成長率2倍のHubSpotが評価されない「不思議な状態」
収録は10月1日。雨続きの9月がようやく明け、浜田さんがApple Watchでプールの泳いだ距離を測れるようになり、ジム通いに水泳が加わったという雑談から番組は始まります。
本題は、前回のIR回で取り上げたSalesforceと、同じCRM領域のHubSpotの比較です。加藤さんによると、両社は同じCRMというドメインにいながら、株価のパフォーマンスは真逆になっています。
浜田さんは前回の振り返りとして、Salesforceの株価の流れを整理します。2021年のSaaSバブルのあと、2024年には利益を出すことで最高値をつけ、その後AIで売られたものの、AIでも儲かることを示して再びSaaSバブル期の水準まで戻してきました。
HubSpotも2024年末にかけては株価を戻しました。ただ、その時点でもSaaSバブル期の水準は超えられておらず、その後AIを理由に下がってからは、Salesforceのようには回復できていないといいます。
Salesforceは戻せたんだけども、HubSpotは実はまだあんまり戻せてないっていうところがあって、それって何が違うんだっけ?
浜田さんは両社の規模感と成長率も示します。売上の規模ではSalesforceがHubSpotのおよそ10倍ですが、売上成長率ではHubSpotがSalesforceの2倍です。
| 項目 | Salesforce | HubSpot |
|---|---|---|
| 売上 | 415億ドル(約6兆円) | 31億ドル(約5000億円) |
| 売上成長率 | 10% | 20% |
浜田さんの言葉では、成長率の高いHubSpotの株価がそれほど評価されず、成長率の低いSalesforceの株価が伸びているのは「ちょっと不思議な状態」です。加藤さんは、この差から今の市場がSaaSの何を評価しているのかが見えてきそうだと受けます。
Salesforceはどうやって「AIで伸びる会社」になったのか
加藤さんは、SalesforceがAIの勝ち筋に乗れたかどうかが株価回復のポイントだったとして、浜田さんに改めて解説を求めます。
浜田さんによると、AIの時代にはシート課金が減り、さまざまな機能がAIで代替されるのではないかという懸念がありました。Salesforceはこれに対し、Agentforce ── Salesforceが提供するAIエージェントの製品群。営業やカスタマーサービスなどの業務を自律的にこなすエージェントを構築・運用できるを作って積極的に売り、AI系のツールにも数千億円をかけて買収を重ねました。
Salesforceは決算の場で、AIに関する数字を次々に示したといいます。Agentforce単体の売上に加え、AIと相性のよいデータ基盤を含めればAI系の売上は全体の3〜4割に達すること、売上ではないもののSalesforce上で動くエージェントが数十億あり2倍に増えていることなどです。
AIの波が来れば来るほどSalesforceは伸びるんだっていうことをめちゃくちゃ示したっていうのが、成功したって言われてますよね。
好決算の日に株価2割安、HubSpotに何が起きた?
一方のHubSpotの業績は堅調です。浜田さんによると、HubSpotは売上が2割ほど伸び、利益は4割伸びており、売上以上に利益が伸びている状態でした。
利益率は20%で、売上成長率20%と合わせるとRule of Forty ── 売上成長率と利益率の合計が40%を超えているかを見る、SaaS企業の健全性の目安。成長と収益性のバランスを測る指標として広く使われるを達成している計算です。ところが、その決算を発表した日に株価は2割落ちました。
浜田さんが理由の一つに挙げるのは、HubSpotが次の四半期の成長率が14%まで落ちそうだと公表したことです。今の好調が続かないかもしれないというメッセージが株主に伝わってしまったのではないか、と言われているそうです。
浜田さんは14%も素晴らしい伸びだとしつつ、市場の見方を説明します。Salesforceが何倍もの売上規模で10%の成長を続けるなか、HubSpotの成長率が10%に近づくと、いつまでもSalesforceとの差が埋まらないことになります。
この段階で売り上げの伸びが落ちてくっていうことが、なんかちょっとそのAIに食われ始めてるんじゃないかなっていう、市場の不安を呼んでしまった
