あるあるネタは「計算」ではなく「フラッシュバック」から生まれる
メイントークは、あるあるネタがどうやって考えられているのかという問いから始まります。狙って作っているのだろうと思いきや、Daikichiさんの答えは意外なものでした。
「これがこうやからこうやったらウケるかな」とかっていう、あんまり頭的思考というか、計算ではないんですよ。
普段見てる光景とか、イベント行った時に目の端に捉えたような情報を、多分ね、心のどっかでちょっとクスッと笑ってる自分がいるんですよね。
その感覚が、ふと寝る瞬間などに映像としてフラッシュバックしてくるのだといいます。頭の中で漫才を作るように、面白い形になって出来上がってしまうことが多いそうです。
こういう人にウケるためには、こういうセリフで、こういう喋り方でっていうのじゃなくて、頭の中でできたその映像を実際に動画として作ってるっていうイメージです。
思いついたネタは、すぐにスマホの同じメモに追記し続けているといいます。一度言語化して残し、後から見て「映像いけそう」と思ったものを動画にしていく流れです。
一旦もうとりあえず言語化して残しといて、後から見た時に、あ、これやっぱり映像いけそうやなって思ったら、それをどんどんやっていくみたいな感じですね。
企画も撮影も編集も、すべて一人。しかも編集はスマホで済ませてしまうといいます。毎日投稿していることに周囲は驚きますが、本人にとっては苦労している感覚がまったくないそうです。
「脚光が当たらない部分」にこそ面白さがある
ネタに困ったことはないと語るDaikichiさん。イベント中に感じる小さな違和感やモヤモヤが、「共感を産めそう」という感覚として頭に残り続けているといいます。
最近気に入っているネタとして挙げたのが、イベント先で友達に声をかけようとした場面です。その友達が別の人と挨拶を始めてしまい、なかなか声をかけられずに順番待ちをする、という第三者の状況を切り取ったものでした。
めっちゃある、めっちゃあってか自分としてある。
そのなんか脚光が当たらない部分にこそ、なんか面白みを感じるんですよね。
練習終わりのスタジオで、盛り上がっていた空気がエレベーターで別の人が乗ってきた瞬間に一気に下がる。そんなシュールな空間も、上から眺めるように記憶しているといいます。
興味深いのは、その記憶が一人称ではないという点です。Daikichiさんは、出来事を三人称の視点で思い出すのだと話します。
フラッシュバックした記憶って、僕一人称じゃないんですよね。三人称視点でなんか思い出すんですよ。
状況を別カメラで記憶しているような感覚で、その映像をそのまま動画にしている。だからこそ、コミュニティの中では見過ごされがちな空気感が、作品として立ち上がってくるのだと考えられます。
他ジャンルのあるあるは「想像」と「共感してほしい」で作る
Daikichiさんの動画は、自身の専門であるロックダンスだけにとどまりません。さまざまなジャンルのあるあるも扱っていますが、その多くは体験ではなく想像から生まれているといいます。
いろんなジャンルの友人から雰囲気を聞き、頭の中で妄想を膨らませる。だからこそ、想像や偏見の部分も含まれていると本人は認めます。
他ジャンの部分は体験してないけど、おそらくこうやし、こうやったらおもろいなとかっていう想像の部分も入ってると思います。
ネタづくりの根っこにあるのは、「自分が面白いと思ったことに共感してほしい」という強い意思です。
一回自分が面白いって思ったのに対して、もうみんなも「あれでしょ?一緒にちょっと共感してくれよ」っていうのが強いですね。
聞き手のPUNCHしょーへーさんは、ダンス歴に応じて服装が変わっていくネタが特に好きだと語ります。本来グラデーションのある変化を、あえてバシッと切り分けることで面白さが際立つといいます。
人間観察好きなんで。
ダンスイベントで、ショーそのものだけでなく、そこにいる人たちの盛り上がり方や好みを第三者目線でそっと観察している。その視点こそが、共感を呼ぶあるあるの源泉になっていると考えられます。
ダンサーは「職人」であり「エンターテイナー」でもある
話題は、Daikichiさんがなぜ発信を続けるのか、その意味と価値へと移っていきます。SNSを頑張ったことによる恩恵は、舞台やCM、MVといった仕事につながったことに表れているといいます。
その根底には、「ダンサーとして生きていくとはどういうことか」という問いがありました。Daikichiさんは、ダンサーを二つの側面を持つ存在としてとらえています。
技術を研ぎ澄ませ、ショーで評価を得ていくのが職人的な部分。一方で、ダンスの技術がわからない人でも楽しめるコンテンツを生むのがエンターテイメントの部分だといいます。
エンターテイメントっていう部分と職人っていう部分って結構ジレンマじゃないですか。両者って。
現在のアンダーグラウンドなシーンは、職人的な部分に偏っている。それは良さでもあるけれど、いまの世界の流れを考えればエンターテイメントもきわめて必要だ、という問題意識です。
技術を研ぎ澄ませ、生徒に教え、ショーで評価を得る。アンダーグラウンドで大切にされてきた部分。
ダンスの技術を知らない人でも楽しめるコンテンツを生む。SNS時代に必要性が増している部分。
PUNCHしょーへーさんも、これまでのダンスシーンではアンダーグラウンド以外がダサい、本物志向でないと見なされる風潮があったと振り返ります。しかしSNSの登場で、ダンスを知らない人でも楽しめる魅力が生まれ始めていると話します。
