モノで差別化できなくなった時代に、何が起きているのか
今回のテーマは、プロセスエコノミーと透明性です。サエキさんはまず、プロセスエコノミーという言葉の成り立ちから振り返ります。
サエキさんによれば、プロセスエコノミーは2021年頃に世の中に生まれた言葉で、完成品で差別化できる時代はもう終わったという前提に立っています。
だからこそ過程を見せ、そこに価値を感じてもらってマネタイズする。そういう経済があるという考え方です。サエキさん自身も数年前にこの概念を知り、当時活動していた少年ピースというユニットでも取り入れていたと話されています。
この前提となるのが、今の世の中がコモディティ化した時代だという見方です。20〜30年前にインターネットが広まり、2023〜2024年頃からはAIの時代になったとサエキさんは整理します。
その結果、ありとあらゆる情報が民主化され、誰でもアクセスできる状態になりました。だから製品やサービスの完成度を上げることも、みんなができるようになってしまった時代だと話されています。
どこのラーメン屋さんに入っても大体美味しいよねみたいな話です
サエキさんは自分の身を置くミュージシャン業界を例に挙げます。以前はフルアレンジをすること自体が誰にでもできることではなく、アコースティックが基本で、アレンジをするならバンドを組む必要があった時代があったといいます。
しかし今はDTMによって、パソコン上でフルアレンジされた楽曲を作ることも、ある程度満足のいくクオリティで誰でもできるようになったと話されています。
判断軸が「心」に移ると、透明性が武器になる
モノで差別化ができなくなると、購入する人の判断軸はすべて心に移る、とサエキさんは言います。品質は最低限担保されている前提で、みんなが無意識のうちにより情緒的な価値に重きを置いているという見立てです。
それゆえに、世の中では不正やごまかしがとても嫌悪される時代になっているとサエキさんは指摘します。秘匿性の高い怪しい業界ほど嫌われる状況があるという見方です。
具体例として挙げられたのが、中古車メーカーのバディカです。中野社長は、不正をしたビッグモーターの出身でありながら、中古車業界のクローズドな感じが嫌で自分の会社を立ち上げた人物だと紹介されています。
この人(中野社長)とかはまさに中古車業界っていうクローズドなところについて、透明性を高めようとされている方だったりする
同じような例として、元・安芸高田市長で現在はYouTubeなどに出演している石丸伸二さんも挙げられます。市議会という外から見えにくかった場を公開した点が、透明性を高める動きとして語られました。
サエキさんは、こうした人たちが今持ち上げられやすい時代なのだろうと話されています。
結局「いいやつ」が報われる時代なのか
そんなことを考えているうちに、サエキさんは答えはめちゃめちゃシンプルだと感じたといいます。
それは、小学生の頃に先生に言われたようなことでした。嘘をついてはいけません、素直でいましょう、いいやつでいましょう。それを真面目に徹底的にやりきれる人が、結局これからの時代に評価されるのではないかという考えです。
逆に言えば、少しでも黒い心がある人は、近い将来必ず見透かされる時代がすぐそこにある、とサエキさんは言います。
その理由として挙げられたのがAIの存在です。多くの人が日常的にAIを使うようになった結果、AIが作った動画やテキスト、画像に対して「んっ」と違和感を覚え、ほとんどの人が見抜けてしまう状況があると話されています。
だからこそ本質が問われている時代だ、というのがサエキさんの見方です。ただしAIで生成したものを否定するのではなく、そこに魂を宿す必要があると続けます。
自分にしかない色をピッとつけてリリースしないといけない
その色とは自分らしさであり、色の源流は自分自身です。だから自分が清く正しく美しくないと、自分から出た色も汚い色になってしまう、とサエキさんは述べます。
この点についてサエキさんは、ある程度計算的でも打算的でもいいと言い添えます。心からいいやつになっていなくても最悪いい、どんな人にも光と影は絶対にあるものだから、というのがその理由です。本心でなくても、防衛策のような形でいいやつでいればいいのではないかという考え方です。
「いいやつ」であることを、どう証明するのか
ここでサエキさんは、めっちゃ厄介な問題があると切り出します。いかにいいやつになっても、自分がいいやつかどうかは、自分だけでは立証できないという問題です。
自分で言えば言うほど嘘臭くなっていく。極端に言えば、自己申告した瞬間に積み上げてきたものがゼロになるとすら言えるとサエキさんは話します。
では誰かに言ってもらおうとすると、今度は別の壁にぶつかります。自分が「言って」と頼んだ相手の言葉には、客観性が乏しくなるからです。
第三者なんだけど、第三者ではないみたいな
結局は、感じてもらうしかない。そう考えたときにプロセスを開示するという話につながってくる、とサエキさんは整理します。
自己申告
自分で「いいやつだ」と言うと嘘臭くなり、積み上げがゼロになりかねない
他者に依頼
自分が頼んだ相手の言葉は客観性が乏しく、第三者になりきれない
感じてもらう
結局は相手に感じてもらうしかなく、プロセスの開示に行き着く
これがプロセスエコノミーの正体だ、とサエキさんは言います。もてはやされてしばらく経つこの言葉も、その背景を理解した上で目先のテクニックとして使うならいいけれど、理解せずにとりあえず開示すればいいという発想でやると失敗するという指摘です。
プロセスをどこまで見せるかについては、それぞれの落としどころがあるだろうとサエキさんは言い添えます。何分前にトイレに行ったかまで見せるのかどうか、といった線引きは人それぞれだという趣旨です。
最後にサエキさんは、表現をする上でも、表現の大本である自分という原点が美しくないと、表現物も濁ってしまうと締めくくりました。
まとめ
サエキさんは、プロセスエコノミーを単なる稼ぎ方のノウハウではなく、いいやつが報われる時代にそれを証明する唯一の手段として捉え直しました。透明性が求められる背景から、証明の難しさ、そしてプロセス開示へと話は一本の線でつながっています。
- 完成品で差別化できなくなった時代、判断軸は品質から情緒的な価値と心へ移り、不正やごまかしが強く嫌われるようになった
- AIで誰でも一定水準のものを作れるからこそ本質が問われ、いいやつでいることが近い将来報われるとサエキさんは考えている
- 自分がいいやつかどうかは自分では立証できず、自己申告すると嘘臭くなり、頼んだ相手の言葉も客観性を欠く
- だからこそ感じてもらうしかなく、プロセスの開示につながる。これがプロセスエコノミーの正体だとサエキさんは語る
- プロセスを売れば儲かるというノウハウではなく、表現の原点である自分自身が清くないと表現物も濁るという点が結論






