AIで撒いても届かない時代になった
僕は基本的に、この音声を記事につなげて、SNSやWordPressのサイトに持っていくという運用をしています。
なぜそんな面倒くさいことをしているのか、と自分でも思うんですよね。
音声を録ってSNSにポーンと撒くだけなら、自動化もできますし、文字起こしして各所に配ることもできます。
でも、今の時代は撒くだけでは届かないんです。
この話をしているのがどんな人間なのか、中身は人間なのかAIなのか、信頼できることを話しているのか。そういうのを一瞬で見抜かれてしまう。
会社があって、所在地があって、そこに人がいて何かを開発している。そういう実在性があるところは、ソースをたどっても動かないんですよね。
でも、本名かどうかもわからない個人のアカウントが信頼できると判断できる要素って、あまりないじゃないですか。
だから、いくらいいことを書いても届かない。素晴らしくいいことを書いても届かないんです。
AIに疲れる側の人間として
昨日の夜、急に記事を書きたくなって、AI疲れの正体というのを4つに分類してみました。
いちばん大きかったのは「同じ説明を何度もやり直している」という、あの怒りの部分でしたね。
これは僕個人の意見だと思って聞いてほしいんですけど、器が大きい人はあまり疲れていない気がします。
あと賢い人ですね。
僕は賢くない側で、力技で全部自分でやるタイプなんです。だから言わなくてもいいことまでAIに言ってしまって、疲れちゃうんですよね。
だからこそ、ここは呑気でいくのが最強戦略なんじゃないかなと思っています。「今日ChatGPT何?」「へー、いらね」ぐらいの人がまだいっぱいいますからね。
使える環境にいるのに使っていない人は、まだ半数以上いるんじゃないかと思います。
経路がわからないと直せない
サイトも僕はAIに作ってもらっています。コードが書けないので。
でも、途中で止まると戻れないんですよ。上限が来ました、課金も抑えたいな、となっても、途中からやり直せない。
しかもAIのタイプが違うんですよね。GeminiでやらせていたものをChatGPTの『Codex』に渡すと、スタイルが違うので一気に書き直しになる。
結局、どういう経路でここまでたどり着いたのかがわからないと、直しようがない状況になるんです。
今はいいんですよ。今のプランで今の性能があれば。
でも仕事だと「止まりました」では済まないじゃないですか。この間は全部止まったので、手動で1日かけて1記事作りました。
動いてもらうのはいいんです。ただ、どこで何をやったかを腑に落としておかないと怖いな、と思っています。
四方八方に撒くより、一本つなぐ
自動化はほぼできるんですよ。声で指示すればどんどん進んでいきますし、投稿の下書きまで用意してもらえます。
文章の癖にこだわらなければ、自動化は一瞬で終わる仕組みなんです。
それでも僕がやりたいのは、四方八方に撒くのではなく、一本つなぐというスタイルです。
検索のときにAIが遡って遡って、どこかにたどり着く。個人がその流れの中で戦っていくには、信頼性という鎖をつないでおくしかないと思うんですよね。
ダイレクトに記事を書いてポストするやり方も、正直だんだん広がらなくなってきていて、YouTubeもきつくなってきている感覚があります。
だから、一本つないでおく。そういう発信チェーンの運用をまとめたものを作りました。最後は宣伝っぽくなってしまいますが、、公式サイトに販売ページがあるはずです。
同じ道具と同じ舞台でも、差は出る
『note』に「同じ道具、同じ舞台、それでも同じ結果にはならない」という記事を書きました。
誰か個人に向けて言っているわけではないんです。
月々いくら稼ぎました、というのはニュースとして見るのはいいんですけど、自分に当てはめても土台が違うんですよね。
同じ最上位プランを揃えて、PCも新しくして、ネット環境も素晴らしくして。同じ舞台に立ったところで、同じく売れるかというと、売れないと思うんです。
底力、提案力、応用力が違う。だから同じ結果にはならないんじゃないかなと。
結果が出る方もいますし、わかりやすい世の中にはなっています。ただ、継続できるかというと、その間に学ばなきゃいけないことがあるんじゃないかと思っています。
だから音声を一本目に置く
僕はもう9年目、ほぼ毎日、AIなしで文章を書いています。うまくはないと思います。
正直、AIの方がうまいです。間違いなく。
自分の文章を渡して書き直してもらうと、つい「なんだこの書き方」なんて厳しいことを言うんですけど、間違いなく相手の方が優秀なんですよ。
アクセスが取れていない僕が、優秀な人に指示を出して、自分の優秀じゃない側に持ってきて、流行るわけがない。そういう結論に達しています。
だからこそ、こうやって音声を録って、そこから何に結びつけるかを考える。元をたどればこの音声になるので、あとの文章はAIでいいと思っているんです。
音声って、独自性や専門性や自分らしさを頑張って入れなくていいんですよ。3分でも5分でもいい。
録っておくだけで、どういうものを見てそういう思考になったのか、という思考のログになりますよね。
音声は6年目ぐらいですけど、まだ結果は出ていません。それでも、やっといた方がいいとしか言いようがないんです。
まとめ
AIの方が文章がうまいのは、もう認めるしかないと思っています。だからこそ、偽りのない肉声を一本目に置いて、そこから一本の鎖としてつないでいく。いまの僕はそこに落ち着いています。結果はまだ出ていないんですけど、続けていくつもりです。
- AIで四方八方に撒くより、信頼性の鎖を一本つなぐ方が遠くまで届くと考えている
- 同じ道具と同じ舞台を揃えても、底力・提案力・応用力という土台で差は出る
- 文章はAIの方がうまい。だから原典として偽りのない音声を一本目に置く
- 音声は独自性を頑張らなくていい。思考のログとしてまず録っておく





