ボードゲーム界隈でよく聞く「ルールに著作権はない」問題
この回のテーマは、ボードゲームの著作権です。Mana(マナ)さんは、ボードゲーム界隈でよく話題になる論点として、ゲームルールには著作権がない一方で、説明書などに記載されたものには著作権が発生する、という話を挙げます。
さらに、著作権がないのなら作者名はどう位置づけられるのか、という疑問も出てきます。ボードゲームには作者名が書かれることも多く、何に著作権があって、どこまで使ってよいのかが複雑に絡み合っている、とMana(マナ)さんは話します。
なお、Mana(マナ)さんは法律の専門家ではないと最初に断っています。あくまで気になって調べた末の解釈であり、絶対に正しいと宣言するものではない、という前提で話が進みます。
もし間違ってるよっていうものであれば、実際にコメントとかでご指摘いただけたら嬉しいなと思っております。
調べても「よくわからない」から歴史をさかのぼった
Mana(マナ)さんは、著作権について調べていく中で、正直よくわからなかったと振り返ります。著作権とは何か、その範囲はどこか、著作物とは何か、と一つ調べるごとに次を調べる必要が出てきて、なかなか結論にたどり着けなかったといいます。
加えて、定義があっても解釈の違いが出てくる点も難しさとして挙げます。どこまでを範囲とすべきかで、トラブルになったときに揉めるのがほとんどだ、という見方です。
そこでMana(マナ)さんは、言葉尻や解釈を分析するのではなく、そもそも著作権という概念がいつからあるのか、という歴史的な背景を調べる方向に切り替えます。
結局よくわかんなかったので、それ(著作権)っていつからある概念なんだろうみたいな、歴史的な背景をちょっと漁ってみたわけなんですよ。
著作権は「活版印刷」とともに生まれた
Mana(マナ)さんが調べてたどり着いたのは、著作権のような話が形作られてきたのは活版印刷 ── 金属などの活字を組んで版を作り、同じ内容を大量に印刷する技術。15世紀のヨーロッパでグーテンベルクが実用化したとされ、書物の大量複製を可能にしましたという技術が発明された頃だ、ということでした。
活版印刷は、原本があってそれを大量に印刷する技術です。それがなかった時代は、手書きで人が写す写本のようなやり方が主流でした。書物を読んで、それを改めて書き直す形です。
写本の時代は、全く同じ内容のものはなかなかできませんでした。フォントや字の形が違えば印象も変わり、人が書き写すため誤字脱字も生まれ、さらに読んだ上で自分なりの解釈で書き直すこともあったといいます。
そのため、どれがオリジナルなのかがわからず、模写したものは模写したものとして扱われました。誰が権利を持っているのかという話ではなかったわけです。
ところが活版印刷が登場すると、オリジナルを大量に複製できるようになりました。全く同じものがコピーされるからこそ、どれがオリジナルなのかを明確にする必要が出てきた、とMana(マナ)さんは説明します。
著作権の始まりは「独占販売権」だった
Mana(マナ)さんは、なぜオリジナルを明確にする必要があったのかを、利権の観点から説明します。ここには印刷会社の商業的な事情が絡んでいた、という見方です。
たとえば小説を書く人がいて、面白いと考えた印刷会社が活版印刷の機械を買い、大量に印刷して販売するとします。ところが同じようにコピーできてしまうため、機材さえあれば他の業者もいくらでも複製できてしまいます。
コピーされたものをさらにコピーして販売する動きが出てくると、最初に作者とやり取りして販売していた印刷会社はいい気がしません。自分のところで独占的に印刷して販売したい、という動機が生まれます。
そこからMana(マナ)さんは、著作権の起こりは、まず独占販売権だったと整理します。国などが許可・認定する形で、この印刷物はこの印刷所が独占的に印刷してよい、という仕組みが始まったといいます。
これがコピーライト ── 著作権を意味する英語(copyright)。Mana(マナ)さんは、もともと「コピーしてよい権利」という成り立ちだったと解釈していますの由来だ、とMana(マナ)さんは解釈します。今でいう著作権的な言葉ですが、そもそもはコピーしてよいという権利だった、という説明です。
印刷所から作者へ、権利の主体が移った
独占販売権が根付くと、印刷会社はどんどん独占的な販売を進めていきます。「うちでしか印刷できない」という立場が強まり、作者よりも印刷会社のほうが立場が上になっていった、とMana(マナ)さんは話します。
印刷して売るんだから、これ(原稿を)書いとけやみたいな、いわゆるその作者みたいなものが冷遇されるみたいな時代があったそうです。
その後、印刷業者の独占的な権利が強くなりすぎたことに問題意識を持つ国が現れます。Mana(マナ)さんは、それがイギリスあたりだったと記憶している、と話します。
そこで、印刷を独占する権利はそもそも印刷屋が持っていてよいものなのか、という疑問が提起されました。そして、権利は印刷所ではなく、オリジナルの本を書いた著作者に与えられるものだ、という考え方に変わっていったといいます。
Mana(マナ)さんは、この転換を著者の人格を守る動きとして整理します。コピーライトが商業的な権利という側面が強かったのに対し、誰が生み出したのかという作者の尊厳を守るものが著作権になっていったという理解です。
