神戸のダンサーが通った「酸っぱくなる」トレーニング
第29回のゲストは、2005年10月に鍼灸院を開業し、ストリートダンサーやスポーツ選手を指導してきた濱本健太郎さんです。収録は7月31日で、直前には子どもたち向けに体の使い方のワークショップも行われました。
PUNCHしょーへーさんと濱本さんの縁は、しょーへーさんの20代の頃にさかのぼります。しょーへーさんがお世話になっていたダンサー界隈で、濱本さんのもとに通うことが一大ムーブメントになっていたといいます。
当時のしょーへーさんはバトルやコンテストに出ていた時期で、駅から10〜15分ほど歩いた鍼灸院へ通っていました。トレーニングはかなりハードで、帰り道は口の中が酸っぱくなるほどだったそうです。
当時はすいませんでした。
ただ、しょーへーさんが印象に残っているのは、単なるきついトレーニングではなく、体の使い方の指導だった点です。「ここをやると、この動きがやりやすくなっていない?」という教え方が、当時から役に立っていたと振り返ります。
音声だけの番組で体の使い方がどこまで伝わるか、という実験的な試みも込めて、テーマは「ダンサーの皆さん、自分の体の使い方知っていますか?」に設定されました。
会社員と夜間学校の二重生活から鍼灸師へ
濱本さんが鍼灸の道に入ったきっかけは、スポーツクラブ勤務時代の将来への不安でした。45歳になってもスタジオで教えている自分が想像できず、勤め先も小規模だったため、転職を考えて鍼灸の資格を取ることにしたそうです。
濱本さんは気功 ── 呼吸や意識、ゆっくりした動きを通じて心身を整えるとされる中国由来の健康法の免許も持っており、その気功の先生から以前から鍼灸を勧められていたことも後押しになりました。
資格取得の3年間は、会社勤めをしながら夜間部に通う生活でした。当時すでに子どももいて、朝は幼稚園へ送り、17時まで働き、17時45分から学校へ向かう毎日です。
普通は90分2コマなんだけど、プラス45分っていうのがあって。だから終わるのが9時45分。
それこそほんと家帰ってからが復習、予習っていうのがやって、それからショートスリーパーになりましたね。
濱本さんはこの時期を「なかなかの地獄でした」と笑いながら表現しています。
ダンス界とのつながりは、スポーツクラブの片隅から
濱本さんとダンサーの関わりは、勤めていた新長田のスポーツクラブがキッズダンスを始めたことに始まります。そこへインストラクターとしてやって来たのが、久恵さんやGidoのヒロさん、レッドラインのリエさんといった、当時まだ若手だったダンサーたちでした。
で、久恵ちゃんをなんかちょっとスポーツクラブの片隅でトレーニングし始めたのがきっかけで。
濱本さんのダンサー向けトレーニングの第1号は久恵さんで、久恵さんは今も通い続けているそうです。そこから神戸のダンス界に広がり、しょーへーさんが通い始めたのも、神戸のダンサーが皆通っていたからでした。
だから久恵さんからダンス界に広がったっていうのがあって、今でも足を向けて寝れません。
これまでに見てきたダンサーとして、濱本さんは久恵さんやタケシさん、HIPHOPのアツキさん、オカヨさん、レイコさん、ビタボのユカリさんらの名前を挙げます。中堅ダンサーや、最近はマダム層も多く通っていて、過去の来院者も含めれば神戸のダンサーの大半は一度は来ているのではないか、と話しています。
ただ、濱本さんの鍼灸院はトレーニングの印象が強いためか、困ったこともあるといいます。
一番ショックなのが、「先生、今日腰が痛いから休みます」とか。いや、うち鍼灸院やねんから、その時来てほしいなっていうのは正直あった。
「膝を回して」「腰を回して」は本当に回っている?
