なぜダブルチェックには原理的な限界があるのか
今回のテーマは、ミスを防ぐ手段として最初に思い浮かぶダブルチェックの限界です。吉田さんは、社労士業務や税理士業務、弁護士業務など、ミスが許されない職種は多いと前置きします。
特に給与計算のような業務では「ミスをしてはいけない」という意識が強いと吉田さんは話します。そこでまず出てくる対策がダブルチェックだといいます。
ダブルチェックとは、1人目の作業者が成果物を作り、その成果物を別の2人目がチェック・点検する方法のことです。
吉田さんは、このダブルチェックに原理的な限界があると指摘します。仮に作業者が99パーセントの精度で正しく処理でき、点検者が99パーセントの精度でミスを見抜けるとしても、ミスはゼロにはならないという説明です。
作業者が残りの1パーセントを引いてミスをし、さらに点検者も残りの1パーセントに引っかかってミスを見抜けなければ、そのまま成果物が世に出てしまうからです。
優秀な人同士でも品質が上がらないのはなぜか
吉田さんは続けて、心理面と実務面から限界を掘り下げます。ならば99.9パーセントの精度で見抜けるさらに優秀な人を連れてくれば精度が上がるのではないか、という発想です。
しかし実務では、そうならないと吉田さんは言います。優秀な人同士でダブルチェックをしても、本気を出せば高い成果物になるはずなのに、実際にはそうならないというのです。
その理由として吉田さんが挙げるのが、人間の心理です。作業者側も点検者側も、相手が優秀だと思うことで気が緩んでしまうといいます。
優秀な誰々くんが(作業を)してるからミスはしていないはずだって思うし、
逆に優秀な人が点検者だったら、優秀な誰々さんが点検してるからまあミスないでしょうみたいな感じで気が緩むんですよ。
さらに経営の観点でも、優秀な人を2人も事務作業に投入することが本当に正解なのかという問題があると吉田さんは指摘します。優秀な人同士のダブルチェックは、現実性も実効性も乏しいという見方です。
では、優秀な人と普通の人を組み合わせればどうか。吉田さんは、この組み合わせにも難しさがあると続けます。
どの組み合わせでもダブルチェックがうまくいかない理由
吉田さんは、作業者と点検者の力量の組み合わせを整理します。まず、優秀な人が点検者で、普通の人が作業者の場合です。
この場合、普通の人の成果物はその程度のものにとどまり、優秀な点検者が「あれ直してください、これ直してください」と指摘することになります。結果として、優秀な人が最初から最後まで自分でやっているのと大差ない状況が生まれるといいます。
逆に、優秀な人が作業者で、ハイパフォーマーではない人が点検者の場合はどうか。吉田さんは、点検者がどこを見ればいいかわからず、点検になっていないことがあると指摘します。
そして、優秀ではない人同士のダブルチェックは、そもそも成果物がスカスカで意味がないといいます。どの組み合わせでも厳しいのではないか、というのが吉田さんの持論です。
チェックリストは有効か、その限界はどこにあるか
では何を意識すればよいのか。吉田さんが最初に挙げるのは、チェックリストを作ることです。どこを点検するのかを言語化するのは重要だといいます。
ただし点検を端から順にこなすだけだと、途中で飽きて気持ちが緩むと吉田さんは指摘します。そこで、点検の前に仮説を立てることを勧めます。
今回の作業ならここを落としやすい、という仮説を先に立てたうえで点検に入ると、比較的大きなミスは減らせるといいます。
一方で、吉田さんはチェックリストにも限界があると続けます。上から一つずつチェックしているうちに集中力が切れ、チェックしていないのに手だけが動く状態になることがあるからです。
だんだんだんだん集中力が切れてくると、(実際は)チェックしてないのに手だけ動くとかってあるじゃないですか。
さらに、チェックリストをどこまで細かく作るかという問題もあります。細かすぎると形骸化し、大雑把すぎると意味がなくなるため、絶妙なバランスのよいチェックリストを作るのは難しいと吉田さんは言います。
加えて、上級者向けと初心者向けではチェックリストの内容が変わるべきで、力量に合わせたカスタマイズが必要になります。それを普通は実現できないため、やはりチェックリストにも限界があるという結論です。
ミスの起こらない業務フローをどう作るか
ダブルチェックもチェックリストも限界があるなら、次に何をするのか。吉田さんが行き着いたのは、そもそもミスが起こらない業務フローを構築することでした。
