1回目を終えての手応えと「言語化の下手さ」
番組冒頭、ケージくんが第1回の配信を終えた感想をシュウに尋ねます。シュウは満足度は高かったと答えつつ、聞き直して感じたことを打ち明けます。
ただ満足度は高かったんですけど、やっぱ僕こう、言語化下手だなって思いました。
シュウは、自分の頭の中にある同じ意味合いのものを「概念」「もやもや」「言語化」と3種類の表現で言ってしまっていたと振り返ります。それを綺麗にまとめてくれたケージくんの整理力に感心したと話します。
その言葉一つ一つが何を指してるかっていうことを明確にしておかないと、わからなくなってしまうので、その一個一個にこだわる。
ケージくんは、言語化が上手いというより言葉の定義にこだわっているだけだと語ります。シュウは、頭の中で見失いながら生きているからこそ、この番組をケージくんと一緒にやりたいと思ったと応じます。
この番組は何を掘っていくのか
番組はオープニングを挟み、独自のライフスタイルを貫くシュウと、その生き方に興味津々のケージくんが対話しながらお互いの哲学を深めていく番組だと紹介されます。
ケージくんは、第1回はシュウに聞きたいことのキーワードを拾い上げただけで、一つを深掘りする回ではなかったと振り返ります。この日はそこから一歩進めたいと考えていました。
シュウは、うまく表現できていないという実感が日に日に湧いてきていると語り、具体例を挙げます。5年半以上続けてきた「シュウの放すラジオ」で、言いたいことは大体言ってきたつもりでいたといいます。シュウの放すラジオ ── シュウが一人で配信しているポッドキャスト番組。「放す」「手放す」がタイトルにもテーマにもなっている。
シュウは、別番組「続・ご愁傷ラジオ」1〜3回分の文字起こしをChatGPTに投げ、「アウトプットが先」を表現できるか尋ねてみたと話します。返ってきたのは的外れな答えでした。
なんかめちゃめちゃこう、資本主義的な動きが回答として出てきたんですよ。
まずは動いてみることが大事だみたいな。なんかそういうこう、バリバリ頑張る人みたいな動きの代表みたいなのが回答として返ってきて。
シュウは、これまで表現したつもりになっていて、長く聞いてくれている人には伝わっている部分が多いだけだと気づいたといいます。初めて聞くChatGPTには誤解されかねない形でしか言えていなかったのです。
ケージくんは、シュウの中でモヤモヤしている考え方を仮に「シュウさん哲学」と呼び、それを読み解いていきたいという好奇心でこの番組が駆動していると語ります。この番組の書き起こしをChatGPTに読ませたら、少しはマシなまとめをしてくれればと期待を述べます。
「手放す」を深掘るという今回のテーマ
ケージくんは、シュウがメインでやっている「シュウの放すラジオ」の「放す」「手放す」が、シュウの哲学の中で大事な意味を持つ言葉だと指摘します。今回はそこを掘っていきたいと切り出します。
ケージくんは、「手放す」のイメージを話してもらうことで、シュウが今どんな暮らしをしているのかのベースが伝わるのではないかと考えたと説明します。
シュウは、その切り口を歓迎します。「この言葉の意味はどういうものか」と正面から聞かれると、どこから解きほぐしていいか自分でもわからなくなるからです。
いろんな経緯があって、そこにたどり着いて、なんとかかんとか形になった言葉だから、どっから解きほぐしていいか自分でもわかんないってとこあるんですよ。
ケージくんは、シュウの使う言葉はサイズが大きすぎるので、辞書的な定義を聞いても意味がないと応じます。シュウも「大体でかすぎる言葉ばっかり使ってる」と認めます。
お金を手放すという最初の一歩
シュウは、2011年に東京でのプログラマーを辞めて地元の宮崎に帰ったところから経緯を話し始めます。しばらくは父親が経営する洋服屋の従業員兼役員をしながら、一日の半分はプログラミングを続けていました。
洋服屋の店員や両親としか接しない日々が1年ほど続き、寂しくなったシュウは「宮崎IT飲み会」を検索して参加します。そこで知り合った人のシェアハウスの持ち寄り会に誘われ、人脈が一気に広がりました。
そのシェアハウスの代表は、震災以降「お金ってなんだっけ」という疑問を持って始めた人でした。集まる人はお金以外に価値を見出そうとする人が多く、持ち寄りのご飯会がただ楽しかったといいます。
