いい文章かどうか、ジャッジできますか
AIの回答への違和感って、結構みんな持ってるんじゃないかと思うんです。僕も毎日あります。
気になるのは、AIが標準的な答えを持ってきているのか、それとも最高の答えを持ってきているのか。ここは大きく変わるんですけど、そこをジャッジできますか、ということなんですよね。
これはいい文章だ、これはいい文章じゃない。画像なら綺麗、綺麗じゃないがあるし、人それぞれもある。文章にもいい悪いが、人それぞれあるんですよ。
そのいい悪いを自分で見分けられるかどうか。ここが結構大事なところなんじゃないかなと思います。
自分にとって自分は特別、でもAIにとっては特別じゃない
音声を記事化したりAIに文章を書いてもらったりすると、なんだか自分が抜けていく感じがするんです。
なぜかというと、自分にとって自分は特別だからなんですよ。
でも、AIにとってあなたは特別じゃないんです。そこにズレがある。この違和感の正体は、そのズレなんじゃないかと思っています。
だから何度書き直しても、プロンプトにもよるんですけど、どこかで変な感じがするなと思うんですよね。
で、どこかで妥協して、この文章でいこうと決めることもある。でも、そこで気づけるかどうかなんです。
自分と一般論との差はここなんだということに気づけるようになる。AIが出してくるのは、たぶん一般論なんですよ。
この内容で記事を書いたら一般的にはこうなりますよ、というのがAIの答えだとしたら、そこからのズレこそが自分の正体で、他との違いなわけです。
と思います、という感じですね。言い切った方がいいって言われるんですけど、言い切るほどの実績も自信もなくて、いつも逃げ道を作っちゃうんですけど。
違和感を雑に扱わないで、何が違うのかを見る
AIとの距離感を大事にしながら、その距離で何が生まれているかというと、自分なんですよね。
自分の言いたいこと、考えていたこと、思い。そういうものが、その違和感の中にあるんです。
すんなりいく時もあります。あ、これ自分が伝えたいことをうまく言ってくれてるな、と思う時。
でも、何か物足りないという時には、そこを雑に扱わないでほしいんです。
自分はこう思っている、AIはこう答えた。その微差ですね。AIの文章って綺麗に整ってるから、逆に差が出るんですよ。
その差が少ないかもしれないし、多いかもしれない。でも、自分が言いたいこと、伝えたいことは、そこに表れているんじゃないかなと思います。
音声から始めて、Xやnoteへつないでいく
ちょっとお知らせも兼ねてなんですけど、僕は音声で録ったものを『X』、note、そして『Pinterest』へとつないでいくやり方を公式サイトでご案内しています。
一本の放送や記事を、各方面に10個も20個も撒いても、もう届かなくなったんじゃないかと感じていて。それよりも一本につないで、遠くに届ける方がいいんじゃないかという考え方です。
全部無料でできますし、AIがなければできないものでもありません。最上位プランを使っていいのができました、みたいなマウントもいらなくなるので。
なぜ音声から始めるかというと、音声って平和なんですよ。Xだと切り取られて掘り起こされて荒れることもあるけど、音声を切り取って炎上したって、あまり聞かないですよね。
僕が使っている『Stand.fm』は音声中心のプラットフォームで、そこで記事を書いても読まれない。みんな聞くために来ているからです。だから声を起点にして、記事は『note』で深掘りするという流れにしています。
『Pinterest』は画像のところなので、そこはインスタでもいいと思います。苦手な分野には行きたくないし、みんなが使っているところは使いたくない。最終地点は自分なりに変えているんですよね。
ちなみに『SEO』や『AIO』という言葉についても触れておくと、それを語っているYouTubeをよく見るんですけど、あまり回っていないんですよね。ということは、その言葉自体がもう拾われにくくなっているのかなと。だから各方面に撒くより、一本つないで先へ届ける方に僕は舵を切りました。
まとめ
AIの文章に感じる「なんか違う」という感覚を、雑に扱わないでほしいなと思っています。その違和感の中にこそ、自分の言いたいことがあるはずなので。まだ言い切れるほどの自信はないんですけど、いまの僕はそう考えています。
- AIの回答が標準か最高かをジャッジできるかどうかが、まず大事なところ
- 自分にとって自分は特別でも、AIにとっては特別じゃない。そのズレが違和感になる
- 整った文章との微差にこそ、自分が伝えたいことが表れている
- 音声を起点にX、note、Pinterestへつなぐと、切り取られにくく遠くへ届けやすい