「全員が発信を頑張るべき」——SNSは損がない
Daikichiさんは、ダンサーとして生計を立てるうえで、エンタメ的な発信は欠かせないと言い切ります。多くのダンサーはインストラクターとして生きていきますが、それでも発信は必要だという立場です。
今は誰でもダンスを広告として発信できる時代です。だからこそ、偏った意見だと前置きしつつ、力強い主張を口にします。
もちろん、所属するコミュニティや師弟関係の中で発信が良く思われない場合もあります。ただ、すべてのダンサーが割り切ってSNSを始めたとき、日本でのダンスの立ち位置がガラッと変わる気がすると語ります。
一人のダンサーが一人で人を集められるようになれば、一人でイベントを開けるようになる。ナンバーイベントがフェスのような感覚に変わっていく、という未来像です。
一人のダンサーにもうちょっと注目が集まって、ダンサーじゃない人とかからお金が集まると、そこでまた大きな一個のダンサーの生きていき方っていうのが確立されるのかなっていうふうに思ってて。
PUNCHしょーへーさんも、ダンサーで生きていく覚悟があるならSNSはもう切り離せず、言い訳にできない時代だと同意します。ただし、趣味として好きなダンスを続けるだけなら話は別だとも補足しています。
一人のダンサーにファンがつく時代——TENとリアルアキバボーイズ
PUNCHしょーへーさんは、自身のホールで昨年から開催しているTENという企画を紹介します。一人が10分間ソロで踊るコンペティションです。
10分という長さゆえ、出演者は自身のダンサー人生の生い立ちから今後までを、ダンスに詰め込んだストーリーを持ち込むといいます。そこで、あることが起きるそうです。
ガチの一人のダンサーの作品を10分間見た後に、他のダンサーのファンにみんななるんですよ。
チームやナンバーの中の一人ではなかなか起きない現象が、ソロの舞台では起きる。個の時代、一人のダンサーのパフォーマンスは破壊力がすごいと、時代の流れを実感しているといいます。
この話に、Daikichiさんは東京で受けた衝撃を重ねます。一人のダンサーにファンがつく時代を象徴する存在として、リアルアキバボーイズを挙げました。
Daikichiさんが衝撃を受けたのは、作品を「残している」点でした。全国のダンサーがナンバーやショーを作っても、多くは後に残りません。
この曲で例えば5人でショーケースを作りました。そのショーケースをほんまにMVみたいな感じに撮って、YouTubeに残してるんですよ。
YouTubeに残された作品は、ダンサーによる二次創作の楽曲としてファンを楽しませているといいます。そしてライブ会場では、驚くべき光景を目にしました。
ライブに行った時に立ち位置だけでお客さんが沸いてるんですよ。メンバーと立ち位置だけで、あれやみたいな。
東京で流行るものは遅れて大阪に来る。映像的な残し方を進めていけば、大阪でも推し的なダンサーが生まれ、ダンスをやっていない人からお金が集まる仕組みができるのではないか。Daikichiさんはそんな未来を見ていると話します。
「ダンス界をより広げる」——次世代のために場を作る
PUNCHしょーへーさんは、その未来こそ踊り場cueが目指す企画だと応じます。現在14団体がホールで舞台公演を行っており、ダンサーでないファンも見に来られる場所にしたいと考えてきたといいます。
ただ、ダンスを知らない人に届ける手段や動線づくりが、まだ武器として抜けていると自覚しています。エンタメのやり方を取り入れながら、SNSとうまく掛け合わせて価値を届けていきたいと語ります。
二人は、先人が残してきた濃い文化への感謝を確認しつつ、新しいことに挑戦する必要性を語り合います。PUNCHしょーへーさんは、ヒップホップのカウンターカルチャーとしての精神に触れました。
もちろん歴史は大事にするだけど、やっぱ新しいことをどんどん生み出していくってことがヒップホップのカルチャーだし、カウンターカルチャーだと思うんで。
番組の最後は、ゲストが宣言を電波に残す恒例のコーナーです。Daikichiさんは、簡素にと前置きして一言を述べました。
私、大吉はダンス界をより広げます。
薄ふわっとした宣言に本人も少し照れますが、続けて補足を加えると、その意味がくっきりと立ち上がります。
自分自身はパフォーマーやエンターテイナーとして動きたい。それと同時に、後世のため、自分の生徒のために、活躍の場を作る側にもなりたい。作る側になりたいという言葉に、この回のテーマが凝縮されています。
まとめ
Daikichiさんのあるあるネタは、狙った計算ではなく、三人称視点で記憶した「脚光の当たらない面白さ」から生まれていました。その発信の先には、ダンサーが職人でありエンターテイナーでもある時代に、一人のダンサーがファンを集め、活躍の場が広がっていく未来があります。
- あるあるネタは計算ではなく、フラッシュバックした三人称視点の記憶を映像化して生まれる
- Daikichiさんはダンサーを「職人でありエンターテイナー」ととらえ、両者のジレンマを問題意識にしている
- ダンサーとして生きていく覚悟があるなら、SNS発信は損がなく必須だという立場を示した
- TENやリアルアキバボーイズの例から、一人のダンサーにファンがつく時代の到来を実感している
- 最後の宣言は「ダンス界をより広げる」——ダンサーが活躍できる舞台を作る側になるという意思表明






