想します。樋口さんは、レシートを写真で撮るだけでお金がもらえるアプリを例に挙げます。
樋口さんがスタートアップのカンファレンスで聞いた話として紹介するのが、日々のうんちのデータを取るビジネスです。うんちは生物学的データとして情報量が非常に多く、成分を計測してデータを送るだけでお金がもらえる仕組みを作ろうとしているスタートアップがあるといいます。
なんか江戸時代みたいですね。
最後に樋口さんが「収録が終わったらFigure AIの株を買えばいいのか」と冗談めかすと、佐野さんは株の話ではないとしつつ、シミュレーション基盤を用意しているNVIDIAがプラットフォームとして最強だと語ります。佐野さんは、シミュレーションやデータのプラットフォームを扱う会社に目をつけておいた方がいいのではという見方を示しました。
まとめ
Figure AIの評価額約6兆円の背景には、自己資金150億円で始めたアドコックさんの経営力と、脳も体もデータも自社で持つフルスタック戦略があると番組では整理されました。売上はまだほぼゼロでバブルの可能性も残るものの、学習データの価値が高まるなかで、その独占的な体制が強みになると見られています。
- Figure AIは創業4年、売上ほぼゼロの段階で評価額約6兆円に達し、三菱重工の半分の評価を得ている
- CEOのアドコックさんは農家出身の連続起業家で、自己資金150億円を投じてVCを入れずにシリーズAから始めた
- AI、モーター、データ、製造まで自社で手がけ、OpenAIとの契約を解除して独自モデルへ切り替えた
- BMWの工場での実証で得た高精度の稼働データを自社で保有できることが、学習データ競争での強みになる
- ポケモンGOやSNS、うんちのデータまで、関係なさそうなデータがロボットやAIの学習に生きる時代になっている






