番組作家ノジ、初登場。29歳・今年30歳になる男性としての持ち込みテーマ
この回は、いつもと少し違う顔ぶれで始まります。今井さんが紹介したのは、番組の作家を担当しているツドイのノジさんです。
ノジさんは普段、番組の冒頭ナレーション原稿や台本、毎回のトークテーマを手がけています。青木さんが以前から「一回ノジさんも入ってよ」と要望し続け、半年近く経ってようやく実現した収録でした。
言うても(青木さんは)クライアントの要望じゃないですか。だから、お応えするか、お応えできないならその理由を説明する義務がある。
ノジさんは1996年生まれの29歳で、今年10月に30歳になります。転勤族で育ち、福岡に中学2年生まで、その後神奈川で大学まで過ごし、今は東京都在住だと自己紹介しました。
今井さんは、ノジさんの家族仲の良さが人生で見た中で一番くらいだと語ります。くるりのライブに、ノジさんと姉、父の3人で来ていたエピソードも披露されました。
開演前になんか「愚息がお世話になっております」みたいなご挨拶をいただくみたいな。こんなとこでお会いする。
「30歳までに何者かにならないといけないの?」持ち込まれた問い
ノジさんが持ち込んだテーマは「30歳までに何者かにならないといけないの?」でした。今年10月で30歳になるにあたり、自分が何をやっていく人なのかを、ある程度決めておいた方がいいのではという感覚があったといいます。
ただしノジさんは、29から30になる瞬間に何かが変わるわけではないことも分かっていると前置きします。それでも、肩書きや自分の型・スタイルが出来上がっていないといけないのではないか、という気持ちがあると話しました。
「これをやれば何者かになれるよ」というのではなくて、「なんでこの30歳って特別に感じちゃうんだろうね」みたいなことをちょっとお二人と考えてみたい。
青木さんは、それを考えるにはノジさんの歩みを振り返らないと分からないと応じます。自身は毎日ちゃんと働き始めたのが27、8歳くらいで、その基準なら30歳で何者かなんて無理な話だと補足しました。
ピア入社から編集者へ。「肩書きはあるのに、自分の中に自分がない」
ノジさんは新卒でチケットぴあのぴあ株式会社に総合職として入社しました。学生時代に本屋やレンタルDVDのアルバイトをしていて、音楽や映画が好きだったことがきっかけだったといいます。
研修後は出版部門に配属され、取次への営業を経て、ジョブローテーションで編集部へ異動。編集者を1年ほど経験してからツドイに転職し、今はツドイ3年目、社会人8年目になります。
青木さんは、名刺に「編集者」と書ける分かりやすい肩書きがあり、前職から編集を経てステップアップしたように見える、と整理します。しかしノジさんの「何者か」は、方向性というより、自分が何者かをつかめていない感覚だといいます。
自分の中に自分がないみたいな感覚が昔からあるんですね。映画や音楽が好きで、綺麗な石を自分でいろいろ集めて持ってるみたいな。
ノジさんは、編集者はその延長線上にありそうな、とてもいい職名だと感じていると話します。足りないのは肩書きではなく、自分らしさや味への確信だと言います。
(ノジさんは)人が生成した綺麗な石を集めてんだけど、「あれ、これ俺の石ってあんのか」みたいな。
代表作という物差し。「大きくて美しい名刺」を配りたい
今井さんは、ノジさんの葛藤を職業柄わかるとしつつ、自分もなれなかったと思ったまま40歳になったと打ち明けます。今井さんにとっての物差しは「代表作があるか」でした。
今井さんは代表作を「名刺代わり」と表現し、その大きさを気にしていると語ります。「考えすぎフラグメンツ」はビジネス系ポッドキャストの界隈では名刺として機能するけれど、誰もが知る番組かというとそうではない、と自己分析します。
(考えすぎフラグメンツは)業界内なら知る人ぞ知るぐらいのものはいくつか作らせてもらったんですけど、誰もが知ってるものは作れていない。
今井さんは、昔作った普通の名刺を配り続けるのも嫌だと言います。10年後も番組を続けていたいけれど、その時の代表作がこれだと少し寂しいので、変えていきたいと話しました。
青木さんは、代表作はビジネスの規模とは関係ないと指摘します。何十億と稼ぐ人でも代表作がないと感じることはあり、逆に小さな規模でも、それをきっかけに同じことを始める人が出てくるようなものは代表作っぽい、と語ります。
今井さんは、クラシコムの「北欧、暮らしの道具店」は、でかくて綺麗な名刺だと評します。
