すみれ子とゲスト宮田リコの再会
今回のゲストは、ラジオパーソナリティ・MCとして活躍する宮田リコさんです。
すみれ子さんは、ラジオスターオーディション2026を通じて宮田さんと関わった経緯があり、毎週会っていたころが懐かしいと語ります。
なんか古巣の師匠に会うみたいな気持ちです、今日。
冒頭は、宮田さんが買ったというアイリスオーヤマのヨーグルトメーカーの話で盛り上がります。
パルテノにしようと思うと水切りをしないといけなくて。その一リットルの状態だと全然食感が違うんですよ。
すみれ子さんも同じアイリスオーヤマの自動調理鍋を愛用しているそうで、家電トークはひとしきり続きました。
喋る仕事を選んだ原体験
話題は本題へ移り、すみれ子さんは「宮田さんはいつから宮田さんだったのか」を尋ねます。
宮田さんは、子どもの頃から喋る仕事への思いが「ゴリゴリにあった」と振り返ります。
きっかけは中学二年のスピーチコンテストでした。市の代表になれば市のお金で中国研修に行けるという制度に惹かれ、挑戦したそうです。
大きなホールでスピーチをしたとき、たくさんの人から「アナウンサーみたいだった」と言われたことが原体験になったと話します。
自分がそういう喋るのがちょっとできるかもって思ったことなかったんですけど、いろんな人から同じことを言われるっていうのが初の経験で。あ、うまいんだ私みたいな。
ただし当時は「喋る仕事=アナウンサー」しか知らず、漠然と憧れを抱いていたと補足します。
すみれ子さんは、家族や先生など身近な人から長所を言われる経験の大切さに共感します。
放送部での青春と「聞く仕事」という発見
高校では放送部に入り、NHKが主催する放送の大会に出場したそうです。
最初は箸にも棒にもかからなかったものの、上達して学校から何十年ぶりかに全国大会へ出場できたと語ります。
やっぱそこまで行くと出会う人もマジのガチ勢ばっかりになってきますし、地元のケーブルテレビからも取材されたし、新聞にも顔写真付きで載って。本当に世界が一変し。
その後は市長への表敬訪問や市民祭りのMCなど、初仕事にもつながったといいます。
一方で、当時の放送部の仲間で今も声の仕事を続けている人はほとんどおらず、大会優勝者が小学校の先生になった例もあると話します。
話すことを仕事にして「思っていたのと違った」点として、宮田さんは意外な発見を挙げます。
話す仕事だと思ってたんですけど、意外と私は聞く仕事なんだみたいなことをよく思うかも。喋っていただくためにはどうすればいいかを考える仕事かなって。
インタビューやMCでは、主役に気持ちよく喋ってもらうための工夫に時間を割いていると説明します。
個人事業主として直面する「なめられる」壁
続いて、すみれ子さんは「最近イラッとしたこと」を尋ねます。宮田さんはガチとネタの両方があると前置きし、ガチのほうを語り始めます。
個人事業主として、自分の代わりがいない中で、さまざまな感情を自分で受け入れなければならないと感じるといいます。
さらに、属性によって扱われ方が変わる場面についても触れます。
60代男性が同じことを言った時と、20代女性が言った時とで、やっぱりちょっと、今なめたなお前みたいな。
会社員時代なら偉い人を連れてくる選択肢もありましたが、今は解決策が自分しかないという難しさがあると話します。
ストレス解消法はピラティスだそうで、綺麗な先生や生徒を見ながら体を動かし、頭を切り替えていると語ります。
すみれ子さんも過去に個人事業主だった経験から、女性が進出する際にぶつかる壁として深く共感します。
そういう時ってあんまり正論で言うとか、理屈じゃなさそうかもみたいな感じがするんですよね。相手にもある程度のバイアスがあると、理屈だけじゃないかもなみたいな部分があるので。
「女を出したらいい」というアドバイスをめぐっては、正しい面もある一方、自分のキャラに合うかを考えると悩ましいと二人は語り合います。