さらにその中にお金の勉強会をやっている人がいて、シュウは参加します。そこで得た実感が、最初の「手放す」につながりました。
お金って結構バグだらけじゃんって思ったんですよね。
これに沿って生きてたらそれは苦しくなるわみたいに思って。これはお金を手放さないとな、から来てるんですよ、最初。
シュウにとって、最初の「手放す」の対象はお金でした。あまり考えずに切り詰められるところを徐々に手放し、支出を減らしていったといいます。
東京では家賃だけで10万円を超え、月30万円ほど支出しないと成り立ちませんでした。宮崎に帰ってからは6万何千円の家賃をだんだん切り詰め、20万円を切るようになっていきます。
その後、家賃1万5000円の家に引っ越し、かまどの羽釜で煮炊きしながら暮らします。最終的に家族4人で10万円でなんとかなるところまで来ました。
支出が半分ほどになっても幸福度は上がる気しかせず、シュウは当時「みんなこの暮らしに入っていった方がいい」ぐらいの気分だったといいます。東京で始発から終電まで働いた末に会社が潰れた経験も、その意識を支えていました。
コテンラジオが解きほぐした「お金だけ」という発想
その時期にシュウはコテンラジオに出会い、ポッドキャストを知ります。手放す対象がお金だけだったところから、視点が大きく広がったといいます。コテンラジオ ── 歴史をテーマにしたポッドキャスト番組。若い出演者が歴史をポップに語るスタイルで知られる。
シュウは、歴史の果てしなさからすれば自分の一生はちっぽけだと感じ、お金にピンポイントで的を絞るライフハック的な発想ではないと気づきます。
今度はじゃあ自分にとって一番大事なものってなんだっけ?みたいな感覚になって。お金手放すべきみたいに思ってたのが、いや、そうとは限んないぞみたいな。
人それぞれ価値観も人生も違う中で、単純にお金を手放せばいいというものでもなさそうだと思ったシュウは、ガチガチだった頭が解きほぐされる感覚になったと語ります。お金以外にも手放した方がいいものがありそうだ、という発想に切り替わりました。
そこから先の「お金以外に何を手放すか」はポンポンと例が出る領域ではなくなります。お金の時にやったように根っこから疑って一つずつ確かめる作業を、シュウは5年半かけて続けているといいます。
なぜシュウだけが「お金を手放さないと」に振り切れたのか
ここからケージくんが、話を聞いて浮かんだ3つの疑問を順に投げかけます。1つ目は、勉強会で同じ話を聞いた人全員がそう思ったわけではないのに、なぜシュウだけがお金を手放すという極端な発想に振り切れたのか、という問いです。
もともとお金に関する不信感が少しはあったのか。全然ないところから、その勉強会でお金は結構バグだらけだと思ったのか。
ケージくん さんからの質問
シュウは、元々あったと即答します。世の中全体に対する違和感は小学生の頃からあり、それが根っこにあったと語ります。
シュウは、その勉強会が主催者の自宅で開かれていて参加者が少なかったと説明します。多くの人は一度来て「わかりました」と帰っていく中、シュウだけが月1回の会に毎回通っていました。
他の人は大体一回来て、「あ、はい、わかりました」つって、あんまりわからずに帰っていくんですよ。だからそこは僕にただ響いたっていうことだと今は解釈してます。
勉強会を開いていたのは陶芸家でした。資本主義に違和感を持って陶芸を始めたものの、結局お金を稼がねばならず、体を壊して借金だけが残る状況になったといいます。
その陶芸家は、原因がお金の流れにあると直感し、お金の仕組みを究明しようとしました。なるべく主観を入れず客観的な視点で資料を作り、2時間ほど話す内容だったとシュウは振り返ります。
内容は、お金の持つ意味合いが3つあるという話から始まり、中央銀行システムや信用創造にまで及びました。シュウは、雑にまとめると人が気づかないところでお金に追い回される仕組みの話だったと語ります。信用創造 ── 銀行が預金や貸し出しを通じて、実際に発行された紙幣以上の金額を生み出す仕組み。シュウは紙幣の枚数の10倍ほどが口座に書き込まれると説明している。
お金は信じる心で成り立っている、という気づき
シュウは、その勉強会をきっかけに、お金自体を深く正確に理解しようとはならなかったといいます。得たのは別の気づきでした。
