前説からすでに熱い、この番組の趣旨
番組の冒頭、宮田さんと塩川さんがゲストの三宅さんを迎え、まず自己紹介から始まります。
はい、始まりました。ゲームディレクターに聞きました。ゲームディレクター研究会で主催しております。ゲームのクリエイティブを自ら担ったディレクターの方に、その瞬間をご自身の口で語っていただく番組です。今回も宮田と。
塩川でお送りします。ということで、今回はゲストがお越しいただいております。
じゃあ早速、自己紹介よろしいでしょうか。
えっと、TECOPARKの三宅と申します。今日はよろしくお願いします。
簡単に、三宅さんが何者かを言っていただいてから。
雑ぶり。初めて聞く方もいらっしゃいますからね。
PICO PARKという、2人から最大8人で遊ぶ協力アクションゲームを作っていて、今まで1、2作っていて、今年ソニックとコラボしたゲームとか作って、PICO PARKシリーズと呼ばれるものを作り続けています。ただPICO PARKしか作ったことがない一発屋みたいになってるので、そこはいずれ考えたいなと思ってます。
今回、実はゲームディレクター研究会の開催前に撮ってまして。
これからまさに開催しようっていうところの、もう前説みたいな感じで。
すでに温まってすごい熱いトークが繰り広げられたので、もうこれ録っていきましょうという感じで。
この番組自体が、そのタイトルの話でもいいんですけれども、ものをゼロイチにするってどういうことなんだろうねってことを、いろんなディレクターの方に聞いていきたいよねっていう趣旨の番組なので。
三宅さんが「ゼロイチ論」を提案した理由
この収録は、三宅さんがゲームディレクター研究会に参加した際の提案がきっかけになっています。
ゲームのゼロイチの話をするっていうのって、結構三宅さんからのご提案だったんですよね。
以前、研究会に一度参加いただいて。その中でゲームをプレイした発言もいただいたんですけど、それを踏まえた上で、こういうこともディスカッションした方がいいんじゃないかってご提案いただいて。
やっぱりゲームディレクターって道を示す仕事だと思うんですね。君間違ってるよとか、君は正しいことやってるから進んでくださいとか。
それにはやっぱり一本大きな軸が必要だなと思うんですよ。絶対にブレない何かが。それは僕にとってはゼロイチに近いものなのかなと思うので。
前回来た時に、みんな思ってることバラバラなんじゃないかなっていう気持ちになっちゃって。まずそこをすり合った方がいいんじゃないのかなって思って、塩川さんに相談させてもらったんですね。
いや、でも非常にいい提案だったなって。ゼロイチの理論ってすごい難しいお題だなというところもあって。研究会では一個のゲームをわかりやすく取り上げて話すっていうところでやってたんですけれども、一段踏み込んで。
自分にとってのゼロイチになると、他の人のゲームがどうとかではないんで、自分のいろんなものをさらけ出していかないと語れないので。それもやっていきたいよねっていうところだったので、ちょうど本当にいいご提案だったな。
PICO PARKのゼロイチは、後から言語化された
続いて、三宅さんが『PICO PARK』をどう生み出し、そのゼロイチをどう見出していったのかを語ります。
まず皆さんに知っていただきたいのは、三宅さんがいかにしてディレクターになったかっていう。ゼロイチができたからディレクターになったのか、ディレクターになったが故に自分の中でのゼロイチを見出して掘り下げていったのか。どういう順番だったんですかね。
僕は前職がゲームプログラマーなんで、ゲーム会社でプログラマーやっていて、会社でのゲームディレクター歴がないんですよ。
じゃあもう普通に1プログラマー。
プログラマーとして。ただ結構UFOのプログラマーでしたけど。
PICO PARKも最初は、サタンボンバーマンを10人で遊んで楽しいな、ゼルダの四つの剣を遊んで楽しかったな、と。もっと大人数で遊べる協力ゲームってないな、遊びたいな、じゃあ自分で作るかって。
そのPICO PARKを作った時は、その考え方ってゼロイチの考え方なのか、そうでもない感じなのかなって思ったりしたんですね。きっかけとなるゲームがあってとかで。あまりゼロイチとか考えずに面白いものを作ってただけみたいな。たまたまそれがヒットして、2で800万本ぐらい売れてくれて。
