倉庫を改装した拠点「城東ベース」から
今回の収録は、番組初のロケ収録です。大阪城の少し東側、城東区にある拠点「JOTO Base(城東ベース)」から届けられています。
ここはもともと倉庫を活用した場所で、自動運転車両のデータ収集と車両の拠点になっています。収録日は、この拠点を正式に使い始めるメディアイベントの直後でした。
城東ベースって呼んでいる、まさに名前の通りですけど、大阪城の少し東側にある城東区にある、自動運転のデータ収集と自動運転車両の拠点ですね。
ホストの中澤さんは、newmoが自動運転開発をやっていること自体、まだ広くは知られていないのではないかと切り出します。newmoの自動運転の歴史を最初から見てきたのが、円谷さんです。
この1年でやってきたことと、自分たちでデータを集める理由
円谷さんによると、自動運転プロジェクトは2024年から始まりました。1年目は「どう進めるか」という足元を固める日々だったといいます。
1年経った今は、自動運転車両をどう作るのかが少しずつ見えてきた段階です。当初はさまざまなパートナー企業と進める前提でしたが、転換点となったのはCTOの曾川さんの一言でした。
自分たちでデータ収集をして、自分たちで自動運転のモデルを作ることが今後重要ではないか。その考えから、2025年の頭ごろから準備を始め、城東ベースを拠点に大阪市や堺市でデータ収集を進めています。
中澤さんは、なぜ既存の技術を提供してもらうのではなく、データもゼロから取ることを選んだのか尋ねます。
僕らがタクシー会社として垂直統合の形で、タクシーのオペレーションもやるし、運行管理もやるし、自動運転のモデルも作ってロボタクシーも走らせる。それをやる意義は非常に感じたので、自分たちで始めました。
バスやトラックの自動運転とは違い、ロボタクシーには独自のデータ収集が必要になる。1年目に各国のロボタクシーに乗る中で、その考えが固まっていったといいます。
さまざまなパートナー企業と協力して進める
データ収集とモデル構築を自分たちでも行う
中国で初めて乗った日「ディズニーより楽しかった」
そもそもの始まりは、2025年2月に社員みんなで自動運転に乗りに行った旅行でした。仕事の出張ではなく、旅行として中国を訪れたそうです。
そのときの円谷さんの役割は、ライドシェアドライバー向けアプリのプレ版を出した後。まだ「自動運転をやってくれ」と言われる前のことでした。
本当にめちゃくちゃ楽しくて。ディズニーランドより楽しいんじゃないかっていうぐらい、ずっと飽きないから、ずっとずっと乗ってて。
何がそこまで衝撃だったのか。既存の車両ベースだと、無人でもハンドルが勝手に回ります。乗る前は怖いのではと思っていたものの、実際は全然怖くなかったといいます。
同時に「これどうやってやっているんだろう」という興味関心が高まっていきました。プロダクトマネージャーとしての視点も自然と働いていたようです。
創業1ヶ月前の夜と、ソフトの人間がハードに挑むということ
実は、自動運転との縁はもっと前からありました。newmo創業の1ヶ月前、CTOの曾川さんと一駅分を歩いて帰った夜のことです。
帰りの会話のほぼ8割ぐらいは自動運転の話をしてたんですよね。その時から「いつかはやるよね」「やるってなったらこういう風になるよね」みたいな話は、会社ができる1ヶ月前にしてました。
中国旅行から帰ると、話は一気に具体化します。半日かけた集中討議を経て、2025年3月に方針を固め、4月から定例ミーティングを始めました。自動運転開発室の立ち上げです。
当時、全社で100人ほどいた中、専属メンバーは10人に満たない数名。専属にしないと立ち上がらない、という判断だったといいます。
ただ、メンバーの多くはソフトウェア出身で、ハードウェアの経験はほとんどありませんでした。中澤さんは「よくそこからやろうとなりましたね」と驚きます。
