100回を迎えて振り返る、これまでの積み重ね
番組は今回で100回目を迎えました。三桁の到達に、二人とも「ありがたい」と繰り返します。
何かを100回続けた経験はあるかという話になり、がんちゃんは「一つもない」と答えます。
百日間勤務したこともないし、百日間ご飯食べたこともないし。すごい難しいと思うんだよね。
前回は99回分を振り返り、思っていた以上にゲスト回が多かったことに気づいたと話します。
今回はシーズン1の最終回であり、同時に再スタートの回だと位置づけています。
1920年以前の好きは、生活圏に埋め込まれていた
今回のテーマは「好きの歴史」です。がんちゃんは、歴史を見ることの意味を過去との比較にあると説明します。
現状を理解するには、過去と比べることで今がわかりやすくなる、という考え方です。
まず紀元前から1920年ごろまでの「好き」について話します。がんちゃんによれば、この長い期間、好きの形はほとんど変わっていなかったといいます。
当時は移動範囲も職業選択も食べられるものも限られていました。好きは、目に見える生活圏の中で選べるものだったと分析されています。
好きなことみたいな概念自体は、やっぱりかべちゃんの予想通りで結構少なかったんじゃないかと。
趣味や興味を抱くという言葉が浸透してきたのは、明治後期から大正期、1920年前後ごろだといいます。
性に合う、肌に合うから趣味だ、という感覚がようやく言葉として現れた時期です。今からたった100年前のことでした。
意外にあなたの趣味は何ですか?って、百年前の人に聞いてたら、「なんかお前さ」って言って刺されたかもしれない。
メディアの発達で、好きが生活圏の外へ広がる
1920年から1970年ごろにかけて、好きは「メディアが届けるもの」になったと分析されます。
ラジオや映画、テレビが爆発的に普及し、行ったことのない国に憧れたり、レコードを買ったりと、好きが消費に結びつくようになりました。
かべちゃんは、この時代の好きは個別具体的というより、社会の好きにみんなが乗じていく印象だと指摘します。
社会の好きにみんなこう乗じてってるっていう感じを印象としては受けた。
高度経済成長やバブルの時代には、ジャズやロック、ビートルズなどをメディアが後押しし、「こういうのが好きでいい」という感覚が解放されていったと話されています。
インターネットで、好きが能動的になり数値化される
1970年からの50年は、さらに三つのフェーズに分けて語られます。
フェーズ1は1970年から1990年ごろ。雑誌や同人、インディーズなど「みんなと違う好き」が生まれ、好きがアイデンティティになり始めたといいます。
「好きなことを仕事に」という言葉が出てきたのも1990年代後半あたりだと話されています。
がんちゃんは、この点に世代差があるのではないかと指摘します。
あなたのやりたいことをやりなさいって言える親はだいぶ現代の感覚の人で。三十年以上前の人はそんな環境で育ってないから、好きなことねーみたいな反応が多いのはそれが理由かなっていう。
フェーズ2は2000年から2010年ごろ。検索エンジンが発達し、好きを能動的に探しに行けるようになりました。
ブログやmixi、Twitter、YouTube、ニコニコ動画などが登場し、好きを発信できるようになります。そして「いいね」によって好きが可視化・数値化されていきました。
かべちゃんは、大学時代にインスタで初めて「いいね」を強く意識し始め、見せるための消費行動が浸食し始めた感覚があったと振り返ります。
見せるための消費行動みたいなのが浸食し始めた感じがあるなって思った。
アルゴリズムと共犯関係になる、現在の好き
フェーズ3は2010年以降で、アルゴリズムによって好きが変質した時代だと語られます。
リコメンドエンジンが発達し、SpotifyやTikTok、Netflixのおすすめが好きを左右するようになりました。
同時に推し活が活発化し、好きが「楽しむもの」から「応援する行為」へと変わってきているのではないかと指摘されます。
がんちゃんは、ここに大きな問いがあると言います。アルゴリズムに好きにさせられているのか、自分が本当に好きなのか、境目が曖昧になっているという指摘です。
一方でかべちゃんは、同じおすすめでも満足度が違うと話します。アルゴリズムのおすすめより、人からのおすすめのほうが満足度が高いというのです。
がんちゃんはこれを「コンテキストがある状態でのおすすめ」だと表現します。背景や文脈、歴史があるおすすめは、自分にしっくりくるというわけです。
文脈がね、背景とか文脈とか歴史がある中でのおすすめは自分にしっくりきてるっていう感覚があって、それはいいよねっていう風に。
これからの好きはどこへ向かうのか
ここからは未来の予測です。がんちゃんは大きく二つの方向性を挙げます。
一つ目は、アルゴリズムの好きと自分の好きの分離が課題になること。おすすめばかりになると、旅で偶然出会うようなセレンディピティが減っていくといいます。
二つ目は、AIによって好きの言語化が進むこと。人に話せないことをAIに話すことで、自分の好きに深く気づけるようになるのではないか、という予測です。
これに対してかべちゃんは、言語化することで削ぎ落とされるものもあると疑問を投げかけます。
好きは非言語的な部分も含む総合的な感情であり、早期に言語化されて範囲が固定化されることへの懸念です。
言語化できないまま残しておく方が、それこそ意味わかんないセレンディピティにつながって、なんか好きがもっと発展していくんじゃないかな。
がんちゃんは、将来的にはむしろ好きが遠ざかり、孤立化していくのではないかとも話します。
これを受けてかべちゃんは、逆説的な気づきを口にします。好きが近い社会なら、わざわざ好きを研究するラジオを作ろうとは思わないはずだ、という指摘です。
そのほかにも、好きのスロー化、選ぶものではなく手放すものになる可能性、好きの共同保有、関係性の中で好きが育まれる可能性などが挙げられました。
好きじゃないものを見切る「好きのミニマリスト」的な考え方も話題になっています。
番組の再スタートと、これからの好き研究
番組を100回続けたことで、二人は気づきを得たと話します。がんちゃんは、好きを好きと言える人が思っていたより多かったと振り返ります。
好きなことを好きって言える人って結構いたなって思って。逆になんか遠かったって思ってた自分が間違ってたかもなみたいな。
そのうえで、二人は来月、一緒に会社を作ると発表しました。かべちゃんも一緒に参加するというのが新しい情報です。
好き研究ラジオで研究したからこそ出てきた言葉を経営理念にして始める予定だといいます。
コンテキストの共有と好きの関係が重要になり、なぜそれが好きなのかという「好きの根」の部分が大切になると、がんちゃんは個人的に予想します。
100回目までがシーズン1、次回からはシーズン2という立て付けで続けていくと話されています。
まとめ
100回記念回では、紀元前から現在までの「好き」の形の変化をたどり、アルゴリズム時代の好きへの向き合い方と、番組の再スタートについて語られました。
- 1920年ごろまで、好きは生活圏に埋め込まれ、そもそも概念自体が薄かったと分析されている
- メディアの発達、インターネット、いいねの登場を経て、好きは能動的で数値化されるものへ変わった
- 現在はアルゴリズムのおすすめが好きを左右し、自分の好きとの境目が曖昧になっているという問題意識がある
- これからの好きは、AIによる言語化、セレンディピティ、断捨離、関係性の中で育つ好きなど複数の方向が予測される
- 二人は来月一緒に会社を作り、次回からシーズン2として番組を続けていく