お金っていうものは人が「これに価値がある」っていうふうに信じていることで、その信じる心によって成り立っているだけで、実際には紙だったり電子データだったり、それに過ぎない。
むしろ理解しようとすればするほど沼にはまると感じ、シュウは逆に手放すという発想に向かいます。徐々にでもマジで手放していかないと、という感覚になっていきました。
シュウは、世の中全体への違和感が幼少期からあったと明かします。小学校の図書館で読んだ「はだしのゲン」で戦争への嫌悪感が生まれ、その素朴な疑問を今もベースに生きているといいます。はだしのゲン ── 第二次世界大戦の広島原爆を題材にした漫画。作者自身の被爆体験がもとになっている。
人が争い合う、自分の個人的な欲と社会全体がバランス取って全員がうまくやる。それがうまくいくいかないの話は、戦争として現れるだけじゃなくて、お金の奪い合いっていう形としても現れるって思ってるんで、僕の中で根っこがね、一緒のような気がしてるんですよ。
つまりお金の勉強は、幼少期から抱えていた違和感への「答えの一つ」だったとシュウは整理します。だから他の人と反応が違ったのだろうと振り返ります。
ケージくんは、資本主義の世の中でお金中心のルールから離れて暮らすのは普通は無理だと思われる、そこに舵を切ったところが「シュウさんすげえな」と思われる点だと指摘します。シュウは、シェアハウスには似た価値観の人もいたので自分一人だとは思っていなかったと応じます。
手放すのはお金だけじゃない、と気づいた瞬間
ケージくんは3つ目の疑問として、コテンラジオとの出会いで「手放すのはお金だけじゃない」と気づいた心境の変化を、もう少し深く聞きたいと切り出します。
シュウは、コテンラジオを最初はナメてかかっていたと明かします。当時は家族4人で月10万円の支出を、夫婦で5万円ずつアルバイトして稼ぐ暮らしで、農業系のバイト中にラジオを聞いていました。
劉備玄徳や諸葛孔明の話が面白いと勧められ、暇だから聞いてみるかという気持ちで聞き始めたといいます。ところが聞いてみて、シュウの中の正義感が揺さぶられました。
古典ラジオの方がみんなの目を開かせるのに数十倍、数百倍役に立ってるっていうのも直感的に感じたんですよね。
シュウは、自分がやっていた「みんなお金を手放すべきだ」というべき論的な正義感より、楽しく聞くうちに根っこの疑問に行き当たるコテンラジオの方が、人の視野を開く効果があると感じたと語ります。
そこからシュウは、思い込みそのものを手放した方がいいという発想に至ります。具体例が浮かんだというより抽象的な気づきでした。
ケージくんは、シュウ自身も一時期「そうすべきだ」と思い込んで視野が狭くなっていたことに、コテンラジオで気づかされたのではと確認します。シュウは、そこは気づいていなかった、確かに思い込んでいたから手放せていなかったのかもしれないと応じます。
ケージくんは「思い込んでいるもの全般を手放した方がいい」という考え方に強く納得したと述べます。それぞれの思い込みが視野を狭くし、争いの元になっていると感じるからです。
「手放した方がいい」ではなく「凝り固まりが危険」
シュウは、表現について細かい補足を加えます。「手放した方がいい」と言うと二元論的に受け取られかねないと気にしていました。
「手放した方がいい」っていうよりは、「絶対これ手放せないっていう、もうガチガチに凝り固まってしまった状態は危険だ」っていう方が正確かもしれない。
シュウは、いつでも手放せる状態なら持っていてもいいと考えていると補足します。何かを持っていないと生きていけない以上、掴んで生きること自体を否定したいわけではないのです。
ケージくんは、執着が危険だと言葉で知っていることと、今の自分の状態が執着だと気づけることは別だと応じます。そのうえで、「思い込んでるもの全般手放した方がいい」と絶対視すること自体が罠になると指摘します。
いやいや、その「絶対手放した方がいいっていう思いを手放せよ」っていう話をしてるんで。
ケージくんは、何かしらの考えが強い言葉でパッと出たとき、それを「絶対そうだ」とグッと思ってしまうことが危険だとまとめます。シュウも同意します。
離婚に至る前、奥さんとのやりとりはどうだったか
ケージくんは2つ目の疑問として、家族4人の暮らしをシュウが自分の意志で進めてきたように聞こえる中で、奥さんはそれをどう思っていたのかを尋ねます。結果的に離婚に至ったことも踏まえた問いです。
