リスナーの質問と、ツールだけでは解決しない理由
この回は、リスナーから寄せられた質問への回答です。「実際のところ、就業規則の作成に難しさを感じています。何か押さえるべきポイントがあれば教えてください」という内容でした。
吉田さんはまず、以前紹介した就業規則作成のツールについて触れます。そのツールによって、難しかったヒアリングから作成までが比較的簡単になり、言語化できるようになったのは本当だと話します。
ただし、ツールを入れれば経験なしにお客さんの前で就業規則を作れるかというと、そうではないと吉田さんは言います。
(作成ツール)を入れれば何にも経験せずにお客さんの前に行って就業規則の作成ができるかっていうと、そうではないんですよ。
そこで今回は、就業規則作成の初回面談でどんな話をするのかを中心に解説していきます。
3回の打ち合わせで進む、就業規則作成の全体像
吉田さんの事務所では、就業規則の作成コンサルティングを基本3回の打ち合わせで進めています。まずは全体像から確認します。
1回目は、就業規則を作成したい目的を聞き、どういう理由で作りたいのか、就業規則の大枠の方向性を決める回です。
2回目は、細かいところを詰めていきます。雇用形態をいくつにするのか、試用期間を作るか作らないか、手当構成をどう就業規則に書いていくのかなど、お客さんに聞かないとわからないことをヒアリングします。
2回目のヒアリングが終わると、それを基に事務所側で完成度90%ほどの就業規則を作成します。
お客さんに提示して読んでもらったうえで、3回目の打ち合わせで最終確定し、納品という流れです。
初回に必ず聞く「就業規則を作りたいと思ったきっかけ」
第1回目の打ち合わせで吉田さんが必ず聞くのは、就業規則を作成したいと思ったきっかけや目的です。
代表的なパターンとして、まず一番多いのは、ストレートに「ちゃんとした会社を作りたいから」という理由だと言います。
業種によっては、しっかりしていないとお客様に説明できないケースもあります。吉田さんは医療機関を例に挙げます。
就業規則の作成義務は、法律上、一事業所就業規則の作成義務 ── 労働基準法により、一事業所あたり常時10人以上の労働者を使用する場合に就業規則の作成と労働基準監督署への届け出が義務づけられている。10名以上から生じます。小さなクリニックでは、そもそも10名のスタッフがいないケースがあります。
その場合、就業規則がなくても違法ではありません。それでも作るのは業種柄だと吉田さんは説明します。
医療機関で事故やヒヤリハットが起こったとき、就業規則もないというのは、命を預かる仕事の業界としてほとんどないそうです。だから作成義務がなくても作るのだと言います。
同じように、機密情報を多く扱う会社でも、お客様に漏洩が起こったときの説明材料として就業規則を作るケースがあると話します。
2つ目のパターンは、法的な作成義務が出てしまったからというものです。事業が拡大すると、一事業所10名という基準は意外と早く到達してしまうと吉田さんは言います。
3つ目のパターンは、わかりやすい例で「痛い目を見たから」です。従業員とトラブルになったケースを指します。
たとえば従業員が遅刻をしている、パワハラをしている、機密情報を持ち出しているといった状態でも、就業規則がないと処分ができず、対処に困ることがあると言います。
吉田さんは、飲酒運転をすれば道路交通法で処罰を受けるのと同様に、会社の中で悪いことをすれば会社のルールで処罰を受けるはずだと説明します。しかし就業規則がなければ、そもそも処罰ができません。
そのため、問題のあるスタッフがいても会社として対処できず、退職してもらう際に大きく苦労した、という話があるそうです。「二度と同じ思いはしたくない」という形で依頼をいただくのが3つ目だと言います。
依頼は多くの場合、社長や管理部長からきます。吉田さんは、就業規則を作成したいと思った原点はしっかり聞いておいた方がいいと話します。
就業規則は裁判を起こせる文書、という基本
きっかけを聞いたあと、吉田さんが次に話すのは就業規則の基本です。まず作成義務が生じる状態、つまり一事業所あたり10名以上の労働者がいる状態について説明します。
