毎年上がる最低賃金、今年の東京は63円上昇
最低賃金の引き上げは、ここ数年ずっと続いているトレンドだと吉田さんは話します。毎年のように「10月に最低賃金が上がりました」というニュースが出ています。
特に今年は、東京だと63円という大きな上げ幅になりました。吉田さんはこれを「爆上がりと言ってもいいぐらい」と表現しています。
この上がり方だと、企業側は考えなければいけないことがいくつも出てきます。今回はそれを順番に解説していく回です。
自社に最低賃金を下回る人はいないか、まず点検する
最低賃金が上がったら、まず自社の労働者の中に新しい最低賃金を下回っている人がいないかを点検します。時給制の人はわかりやすく、時給と新最低賃金を比べればすみます。
一方、月給制の人は計算が大変です。月平均所定労働時間を年間の契約などから割り出し、月給を時給に割り戻して比較する作業が必要になります。
吉田さんによれば、この計算は厚生労働省のリーフレットでも案内されています。たとえば月給20万円の人を時給換算し、新最低賃金と比べて不足していれば昇給が必要、という判断になります。
注意点として、精皆勤手当などは最低賃金の計算に含められないというルールがあります。単純に手当まで含めた合計額で最低賃金を上回っていればよい、というわけではありません。
さらに点検を難しくするのが、複数の都道府県で事業を展開しているケースです。最低賃金は都道府県ごとに決まるため、店舗のある地域ごとに比較しなければなりません。
2〜3県程度なら比較的楽ですが、47都道府県すべてに店舗を展開しているような会社だと、点検は非常に大変になります。吉田さんの顧客にも県をまたいで事業する会社は多いものの、47都道府県すべてを制覇している会社はいないとのことです。
給与テーブルを見直さないと、社内の序列が逆転する
最低賃金を上回るよう是正して終わり、ではありません。会社がやるべきことはまだ続きます。1つ目が給与テーブルの見直しです。
評価制度の有無にかかわらず、会社の中では暗黙のうちに、優秀な人から順に高い給料をもらっているはずだと吉田さんは指摘します。最低賃金を上げると、この序列が逆転してしまうケースが出てきます。
たとえば、最低賃金以下だったあまり優秀でない人を最低賃金まで引き上げたとします。その人より優秀な人が、もともと最低賃金くらいの水準だった場合、両者の給料がほぼ同じになってしまいます。
これでは優秀な人からすると不満が出ます。そこで会社は、評価の整合性を保つために、下から順に給与テーブルを押し上げていく必要が出てきます。
ところてんを押し出すかのごとく、下から(給与テーブルを)見直していって上げていかなきゃいけないんですよ。
わかりやすい方法として、東京なら「全員時給63円上げる」、あるいは「一番下のラインが上がった割合に合わせて全体を3%上げる」といった昇給の仕方が考えられます。
ただし、人件費をこれ以上上げられない、上げると資金ショートしてしまうという会社もあります。その場合はどこかでつじつまを合わせる必要が出てきます。
たとえば一番下のラインが63円上がったら、次のグレードは53円、その次は43円と上げ幅を減らしていき、上位グレードは据え置きにする処理も考えられます。結果として管理職は給料が上がらず賞与も減る、といったことも現実には起こり得ると吉田さんは話します。
単純作業はAIや自動化に置き換える発想が出てくる
給与テーブルの次に出てくるのが、業務そのものの見直しです。最低賃金が上がると、単純作業はロボットやプログラムに任せたほうが得だという状況が生まれてきます。
そのため、単純作業をプログラムやAIに置き換えようという会社も当然出てくると吉田さんは見ています。あわせて、手をつけやすいところとして残業の削減なども検討されます。
これは一見、人減らしの話に聞こえるかもしれません。しかし本質は、優秀な人材やコアメンバーに回すための給与原資を確保することにあります。
優秀な人材にこう回す、会社のコアメンバーには回す、こう給与原資っていうのを確保しなきゃいけない。
その原資を確保するために、単純作業をAIやプログラムに置き換えていこうという発想へ、会社はどうしても向かっていくはずだと吉田さんは説明します。
顧客単価や売り方の見直しにまで波及する
検討はさらに広がります。新しい最低賃金では利益が出ない、赤字になってしまうという場合、顧客単価の見直しにまで波及する可能性があると吉田さんは話します。
これまでの単価でやっていけていたものが最低賃金の上昇でやっていけなくなるなら、メニューの単価を見直すことになります。あるいは、コンビニ商品などで批判される「サイレント値上げ」のように原材料を減らす対応もあります。
値上げをしない場合でも、たとえば飲食店なら、1人の客の滞在時間の上限を2時間から1時間半に短くして回転率を上げるなど、工夫して利益が出る状態を作る必要があります。
つまり、最低賃金の上昇はサービスのメニューや売り方にまで、中長期的には必ず波及していきます。今回の63円はインパクトが大きいため、すでにそこまで考えている経営者もいるはずだと吉田さんは述べます。
自社は余裕だと思っていても、ライバル会社が最低賃金の影響でメニューやサービスを変えてくるかもしれません。サービスの売り方まで最低賃金は波及するという前提で、競合の動きも考える必要があります。
雇用を業務委託に切り替える「解決策」がなぜダメか
最後に吉田さんが取り上げるのが、やめたほうがいいという対応です。それは、最低賃金が上がったから雇用契約を業務委託契約に切り替えるという方法です。吉田さんはこれを「解決策」ではなく「ごまかし」だと位置づけます。
理由の1つ目は、業務委託と雇用ではリスクの高さが違う点です。働く側から見ると、業務委託契約のほうがリスクが高いと吉田さんは説明します。
解雇規制とかもないし、いつクビになるかもわからないし、加えて労災とかも効かないからリスクの高い仕事っていうことになります。
リスクの低い仕事と高い仕事があれば、リスクの高い仕事のほうが報酬は高いはずです。つまり同じ仕事を業務委託に移せば、論理的には単価が上がるはずで、そもそもコスト削減の解決策にはならないと吉田さんは指摘します。
もう1つ、絶対にやめたほうがいいのが脱法的なパターンです。今まで雇用でやっていた人を、実態は変えずに形だけ業務委託契約に切り替えるようなやり方です。
労働の世界は実態で判断されるため、実態が雇用と変わらなければ、形式上は業務委託でも安全配慮義務や残業代を払う義務は消えません。形だけ業務委託に切り替えても、実態が雇用なら義務は消えないというのが結論です。
まとめ
最低賃金の引き上げは、単に賃金を是正して終わる話ではありません。点検から始まり、給与テーブル、業務の効率化、顧客単価や売り方の見直しへと連鎖していく経営課題として、吉田さんは順を追って整理しました。
- まず自社に新最低賃金を下回る人がいないかを点検する。月給者は時給換算が必要で、精皆勤手当は計算に含められない
- 多店舗展開では都道府県ごとに最低賃金が決まるため、地域ごとの点検が必要になる
- 下位を引き上げると社内の序列が逆転するため、給与テーブル全体の見直しが求められる
- 給与原資の確保のため、単純作業のAI・自動化や、顧客単価・売り方の見直しにまで波及する
- 雇用を形だけ業務委託に切り替えても、実態が雇用なら安全配慮義務や残業代の義務は消えず、解決にならない






