上司になった人ほど労基法を知らない、という問題
この回のテーマは「上司として知っておきたい労基法の基礎知識」です。上司や社長になると労基法を知っておく必要がある、という前提から話が始まります。
吉田さんが特に問題視しているのが、平社員から上司に上がったタイミングです。労基法の基礎知識がないままマネジメントをしてしまうケースがあると指摘します。
その結果、気づいたら労基法違反だったり、労務のルールに照らすと不適切な発言や行動をしていることがある、という状況が起こりうると話されています。
立派な会社であればマネジメント研修があり、そこで1日8時間を超えたら残業になる、といった話を教わることもあります。ただ、そうでないケースも多いため、この回で基礎を整理していきます。
最初に押さえるべきは「部下の労働条件」
上司としてまず知っておかなければならないのは、部下の労働条件だと吉田さんは強調します。ここを理解することが最も重要だと話されています。
例えば、ある日いきなり課長になって10人の部下ができたとします。そのとき上司がやるべきなのは、その10人がどういう条件で働いているのかを理解することです。
10人のほとんどが正社員なら、1日8時間、週40時間ほど働くと理解しておけばよいでしょう。しかし今の時代は多様な働き方があり、そう単純ではありません。
中には時短勤務の人や、もともと労働時間が短い人もいます。そのため、会社と部下の間でどんな労働条件になっているのかを把握する必要があります。
吉田さんは、間違いやすいケースとして次のような例を挙げます。10人の部下のうち9人が正社員で、残る1人がパートだったとします。
実はパートの人は1日4時間しか働かない契約だったと。それを知らない状態で、他の人と同じように8時間やってくださいよみたいなことを当たり前のようにやってたら、いつか言われますよね。
私、4時間の人なんです。1日4時間しか働かない契約なのに、なんでそこまで働かなきゃいけないんですか、おかしいじゃないですかっていうのは言われると思います。
それぞれに契約があり、その契約の下で働かせている以上、契約を理解しないとどこまで働いてもらえるのか、最低何時間働いてもらう必要があるのかがわかりません。
さらに、労働条件は一度知ったら終わりではありません。途中で変わったり、一時的に変わったりする可能性があると吉田さんは付け加えます。
例えば育児休業から復帰してきた人には、一時的に残業をしない権利や、労働時間そのものを短縮する権利がある場合があります。育児休業からの復帰後の権利 ── 育児・介護休業法などにより、一定の条件を満たす労働者は所定外労働の免除や短時間勤務を請求できます。上司はこうした権利の行使状況を踏まえて働かせる必要があります。
こうした権利がどう行使されているかを理解した上で部下を働かせる必要がある、というのが最初のポイントです。
1日8時間・週40時間、労基法そのものを知る
次に重要なのは、労働基準法そのものをきちんと知っておくことです。本来はこれが最初に来るべき話だ、と吉田さんは断りを入れます。
1日8時間、週40時間が法定労働時間として決まっており、これを超えると残業になります。法定労働時間 ── 労働基準法で定められた労働時間の上限で、原則1日8時間・週40時間です。これを超えて働かせるには時間外労働の割増賃金や36協定などが必要になります。
さらに、残業は単月100時間未満に収めなければならない、36協定の範囲内で残業させなければならない、といったルールもあります。こうした基準を理解しておくことも重要だと話されています。36協定 ── 時間外労働や休日労働をさせる場合に、労使間で結んで労働基準監督署に届け出る協定です。労働基準法第36条に基づくため、こう呼ばれています。
残業を「勝手にやってる」で済ませてはいけない
ここからは、意外と間違いがちな具体論に入ります。1つ目に挙げられたのが、残業の黙認です。
吉田さんは、基本的に人は残業したがる生き物ではないはずだと話します。10人いれば7、8人は早く帰りたいと思っているはずだ、という見立てです。
一方で、そうでない人も世の中にはいます。とことん仕事をしたいから残業させてくれ、給料はいらないから残業させてほしい、という人もいると言います。
何が彼を、彼彼女をそうさせてるのかわからないですけれども、そういう人がいますと。そういう人を黙認するのってダメですよって話です。
なぜ黙認がダメなのか。残業はそもそも会社が命令を出し、それに応じて労働者がやるものです。勝手に残業していること自体が、法律の想定と異なるからだと吉田さんは説明します。
その結果として、働かせすぎでその人が過労死した場合、会社の責任を問われると思っておいた方がよい、と話されています。
理由は、残業の黙認が「黙示の指示」にあたるためです。明示的に命令しているのと変わらない扱いになる、というのが吉田さんの説明です。黙示の指示 ── 明確に命令していなくても、残業を知りながら止めないなど、実質的に指示しているとみなされる状態を指します。この場合、その残業は労働時間として扱われます。
あの、あいつが勝手に残業してるんですよっていうのは、上司としては絶対に言っちゃいけないことで、なぜ残業しているのかとか、残業時間がどうやったら減らせるのかっていうのを一緒に考えていくっていうのが上司の役割です。
有給は「1週間前ルール」で断れるのか
2つ目にやりがちなのが、有給休暇の扱いです。吉田さんは、社内ルールと法的な拘束力を分けて考える必要があると指摘します。
例えば「有給は1週間前に申請してください」という社内ルールがあったとします。これ自体は社内のルールとして立派なものだと吉田さんは言います。