ずっと売れ続けてるっていうことは、他にこのゲームがあるから、もうPICO PARK遊ばなくていいよってなってないんだなって思ったんですね。多くの人にとって新しい体験を提供できたのかなって。
だからPICO PARK 1においては、僕にとって結果的にゼロイチに近いものになったのかなって思ってるんです。それはなんでかなって、そう掘り下げていったんですよ。
なんでPICO PARKでこんなに長く遊ばれ続けてるんだろうかって思った時に、人と人との会話って普遍的だよなとか、その普遍的価値を提供できてるんだなって。そこでワイワイ盛り上がって、いろんな感情が出てくるよなとか。
まず代替性。このゲームを見た時に、別にあのゲームでいいじゃんってなってないから、多くの人たちが受け入れてくれたのかなっていうふうに思うし、それが結構僕にとって大事な要素なのかなって。
だからゼロイチを考えてヒットしたというよりは、ヒットしたものが考えれば考えるほど、結果的にゼロイチに近い作品ができてきたのかなって。
じゃあやってる時は、他のゲームでこういう体験面白かった、俺ももっとこんなのやってやるみたいな、学生さんとかもみんなが抱くような気持ちでまずは始めた。で、結果が出たものを振り返って見てみると、他との代わりが利かないとか、体験だとか感情だとかってことが制作の中で詰め込まれていた。そういう順番なんですかね。
「三宅さんが作らなかったら誰が作る」で続編へ
いったんは『PICO PARK 2』で終わりにするつもりだった三宅さん。ある一言が、シリーズを続ける決断につながります。
僕はPICO PARKって2で終わりにするつもりだったんですよ。でも、最後にポップアップストアを2024年の年末にやったんで。その時に言われたのが、三宅さんがこういう大人数協力ゲーム作らんから誰が作るんですかって。
あ、そっか、俺が作らなかったらこの体験価値を提供できる人がいなくなるのか、と。
でもそれをシリーズとして続けていくためには、もっと本質的な価値をちゃんと自分の中で定義しなきゃ、その続編作れないなと思って。
そこを自分の中でいろいろ掘り下げて、掘り下げて、掘り下げて、あ、だからPICO PARKの価値はこういうものだと。こういう価値を提供し続ければ、人々は受け入れてくれるんじゃないか。
そのレイヤーまで掘り下げていけば、PICO PARKの価値はこうだけど、他の新しいゲームの価値はこうだと。ここまで掘り下げた価値を提供したら、新しく多くの人にゼロイチなゲームだと思ってくれるんじゃないかな。
自分も去年から人を雇うようになったし、会社を少し大きくしようと。それまでゲームって水物だと思ってたんです。自分の中で再現性がないと。
僕には到底、数年後に自分の中で枯渇しました、もう出すものないですって言って作れませんじゃ無責任だなと思ったから、僕には無理だと思ってたけど。自分の中のゼロイチ論が確立したってのが、ある意味やっていけそうだなって思ったんですね。
いや、面白いですね。結構後天的って言い方変ですけど、やってたことを振り返ってみて、言語化して、再現性のあるノウハウとして自分の中で固まった、そういう感じってことですね。
それどのタイミングですか。2出した後とかですかね。それとも1と2の間とか。
2出した後ですね。もう全部散々前から続編で出し切ったから。
やりきったって思ったんですよ。やりきったって思ったら、全然やりきってないなと。
続編で「同じものじゃない」を作り続ける方法
なぜ続編のほうがゼロイチが難しいのか。宮田さんの問いから、『PICO PARK』特有の作り方の話へ広がっていきます。
逆に続編の方が結構ゼロイチって難しい気がしていて。よく2って失敗しがちって言われてるじゃないですか。体験価値ってところをユーザー側と作り手が乖離しちゃってて、これが2でしょと思ったのと、ユーザーが欲しかったのはそれじゃないんだよなみたいなのが離れがちで。
でも、他のゲームシリーズとPICO PARKのシリーズってちょっと違うかもしれないなと思ってるのは、PICO PARKってステージタイプのゲームで、ステージに入ると今回なんだこれはっていうのが多いんですよ。一点ものがめちゃくちゃ多くて、使い回しをしないっていう。
ギミックとか。
