やりたいことは一番近くに置くのが正解か
サエキタカフミさんはこの回で、やりたいことは本当に自分の一番近くに置くのが正解なのかという問いを立てています。
現在地として語られたのは、二児の父としての家庭とサラリーマン業が同率1位で、音楽が第3位という時間配分でした。音楽はやりたいことリストの上の方に常にあるものの、実際の時間の使い方は第3位になっていると話します。
本当は音楽を第1位に置いておきたかったという思いはあると言います。ただ、それを踏まえてもいま強いストレスがあるかというと、案外ないというのが正直なところだそうです。
意外とこれが最適状況なのかなみたいに思わないでもない
以前この番組で、お金が尽きると夢が止まってしまうから経済的基盤を持っておくことが大前提だ、という趣旨の話をしたことに触れつつ、今回はお金ではない側の理由を扱うと前置きしています。
専業から兼業へ降りた人が、なぜクリアになったのか
この思考の起点になったのは、同年代のある人との会話でした。その人はもともと音楽を専業でやっていましたが、少し前に自分からその状況を降りて、働きながら音楽をやるようにした人だといいます。
10年ほど音楽専業を続けてきて初めて兼業の状況になったその人は、頭の中がすごくクリアになってポジティブになれたと語ったそうです。
(本業を持ってから)すごい頭の中がクリアになってポジティブになれた
演奏する回数自体は減ったものの、いざパフォーマンスするときにはむしろ良い効果が出ている感覚すらある、というのがその人の実感だったと紹介されます。
サエキタカフミさんは、普通はこれと逆に考えられるはずだと指摘します。パフォーマンスの機会が減ればクオリティが下がる、というネガティブな側面ばかりが想像されがちだからです。
(パフォーマンス機会が減ると)ネガティブな側面ばかりが思われるのかも
しかし、その人にとってはそうではなかった。この「専業より兼業の方がパフォーマンスに良い影響を与える」という逆説が、この回の中心テーマになっていきます。
兼業の方が表現が豊かになる理屈
サエキタカフミさんは、専業より兼業の方が良い影響が出るという状況は、理屈の上でもわからなくはないと考えています。自分自身にもその感触があると言います。
その根拠として挙げられるのが、表現は自分の内側からの出力物だという考え方です。内側が充実し多様でなければ、そもそも何も出力されず、出てきても薄っぺらいものになってしまうという理屈です。
大体表現って自分の内側からの出力物なので、自分の内側が充実していたり、多様な状況でないと、結局何も出力されない
だとすれば、専業でいるより複数の業務を持つ兼業の方が、インプットのバリエーションが増え、自分の中の源泉も増えることになります。結果として、出力されるもののクリエイティビティも高まっていくという説明です。
もっとも、これはあくまで理屈上の話だとも断っています。音楽を専業でやっている人への羨ましさは、どうしても消えないと率直に語ります。
(専業の人への羨ましさは)そういうふうに割り切れてはないんだけど、理屈上はわかるよねっていう話です
音楽との距離を焦点距離にたとえると
冒頭の「やりたいことへの距離感」という問いに対して、サエキタカフミさんが行き着いた答えはシンプルでした。一番近くに置くよりも、ちょっとだけ遠ざけた方が心地よかった、というものです。
この感覚を、理科で習う焦点距離の話にとてもよく似ていると表現します。
レンズには固有の焦点距離があり、いくら光をインプットしても、焦点が合う距離で見なければ像のピントは合いません。音楽との関係もこれと同じだ、という見立てです。
音楽っていう像を見たいと思った時には、自分の心というレンズを通して、僕らはそれを認識しようとする
音楽という像を見ようとするなら、見る側の自分は、その音楽(レンズ)に対して適した距離にいなければならない。そしてその最適な距離感は、人それぞれ違うのだろうと話します。
やりたいことを最優先に据える。憧れの形だが、近すぎるとかえってピントが合わないこともある
家庭や本業を挟んで距離を取る。インプットが増え、像のピントが合って心地よく感じられた
心地よさと満足感は両立しない
少年ピースというユニットを2025年末まで続けていたサエキタカフミさんは、収録時点の2026年8月末まで、およそ8か月ほど音楽活動から距離を置いてきたと振り返ります。
距離を少し離してみると、案外そこには心地よい環境があった、というのは否定できないと言います。
ただし、心地よさと満足感は別物だとも付け加えます。心地よいからといって満足しているわけではなく、両者は両立しないのだろうという実感です。
だから心地よくないけども満足しているみたいな世界もきっとあるんでしょうね
ここからサエキタカフミさんは、最適解だからといって最高ではないという言葉にたどり着きます。いまの距離感は最適かもしれないが、それが最高を意味するわけではない、という整理です。
この世界観を歌にするなら
最後にサエキタカフミさんは、この世界観は歌にできそうだと語ります。曲を作るときはタイトルからイメージを膨らませることが多いそうです。
「レンズ」だと普通すぎるので、焦点距離というキーワードから「単焦点」や一眼レフになぞらえて書いてみてもいいかもしれない、とアイデアを膨らませます。
多分歌詞の中にはファインダーとかシャッターを切るとみたいな歌詞も入ってきそうですよね。って思うと入れたくなくなるんですけどね
この回は理屈というより感覚的で、もしかすると哲学的な話だった、とサエキタカフミさん自身がまとめています。やりたいことにも最適な焦点距離がありそうだ、というのがこの日の結論でした。
まとめ
やりたいことを一番近くに置くのが必ずしも正解とは限らない、という問いを、サエキタカフミさんが焦点距離になぞらえて掘り下げた回でした。少し遠ざけることでインプットが増え、像のピントが合う心地よさがある一方、心地よさと満足感は別物だという実感も語られました。
- 音楽を第3位に置く今の状況に、案外ストレスがなく最適に感じられるという現在地が語られた
- 専業を降りて兼業になった人が「頭がクリアになった」と語ったことが、この思考の起点になっている
- 表現は内側からの出力物であり、兼業でインプットが増える方がクリエイティビティが高まるという理屈が示された
- やりたいことにも人それぞれの最適な焦点距離があり、近づけすぎるとピントが合わないという比喩で語られた
- 最適解は必ずしも最高ではなく、心地よさと満足感は両立しないという整理にたどり着いた