全部行動に意図を持たせられるかが大事な感じがしてて。自分がこうしたいんだって意図通りに見えていれば、それが一番ですよね。
苦手なものと「面白」を欲しがる関西人
すみれ子さんは、宮田さんが喜怒哀楽の顔に出る素直な人だと語り、苦手なことを尋ねます。
宮田さんは効率を大事にする性格で、意味のない「様式美」がずっと苦手だと打ち明けます。
意味ないけど、こういうものみたいなやつ。一旦そこでお伺い立てなきゃいけない理由は何?みたいなことを考えちゃう。
また、生産性のないエンドレスな愚痴も苦手で、笑いに昇華させられず顔に出てしまうと話します。
自分の気持ちの整理がついてないのを誰かに整理してもらうためだけに話してるみたいな、ちょっと長めのやつ。でもでもなーって。次にこれだと変わんないよなって。
話は宮田さんが抱く「ネタがない」という悩みへ移ります。すみれ子さんの波乱万丈な人生を、宮田さんは羨ましいと語ります。
超絶ド級の特大のネタがむちゃくちゃあって、そのド級のネタとすみれ子さんのカラッとした感じのギャップが面白いと思うんですよ。
これに対しすみれ子さんは、ネタがなければ自分を題材に使ってほしいと冗談交じりに応じます。
宮田さんは、臆病だから大失敗するようなこともしてこなかったと語り、面白を求めてしまうのは関西人の性だと笑います。
本当にあの人間っていうのは無いものねだりですね。すみれ子はリコさんみたいな傷一つない人生に憧れているのに。
二拠点生活・別居婚と「背負うもの」
すみれ子さんは、宮田さんの二拠点生活や別居婚に興味を示します。
宮田さんは、実践してみて良い面がある一方、交通費や二拠点分の家賃といったリアルな課題もあると語ります。
将来的に子供が欲しいとかってなった時に、さすがにそれで二拠点は無理かもなっていうところで、結局同居が一番効率いいよね、じゃあそれいつにするの?みたいなところもあります。
東京と京都の二拠点生活や、以前の会社員と副業の両立ができたのは、背負うものが少ないからだと宮田さんは分析します。
背負うものが少ないうちは何でもできますが、扶養家族ができると無理だろうみたいな。
二人は「そろそろ落ち着いた方が」という社会性の呪いについても語り合い、この話題はまた別の機会に掘り下げることになりました。
話すことは変わり続けること
最後にすみれ子さんは、「話すことは生きること」だと感じていると打ち明け、宮田さんに「話すこととは何か」を問いかけます。
宮田リコさんの中で、この仕事とか話すことは何々みたいなテーマってありますか?
少し考えた後、宮田さんは自身の答えを言葉にします。
話すことは変わり続けることだと思います。言葉にして自分の外側に出すことで初めて生まれる変化っていうのがめちゃくちゃ多かったです。
自分の中にとどめておくと自分の世界での完結になるが、誰かに話すことで相手から情報が得られたり、反応を見て自分のやり方を見直すきっかけになる。話すことで自分が変わったり、状況が変化するチャンスが増え続けると宮田さんは考えています。
すみれ子さんは、その言葉が身に染みたと語り、前編を締めくくります。
後編は「もし宮田リコだったらこの屍どう越える?」と題し、リスナーの悩みに宮田さんがどう向き合うかを掘り下げる予定です。
まとめ
子どもの頃の原体験から放送部での青春、個人事業主としての葛藤、そして「話すことは変わり続けること」という結論まで、一人の人間としての宮田リコさんが立体的に浮かび上がる前編でした。
- 喋る仕事の原体験は、中学二年のスピーチで「アナウンサーみたい」と言われたこと。
- 話す仕事は、実は相手に気持ちよく喋ってもらうための「聞く仕事」でもある。
- 個人事業主として、属性による扱われ方の違いという壁に直面している。
- 効率を重んじる性格で、意味のない様式やエンドレスな愚痴が苦手。
- 宮田リコさんにとって話すこととは「変わり続けること」であり、外に出すことで変化が生まれる。







