更新の順番を変える理由
今回はまず、番組の更新の順番についての話から始まります。
前回は息子と流鉄流山線に乗りに行った道中の様子を配信したと話されています。
息子とのお出かけ収録は、一つのお出かけが何回かのエピソードに分かれることがあるそうです。
これまでは、お出かけ回を順番に出し切ってから一人語りの回を出すことが多かったといいます。
今後は、お出かけ回の途中でも一人語りの回を挟んでいく方針に変えると話されています。
ぼんやりしたお気持ちにも、やっぱり鮮度というか、タイミングというか、そういったものがあるなと思ったんですよね。
お出かけ収録を配信している間に、状況が変わったり進展したりすることもあるといいます。
そのためタイミングを逸するのは微妙かもしれないと考え、現状はタイミングを優先してみるとのことです。
その時々の自分の気持ちをあまり乾かないうちに話しておきたいというか、どちらかというと現状はタイミングを優先してみようかなと。
一つの出来事が終わってから次のお気持ちが始まるわけでもなく、そのくらいのほうがセルフドキュメンタリーらしいとも話されています。
地域協議会の会議に初めて参加してみた
以前、シャープ33のエピソードで、地域コミュニティに関わってみようとしている話をしたと振り返っています。
息子が小学生になり、近所で挨拶できる人が増えて、自分の暮らす街の見え方が変わってきたのがきっかけだったといいます。
その流れで、柏の葉地域ふるさと協議会の協力会員として関わり始め、今回初めて会議に参加してみたそうです。
その中の総務企画部というところに入れてもらい、少しずつ関わることになってきていると話されています。
地域の中にどんなコミュニティや団体があって、そこがどんな活動をしているのかということを知ったり、そういったところと地域がどういう接点を作れるのかということを考えたりと、そういうイメージで捉えています。
当日は、まず総務企画部のキックオフミーティングに出て、その後に協議会全体の会議にも参加する流れだったといいます。
思っていたより「しっかりした」地域活動
会議で話されていたのは、地域イベントの運営、会計、広報、今後の体制などだったそうです。
聞いていて最初に思ったのは、地域活動が思っていたより硬く、現実的で、しっかりしているということでした。
もともと地域活動は、お祭りやイベントを昔からの関係性の中でなんとなく進めているもの、というイメージを持っていたといいます。
けれど実際に会議に出てみると、その裏側にお金や告知、安全管理、SNS投稿への対応といった具体的な運営があることを知ったそうです。
かなり地味で具体的な運営があるということを知ったんですよね。それはそうだろうとも思いはするんですけれども、結構意外というか、率直に意外だなというふうに思ったと。
「肝試しか、と。」ピンとこなかった議題
全体会議の中で、地域の高校の校舎を使った小学生向けの肝試しイベントの話が出たといいます。
肝試しは夏の風物詩ですが、正直、最初はあまりピンときていなかったそうです。
肝試しかと。なんで肝試しなんだろうと。
参加し始めたばかりで、そのイベントの背景もよくわかっていなかったといいます。
一方で、企画している方はすごく熱心に話していて、その議題は予定時間を結構オーバーしていったそうです。
集中力も途切れかけていたこともあり、失礼ながら「長いな」と思ってしまったと正直に話されています。
大人たちが本気で作ろうとしていた時間
そう思っていたところで、「あっ」と思うことがあったといいます。
企画した方が、この肝試しは地域の大人たちが本気で子供たちを楽しませようとするものだ、と話したそうです。
自分は全然背景とかそういったものをわかっていなかったなというか、そんなことを思いまして、そこから聞こえてくる内容が少し違うものに感じ始めたんですよね。
ただの定番イベントではなく、夜になると違う場所に見える校舎で、大人たちが子供を怖がらせる時間として見え始めたといいます。
その裏側では、転ばないように、走りすぎないように、暑さで具合が悪くならないようにと配慮していたそうです。