しょーへーさんが最初に投げかけたのは、ダンサーがよく使う体の言葉に、実際とずれているものはないかという問いです。濱本さんが真っ先に挙げたのは、レッスンで頻繁に聞く「膝回して」「腰回して」という指示でした。
膝ってね、回れへんから。腰も回らへんから。
濱本さんによれば、腰は回る関節ではなく、実際に回っているのは股関節など別の部位で、腰が回っているように見えているだけです。膝も基本は曲げ伸ばしで、ねじれは多少ある程度だといいます。
アイソレーションの指示にも同じずれがあります。首だけを動かすことはできず、他の部位も微妙に動いていますし、胸を真横に出す動きも、実際にはねじれながら出ています。「胸を張って」も、実際は肩甲骨を使っているそうです。
膝を回す、腰を回す、首だけ動かす、胸を真横に出す、胸を張る
股関節など他の部位が回る、膝は曲げ伸ばし中心、首以外も動く、胸はねじれながら出る、肩甲骨が動く
うん、そういうの言い出したら多分ね、明日の朝までかかると思う。
しょーへーさんは、通っていた当時に同じ話を聞き、自分で動いてみて納得した経験を語ります。教える側も言葉のまま受け取って指導しがちですが、実際の動きを知ったうえで動かすだけで可動域が変わる、という点で二人の意見は一致しました。
言葉のイメージが体を壊すこともある
濱本さんは、人間のイメージや意識はとても大事で、どう動いているかを知らない限り、体はそう動かないと話します。その例として挙げたのが、自身の世代の少年野球です。
そしたらその当時のコーチとかが例えばカーブ投げる時とかに肘ねじれ。
肘ねじれ。だからまともに小学生は肘ねじるから、野球肘っていうのがめちゃめちゃ頻発。
肘はねじれる関節ではないため、言葉どおりに動かすと故障につながる、というのが濱本さんの指摘です。ダンスでも、ダウンアップで膝を曲げ伸ばしし続けることには大きな負担がかかるといいます。
濱本さんは膝の曲げ伸ばしを、針金を何度も曲げ伸ばしすると最後には切れてしまう様子にたとえました。同じことが膝関節でも起きる、という説明です。
指導の言葉
「肘をねじれ」「膝を曲げ伸ばし」と指示される
言葉どおりの動き
構造上ねじれない関節をねじり、膝に繰り返し負担をかける
故障
野球肘や膝関節の傷みにつながる
しょーへーさんが、ダンサーの腰の故障やヘルニアも使い方が悪かったのかもしれないと言うと、濱本さんは「もしかしたらじゃなくて完全に悪い」と言い切りました。
一方で濱本さんは、体の使い方が良くても使いすぎれば悪くなるし、メンタルや食事、内臓の状態も関わると補足します。一番いい状態を保つのは難しいからこそ、悪いなら悪いなりに整えることが大事だといいます。
しょーへーさんは、そこまでプロ意識を持てているダンサーはまだ少ないと認めます。濱本さんも、夜通し飲んで夕方まで寝てからレッスンに行くような不規則な生活のダンサーが、まだ多くいるだろうと話しました。
体幹は「鍛えて固める」ものなのか
次の話題は、スポーツでもダンスでもよく聞く「体幹」です。濱本さんは、体幹のほかにコアや軸など、似た言葉がいろいろ出てきて混ざっていると指摘したうえで、しょーへーさんに体幹の場所を尋ねました。
お腹の中心、体の中心というしょーへーさんの答えに対し、濱本さんの定義はもっと広いものでした。体幹とは、頭と腕と脚を切り落とした胴体部分で、前だけでなく横も後ろもすべて含むといいます。
濱本さんは、ワールドカップの解説で「メッシの体幹はやばい」「当たり負けしない」と言われると、多くの人が筋トレを頑張れば強くなると思い込むと話します。そこで持ち出したのが建物のたとえでした。
耐震から免震に変わった。人間の体って実は免震構造なんですね。だから筋肉鍛えれば鍛えるほど実は弱くなる部分もあるわけです。
昔のブロック塀のように固めて耐えるのではなく、スカイツリーなどの近代建築のように揺れを逃がす構造が人間の体だ、というのが濱本さんの見方です。
筋トレで強い体をつくり、当たっても負けないようにする
背骨がちゃんと動き、揺れや力を逃がしながら動ける
だから腹筋が割れて喜んでるのは人間だけやからね。
ゴリラはぶら下がって足を上げる動きをしていても腹筋の筋肉痛を訴えたりしない、と濱本さんはたとえます。やった感や達成感はあるとしつつ、体幹は柔らかく使うのが正しいと語りました。
濱本さんは筋トレを否定しているわけではないと断ったうえで、自分が考える体幹とは、背骨がちゃんと動くかどうかだと話します。しょーへーさんも、この日のワークショップで背骨が動いて体が持ち上がる感覚を実感したと応じました。
例えばプランクとかやって体固めるでしょ。じゃあその固めた形のまま立って、じゃあ踊れって言って踊れる?