シュウは、奥さんのプライバシーに配慮しながら、自分がどう感じ、どう見えたかを話すと前置きします。東京でプログラム会社に勤め始めた頃、31歳ごろに結婚したといいます。
最初はブラックではなかったものの、2008年のリーマンショック以降、土日祝も関係なく始発から終電まで働く状況になります。当時は専業主婦の元奥さんが、その過程をすべて見ていました。
宮崎に帰ってから、シュウがシェアハウスの人たちに影響を受けてお金を使わないと言い出し、市民農園で畑を始めたことに父親が腹を立て、「出て行け」と追い出されるようになったといいます。その経緯も元奥さんは見ていました。
「俺は絶対これがいいと思うから、俺について来い」ではなく、もう「こうしかできないんです、僕」みたいな。
シュウは、勝手に決めたことは一つもなく、「こうしようと思うけどどう思う」というすり合わせは随時設けていたと語ります。ただ元奥さんは自分の考えをあまり言わないタイプだったといいます。
父親と夜中3時まで話して電話を切られる場面まで見ていた流れの中では、元奥さんも「うん」としか言えなかった可能性があるとシュウは振り返ります。その都度「しょうがないね」と受け入れてくれていたといいます。
シュウは、地雷を踏まないうちにまとめると前置きしたうえで、心の奥底では嫌だったのだろうと語ります。それをうまく言葉にできず、最終的に息子2人を連れて出ていくしかできなかったのだろうと考えています。その3年半後に正式に離婚しました。
給食センターを2ヶ月でクビになった話
ケージくんが夫婦の働き方を尋ねると、シュウは元奥さんが給食センターでパートをしていたと答えます。そこから、シュウ自身の脱線的なエピソードが語られます。
シュウは、二人で同じ給食センターに入ったものの、自分だけ2ヶ月ほどでクビになったといいます。理由はシュウが一日一食であることに絡んでいました。
一日一食になったのは節約が理由ではありませんでした。当時は今より15キロ以上太っていて、昼を抜いたら痩せ始め、健康診断の結果も良くなったのがきっかけだったといいます。
やっぱ家族の団らんになるのが晩なんで。それはみんなで一緒に食べてってやりたいなと思って。
給食センターでは昼に給食が出て、しかも数百円が引かれてしまいます。シュウが「給食を自分なしにできないか」と頼み、最初はOKが出ました。
ところがシュウが休むと代わりのヘルプの人を当てることになり、その人の給食がない事態が起きます。それが問題になり、辞めてもらった方がいいという流れになったといいます。ケージくんは、賄い的なものでお金を取るから面倒な事務処理が生じるのではと感想を述べます。
手放すの輪郭が見えた第2回のまとめ
ケージくんは、今日の話でシュウの中の疑問がすべて解消されたとまとめます。手放すという言葉がどこから始まり、どんな流れで今の意味に広がったのかを聞けたからです。
ケージくんは、出発点はシュウの幼少期に「はだしのゲン」で抱いた戦争への嫌悪感だと整理します。社会全体がうまくバランスを取ればいいのに争いが起こる、という世の中への違和感から出発しています。
そこからお金を手放すという気づきに至り、さらにコテンラジオとの出会いで「べき論にハマること」も良くないと気づき、思い込み全般を手放すという広がりへ進んだ——ケージくんはそう流れを言葉にします。シュウは「なんでこの話に流れてきたんだっけ、がしょっちゅう」だと笑いつつ感謝します。
すべての根っこにある「HSPビビり」
シュウは、今回は手放すをエピソードベースで話したが、根っこにあるのは常に「HSPビビり」だと補足します。まずシェアハウスの代表との対比からこの話に入ります。HSP ── Highly Sensitive Personの略。生まれつき五感や感情が敏感で、周囲の刺激を強く受け取りやすい人の気質を指す心理学の概念。
シュウは、シェアハウスの代表とは今も交流があるものの、当時と比べてスタンスが変わってきたと感じています。彼のきっかけは東日本大震災という出来事だったといいます。
シュウは、震災という衝撃がきっかけの人は、しばらくは違和感が継続してもやがて元に戻るのではと考えます。一方、自分は幼少期の「はだしのゲン」に反応した本質的な部分がずっと続いていると分析します。
