2回目収録は偉業。続けられそうな未来が見えてきた
番組の冒頭、まろんは「好きすぎてうまく話せない、でも誰かに聞いてほしい話を持ち寄る」という番組の趣旨を紹介します。パーソナリティはまろんとゆうたの2人です。
そして、この回が2回目の収録であることに、2人は素直に喜びます。1回続いたら次も出したくなる、という感覚から、続けていけそうな手応えを感じているようです。
すごいなんかもう未来が明るいです。希望の光が見えています。
2本目にしてね。
2本目にして偉業。
まろんは、1回目の収録で好きなことの話をしていたときのことを振り返り、改めてその楽しさを感じたと話します。
我ながらいい番組を始めたぞ、いいぞいいぞって思いながら(2回目に臨んでいました)。
好きすぎて布団にくるむように守りたくなる
一方でまろんは、好きなことを話すのは楽しい反面、好きなものを大事にしたい気持ちも大きいと切り出します。それはゆうたも同じだといいます。
まろんは、ゆうたをこの番組に誘うきっかけになった、イラストレーターのユウコチカさんとのスペースでの話を持ち出します。そこで語られていたのは、好きすぎて大事にしすぎてしまう感覚でした。
大事すぎて、だんだん布団にくるんでるぐらいの囲いよう、守りよう(になっちゃう)。
そう、守りたい。大切なものを守りたい。お外にお披露目できかねる、みたいなね。
ゆうたにとって、好きなものはほぼイコールで、自分がとても大切にしているものだといいます。だからこそ、それを外に出すことに慎重になるようです。
好きを伝えるのは、第1回戦にして決勝戦
ゆうたは、好きなものを文章にしたり誰かに話したりするとき、相手にわかってほしい、うまく伝わってほしいという気持ちが先立つと話します。
そのため、上手に正しく伝えなければという思いが強くなり、身構えてしまうといいます。ゆうたは、いきなりうまくできることなんてそうそうない、と続けます。
(好きを)SNSで自分の言葉にしてみようっていう時って、ある種一発勝負みたいなところもあるわけじゃない。
投稿はあとから変えればいい、という理屈はある。それでもファーストステップがどうなるかで震えてしまう、とまろんも共感します。
そう感じると、どうしても尻込みしてしまい、腰が重くなる。好きを守りたい気持ちと、悶々とした日々が重なっていく様子を、2人は「布団も重なり」と表現します。
好きは一人で持っているだけで幸せ?出す必要はあるのか
まろんは、好きなものをわざわざSNSに載せなくてもいい、一人で大事にしておけばいいという気持ちもわかると話します。それでもいいと思う気持ちもゼロではない、と。
一方で、それでもこの好きをどうにかしたいという気持ちが自分にはある、とまろんは打ち明けます。そして、好きなものを持っておくだけで幸せなのではないか、という感覚についてゆうたに尋ねます。
ゆうたは、好きなことがあること自体をとても大切だと考えています。少し大げさな言い方だけど、と前置きしながら、その理由を語ります。
ではアウトプットする必要があるかというと、ゆうたは「人による」「時と場合による」と、難しい問いだと受け止めます。
テーブルに好きを乗せてみると、相手の反応から気づける
それでもゆうたは、誰かとテーブルを囲んで自分の好きをそこに乗せてみたら、相手にも何かしらの反応があるはずだと話します。
その反応を受けて、うれしいと感じたり、あまり伝わっていなかったかもと気づいたり。ゆうたは、そうやって気づけることは多いのではないかと考えています。
まろんは、好きなことがある幸せと、それを共有できない虚しさが、自分の中に同居していると話します。ゆうたは、それをバランスの折り合いのつけ方だと受け止めます。
一人で好きがあるっていうことの喜びを十分に満喫している一方で、この好きを共有できない現実がずっしりのしかかってくる時もあって。
好きを言葉にするから同じ好きを持つ仲間が見つかるのかもしれない。まろんは、そう思ったり、でもやっぱり引っ込めたり、を繰り返しているといいます。
いやー、出したり引っ込めたりの繰り返しですよ、本当に。
宇宙兄弟の「ここにいたんだ」が欲しかった
まろんは、自分が好きなものの中でも、出会えてよかったと思うものとして宇宙兄弟を挙げます。
まろんが語るのは、主人公のムッタが、自分の好きを分かち合える仲間と出会う場面です。中学生の頃、宇宙や星が好きだと友達に話しても「へー」としか返ってこなかったムッタが、宇宙飛行士の試験で出会った仲間との会話を通して、ここに好きを話せる仲間がいたと噛みしめます。
