競技引退後、今一番興味があるのが「語学」なのはなぜか
最終回では、いろいろな仕事を手がける下田さんに、今一番興味があることが問われます。返ってきた答えは、意外にもダンスから少し離れた「語学」でした。
語学ですね。語学、英語とか。とにかく、いろんな人の話を聞くのがすごく好きなので、世界中の人の話がネイティブに近い感じで聞けたら、めちゃくちゃ面白いだろうなと思うんですよね。
下田さんはイギリスに長く留学していましたが、そこで交わせたのは必要最低限の会話やダンス用語が中心だったと振り返ります。コーチとも、深い会話まではできていなかったと言います。
ビジネス会話以上ができる人は、コーチとも哲学的な話をしていたので、そういうところがすごく羨ましいなと思っていました。
映画『10DANCE』の撮影でイギリスのブラックプールに行った際も、現地のNetflixチームやダンスディレクターとやりとりする場面があったそうです。
もっとイギリスのダンス事情はどうだとか、映像業界ではどうだとか、そういう話もすごくしたかったんですけど、そこができなかったので、今更ですけど、もうちょっと英語をやりたいなって思いますね。
中国や台湾もダンスが盛んで試合が多いため、大学でやったきりの中国語も学び直したいと話します。次々と目標を見つける姿勢について、下田さんは自分の性格をこう説明します。
多分、退屈だと何か考えすぎて病んじゃう気もして。まず動いとくか、みたいなところはあるかもしれないですね。
指導法が「確立していない」競技ダンスの課題
引退後も大会は見に行くという下田さん。ダンスのトレンドは衣装もステップも変わり続けるため、指導者として今のトップ選手を追う必要があるからです。
そのうえで、下田さんは競技ダンスに指導法のメソッドが乏しいという課題を挙げます。他のメジャースポーツに比べて、教え方の研究が少ないというのです。
競技ダンスは、あんまりティーチング方法が専門的にない気がするんです。自分がやってもらったことを、こうして教えるしかできないので、もうちょっと科学的な何かがあるのかとか、そういうのを研究したいなと思ってるんですよね。
平田さんは、教授法が確立すれば普及もしやすくなると応じ、バイオリンのスズキメソッドを例に挙げます。スズキメソッド ── 鈴木鎮一が創始したバイオリンなどの音楽教育法。母語を覚えるように反復で習得する考え方が知られ、世界各国に広がっている。
必修の体育に社交ダンスを、という声もある一方、今はヒップホップに枠を取られているとも話します。海外の指導法を知るためにも、やはり英語が必要になると、話は語学へとつながっていきました。
「初めての社交ダンス体験会」で敷居を下げる工夫
話題は、下田さんが引退後に始めた裾野を広げる取り組みへ移ります。強みを考えたとき、下田さんは自分にしかできない切り口を見つけていました。
会社勤務で踊ったことがない人の、社交ダンスへの敷居の高さっていうのを、シリアスに知っている。それは一つあります。
その一つが「初めての社交ダンス体験会」です。社交ダンスをやったことがない人にとって、スタジオのドアを開けること自体が大きなハードルだと言います。
スタジオにいらした方も、ここのドアを開けるのがまず大変でした、っていうのをすごく聞くので。
そこで、1日だけのワークショップにし、場所もスタジオではなく公共施設にして、普段着でもいいという形にしているそうです。裾野の底辺まで下げてやることを狙っています。
もう一つが「ダンササイズ」です。かつてバレエをやっていた経験から、バレエストレッチのように雰囲気を楽しみながら健康になれる社交ダンス版を考案したと言います。
ただし課題もあります。社交ダンスから離れすぎると「他のダンスでもできるよね」となってしまい、独特さを出すと形が決まってしまう。どこまで取り入れるかを試行錯誤していると話します。
『10DANCE』を読むのは、ダンスファンではなかった
山崎さんが導入教材を尋ねると、下田さんは専門チャンネルの存在を挙げつつ、初心者にはハードルが高いと認めます。
DSIというイギリスの大きいダンスメーカーさんがチャンネルを持っていて、世界各地の試合を配信してるんですね。ただ専門的すぎて、いきなりの人が見て、しかも英語で、っていうのはそうなんですよね。
一方で、下田さんが監修する漫画『10DANCE』を読んでいるのは、意外な層でした。
漫画ファン、BLファンだと思いますね。ダンスをやってらっしゃる方は、多分ほとんど見てないんじゃないかな。
コロナ禍にオンライン配信した「リモート10DANCE舞踏会」には海外からの視聴者も多く、翌年にアメリカからリアルのイベントへ来た人もいたそうです。原画展に合わせて東京見物に来る人もいたと言います。
