家のカレーが一番うまい、というしょうもないテーマ
この回で佐伯さんが取り上げるのは、「結局、家で食べるカレーが一番うまいんじゃないか」というテーマです。
本人も「めっちゃしょうもないテーマ」と前置きしつつ、この思いつきに対して無意識に複雑な思考をしてしまったと話します。
結局家で食べるカレーが一番うまいんじゃね?っていう話をしたいと思います。
佐伯さんはカレーライスが好きで、家で食べるものと店で食べるものを比較したとき、家のカレーに軍配が上がったといいます。
そして、なぜ家のカレーをうまいと感じたのか、その理由を勝手に因数分解し始めたのだと振り返ります。結論のある話ではなく、うまさを数式で処理しようとした過程そのものが今回の中身です。
そういう風に「うま」みたいなものを数式で処理しようとしたっていうところに、ちょっと面白みを感じてもらえたらなとか思っています。
店のカレーは「まずい」のではなく「少ない」
前提として、佐伯さんは店のカレーがまずいと言っているわけではない、とエクスキューズを入れます。
店のカレー、とくに複数のスパイスを調合したスパイスカレーは、味が良い意味で複雑で、深みや旨味があると評価します。スパイスカレー ── 複数のスパイスを組み合わせて作るカレー。とろみのある欧風カレーと異なり、香りや辛み、酸味などが複層的に立つのが特徴とされる。
一方で、家庭のカレーにはその複雑さは出せないものの、単純で単一なものを食べたくなるときもあると指摘します。複雑だから絶対的にいい、という話ではないという整理です。
単純で単一なものの方が食べたくなる時とかもあるわけなんで、それはそれで成立して、どっちがすごいというものでもないんだろうなとか思っています。
そのうえで佐伯さんは、店のカレーには「致命的な弱点」があると切り出します。それは量が少ないことです。
複雑な味を出すために原料費や手間がかかることは理解しつつ、カフェで食べるスパイスカレーが「3口ぐらいでなくなるんじゃね?」というほどご飯が少ないことがあると話します。
もうほんと三口ぐらいでなくなるんじゃね?みたいな。ご飯の量の時があるじゃないですか。
3口は少し盛った表現だとしつつ、その少なさが自分にとってストレスなのだと気づいたといいます。
満足度は「美味しさ×量×回数」で決まる
量の少なさへの引っかかりから、佐伯さんは自分にとっての満足がどういう数式なのかを考え始めます。
たどり着いたのは、満足度は美味しさと、口に入れられる量と、その回数の掛け算ではないか、という仮説です。
味の良さはどちらが高い低いとも言えないとして、佐伯さんは残る2つの因数に注目します。口に入れられる量と味わえる回数です。
店ではこの2つの因数が小さく、家では大きい。だからトータルの満足度は家庭のほうが大きくなる、という数式に思えたといいます。
「カレー食いながら何計算してんの?」と自分でツッコミつつ、そういうことを考えてしまう性分なのだと話します。
一方で、店での食事には体験価値もあると佐伯さんは補います。同じものでも、家の中で食べるか庭で食べるかといった環境が満足度を左右する、という指摘です。
つまり満足度には「環境」という因数もあり、それは家庭では小さく、店では大きくなるのだろう、と数式を広げていきます。
頬張る時間、おかわり、集中できること
体験価値の話から派生して、佐伯さんは自分がカレーを食べるときに感じている要素をさらに解像度を上げて挙げていきます。
一つ目は、頬張っている時間の長さです。美味しいものを口いっぱいに入れてモグモグしている時間そのものが好きなのだと気づいたといいます。
美味しいなって思うそのものを口の中パンパンに入れて、モグモグモグモグってしてる時間そのものがきっと好きなんだろうなと思ったんですよね。
これはカレーに限らず牛丼でも何でもよく、口の中をパンパンにしてモグモグしたいというニーズが自分にはあるのだと分析します。
二つ目は、家だとおかわりができることです。口の中でモグモグする満足感をもう一度味わえる、という期待がそこに内在しているといいます。
店でも理屈上はもう一皿頼めばおかわりできますが、値段が倍かかるのが気になって実際にはできない、というのが実態だと話します。
三つ目は、好きなものほど集中したいという要素です。外食だと興味が分散してしまうといいます。
佐伯さんの場合、外食では子供と一緒のことが多く、こぼしていないかと気が向いてしまう。一人でも店の雰囲気や他人の会話に耳が向き、ソワソワ感が起きてしまうそうです。
その点、家ではカレーそのものに集中できるのが良いのだといいます。ただし居酒屋で友達と酒を酌み交わす時間は好きで、それは料理ではなく友達といる時間に良さを感じているのだろう、と付け加えます。
さらに細かい点として、家での食事は食後の会計や移動が基本ないことを挙げます。0秒で次に行ける時間的効率の良さ、いわゆるタイパの良さもありそうだといいます。
ボトルネックは「家だと値段が見えない」こと
要素を並べたうえで、佐伯さんは「結局これやん」というボトルネックにたどり着きます。それは家庭での食事は値段が見えないことです。
一食にどれぐらい原料費や手間賃がかかっているのか、家では結局見えない。一方で外食だと、この一皿のカレーに1000円かかっているといったことが見えてしまうといいます。
その「値段が見えること」が、佐伯さんの心における負の要素なのだと打ち明けます。
家庭での食事って値段が見えないんですよね、結局。
だから自分はケチなのだと佐伯さんは言います。ケチだからこそ頬張りたい、結局そこなのかもしれない、と自嘲気味に振り返ります。
カレーの話が「お金持ちになりたい」に着地する
ここから話は、ただのカレーの感想を超えて自身の生き方へと広がっていきます。
佐伯さんは、結局ご飯を食べるのが好きなのか、コストが見えないことがいいのか、自分でもよくわかっていないと率直に語ります。
そのうえで、現在35歳で30代は勝負の10年だと言われる中、明確に何になりたいという像が思いつかなかったと明かします。
ただ一つ明確なのは「お金持ちになりたい」ということ。その理由が、カレーの話とつながっているといいます。
お金持ちになりたいのは、コストが見えることによって本来楽しいはずのものが楽しくなくなる状態を打破したいからだと語ります。
あるのはお金持ちになりたいんですよね。
そのために自分なりの方法を考えて頑張っている、そんなことをカレーを食べながら思った次第だと締めくくります。
ほんとなんか生きづらい性格してるなって思いますが、そんなことを思ったところでした。
そして、こうした雑多な思考を置いておく場所としてこのポッドキャストを機能させていきたい、と話を結びます。
まとめ
家のカレーが一番うまいという思いつきを、佐伯さんは満足度の数式へと分解していきました。量や回数、頬張る時間、集中できることといった要素をたどった先で、本当の引っかかりは「値段が見えること」であり、それが「お金持ちになりたい」という願いにまでつながっていました。
- 家のカレーが一番うまい理由を、佐伯さんは美味しさ×量×回数という満足度の数式で説明した
- 店のカレーはまずいのではなく、量が少ないことが自分にとってのストレスだと気づいた
- 頬張る時間の長さ、おかわりできること、食事に集中できることも満足度の要素として挙げた
- 最大のボトルネックは「家だと一食の値段が見えないこと」で、外食だと値段が見えて負の要素になる
- コストが見えて楽しさが削がれる状態を打破したいという思いが、お金持ちになりたい理由につながっていた