僕は根本的にHSPっていうビビりな気質があるので、多分それが最初に反応したのがはだしのゲンな気がしてて。
シュウは、お金の勉強会に通い続けたり、実際に手放す暮らしに突入したりできたのも、このHSPビビりがあるからだと語ります。今後の話も、この観点で見ると理解しやすいのではと提案します。
ケージくんは、自分は逆に非常に鈍感で刺激を受け取りにくいタイプだと応じます。真反対の二人がやる番組だからバランスがいいのかもしれないと語ります。
「はだしのゲン」に敏感な人が世の中を見るということ
ケージくんは、HSPの人が「はだしのゲン」を読むとどうなるのかとシュウに問います。シュウは、嫌で嫌でしょうがなかったと答えます。
シュウは、嫌だから本を閉じればいいとはならなかったといいます。ノンフィクションだと知って読んだから、目を背けるわけにいかないと小学生ながら思ったのです。
こんな風になってしまう可能性のある世の中を、やっぱ「なんでなんだ」っていうのがやっぱ大きかった。
シュウは、それを人より過敏に感じ、いまだにそれを原動力に来ていると語ります。ケージくんは、世界中の人がそう感じられたら戦争は今より少しはマシになるかもしれないと応じます。
ケージくんは、戦争が続く背景には、人が死んでいく状況を自分事として感じられていないことがあるのではと考えます。お金儲けや自分の利益が優先され、死んでいく人を自分と同じ人間だと思えていないのではないかと語ります。
シュウは、自分は他の人より「薄皮一枚薄い」と感じていると表現します。ただ、その敏感さゆえに考えても仕方ないことまで心配してしまうこともあると明かします。
シュウは、旅を控えていた時期に車の調子が悪くなり、修理に高額がかかると勝手に想像して夜の瞑想が手につかなかった例を挙げます。翌日、全然違う原因ですぐ直り、心配は無意味だったといいます。
世の中の人がみんなこんな風になったら、それはそれで別の意味で戦争なくなっても世の中回らないかもしれない。
敏感なシュウと鈍感なケージくん
ケージくんは、自分は考えても無駄なことは考えないようにしていると語ります。車も車屋に持っていかないとわからないと割り切るタイプだといいます。
ケージくんは、渡辺淳一の「鈍感力」という本のタイトルを見て「僕のことだ」と思いながら一ページも読まなかったと明かします。それこそが自分の鈍感さの表れだと笑います。
敏感な人は敏感力っていうタイトルには反応しそうだけど、敏感な人は鈍感力に反応しないから。
ケージくんは、本当に鈍感な人は「鈍感力」をスルーするはずで、この本がよく売れたことが不思議だと述べます。シュウは、鈍感力に敏感な人が魅了されたのではと返します。
解像度を上げる瞬間と、粗く見る瞬間
シュウは、敏感に感じているときは一点の解像度が高くなり、普通は考えないことまで考えてしまうと語ります。ただ全部に対してそれをやると全体が見えなくなるといいます。
シュウは、自分の生き方と世の中のバランスを日々考える中で、この解像度の高さが必須だと感じています。解像度が粗いと大きなことしか考えられないからです。
シュウは、大きなことの法則と細かいことの法則にフラクタル的なアナロジーがあると気づかないと、いろいろうまくいかないと直感していると語ります。そしてそこにビビりが役立っているといいます。フラクタル ── 部分を拡大しても全体と似た構造が現れる図形や概念。シュウは、社会全体の動きと個人の細かい動きに同じ構造を見いだすという意味で使っている。
シュウは、社会全体をちょうどいいバランスに保つための動きを、個人の暮らしに落とし込むときにも「ちょうど良さ」が必要だと考えます。全体のために自分だけ極端な生き方をするのはフラクタルになっていないというのです。
この細かい、この一瞬のこの動きみたいなのが大事なんだっていうところまでしっかり自分の心で腑に落ちてたら、苦が苦じゃなくなって楽しくなる。
ケージくんは、一つ一つの行動の解像度を上げると、その意味がわかって行動を味わえるようになると共感します。前回話した「意識的に生きる」につながる話だとシュウも応じます。
手放すと解像度が支え合う関係
ケージくんは、手放すことと解像度を上げることがつながっていると気づいたと切り出します。現代人はやりたいこと・やらないといけないことが多すぎるからです。
その全ての行動の解像度を上げていくのは、処理能力的に無理だと思うんですよね。