下田さんは、BLが世界的に需要のあるジャンルであり、日本がその「先進国」だと語ります。漫画を入り口に、結果として世界のダンスファンが増える可能性を平田さんは指摘しました。
映画『10DANCE』が海外で生んだ厚いファンダム
映画版『10DANCE』は、海外のファンの熱量が特に厚かったと下田さんは振り返ります。
映画もすごく海外のファンダムがめちゃくちゃ厚かった。続編を作ってください、みたいなコメントが、いろんな言語でつくので。
YouTubeに翻訳がついていないことに、コメント欄で憤る海外ファンもいたと言います。国際的な熱が生まれていることに、平田さんも驚きを見せました。
山崎さんが国際展開の可能性を尋ねると、下田さんはローカライズして現地のプロに演じてもらう案を挙げつつ、まずは原作の海外での展開が鍵になると話します。
例えば映画のリメイクがされたり、アニメが始まったりとか、そういうのがあったら、また全然違う。だからそこは、ちょっと講談社さんにかかってるかもしれません。
いずれのチャンスにせよ、下田さんは語学の必要性に戻ります。楽しむためだけでも、少しできたらいいと考えているそうです。
目指すのは「総合的なダンスコンサルタント」
試合という目標がなくなった今、下田さん個人の目標が問われます。返ってきたのは、職種というより立ち位置についての答えでした。
ダンス教師やダンサーというだけじゃなくて、総合的なダンスコンサルタントみたいな、そういう位置づけになれたらいいなと、すごく思っていて。
どれか一つに特化してベストな人はたくさんいる、と下田さんは言います。だからこそ、広く、なるべく深くできる人になりたいと語ります。
そのためにはアンテナを張り巡らせ、まだ誰も気づいていない問題点を先回りして考えたいと話します。それは内部にいるだけでは難しいと、下田さんは自覚しています。
なるべく外に行って、社交ダンスどう?っていうのを聞いてみたいので、本当に今日もかなり、私としては情報収集をしております。
平田さんは、外に視点が向いている姿勢こそ業界にとって貴重だと応じます。どの業界も、忙しくなると内向きになりがちだからです。
体験会を支える仲間と、クリエイターから見た可能性
外へ仕掛けていくうえで、同じ視座を持つ仲間がいるのかが問われます。「初めての社交ダンス体験会」は、ラテンも含めた6〜7人のメンバーで運営していると言います。
チャンピオンクラスの先生がほぼボランティアで参加したり、動画編集が得意な人がSNS用に仕上げたりと、役割を分け合っているそうです。集客が読めないイベントを続けるうえで、この体制はありがたいと話します。
ここで山崎さんが、クリエイターの視点から社交ダンスの可能性を語ります。CMやPVでダンスを扱うとき、社交ダンスという選択肢がそもそも頭に浮かんでいなかったと言います。
いつものじゃあ、あの辺のバズるあの辺にしとこうか、みたいな感じになっちゃうんだけど、作り手としてはあんまりワクワクしないわけですね。同じようなことをやるので。
下田さんは、社交ダンスにはロイヤルな敷居の高さを好む層もいれば、地元の公民館で楽しむ層もいると説明します。相手に合わせて情報を伝えられることが、自分の役割だと考えています。
映画で俳優たちが踊ったことで、CMや情報番組からの声がかかりやすくなったとも言います。かつては「ねっとり情熱的」「セレブの舞踏会」といった色物のイメージが多かったと振り返ります。
一方で、今の若い世代はTikTokの影響で踊ること自体への抵抗が少ないと、下田さんは変化を感じています。
今の学生は、踊ること自体に抵抗がない人が多いなと思って。カメラの前では、とりあえず何かできるっていう人が増えたので、その辺の垣根はすごく下がってる気がします。
チャンスさえあれば、今の若い世代のほうが社交ダンスをやりやすいかもしれない。数年後に競技人口が増えていたら、下田さんたちの取り組みが実を結んだと言えそうです。
まとめ
競技を引退した下田さんは、指導理論の体系化や体験会、映画・漫画の海外反響を手がかりに、社交ダンスの敷居を下げようとしています。特化ではなく、広く深く動く「ダンスコンサルタント」として、業界の外へ視点を向け続ける姿が語られました。
- 今一番の興味は語学で、海外のコーチや制作陣ともっと深く話すために英語を学び直したいと考えている
- 競技ダンスには科学的な指導法が乏しく、辞めていく人を減らすためにも教授法の体系化を研究したいと話す
- 「初めての社交ダンス体験会」は公共施設で普段着可にするなど、スタジオのドアを開ける心理的ハードルを下げている
- 漫画・映画『10DANCE』はBLファンを通じて海外で厚いファンダムを生み、結果的にダンスへの入り口にもなりうる
- 目指すのは一芸特化ではなく、広く深く動き、業界の外と架け橋になる総合的なダンスコンサルタント