一次体験が大事だと思ってて。ロボタクシーに乗った時に「これすごい面白い」って思ったメンバーが今も一緒にやってるし、「どうやってやるんだろう」という興味関心を同じように思えた人が、自分のロールにとらわれずやってるのかなと。
大事なのはスキルよりも、実現したいものから考えること。車両を走らせるにはどうすればいいか、というゴールから逆算して行動する姿勢です。
場所もコースもゼロから。慶應・大前研究室との出会い
1年目のハードウェアへの取り組みは、まず「場所が必要だ」というところから始まりました。公道でいきなり走らせるわけにはいかず、テストコースが要ります。
そこで協力してくれたのが、慶應義塾大学の大前研究室でした。テストコースを借り、隣接する施設に入居し、車両やガレージも使わせてもらえることになったのが、2024年ではなく去年の夏ごろのことです。
当時のnewmoはまだ何もない状態でした。パートナー企業を訪ねても、最初は苦戦したといいます。
最初はどう話したらいいかわからない時、結構「君たちは何者ですか?」みたいなことはよく言われていたのは覚えてます。
それでも、初手から「走らせるためには」と考えていたため、走らせたいからこういうことがしたい、という意思だけは伝えられた。まずはそれを相手に理解してもらうことから始めたそうです。
やがて構成要素の詳細がわかってくると、思考が深まると同時に柔軟にもなりました。自前でやるか、組むか。どちらにせよ、自分たちが技術を理解していないと交渉もできない、という考え方です。
悩んだら寝る。それでもダメなら現地に突撃する
全く知らない領域のキャッチアップは、どうしているのか。ひとつはAIに質問して情報を整理し、自分の理解に落とし込むこと。もうひとつは、CTOの曾川さんの存在です。
曾川さんが知識とキャリアを掛け合わせて自動運転をやろうと言ってくれているのが、プロジェクトの幹。円谷さんは、その周りで骨組みを組み立てる役割を担っていると話します。
技術も常識も新しくなる。今まで信じていたことが間違うことも往々にしてある。その時にちゃんと受け入れることが重要だと、彼はよく言うんですよね。
円谷さんは、この2人の関係を「ビジョナリーとCEO」のようだと表現します。アイデアを発散する曾川さんに対し、円谷さんは優先順位を決め、必要な人やパートナーを組み立てる。1年でチームのフォーメーションができてきたといいます。
では、悩んだときはどうするのか。中澤さんが尋ねると、意外な答えが返ってきました。
寝るかもしれない。寝る前にギリギリまで考えたりしますし。もう一個は、現場で最前線でやってる人に会いに行く。とにかく会いたいんで時間ください、って結構言いに行っちゃうかもしれないです。
海外のカンファレンスへの突撃も、この行動の延長でした。ドイツでは曾川さんと一緒にアウトバーンを運転したこともあるそうです。トッププレイヤーとの視座の差がわかれば、何が足りないかが見えてくる、という考えです。
newmoが自動運転をやる意味。タクシー基盤という強み
話は「newmoならではの強み」に移ります。newmoはタクシーという事業基盤を持ち、配車アプリを持つプラットフォーマーでもあります。
自動運転技術だけを作るのではなく、商用の車のオペレーションを持ちながら技術を向上させられる。これが強みだと円谷さんは言います。
完全な無人自動運転をいきなりやろうとすると、かなり高いレベルの完成度を求められる。ただ僕らは、タクシーの運行をやりながら、乗務員さんにセーフティドライブをやっていただくことで、そのモデルを検証できる。この事業体だから統合的にできると思っていて。
たとえばデータ収集ひとつとっても、普通の乗用車では、1日に何度もお客様を乗せ降ろしする場面はなかなかありません。タクシー車両なら、そうしたケースを含むデータを安全に集められる可能性があります。
さらに、タクシー車両は年間6万〜7万キロ走るとされます。走行距離が長いぶん、複雑なシナリオやエッジケースに当たることも多く、それを上手にデータ収集して将来的に活用したい、と話します。