ケージくんは、大切なもの・必要なもの以外を手放すことで、一つ一つの行動の解像度を上げる情報処理が追いついてくるのではと語ります。やりたいことが多すぎて日々疲れている自分に照らして、そう感じたといいます。
ここからシュウとケージくんは、フラクタルという言葉の使い方をめぐってすり合わせを重ねます。ケージくんは、宇宙の構造と原子の構造が似ているような、大小で同じ構造が現れるイメージとして理解していました。
シュウは、自分が言うフラクタルは「争っている構造」ではなく、平和的でいい循環が続く理想状態のフラクタルだけを指していると説明します。国同士でも個人同士でもバランスが取れた状態を両方意識したいというのです。
全体としてのちょうど良さのために自分自身が極端な生き方をするは、あんまり僕、フラクタルになってないと思ってて。
ケージくんは、片方の解像度を上げればもう片方も自然に上がるのか、と直感的な問いを投げます。シュウは、今のレベルの自分ではそうではなく、一瞬一瞬どちらの解像度で見るかを切り替えていくしかないと答えます。
もう解像度最初から高いんですよ。高すぎてちょっと困っちゃうぐらいなんで、僕にとっては逆に粗い解像度を一生懸命覚えないといけない。
センサーと処理能力で捉え直す敏感と鈍感
ケージくんは、工学的なイメージで話を整理します。外部の情報を取り込むセンサーと、それを処理するプロセッサーの両方が、解像度の高い情報処理には必要だという捉え方です。
ケージくんは、自分は鈍感なのでセンサーの性能が悪いのかもしれないと語ります。それでも処理能力を創造力で補えば、センサーの弱さを埋められると考えます。
なんとなく、まあセンサーが鈍感でも、その内部処理でなんとかしろよっていうような気持ちはなんとなくありますね。
シュウも、そのイメージで認識が合っている気がすると応じます。敏感でなくても、解像度を高く見ようと意識的にできるのではないか、という最初の直感とも重なります。
もともと解像度が高く、放っておくと考えすぎてしまう。逆に粗い解像度で見ることを意識的に覚える必要がある
鈍感で、考えても無駄なことは考えない。センサーの弱さを内部処理(創造力)で補うという発想を持つ
次回からは龍玄さんゲスト回の感想会へ
ケージくんは、中道の意味がよくわかっていないと述べ、話題はシュウが繰り返し聞いているコテンラジオの龍玄さんゲスト回に移ります。中道 ── 仏教の考え方で、極端に偏らない立場を指す。シュウが好きな概念として、ちょうどいいバランスを表す言葉に使われている。
ケージくんは、龍玄さんゲスト回を踏まえた感想会を二人でやった方が、聞いている人にも面白いのではと提案します。番組で使う言葉の原点をそこに置き、二人のコミュニケーションを手っ取り早くする狙いです。
二人は、次回以降は龍玄さんゲスト回を1回ずつ取り上げる感想会にしようと決めます。聞き手にも龍玄さんの回を先に聞いてもらう前提で進めることになりました。
エンディングでは、シュウの旅立ちや、9月30日から10月15日までの瞑想合宿を踏まえて、次回収録日を公開で調整します。あわせて、ケージくんが力を入れているダンジョンズ&ドラゴンズの初心者会も告知されました。ダンジョンズ&ドラゴンズ ── テーブルトークRPGの一つ。プレイヤーが役を演じながら対話で物語を進める。シュウが初心者会などに力を入れていると語っている。
エンディングテーマが流れてる中、こうダラダラ話してるの結構良くないですか。
まとめ
第2回は、シュウの「手放す」という生き方が、幼少期に「はだしのゲン」で抱いた違和感を出発点に、お金を手放す実践、そして思い込み全般を手放すという広がりへと至る流れが語られました。根っこにあるのはHSPビビりという敏感さで、鈍感なケージくんとの対比から解像度という新たなテーマも見えてきます。
- シュウの「手放す」は、最初はお金を対象にした実践から始まった
- コテンラジオとの出会いで、手放す対象は「思い込みそのもの」へと広がった
- シュウが大事にするのは「手放すべき」ではなく「凝り固まった執着が危険」という感覚
- すべての根っこにはHSPビビりがあり、幼少期の「はだしのゲン」体験が原点になっている
- 次回からは、コテンラジオの龍玄さんゲスト回を1回ずつ取り上げる感想会が予定されている