そしてこの考え方が、小説などの文章だけでなく、音楽や映画などにも広がったことで、今の著作権が形づくられた、とMana(マナ)さんは話します。
著作権とは「オリジナルを守る権利」という解釈
この歴史を踏まえて、Mana(マナ)さんは著作権のイメージが自分なりに明確になってきたと話します。何が著作物で何が著作物でないか、その線引きが見えてきた、という手応えです。
Mana(マナ)さんの解釈では、著作権とはすなわちオリジナルであるということです。そしてオリジナルであるとは、オリジナルでないもの、つまり複製がある前提だと捉えます。
つまりコピーライトの考え方に近い、とMana(マナ)さんは言います。全く同じものが大量に複製されるからこそ、そのオリジナルを誰が生み出したのかを守る権利だ、という見方です。
ゲームのルールに著作権がない理由
この解釈を、Mana(マナ)さんはボードゲームに当てはめます。ゲームのルールは、インストをしても言葉で伝えても、全く同じルールとして複製されていかない、という点が出発点です。
口頭で説明すれば解釈の違いも生まれます。Mana(マナ)さんは、これは写本の時代に近いと言います。遥か昔のオリジナルを別の人が自分の解釈で書き直したり、同じものを書こうとして誤字脱字で別物になったりする状況に似ている、という例えです。
ルールを誰かに伝え、伝道師のように広めても、自分が考えたルールがそのまま寸分の狂いもなくみんなにできるわけではありません。だからゲームのルールには著作権がないと捉えられる、というのがMana(マナ)さんの結論です。
同じ理由で、料理のレシピにも著作権がないと言われることに触れます。目分量で塩を入れ、色が茶色になったら引き上げる、というレベルの伝え方では、全く同じ状態は作れないからだ、という説明です。
説明書やアートワークに著作権がある理由
一方でMana(マナ)さんは、ルールを説明書やルールブックに起こすと、著作権は発生すると考えます。その文章や書面を生み出した人は、著者・著作者だからです。
その理由は、全く同じものをコピーして量産できるからだと説明します。説明書はコピーできる形で作られているため、その説明書通りのものの著作権は、それを書いた著者が持つ、という理解です。
だからこそ、ゲームのルールには著作権がないけれど、作り上げられた説明書やアートワークには著作権がある、という話につながる、とMana(マナ)さんは整理します。
口頭やインストで伝えても全く同じには複製されないため、著作権はないと捉えられる
同じものをコピーして量産できる形になっているため、生み出した著者に著作権がある
ボードゲームの「作者名」は誰を指すのか
Mana(マナ)さんは、ボードゲームに書かれる作者名についても考えます。この文脈での著者は、ゲームルールを作った人というより、説明書を作った人に近いのかもしれない、という見方です。
ただし商業になると、説明書に編集や構成など多くの人が関わるため、著者が誰かは分かりにくくなります。Mana(マナ)さんは、その説明書自体に著作権が発生する、と整理します。
話しながらMana(マナ)さんは、説明書の著者とボードゲームの著者は少し違うかもしれない、と考え直します。近いのは原案を考えた人ではないか、という見方に落ち着きます。
それの著者っていうのが、まあボードゲームの著者ともまあちょっと違うか。今自分で話してて違うなと思ったんですけども。
原案をもとに編集が説明書の形にするパターンもあるため、著作権を誰が持つかは話し合いで決まることもあります。実際に違う人が作っても、著作権は別の人が持つ場合もある、とMana(マナ)さんは補足します。
結論として、ルールを作ったこととそれを表現できたことは別で、ボードゲームを作っただけでは著者と書かれていても著作権は与えられていないのかもしれない、と話します。一方で、説明書などに起こしたものには著作権を持つ、という整理です。
モヤモヤが腑に落ちた、Mana(マナ)さんなりの結論
Mana(マナ)さんは、歴史をたどると、コピーできるもの、そしてその原本・オリジナルの権利を保有しているもの、というのが自分なりの著作権のイメージだと総括します。
その上で、この分野は専門家でも争うジャンルであり、明確にするのは難しいとも認めます。細かいことはわからないけれど、著作権とは何かというモヤモヤは歴史的背景を知って腑に落ちた、と振り返ります。
最後にMana(マナ)さんは、新しい知識や情報が入れば考え方はアップデートされる、と付け加えます。今回はあくまで自分なりの解釈だとして、認識に誤りがあれば指摘してほしい、と呼びかけて締めくくりました。
まとめ
Mana(マナ)さんは、著作権を「コピーできるものについて、そのオリジナルを誰が生み出したかを守る権利」と解釈し、活版印刷から独占販売権、そして作者を守る権利へと変わってきた歴史を手がかりに、ボードゲームのルールと説明書の違いを整理しました。
- 著作権のような概念は、同じものを大量複製できる活版印刷の登場とともに形づくられた
- 始まりは印刷所の独占販売権で、その後イギリスなどで権利の主体が作者へ移った
- ゲームのルールは全く同じには複製されないため、著作権はないと捉えられる
- 説明書やアートワークはコピーして量産できる形のため、生み出した著者に著作権がある
- これは専門家でも争う難しい分野であり、あくまでMana(マナ)さん個人の解釈である