(宇宙兄弟の)ここにいたんだっていうセリフがめちゃくちゃ好きで。
まろんは、その「ここにいたんだ」という感覚を自分も欲しいと強く思ったといいます。そして、宇宙兄弟が好きな友達と出会ったとき、ムッタと同じ感覚を体感できたと話します。
福岡での宇宙兄弟イベントと、ラジオを始めた理由
ゆうたは、まろんが以前、福岡で宇宙兄弟のイベントを開いていたことに触れ、そのときにも同じ感覚があったか尋ねます。まろんは、1回だけ開いたと答えます。
まろんは自分自身、コロクラ部を通して宇宙兄弟が好きな人と出会い、その人と話せることがとても幸せだったといいます。だからイベントでは、来てくれた人にこそ「ここにいたんだ」という感覚を受け取ってほしいと思っていたそうです。
来てくれた人が、あ、ここにいたんだっていう、あの感覚を受け取ってもらえたらすごく幸せだなっていうふうには思ってた。
ゆうたは、それをめちゃめちゃいいねと繰り返します。まろんは、ゆうたにそう言われるのが好きだと笑い、その体験があったから、こうしてラジオでやってみたいと思ったのかもしれない、と話の輪をつなげます。
繋がってますね。輪に繋がってますね。
しょぼくれた縁側に、そっと寄ってもらえるように
2人は、こういう話ができる場はあってほしい、と語ります。ふわっとした何でもない話の途中で、ちょっと喋りたいかも、という気持ちが誰かに芽生えたら、それがうれしいと話します。
まろんもゆうたも、自分たちはおしゃべりが得意なわけでも、いい話ができるわけでもないと認めます。言葉をスラスラ出せる2人ではない、と。
絞り出してます。
2人はこの番組を、人が集まる縁側にたとえます。しょぼくれた縁側では誰も寄ってこない。だから、ドアが開いていて、ご近所とゆるくつながれるような、和やかな場を目指したいと話します。
あら、ナントカさん、ゆっくりしていきなさいよみたいな。
まろん自身も、誰かが好きな話をしているときに、自分も喋りたいと思った経験があるといいます。そんな風に思う人がいたら、喋りたいとメンションをもらえたらお迎えに上がる、と呼びかけます。
思い出キャラメルと、コメントキャラメルの話
まろんは、安住紳一郎さんがパーソナリティを務めるTBSラジオの日曜天国が好きだと話し、そこで出されるお題を紹介します。
そのお題が「思い出キャラメル」です。まろんによると、これは安住さんの造語で、誰かに言われて嬉しかった言葉を、今も思い出しては噛みしめる、その甘さを味わうキャラメルのようなもの、という意味だといいます。
誰かに言われて嬉しかった言葉で、今もそれを思い出して、噛みしめて、その甘さを味わうキャラメルのような(もの)。
リスナーが投稿する思い出キャラメルは、それぞれ味があって、いろんな味のキャラメルがあってとてもいい、とまろんは話します。まろん自身も、ゆうたから背中を押してもらう言葉を噛みしめて、キャラメルにしているといいます。
その流れから、2人は番組へのコメントを「コメントキャラメル」と呼びます。Spotifyにコメントをもらえたら、スクショして何度も保存する、と繰り返すほど喜ぶ様子を見せます。
もうキャラメルコメントください。
好きなものを大事にしまい込みながらも、この番組では好きを話せて嬉しかった。まろんは、思い出キャラメルの話ができてとても嬉しいと締めくくり、コメントをそっと置いていってほしいと呼びかけます。
まとめ
好きなものを大事にしまい込みたい気持ちと、誰かと分かち合いたい気持ち。その間で出しつ戻しつを繰り返す感覚を、まろんとゆうたが飾らない言葉で語り合った回でした。宇宙兄弟の「ここにいたんだ」という一場面や、思い出キャラメルの話を通して、好きを話せる場のうれしさに着地します。
- 好きなものは大事にしすぎて、布団にくるむように守りたくなる。その気持ちを2人とも抱えている
- 好きを外に出すのは「第1回戦にして決勝戦」のようで身構えてしまうが、テーブルに乗せると相手の反応から気づけることも多い
- 一人で好きを持つ幸せと、共有できない虚しさは同居していて、出したり引っ込めたりを繰り返す
- 宇宙兄弟の「ここにいたんだ」という感覚を求める気持ちが、好きの中にはある
- 番組を「しょぼくれた縁側」にたとえ、コメントキャラメルをそっと置いてもらえる和やかな場を目指したいと話す