ミスが起こらないような業務フローをそもそも構築した方がいいと思います。私は行き着いたのはここでした。
具体策として吉田さんが挙げるのが、業務フロー全体を見直して転記回数を減らすことです。かつて自身が給与計算をしていた頃を例に説明します。
当時はスタッフの情報をもらったら、労務管理ソフトに手入力し、給与計算ソフトに手入力し、顧客管理リストにも手入力するという、手入力の連続だったといいます。そうするとどこかでミスが起きていたそうです。
今なら、SmartHR ── 人事労務の手続きや情報管理を担うクラウド型の労務管理サービス。従業員情報を一元管理できる。にある情報をAPI ── ソフト同士がデータをやり取りするための接続の仕組み。手入力せずに情報を連携できる。で他のツールへ流せると吉田さんは説明します。
連携先の例として、マネーフォワードクラウド、キングオブタイム、あるいはCSVで別ツールへ流す方法が挙げられました。こうして転記回数を減らす業務フローを作る方が良いといいます。
吉田さんは、いかに業務が自動で流れる仕組みを会社全体として構築するかが、ミスを防ぐうえで一番効果のある方法だと話します。
ダブルチェック
作業者と点検者に頼るが、原理的にミスはゼロにならない
チェックリスト
点検箇所を言語化するが、形骸化や力量差の限界がある
業務フローの改善
転記回数を減らし、業務が自動で流れる仕組みを作る
ミスへの向き合い方と、普段からの信頼づくり
吉田さんは、どんな仕組みを作っても結局はミスが起こるものだと言います。そのうえで、ベテランほど実践していることとして、ミスをしたときの向き合い方に触れます。
ミスをしたときは素直に認めて反省し、謝罪した方がいいというのが吉田さんの考えです。
さらに、ミスによって解約になったり顧客が怒ったりするケースは、普段から信頼を築けていない場合が多いと指摘します。だからこそ普段からの信頼づくりが大切だといいます。
吉田さんは、過去に自分がミスをした際に言われた言葉を紹介します。
吉田さんもミスするんですね。ちょっと親近感湧きましたよ。
そう言われて「そんなに評価されていたのか」と、ミスをして喜んでしまったという吉田さんは、本来は反省すべきだと苦笑しつつ、普段から信頼を作っておいた方がいいと締めくくります。
なぜ「ミス0件」という目標は形骸化するのか
最後に吉田さんは、品質管理には終わりがないと述べます。ダブルチェック、チェックリスト、業務フロー改善と対策を重ねても、それでもミスは起こるという前提です。
そのうえで、絶対にやめた方がいい目標の立て方として「今期ミス0件」を挙げます。
理由は、そうした目標を立ててもミスは起こり、一度ミスをした時点で目標が未達になってしまうからです。結果として目標が形骸化してしまうといいます。
代わりに参考になる考え方として、吉田さんはシックスシグマ ── 製造業などで用いられる品質管理の手法。ミスや欠陥の発生率を統計的に一定水準以下へ抑えることを目指す考え方。を紹介します。
これは、ミスをゼロにするのは無理だという前提に立ち、ミスを一定以下に抑えようとする考え方です。100件に1件なのか、1万件に1件なのか、その基準以下なら合格とします。
たとえば1万件に1件以下という目標に対して3件のミスがあったなら、その3を1にするにはどうすればいいかを考えられると吉田さんは説明します。
吉田さんは、ミスをゼロにするのではなく、何パーセント以下に削減するという立て方の方が、現実的な管理だとまとめます。
まとめ
今回は、ミスを防ぐ手段として最初に挙がるダブルチェックの限界を出発点に、チェックリストの弱点、業務フロー改善、そして現実的なミス目標の立て方までが語られました。ミスをゼロにしようとするのではなく、仕組みと目標の設計で現実的に減らすという視点が軸になっています。
- ダブルチェックは作業者と点検者の精度が高くてもミスはゼロにならず、人の力量のどの組み合わせでもうまくいきにくい
- チェックリストは点検箇所の言語化と仮説立てに役立つが、形骸化や力量差への対応に限界がある
- 転記回数を減らし、業務が自動で流れる仕組みを会社全体で作ることが、ミスを防ぐうえで最も効果があると吉田さんは考えている
- どんな仕組みでもミスは起こるため、素直な反省と普段からの信頼づくりが被害を左右する
- 「ミス0件」は形骸化しやすく、シックスシグマの発想でミスを一定割合以下に抑える目標の方が現実的