軸は追いかけても見つからない?物理的身体と感覚身体
体幹に続いて話題になったのが「軸」です。頭のてっぺんから会陰 ── 股の間、肛門と性器のあいだの部分。体の中心線を意識する際の下端としてよく挙げられますまで棒が通っているイメージで指導されることが多いものの、イメージできない人もいると濱本さんは言います。
濱本さんによれば、軸の感覚は背骨がちゃんと動き出すと自然発生的に生まれてくるものです。その説明のために、濱本さんは体を2つに分けて呼んでいます。
物理的身体
筋肉や骨など、目に見える部分がちゃんと動く
背骨の動き
背骨が正しく動き出す
感覚身体
丹田や軸といった感覚が自然に芽生える
その感覚身体っていうのは、まず物理的身体がちゃんと動かないと感覚身体は芽生えてこないので、軸だけ追いかけても絶対に軸は永遠にわかんない。
丹田 ── へその下あたりにあるとされる、東洋の身体観で力や意識の中心とされる場所のような感覚も、物理的身体が動いてはじめて得られる、というのが濱本さんの考えです。しょーへーさんは、まず構造を知って動かし、そこから感覚につなげていく順番なのだと受け止めました。
固めた形をよい姿勢とする指導にも、濱本さんは疑問を投げかけます。壁に頭とかかとと背中をつけた姿勢も、腰を反らしてお腹を引き上げたバレエの1番ポジションも、それを保ったまま動けるかといえば動けず、怪我の原因にもなると話しました。
骨は206個、関節はそれ以上。全身可動率という考え方
濱本さんはしょーへーさんに、人間の骨の数と関節の数をクイズで尋ねます。骨は全部で206個、関節は数え方次第で少なくとも260、多ければ300以上あるといいます。
濱本さんがこだわっているのが「全身可動率」という考え方です。1つの関節が90度曲がっても動くのは90度だけですが、260個の関節が1度ずつ回れば合計260度動く、という発想です。
だからその全身が体硬くても、関節が一度ずつでも正しく動く方が大事。
しょーへーさんは、この日のワークショップでも、開脚のために股を何度も開くのではなく、手や足をマッサージするだけで可動域が広がったのが不思議だったと話します。
濱本さんは、YouTubeの2週間チャレンジのような方法も否定はせず、合う人もいると認めます。ただ、体が硬い人は手先や足先まで硬いことが多いため、小さなところからアプローチするのがよいと考えているそうです。
でもハマらない人の方が、僕ら通称テディベア一族って呼んでるんだけど、テディベアの格好でしか体が動かない人、ああいう人には絶対当てはまらないわけでね。
70代でも踊れる達人は、何が違うのか
濱本さんは自分も体の使い方を完全にわかっているわけではなく道半ばだと前置きし、達人や仙人と呼ばれる人たちは何がすごいのかを問いかけます。例に挙がったのは、しょーへーさんにも近いダンサーのレイさんです。
濱本さんの母親は73歳で、認知症の症状が出て動けなくなってきているそうです。同年代でレイさんのような動きができる人はほとんどいない、と濱本さんは比べます。
達人さんとか言われる人は、基本的に僕は何をしてるかって言ったら、人間の体の構造通りに動いてる人だから。
濱本さんはさらに、人間の体はそもそも筋力で動いているのではなく、基本的には重力による「落ちる力」で動いていると話します。あまり言う人はまだ少ない考え方だ、とも添えています。
落ちる力をどの方向に流すかで、その力が円を描いて返り、上る力にもなるといいます。濱本さんは、位置エネルギー ── 高い位置にある物体が持つエネルギー。落下すると運動エネルギーに変わりますが運動のエネルギーに変わるジェットコースターと同じだと説明しました。
年を重ねても動けるのは、その物理がちゃんとできているからだ、というのが濱本さんの見立てです。レイさんについては、ケアもきちんとしていると聞いたことがあると話しています。
ダンサーが自分の体を学ぶ意味とは?
最後にしょーへーさんは、ダンサーが体を学ぶ意味や必要性を濱本さんに尋ねました。濱本さんは、ギターやワインのうんちくを語る人をたとえに出します。
でもその人らが名プレイヤーだとか名ソムリエとは限らへんわけでしょ。でも必要なことなんよね。
知識があるだけで名手になれるわけではないものの、自分の体で踊りを表現する以上、自分の体のことは知っておくべきだと濱本さんは言います。最低限の知識がないと、人を教えるうえで説得力がないという考えです。
濱本さんは、娘のイベントで聞いたエピソードも紹介します。トイレで、生徒らしき子が先生から「足の筋力が足りない」と指摘されているのを聞き、それは筋力の問題ではないだろうと思いながらトイレを済ませたそうです。
そうそう、踏ん張らなあかんとこじゃないねん、そういうところは。使い方なんですよっていうところは多々あるんですね。
一方で濱本さんは、美的センスは人それぞれで、踏ん張って頑張っている感じを評価するジャッジもいると認めます。ダンスはアートなので答えはない、という前提です。
濱本さんは、センスだけで知識がない人、知識だけで動けない人、その中間というように人を分けて見ているそうです。どちらも大事だとしたうえで、両方を兼ね備えた中間が欲しいと話しました。
| タイプ | センス | 知識 |
|---|---|---|
| センスだけの人 | ある | まったくない |
| 知識だけの人 | 動けない | ある |
| 中間(理想) | ある | ある |
しょーへーさんは、人に教える立場になるなら知識はより必修に近いと締めくくり、より具体的な話は次回に持ち越すことになりました。
まとめ
前編では、ダンス現場で当たり前に使われる言葉の多くが、実際の体の構造とずれていることが語られました。濱本さんが一貫して伝えたのは、感覚や根性より先に、体がどう動くかを知ることの大切さです。
- 腰や膝は構造上「回る」関節ではなく、言葉どおりに動かすと故障につながることがある
- 体幹は頭と手足を除いた胴体全体で、固めるより背骨が動くように柔らかく使うことが大切
- 軸や丹田などの感覚身体は、物理的身体がちゃんと動いてはじめて芽生える
- 1つの関節を大きく動かすより、多くの関節が少しずつ正しく動く全身可動率を重視する
- 長く踊り続けたい人や教える人ほど、自分の体の構造を知っておく必要がある