26歳、誰にも発注されていない「事務所ごっこ」
代表作をなかなか作れないという話から、青木さんは自身の26歳頃の経験を持ち出します。今は一緒にクラシコムをやっている妹の夫、当時の友人らと3人で、誰からも発注されていないのに事務所を借りたのだそうです。
何をやるかも決まっていないまま、とりあえずパソコンを3つ並べた、いわば「事務所ごっこ」でした。何者かになりたいとまでは思えなくても、今の延長線上でないことが起きるのではと期待していたのだろう、と青木さんは振り返ります。
借りたのは草加の青柳にある、家賃3〜4万円ほどのボロいワンルーム。しかし用事がないため、次第に誰も行かなくなったといいます。
最初は集まるじゃん。「じゃあさ、今日事務所で集まる?」みたいな。でも何にもする場所ないのよ。
結局1年ほどで手放したものの、その時のメンバーの1人とは今も密に仕事をし、もう1人も業務委託スタッフとして関わっているといいます。青木さんは、あれもある種の焦りで、打開策が見いだせないから動いてみたのだと語りました。
ノジさんも、昨年ZINEを個人制作しています。仕事での代表作はすぐには難しいと感じ、それとは別のところで作ったものでした。
何かしなきゃっていう焦りから、自分の仕事では代表作がなかなかまだと思ったので、(仕事)じゃないところでやろうと思って作った。
自律駆動性と、青木が見た「居心地がいい」という強み
話題は、ノジさんの仕事人としての強みに移ります。ノジさんは、直前の今井さんとの面談で「自律駆動性がある」と言われてメモした、と紹介しました。
ノジさんは、自分でガンガン進めていけるのが良くも悪くも特徴だと言います。サッカー部の経験から集団の中で自分を生かすのが好きで、司令塔をサブする立ち回りが得意だと分析しました。
一方、青木さんが挙げたノジさんの強みは、まったく別のものでした。
僕が思うノジくんの強みは、居心地がいいことよ。
青木さんは、ノジさんからはナルシシズムがあまり前に出てこないと指摘します。だから「何者かになりたい」という今回のテーマは、正直ノジさんに似合っていないと感じたそうです。
(ノジさんは)代表作とかなんだけど、なんかそれに振り回されてる感じはあんましない。
青木さんはさらに、居心地の良さの上でゴリゴリ進められるなら最強だと評します。前に進む人は、多くの場合ナルシシズム的なものに駆動されているからだといいます。
「困った方がいいんだっけ問題」。物差しを見つけた人への憧れ
ノジさんは、ナルシシズムはあまり意識したことがない一方で、ロマンチストな面はあると返します。同世代でも、東京を離れて地方で暮らすことを選んでいる人を見ると「何者かになっているな」と感じるそうです。
(地方で暮らす人は)自分なりの美学みたいなものがあって、それを選び取れてる人。そういう人を見た時に、なんかすごいなって思う。
今井さんは、それを「自分の物差しを見つけている感じ」と言い換えます。青木さんは、そうやって自分と向き合う必要性を感じる人生だったか、とノジさんに尋ねました。ノジさんの答えは「感じませんでした」でした。
ここから青木さんは「困った方がいいんだっけ問題」を立ち上げます。居心地がいい人は、他者からの承認にひどく困った経験があまりないのではないか、という見立てです。
青木さんによれば、自分のアイデンティティを強く意識する人は、たいてい切実に困ったことがある人です。困らないと、自分とは何かを考えざるを得ない状況にならないといいます。
困った方がいいってことなのか、もしくは困ってない自分だから持ってるものは何なんだろうかとか。
青木さんは、居心地の良さは、アイデンティティがはっきり見えている人が望んでも得られないものかもしれない、と考えます。
自分とは何かを考えざるを得ず、アイデンティティを強く意識しやすい。ストーリーも生まれやすい
自分を過度に卑下も誇張もしなくて済んだ分、ストーリーには乏しくなるが、望んでも得られない「居心地の良さ」を持ちうる
「自分の人生にストーリーがない」と悩む世代
今井さんは、自分より若い人たちが「自分の人生にストーリーがない」と言いがちだと指摘します。貧困や喪失といった切実な経験がある人が、それを使って早めに何者かとして立てているように見えるのだといいます。
例として、東京の人から「上京って羨ましい」と言われることを挙げます。関東近郊で育った人は、ぬるっと大人になるしかなく、上京というストーリーを持てない、という感覚です。
