20年ぶりに、声の同期と再会した
細谷とは2002年、マウスプロモーションの養成所で一緒でした。私が7つ年上で、2年間いろんな方に散々ダメ出しをされながら、二人で訓練していた仲です。
私はその後、この声の仕事を辞めることになりました。細谷はそのまま声優の道をしっかり歩んで、今では大物です。
私が携帯を変えたりして、長らく連絡が取れなくなっていたんですね。でも去年、細谷が結婚の報告をSNSでしていて、それを見て「おめでとうだけは言いたい」と思ったんです。
気づかれないだろうと思いながらXでコメントしたら、「まんま名村さんでしたからね」と拾ってくれて。そこから20年ぶりに新宿で飲んで、今回の出演につながりました。
答えのない「人」についての話を、私たちは養成所時代からずっと好きだったんですよね。お芝居そのものより、生き方や生き様みたいな話ばかりしていた気がします。
「台本の解釈って何ですか?」と言われた衝撃
養成所で細谷のお芝居を見たとき、成立はしているのに、私の予想を全部いい意味で外してくるんです。どういう解釈をしたらああいう表現が出てくるのか、まったく分からなかった。
当時の私は台本の解釈をすごく大事にしていたので、「台本の解釈って何ですか?」と細谷に言われたときは、何を言っているんだこいつはと思いました。
今考えると、細谷は「その場その場で反応してただけ」だったと本人が話していました。相手の言い方が変わればそれは出ないんだろうな、と。つまりちゃんと会話をしていたんですね。
細谷は「借りてきたものじゃない、自分の言葉が欲しかった」と話していました。子供の頃、嘘に最後まで付き合ってくれた父親のエピソードから「嘘は絶対にバレる」と学んだそうで、だからこそ「演技をしてる、上手に嘘をついてる」とやると必ずバレると。
私はその感覚が得られなかったんですよ。だからどんなに頑張っても80点以上出せる気がしなかった。私は演者じゃなくて、作る側の人間なんだと、あの2年間で毎日のように自覚が深くなっていったんです。
接待で美味しいご飯屋さんに行かないと決めた理由
食の話から、私の妙なこだわりの話になりました。私は接待では、本当に美味しいと思うお店には行かないと決めているんです。
昔、13歳ほど上の経営者に、星が付くような和食のお店へ連れて行ってもらったことがありました。緊張しながらコースを食べて、その方が帰られた後に何を思ったか。ラーメンが食べたい、と思ったんです。
食べた気がしなかったんですね。話に夢中になっていて、料理に意識が向いていなかった。せっかく美味しいものを作ってくれているのに、これはお店の人に失礼だと思ったんです。
だから細谷と20年ぶりに行ったあのお店みたいに、本当に美味しくて大事なお店は、仕事のお客さんは一度も連れて行っていません。生臭い話をする場所で美味しいものを食べるのは、もうやめようと思ったんですよね。
失敗したら「ポジティブに諦める」と口に出す
うまくいかなくて落ち込んだとき、どう切り替えるか。私は嫌なことがあったら「ポジティブに諦める」と、口に出すようにしています。
後悔したって前のことは取り返せませんから、「しゃーない、やるか」と口にして次に向かう。落ち込むのは一晩くらい、いいところです。
これには理由があって、私は自分がすごく嫌な奴なんですよ。悪い方に入ると、相手を逃げ道がないところまで追い込んでしまいそうになる。だから悪い言葉を頭にすら浮かべたくないんです。
普段使っている言葉に気持ちが引っ張られると思っているので、ネガティブな単語を頭から遠ざけたい。だから、さっさとポジティブに諦めてしまう。この切り替え方ができてから、随分楽になりました。
長く続けて見えたのは「たかが知れてる」だった
ずっと第一線で続けてきて見えた景色は何か、という質問をもらいました。私が最近思うのは、いい悪い、上手い下手はそんなに大事じゃないんだろうな、ということです。
若い頃は、何が何でも自分をこびりつけたかったんですよ。だからこそ、意見が違うことに「いや、僕はこうしたいんだ」とずっと抵抗していた。
でも今は、自分なんてたかが知れてるんだと、ネガティブじゃなく思えるようになりました。そう思えてから、すごく楽になったんです。
全ての人に理解されなくていいし、深く理解されなくてもいい。取材で「何を考えてやってたんですか」と聞かれても、正直そんなに考えていないんですよね。
これに細谷は「執着が減ってきたってことですね」と返してくれました。細谷も昔は我執が強いと言われていたそうで、今は「どう思われてもそんなに気にならない」と。
競わなくなったんですかね。競う相手がいるとしたら、それは自分だけになった。人を見なくなって、自分に目がいくようになったんだと思います。
まとめ
20年ぶりにゆっくり話して、道は分かれたのに、お互い同じような場所に着いていたのが面白かったんです。歳を取って執着が抜けていくのは、今のところ悪くないな、と思っています。
- 細谷とは、お芝居そのものより「人」の話をずっとしてきた仲だった
- 私は演者ではなく作る側の人間なんだと、養成所の2年間で自覚していった
- 失敗したら「ポジティブに諦める」と口に出して、悪い言葉を頭に残さないようにしている
- 長く続けて見えたのは「たかが知れてる」で、そう思えてから楽になった