暑さ対策、階段での人の配置、暗い校舎の照明の量、ボランティアの集め方まで、かなり具体的に話されていたといいます。
最初は何で肝試しなんだろうというふうに思っていたんですけれども、なんだか大人たちが子供たちの記憶に残るかもしれない時間を、かなり本気で作ろうとしているという話に聞こえてきたんですよね。
大学生になって戻ってくる、という循環
企画した方からは、昔そのイベントに小学生として参加した子が、大学生になって今回はボランティアとして参加するという話もあったそうです。
それを聞いた時に、感情が動いたといいます。
半分以上は自分の妄想と前置きしつつ、その子が小学生の時の記憶を、今度は準備する側として今の小学生に届けたいと思ったのではないか、と想像しています。
今度は届ける側として戻ってくるというか、そういうことなのかもと。そう勝手に考えた時に、地域ってそういう時間の流れ方をすることがあるんだと思いました。
本人がどう思っているか、そのイベントがどれくらい大きな記憶だったのかはわからないと断りつつも、話されています。
それでも、最初に感じていた「肝試しか」という距離感が大きく変わったといいます。
これは子供たちの中に地域の記憶が残っていく話なのかも。
協議会の他の方々には了解事項だったかもしれないけれど、新参者の自分には思ってもみなかったことだったと振り返っています。
企画した方が熱心に話してくれたからこそ、自分にもようやくそう聞こえてきた話だったのかもしれない、とも話されています。
最初の印象
「なんで肝試しなんだろう」とピンとこず、議題が長いと感じる
きっかけ
企画者が「大人たちが本気で子供を楽しませるもの」と語る
見え方の変化
記憶に残る時間を大人が本気で作ろうとしている話に聞こえる
さらなる発見
昔の参加者が大学生になり、届ける側として戻ってくる
「何かいいこと、あってくれ」という願い
会議に参加した直後は、なんとなく何かいいことが起こりそうだ、という感じだったといいます。
その後に話を振り返ると、地域に関わることが自分の興味や関心と重なりそうだと思えてきたそうです。
特に肝試しの一連の話を思うと、自分が関わる中でも思いがけず何かが起きればいい、と感じたといいます。
何かいいこと起きそうというより、こっちの方が自分の感覚に近いかもしれない。
これをやれば成果が出る、誰かのためになる、とは言い切れないとも思うそうです。
それでも、何かいいことがあってほしい、という気持ちがあると話されています。
思えば、自分のポッドキャストやnoteといった表現も、すぐに何かが返ってくると思ってやっているわけではないといいます。
何かいいことあってくれと。そういう思いっていうのは、自分の中にしっかりある価値観めいたものなのかもしれないというか、そんなことを思いました。
ただ「地域のために」というと急に大げさで、それはそれで違うとも話されています。
地域のために何かしたいというより、この人はこう考えているのか、このイベントにはこんな背景があるのか、と知っていくことに自分の興味が向いているといいます。
自分の役割の範囲内で、そういったものを少しずつ見ていけたらいい、と話されています。
それが自分にとって何になるかはまだわからない、と正直に締めくくっています。
まとめ
地域協議会の会議で最初はピンとこなかった肝試しイベントが、企画者の言葉をきっかけに「大人が子供の記憶を本気で作る時間」として見え始めた回でした。すぐには返ってこないものを続ける理由として、「何かいいことあってくれ」という自分の中の願いに気づいていきます。
- 更新の順番は、気持ちの鮮度を優先して行ったり来たりさせる方針に変えている
- 地域活動には会計・広報・安全管理といった地味で具体的な運営があり、思っていたより現実的だった
- 企画者の熱意ある言葉で、肝試しが「子供の記憶を本気で作る時間」として見え方が変わった
- 昔の参加者が大学生になって戻ってくる話に、地域の記憶が循環する時間の流れを感じた
- 成果や見返りを求めるより「何かいいことあってくれ」と願う姿勢が、自分の表現活動とも地続きだと気づいた