(切実な背景が)ある種順風満帆に来た人ほど悩んでる気がするとこではありますね。
青木さんは、過度に自分を卑下も誇りもしなくてよかった状況は、ストーリーという意味では乏しくなると応じます。そして、ある調査の話を持ち出しました。
晩年の人に「あなたの人生には意味があったと思いますか」と聞いた時に、若い時に非常に大変な思いをした人ほど、意味があったと振り返る率が高いという調査があったらしい。
ただし青木さんは、多くの人はどちらでもない、ストーリーが極端に乏しいわけでも、羨むような出自があるわけでもないと補足します。それが大半だ、というのがこの回の前提になっていきます。
沈黙する20代。「自分に誰も興味を持っていない」瞬間
今井さんは、ノジさんの「居心地の良さ」を、いい意味で「身の程を知っている」と表現します。有名なインフルエンサー的な人たちとの4〜5時間の食事会で、ノジさんはほとんど喋らなかったといいます。
(ノジさんが)普段からポッドキャストを聞いてる大好きな人たちがいるのに、なんか、あんま言わないなこいつ。
その時の心境を問われたノジさんの答えは、静かなものでした。
心持ちはほんと、口挟まない方が面白い話が聞けるなみたいな感じでした。
青木さんは、自分をグッと出す衝動に駆動されていないのだと解釈します。爪痕を残したいという衝動が普通はあるが、ノジさんにはその駆動力がない、と。ただしノジさんは、後で「25秒しか喋れなかったな」と落ち込むこともあったと明かします。
それはもう、何者かになれなかったな今夜は、みたいなのとちょっと近い感じ。
青木さんは、その場で誰も自分に興味を持っていないと感じる瞬間は、おしゃべりな自分にもゴリゴリにあると共感します。そういう時はスイッチを切って、爪痕を残そうとしないのだといいます。
「自分の持ってるものは相手も持ってる」という思い込み
今井さんは、同い年でYouTubeを当てている人がその場にいて、みんなに「どうやってるの」と聞かれていたら悔しいか、とノジさんに問います。ノジさんは悔しい気持ちにはなると認めつつ、別の理由も挙げました。
今力をつけてるタレントやインフルエンサーの人も、居心地がいい人間で、かつタレント性も握っている。だから僕から新しいことは引き出せないだろうな、と思っちゃう。
つまりノジさんは、自分の持っているものは相手も持っているのではないか、と考えてしまうのです。青木さんは、居心地の良さは他者からは分かるが、自分では分からないから、「何も持ってないな」と思いがちなのだと受け止めます。
青木さんは、自分が20代の頃に「居心地いい」と思った人は一人もいないと自信を持って言えると語ります。事務所を作ったメンバーからも鬱陶しいと思われていた節があると笑いました。
それはやっぱりなんか変なもんが駆動してるから。「やったろう」感が内側から駆動しちゃってるから。だから鬱陶しいよね。
「居心地のいい人」が主人公になる時代のコンテンツ
青木さんは、居心地の良さをすでに一つの「何者か」だと認識を切り替えられるナラティブが必要だと言います。そして最近、それを描く漫画が増えてきた気がすると話します。
勉強やスポーツが飛び抜けてできるわけではなくても、居心地のいい子がその良さを生かして周囲が変わるきっかけになる。そんな学園ものが、昔より発見されコンテンツになってきている、というのが青木さんの見立てです。
ノジさんは、そうした漫画が好きだと応じ、「スキップとローファー」を挙げます。誰かの隣にいると居心地がいい、というところから始まる作品です。
(スキップとローファーも)誰々くんの隣にいるとなんか居心地いいな、みたいなところから始まっている。
青木さんは、ノジさんの次の世代くらいは、居心地の良さをネイティブに浴びて育ち、「俺ってこれっしょ」と抜け抜けと言えるようになっているかもしれない、と展望しました。
無職で結婚。29歳の青木が毎週ビーングを買いに行った日々
話題は30歳を意識したかどうかに移ります。青木さんにとって、30歳は「何者かになりたい」より「絶対生き残れない」という恐怖でした。青木さんは29歳の無職の状態で結婚したからです。
妻の家族との食事会の段階で無職。しかも転職活動中という程度ではなく、次に職に就ける見込みすら感じられない、完全な無職だったといいます。
当時はインターネットでの職探しがまだ一般的でなく、青木さんの希望はリクルートの求人情報誌でした。