そうギミックとかね、このステージの解き方とか、さっきの応用が全然効かないみたいな。だからある意味そのゼロイチ的な考え方を持ち続けないと、その続編が作れないシリーズなのかなと思うので。
よく他のゲームで、少ないギミックでどんどんいろんなバリエーションを作るのって、僕あっち向いてないです。
一見、横スクロールの2Dパズル的なので共通するようにも見えますけど、哲学が全然違うってことですね。
そうそう。今回のこのステージだと、こういう体験をさせたいとか、こういう感情を引き出したいとかってあるんで、それに必要なギミックがすでに用意してるギミックの応用であればいいけれど、なければ作ればいいっていう。もともとプログラマーだから。
自己責任で作れる。
結構プレイするとすごい贅沢な作り方されてるなって感じですよね。このギミックだけでもうステージが膨らませられるんじゃないかなみたいな感じを、もうこれでパッケージで。
使い捨てなんだみたいな。でも、他のゼロイチ作品でBaba Is Youがあると思うんですよね。あれよく毎回、この発想なかったわっていう、自分の考え方の頭から端まで流れてるような感じが。
むしろじゃあ三宅さんは、そういう使い回してどんどんやるほうがあんまり得意じゃない。
得意じゃないです。こういうギミックがあるからこういう遊びをしようとか、そういう発想が全くなくて。まず今回はこういう遊びをしたい、こういう体験をさせたい、こういう会話を生まさせたいとか、それに必要な要素ってどんなんだろうかというふうに。
じゃあステージごとにコンセプトを決めてるみたいな。
そうです。
多分僕が飽き性なんだと思うんですよ。似たようなことをされるとつまんねえなと思っちゃうから。早いとこ新しいもの出せっていうふうに。もっとあんだろって。
逆に言えば今っぽいかもしれないですよね。全部シングルカットみたいな感じで。もうショートでどんどん新しいもの、一番刺激のあるところだけを抽出した濃縮なゲーム。
そうそう。だから濃いものを作りたかった。
カルピスの原液が飲み続けられるような。
いや、だから苦しかったんですよ。こんな作り方でシリーズなんて作れるのかみたいな。
「ゼロイチとは」の核心は、次回の控室で
話は続編制作のメソッドへ差しかかりますが、研究会の開催時間が迫り、ここで前説はいったん締めに向かいます。
それが結構メソッド化されてきたっていうのが今の状態で。結構その話はその話で、多分もう一回やります。
多分普通がやらないから、それはそれで味になるっていうところもやっぱあると思うんで。
いや、結構もう時間的にはそろそろ締めでちょうどいい感じなので。
じゃあそのメソッド化したゼロイチとはっていうのを。
聞きたいけど、それはまた次回。
これ後で控室で喋ったってでいいですか。
確かにそうしましょう。
なんか本質をはぐらかした会話になっちゃってるなって思ってるんですけど。
本編、この後ゲームディレクター研究会で撮ってるから、どこまで喋っていいのかなって思いながら喋ってるから、外堀だけ埋めちゃって、結局なんだよってなっちゃって。
これちょっとまたアフター撮りましょう。
むしろその中身が知りたい。そのメソッドが。
すごいみんなこれ聞きたいってなった状態でちょうど終わるっていう。
嫌な番組ですね。いやらしい番組。
ちょっとすごく中途半端なところで終わってしまって申し訳ないですが、また三宅さんにはぜひご登場いただきたいということで。
ありがとうございました。
まとめ
第1回のゲストは『PICO PARK』の三宅俊輔さんでした。三宅さんは、ゼロイチを狙って作ったのではなく、ヒットした作品を後から掘り下げることで、代替できない体験価値というゼロイチ論にたどり着いたと語ります。ステージごとに一点もののギミックを作り込む姿勢が、続編でも新しさを生み続ける原動力になっているようです。メソッド化されたゼロイチの核心は、次回に持ち越しとなりました。
- 『PICO PARK』のゼロイチは、狙って作ったのではなく、ヒット後に言語化して見えてきたもの
- 「代替性がない体験価値」を提供できていたことが、長く遊ばれ続ける理由だと三宅さんは分析する
- 続編を続けるため、本質的な価値を自分の中で定義し直したことがシリーズ化の転機になった
- ステージごとにコンセプトを決め、使い回さず一点もののギミックを作る姿勢が続編の新しさを支えている