注目される高揚と、正直に伝える現在地
この日はメディアイベントの直後。多くの記者から質問を受け、円谷さんも数多く答えました。外部から強い関心を寄せられることについて、どんな気持ちなのでしょうか。
ひとつは、市場を新しく開拓していけるというワクワク感。もうひとつは、関心が高いぶん、しっかり作らなければという緊張感です。今はまだ実証実験の段階で、すべてがうまくいくとは限りません。
中澤さんも、嘘をつかず正直に現在地を伝えていると強調します。「乗りたい」という声は多いものの、そこまでの道のりは簡単ではありません。
特定のこのエリアで走れるということと、街中すべてを走れるということは、全然話が違う。
円谷さんは、レベル4と呼ばれる特定のODDの中でなら、走らせるところまでは行けるのではないかと見ています。ただし、そこに至る難しさもわかっている、と付け加えます。
もやしっ子が日焼けして。汗をかいた日々が思い出になる
自動運転をやる意味を、円谷さんは大きな視座と足元の両方で語ります。大きな視座は、行政の仕事を経て感じた「民間の使命」です。
行政は法律やガイドライン、ガードレールとなるルールを作れます。しかし、その中で思いっきり走り、新しい市場をビジネスに変換していくのは民間の仕事だ、と円谷さんは考えています。
行政は場を提供できるけれど、それを自らする機関ではない。場があったらそこに行って、プライベートカンパニーがしっかりビジネスに変換していくのは、結構使命だと思っていて。
一方で、もっと足元の観点もあります。それは、メンバーとの「思い出」を作ることです。
もともとオフィスのデスクで働いていた人間が、去年からは夏の暑い日も車両の周りに立ち、機材をマウントし、データを集めてきました。円谷さんはその前に、実証実験の場所を探し回っていたといいます。
雨の日の実証、蚊が多い現場、暑さで死にそうな日々。TRC入居時のプレスリリースでは、曽我さんが「屋根があって空調があるのは素晴らしい」とコメントしたほどでした。
最初はデスクで座ってたような、もやしっ子の僕たちでも、外に出てやることによって少しずつ積み重なっていく。ただ、その努力の矛先を正しく向けることが重要なので、そこだけはみんなと一緒に進んでいけたら。
円谷雄人にとって、newmoとはどんな場所か
最後に、番組の定番の問い。円谷さんにとってnewmoはどんな場所なのでしょうか。
しばらく言葉を探したうえで、円谷さんは「今までやってきたことの集合体」だと答えます。テクノロジーとオペレーションが合わさり、既存のタクシー産業とそのDXが融合する場所だからです。
プロダクトマネージャーの観点で言えば、平面だけの体験創出じゃなくなる。立体的なものを今やっているわけで。今までやってきたキャリアと何かを掛け合わせる場所なのかなと。
自動運転の取り組みは、まだ山の麓の方にいる段階です。これから暑い夏や寒い冬がまた訪れ、思い出のページも増えていくのでしょう。
自分たちだけではできないことだから、パートナー企業や自治体の力を借りて進んでいきたい。円谷さんはそう締めくくりました。
まとめ
ソフトウェア畑を歩んできた円谷さんが、未知の自動運転に飛び込んだ1年。ロボタクシーへの「面白い」という一次体験から始まり、場所探しやパートナー開拓、データ収集の内製化まで、ゴールから逆算して手を動かしてきた日々が語られました。
- newmoの自動運転は、パートナー任せから「自分たちでデータを集め、モデルを作る」方針へ転換した
- ソフトウェア出身のメンバーが、スキルよりも「走らせたい」というゴールから逆算して動いてきた
- タクシーという事業基盤を持つことが、商用走行しながらデータ収集や検証ができる強みになっている
- 円谷さんは悩んだら寝て、それでもダメなら現地のトッププレイヤーに会いに行く
- 大きな使命と、暑い夏に車両の周りで汗をかいた「思い出」の両方が、挑戦の原動力になっている