加藤さんは、SaaS企業の多くが目指すRule of Fortyを達成しても、株価の目線ではそれだけでは足りないのだと驚きを示し、表現の仕方の大切さを指摘します。
型どおりのIRと、「これIR関係なくね?」のIR
浜田さんは、日米の決算発表の違いから話を広げます。日本では決算説明資料が出るのが一般的ですが、アメリカでは会社によっては決算時に10-Q ── 米国の上場企業が四半期ごとに証券取引委員会へ提出する報告書。日本の四半期報告書や有価証券報告書に近い位置づけの文書だけを置き、プレゼンテーションは後日のインベスターデーで行うこともあるといいます。
アメリカの決算プレゼン資料は、売上、利益、ガイダンス、一株当たり利益といった型どおりの内容が中心です。浜田さんは、投資家にとってミスリーディングにならないよう正確な情報だけを出す姿勢なのではないかと見ています。
Salesforceはアーニングスコール ── 決算発表にあわせて企業が投資家やアナリスト向けに開く説明会。経営陣が業績を説明し、質疑応答を行うで、その型を外れた情報まで出してきます。
Salesforceの場合は、エージェンティックユニットが何個動いてるとか、これIR関係なくね?みたいなことが、アーニングスコールに出てくるんですよね。
HubSpotのアーニングスコールは、いわゆるアメリカの上場企業らしく真面目な内容です。カンファレンスで開いたインベスターデーの資料にはさまざまな情報が書かれているものの、攻めたIRはあまりしていない、と浜田さんは見ています。
エージェントの稼働数など、普通なら誤解を招くとして出さない情報までアーニングスコールで積極的に打ち出す
アメリカの上場企業らしい真面目なアーニングスコール。攻めたIRはあまり行っていない
加藤さんが「決まった型だけでは不信を払拭できない市場感なのか」と問うと、浜田さんはそういうことなのだろうと答え、型どおりの発信は受け身に見えてしまうと話します。
AI機能は遅れていないのに、なぜディスカウントされるのか
浜田さんはHubSpotの創業の経緯にも触れます。HubSpotはブライアン・ハリガンとダーメシュ・シャーがMITやボストンで起業した会社で、ハリガンは退任して現在は女性のCEOが就いていますが、CTOのダーメシュは残っています。
浜田さんによると、ダーメシュは超AIマニアで、AIに関する発信もプロダクト作りも盛んです。immedioでもHubSpotを使っているという浜田さんは、HubSpotの中にはエージェントやAIチャットボットもあり、客観的にAI機能が遅れているとはあまり感じないといいます。
差が出たのは打ち出し方の強さです。Salesforceのマーク・ベニオフはAgentforceしか売らないくらいの気持ちで語っていたのに対し、ダーメシュはCEOではなくCTOであり、HubSpotの発信はやや控えめでした。
加藤さんは、AIの銘柄として見られるのか、AIがオプションとして見られるのかという見え方の違いではないかと整理します。
浜田さんはSaaSの中でも評価が分かれていると続けます。AI売上の比率を開示しているServiceNowや、AIでデータのやり取りが増えるほど伸びる基盤型のSnowflakeやTwilioは株価が良い一方、顧客が使うアプリケーションレイヤーで、AI化の印象が薄いツールはディスカウントされているといいます。
AI売上の比率を開示するServiceNowや、AIでデータのやり取りが増えるほど伸びるSnowflake、Twilioなどの基盤型
顧客に使われるアプリケーションレイヤーのツールで、そこまでAI化している印象がないもの
規模が足りないとAIの買い物ができない?M&A戦略の差
加藤さんは、前回話題になったSalesforceのM&Aと比べて、HubSpotの買収のスタンスの違いを尋ねます。
浜田さんによると、SalesforceはMuleSoft、Tableau、Slack、Informatica、そして最近ではFinと、数ビリオンドル規模の買収を重ねてきました。時価総額や会社規模がHubSpotと一桁違うため当然ではあるものの、HubSpotはAI時代に同じような買い物がしにくい立場にあります。
理由の一つはAI企業の価格の高さです。浜田さんの見立てでは、FinはARRが400ミリオンドルほどで、そのうち200〜300が既存のSaaS、100ほどがAIの売上でしたが、それが3点何ビリオンドルで買われており、マルチプルが非常に高い買収でした。