一方で、業種によっては作成義務がなくても作った方がよく、資金に余裕があるなら、義務が発生していない段階でも作っておいた方が会社のためにも労働者のためにもなると言います。何をやってほしいか、何をやってはいけないのかをはっきりさせた方が、お互いにやりやすいからです。
そのうえで吉田さんが必ず話すのは、就業規則は職場のルールブックだという点です。就業ルール、働くルールのようなものだと表現します。
さらに、お客さんに話すと半分ほどの確率で驚かれるのが、就業規則は裁判を起こせる文書だという話です。「え、そうなんですか」という反応になると言います。
その理由は、就業規則が職場のルールブックであると同時に、会社と労働者との契約の一部になるからです。
契約というと契約書という書面を想像しがちですが、労働契約も同じで、雇用契約書や労働条件通知書 ── 労働者を雇い入れる際に、賃金や労働時間などの労働条件を明示するために交付する書面。労働基準法で明示が義務づけられている項目がある。に契約内容が書かれています。
ただし契約はそれだけではなく、就業規則に書いてあることも契約の一部になっていると吉田さんは説明します。
就業規則に変なことが書いてあったら、それを基に労働者の方が裁判を起こしたり、逆もできるんです。
だからこそ、しっかり書かなければいけないと吉田さんは話します。
使用者に有利なだけの就業規則が、通用しなくなった時代
吉田さんは、就業規則づくりに対する考え方の変化にも触れます。社労士を始めたのは10年以上前で、当時はとにかく経営者側に有利な就業規則を作るんだと言う人が多かったそうです。
しかし時代は変わってきたと吉田さんは言います。ただ使用者側に有利な就業規則を作っていればいい、というわけではなくなりました。
理由は、雇用契約には相手があるからです。労働者がその就業規則を読んだときに、いい会社だ、こういう制度もあるのかと感じ取ってもらえるような内容にした方がいいと話します。会社で活躍してほしいという思いが伝わる就業規則がよいということです。
吉田さんの事務所では、フレックスを導入したり、中抜けが自由だったり、フレキシブルタイム ── フレックスタイム制で、労働者が自分の判断で始業・終業の時刻を選べる時間帯のこと。対して必ず勤務すべき時間帯をコアタイムという。を長く、コアタイムを短く設定するなど、働きやすさを前面に出していると言います。
こうした面も作っていかないと、会社と労働者が手を取り合い、同じ向きで経営目標に向かって歩いていくのは難しいと吉田さんは考えています。この話をすると、社長にも新たな気づきがあり、打ち合わせが盛り上がることもあるそうです。
とにかく経営者側に有利な就業規則を作る、という発想が主流だった
労働者が働きやすさや会社の姿勢を感じ取れる内容にした方がよい
運用で一番重要な「周知」と、初回打ち合わせの締め
最後に吉田さんは、実務的な話をすると言います。労働基準監督署にどう届け出に行くのかといった手続きの話です。
そのうえで、運用上は周知が一番重要だと強調します。あまりいないものの、就業規則を作成しても誰にも見せないという会社があるそうです。
そうではなく、みんなが閲覧できる状態にしておいた方がいいと伝えると、「そうなんですか」という反応になり、第1回目の打ち合わせが終わっていくと話します。
まとめ
この回は、就業規則作成の初回ヒアリングで社労士が何を聞き、何を伝えるのかを実務に沿って解説する内容でした。ツールがあっても、目的の確認や基本の説明といったヒアリングの中身は変わらないことが語られています。
- 就業規則作成は基本3回の打ち合わせで進み、初回は目的、方向性を決める
- 初回は「作りたいと思ったきっかけ」を必ず聞く。多くは、ちゃんとした会社にしたい、作成義務が出た、トラブルで痛い目を見た、のいずれか
- 就業規則は職場のルールブックであると同時に、会社と労働者の契約の一部で、裁判の根拠にもなる
- 使用者に有利なだけでなく、労働者が働きやすさを感じられる内容にした方がよい時代になっている
- 運用では周知が最も重要で、全員が閲覧できる状態にしておくべき