ただし、そこに法的な拘束力はありません。法的には、前日の就業時刻までに年次有給休暇を申請すれば、翌日に有給を消化できるルールになっている、と説明されています。
その根拠は、会社が持つ時季変更権にあります。会社が時季を変えられるギリギリのタイムリミットが、有給を使いたい日の前の所定労働日の終業時刻だと考えられているためです。時季変更権 ── 労働者が請求した有給の取得日について、事業の正常な運営を妨げる場合に限り、会社が別の日に変更できる権利です。取得そのものを拒否する権利ではありません。
そのため、社内のローカルルールで1か月前や1週間前の申請を求め、それを理由に有給を無下に断ってしまうと、労働基準法で認められた権利が行使できないことになります。
場合によっては行政官庁への相談や調査に発展したり、訴訟につながる可能性もあると吉田さんは話します。前日の終業時刻までに申請が来たなら、受けるしかないという整理です。
どうしても困る場合は、お願いベースで交渉していくという形になる、と現実的な対応が示されています。
休憩時間は「取れていない」で終わらせない
3つ目は休憩です。ここは意外と取らせていない現場が多く、吉田さんは「闇ですけどね」と率直に語ります。
吉田さん自身もサラリーマン時代、1時間の休憩を取れていなかったと明かします。そういう会社が世の中では多数ではないか、という見方です。
ただ、正しい情報は知っておく必要があります。労働基準法では、1日の労働時間が6時間を超えた場合は45分、8時間を超えた場合は60分の休憩を取得させなければならないと定められています。
多くの会社は、正社員を8時間労働に設定しつつ、9時間拘束・1時間休憩などにしています。残業した場合でも休憩時間が不足しないよう設計しているところがほとんどだと話されています。
現実には60分の休憩が取れないケースもよく聞くと吉田さんは認めます。ただし上司としては、これが最低基準であること、就業規則にさらに長い休憩が定められていれば守る必要があることを踏まえてマネジメントにあたるよう促しています。
部下同士のハラスメントも「勝手にやった」では済まない
4つ目はハラスメントです。ここでも吉田さんは、黙認はNGだという立場を示します。
例えば、自分の部下が他の部下にハラスメントをしていて、「部下が勝手にやった」で済ませる。これはNGだと明言されています。
会社にはスタッフを安全に働かせる義務があり、安全な職場環境を作ることは上司の役割の一部だ、というのが理由です。上司も連帯して環境づくりに責任を負うという考え方です。
そのため、部下のハラスメント行為を目撃したら絶対に黙認せず、やめさせる必要があります。直接指導のやり方がわからなければ、労務部門や社内でハラスメントを監視する部署に相談し、対処法を相談するよう勧めています。
今の時代はセクハラ、パワハラなどさまざまなハラスメントがあります。あるのであれば黙認せず、ちゃんと対処していきましょうというのが重要だと締めくくられています。
退職の「異常な引き止め」と、辞めるまでの予告期間
最後は退職です。上司として部下の退職は悲しいこととしつつ、吉田さんはある格言を引きます。
スタッフは会社を去るんじゃない、上司の下を去るんだみたいな格言があったと思います。確かにそれってわかるなと思います。
部下が辞めたいと言い出したとき、必要な人であれば引き止めること自体はよいと吉田さんは言います。一時的な気の迷いなら、引き止めるのも上司の優しさかもしれません。
問題は「異常な引き止め」です。監禁のような極端な行為は当然、労基法違反になるためやってはいけないと釘を刺します。
長時間会議室に閉じ込めて「辞めるな」と言い続けるような行為も、それ自体がハラスメントに該当しかねません。録音されSNSに拡散されれば、会社のレピュテーションが下がるリスクもあると指摘されています。
もう一つの根本的な間違いが、退職の予告期間です。有給と同じく「何か月前に言わないと辞められない」という社内ルールを真に受けて引き止めるのも、後で問題になる可能性があります。
例えば就業規則に「3か月前に退職を予告してください」と定められていても、無期雇用契約の場合は民法上、14日前に予告すれば辞められるのが標準的なルールだと理解されている、と説明されます。退職の予告期間 ── 期間の定めのない雇用契約では、民法上、労働者は退職を申し入れてから2週間で契約を終了できるとされています。就業規則の予告期間がこれより長くても、その有効性には疑問があると吉田さんは述べています。
吉田さんは、雇用契約書や就業規則に3か月前予告と書いてあっても、法律的・契約的な有効性は怪しく、あまりないと考えていると話します。
上司として知っておくべきことは労基法の知識だけでも語りきれないほどあるとしつつ、こうしたことを頭に入れてマネジメントにあたってほしい、と吉田さんは締めくくります。
まとめ
この回は、上司や社長が知らずに労務違反をしてしまわないための基礎知識を、部下の労働条件の把握を起点に整理する内容でした。残業・有給・休憩・ハラスメント・退職という、現場で間違いやすい5つの落とし穴が具体的に示されています。
- 上司がまず理解すべきは部下一人ひとりの労働条件で、時短や育休復帰後の権利など個別事情も踏まえる必要がある
- 残業の黙認は「黙示の指示」とみなされ、勝手に残業していたとしても会社の責任を問われうる
- 有給は前日の終業時刻までに申請されれば取得でき、社内の事前申請ルールに法的拘束力はない
- 休憩は6時間超で45分、8時間超で60分が最低基準で、就業規則にさらに長い定めがあればそれを守る必要がある
- 部下同士のハラスメントの黙認や退職時の異常な引き止めはリスクがあり、退職予告は民法上14日前が標準と理解されている