もう一つはEPS ── Earnings Per Shareの略で、一株当たり利益のこと。純利益を発行済み株式数で割った値で、米国の投資家が特に重視する指標への影響です。株価に対する利益が自社より低い会社を買うと、投資家に渡せる一株当たり利益が減ってしまいます。
浜田さんは、全体の1〜2%の売上規模の買収なら問題になりにくいものの、株価の1割や売上の2割にあたる会社を買い、それが利益を出さなかったり高い銘柄だったりすると株主に喜ばれないと説明します。
Salesforceはそもそもバカでかいから、Fin買っても「まあまあまあなるほどね」みたいな感じなんですけど、HubSpotがあの値段でFinを買うとさすがにめちゃくちゃ注目される
具体例として、SalesforceはFinとQualifiedをそれぞれ3ビリオン、1ビリオンといった規模で買収しました。一方、HubSpotが買ったWarmlyはQualifiedに似た機能を持つものの、一回り二回り小さい会社です。
Fin、Qualifiedなどを数ビリオンドル規模で買収。会社が大きいため、高いマルチプルでも市場の反応は落ち着いている
Qualifiedに似たWarmlyを買収。機能は近いが一回り二回り小粒で、インパクトが弱く見られる
浜田さんは、機能的には同じものを買っていてもインパクトに欠けると見られてしまい、規模が一定に達していないためAI系の強気な買い物ができないところにハマっている印象だと話します。
加藤さんが、HubSpotほど大きな会社でも難しいのかと驚くと、浜田さんは規模感を補足します。HubSpotの時価総額は約100億ドル、1兆円ほどで、数千億円規模の日本のラクスやSansanの数倍ですが、アメリカの上場銘柄としては特別大きくはなく、Salesforceは2000億ドルとおよそ20倍あります。
日本のSaaS企業はAIの成果をどう開示すべきか
最後に加藤さんは、両社の比較から日本のSaaS企業がIRの目線で何を学べるかを尋ねます。
浜田さんの答えは、AI売上や、その手前にあるKPIをどう見せるかに尽きるというものです。今の日本企業のIRは「こういうものをリリースしました」という発信が中心ですが、エージェントがどれだけ動いているか、どれだけ成果が出ているか、どれだけ売上が立っているかまで開示できるかが問われます。
リリース
こういうAI機能を出しました、という発信。日本企業のIRに多い段階
稼働
エージェントがどのくらい動いているかを示す
成果
それによってどのくらい成果が出ているかを示す
売上
AIでどのくらい売上が立っているかまで開示する
浜田さんは、Salesforceが昔からある製品も「AI関連売上」と言い切る見せ方をしている点にも触れます。そこまでしてでも、AIでちゃんと数字を作れていることを定量化しに行くことで市場が評価するという見方です。
浜田さんはさらに、HubSpotの顧客がSMB(中小企業)中心である点を挙げます。使う機能が比較的シンプルなため、Claudeなどで代替できるのではないかと見られやすく、そうした領域の企業ほどAI売上を強めに打ち出す必要がありそうだといいます。
加藤さんも、「Claudeでできるじゃん」という見方は多くのSaaS企業がぶつかる壁になると応じ、見せ方や表現の大切さを改めて確認して番組を締めくくります。
まとめ
SalesforceとHubSpotの株価の差は、業績の良し悪しだけでは説明できず、AIでの成長を数字で強く打ち出せたかどうか、そしてAI時代の大型買収に耐えられる規模があるかどうかの違いが大きいと語られました。
- 売上成長率はHubSpotが20%、Salesforceが10%だが、株価の回復ではSalesforceが先行している
- HubSpotは好決算でも次四半期の成長率14%見込みを示したことで株価が2割下落し、AIに食われる不安を呼んだと見られている
- Salesforceはエージェントの稼働数やAI関連売上まで積極的に開示し、型どおりのIRにとどまるHubSpotとの差になっている
- AI企業は買収価格が高く、規模で劣るHubSpotは強気な買収がしにくい
- 日本のSaaS企業も、リリースの発信にとどまらず、AIによる稼働・成果・売上まで定量的に開示することが求められている