毎週水曜、駅のキオスクにビーングを買いに行き、隣のカフェで頭からお尻まで目を皿のようにして応募できる求人を探す。しかし1週間、他にできることがない。その水曜朝の気持ちが今でも忘れられないと語ります。
(30歳の時は)何者かになりたいっていうより、俺、絶対生き残れないと思ってた。
青木さんは29歳から30歳になる直前に初めて正社員として採用され、仕事人生が辛うじて始まりました。しかしその後もすぐに「何者かになりたい」と資格の勉強や転職を考え、結局34歳で子どもが妻のお腹にいる時に起業してしまいます。
もう爪痕残そうとしすぎて、破綻してた、当時は。あのままだったらどうなってただろうなとかはすごい思う。
達成感はその先にない。遅咲きに憧れる経営者の本音
青木さんは、みんなが分かりやすい大きな名刺を持てるわけではないと言います。それでも人生は続くのだから、いい物語が欲しい、と話が展開します。
ここで青木さんは、ノジさんが本来つくるべき代表作の姿を提案します。何者かにならなくても案外楽しい、希望も喜びもある。そういうコンテンツこそ、追求すべきなのではないか、と。
さらに青木さんは、ある程度の達成の「先」に達成感はないと、まっすぐに語ります。距離感で言えばとんでもない距離を来たのに、びっくりするほど得られないのだといいます。
自分はこうして皆さんに知っていただけてるとか、それは嬉しい部分もあるけど、でも未だに「いや、これでいいのかな」みたいなのはあるんだよね。
青木さんは、この感覚は同業者と話しても傷を舐め合うようになってしまい、ノジさんのような相手に言えば「贅沢なこと言ってやがるな」と思われてしまうと苦笑します。
そのうえで、固まったかっこよさは、変化し続けなければどこかで崩れると指摘します。だから、当時グダグダしていた人が遅咲きの花として現れることもある、と話を進めました。
晩年に見つかって「わあっ」となって死にたい。青木の一番の憧れ
青木さんは、同い年でもいろいろな歩みの人がいると語り、府中市美術館で見た90歳過ぎの現代アート作家の展示を挙げます。長く活躍しながら、割と最近フックアップされて大きな個展になったのだそうです。
好きな写真家ソール・ライターの例も出します。一度ファッション界で売れ、その後しばらく振るわない時期を経て、80代の晩年に再び見つかった、という歩みです。
そして青木さんは、自分の一番の憧れを口にします。
9月21日、クラシコムの本が発売。他者が書いた「評伝」の面白さ
最後は告知です。9月21日月曜日に、クラシコムについての本が商業出版として初めて発売されます。青木さんや共同創業者が書いたのではなく、日経クロストレンドで4年にわたり連載されたインタビューが、一冊に編集し直されたものです。
タイトルは『熱狂しない経営 北欧、暮らしの道具店クラシコムが20年磨き続けられた「らしさ」の正体』。このタイトルは青木さんがつけたものではありませんが、意外と好きだと語ります。
(「熱狂しない経営」という)タイトルをつけてくれるぐらい、僕らのことを本当によく長い間見てくれた人が作ってくれた本なんで、とってもありがたい。
今井さんは、自伝より評伝の方が面白いことはいくらでもあるとし、すぐそばから見続けたクラシコムがどんな風に描かれているのか楽しみだと応じます。
青木さんは、1冊目の本を他の人が書いてくれたのはとてもラッキーだったと振り返ります。2022年からの4年間のインタビューをまとめた本のため、今より若干若い、恥ずかしい写真もいっぱいあると笑いました。
まとめ
30歳を前に「何者かになっていた方がいい」と感じるノジさんの問いを、青木さんと今井さんが代表作・自分らしさ・困りごとの有無へと広げていった回でした。焦りの正体をほぐしつつ、居心地の良さや遅咲きにも希望を見出す対話になりました。
- ノジさんの「何者かになりたい」の正体は、肩書きの不足ではなく、自分らしさや味への確信のなさだった
- 今井さんは代表作を「名刺代わり」と捉え、その大きさ、つまり誰にどれだけ知られるかを物差しにしている
- 青木さんは、自分のアイデンティティを強く意識する人は「切実に困った経験がある人」で、困っていないことは弱みではないと見立てた
- 青木さんは、大きな達成の先に達成感はなく、一番の憧れは「晩年に見つかって、わあっとなったところで死にたい」と語った
- 青木さんが監修に近い形で関わったクラシコムの本『熱狂しない経営』が9月21日に発売される





