シリコンバレーに来た東大生たちは何を探していたか
安田さんはこの回の収録直前、シリコンバレーに大学のプログラムで来ていた東大の後輩たちの座談会に、アルムナイとして参加してきたと話します。
久しぶりに若い世代と話して、彼らがどんな悩みを抱え、何を決めようとしているのかを改めて感じたそうです。
東大の後輩たちがシリコンバレーに(大学のプログラムで)来てるみたいで、アルムナイとしてちょっと話してくれないかっていう、座談会みたいなカジュアルな形式で話してきた。
元木さんは、最近訪れた600人規模の会社での実感を持ち出します。今の若い世代には、社会課題解決や大きな夢というより、いい仲間と楽しく働きたいという内向きで手触り感を重視する人が増えているのではないか、という話です。
その上で、シリコンバレーに来るような東大生はやはり志が高いのかと尋ねます。
(シリコンバレーに来る東大生は)外に出ていくことに対して前向きな人たちで、可能性を外に探してる。あんまりお金持ちになりたいっていうギラギラした感じの人はいなかった。
安田さんは、彼らに共通していたのは「探索している感」だと振り返ります。自分でまだしっくりくるものが見つかっておらず、それでも見つけたいと思っている人が多かったといいます。
「自分の輪郭」を探すという座談会での気づき
座談会は事前準備をほとんどせず、自己紹介だけしてあとは質問ベースで進める、その場でセッションするような形式だったと安田さんは説明します。
その中で自分でも改めて大事だと感じたのが、「自分の輪郭を探していく」ことの重要性だったと話します。
安田さんは、就活などでの自己分析が偏りがちだと指摘します。ひたすら内に向くか、人とめちゃくちゃ喋るか、どちらかに行きがちだという見立てです。
内側だけを見ても、自分がどこまで広がっているのかはわからない。外に出るとは、人と喋ることだけでなく、何かをやってみる、旅行に出る、本を読むといった、外に触れる作業全般を指すと安田さんは言います。
大事なのは、その両面をやりながら「自分の輪郭はどこなんだろうか」と探る意識を持つことだと話します。
元木さんも強く同意し、自身の経験を「思考の飽和点」という言葉で表現します。
内側でずっと思考してるけど、もう飽和してそれ以上何も出てこない。(飽和点に達すると)前進しづらくなるから、じゃあ外に出ようみたいな話。
逆に外に出過ぎると、自分が何者かわからなくなる。だからこそ内省とチャレンジのサイクルが大事で、内と外の相互作用で自分を支え合っていくのだと元木さんは話します。
安田さんは、これを前回話した「陰陽の統合」に近いと重ねます。内に入る陰の作業と、外に放出してわかる陽の作業、そのどちらもが必要だという見方です。
モートの正体は「資産のコンパウンド」
もう一つ座談会で話したのが、モートの築き方、つまりどうすればコモディティにならないかという話題だったと安田さんは言います。
理系寄りの参加者も多く、ソフトウェアではなくハードウェアをやった方が埋もれにくいのではないか、といった問いも出たそうです。AIが出てきたことで、どう埋もれない人間になるかという問いはより重要になっている、と安田さんは感じています。
学生のうちから意識した方がいいことはあるのか、と元木さんが尋ねると、安田さんはモートをより広い言葉で捉え直します。
ここでの資産はお金だけでなく、自分の能力、誰と協力できるか、何を知っているかといったものすべてを含むと安田さんは説明します。それが活用できる武器であり、モートの正体だという整理です。
そしてモートがモートである理由は、それが積み上がる、つまりコンパウンドするからだと話します。
これがあるから、これが生まれるからこれも使えるようになるみたいな、段階性がある。一足飛びにいけないものがある。
だからこそできるだけ早いうちからやった方がいいが、一方で遅すぎることもない、という両面的な答えになると安田さんは言います。
大事な意思決定でこそ確率論を逸脱する
元木さんは就活を切り口に、AI時代のキャリア選択について問いかけます。かつては下積みのためにコンサルや安定したメガベンチャーに行く道があったが、今は戦い方が変わるのではないか、という問いです。
コモディティ化したくないと言いながら、コモディティ化する選択を選んだらまずいのではないか、と元木さんは疑問を投げかけます。
安田さんは、問題は個々の選択そのものより、大事な選択でこそコモディタイズされた意思決定をしていること自体にある、と答えます。
一つの意思決定はその原理ごと再生産される。だから、ある程度ベットした意思決定を自分が取れるのかどうかが問われるというのです。
失敗したとしても、でも俺はここで勝負に出たっていう経験が絶対資産だなみたいな。
元木さんは、就活時のセミナーで聞いて印象に残っている言葉を紹介します。
すごくなりたい、ビッグになりたいと言うのなら、確率論を逸脱しないとなれない。普通に確率論的に上がっていって全員がすごくなるなら、もっとすごい人が世の中にいるはずだ、という論理です。
確率論に乗っ取って人生歩むことって間違ってるよねっていう話がめっちゃ印象的で、自分は(クレイジーという会社に)飛び込むことを決めた。
投資は社会の「予測機構」である
安田さんは、大学時代から投資の勉強を始めたことが良かったと話します。その理由として、投資の原理そのものを挙げます。
安田さんは、投資がなぜ社会的に必要かを問い、その答えを「社会としての予測性能、予測機構」だと説明します。
価値があるはずのところに資金が集まれば合理的だ。いろいろなプレイヤーがいる中で、そうした総合的な意思決定の流れが働くようにするための機械が投資だ、という見方です。
みんなが当たり前のように成功する者にお金をかけることって別にインセンティブがない。それはもう誰かしらが投資するから。
だから、みんなは気づいていないが自分は絶対に来ると思うものに資産を投入して貢献し、その見返りがリターンとして返ってくる。これはコンセンサスである確率を正しく逸脱しに行く行為だと安田さんは整理します。
当たりそうなマスが動いているところに投資すれば儲かりそうに思えるが、それは全く儲からないと安田さんは言います。
みんなが思ってる以上にこれに価値があるという感覚が俺にはあるっていうところが結構当たる。
自分がどこで他人よりいい予測ができるかに自覚的であることが鍵で、そうでない領域は軒並み失敗すると安田さんは話します。コンビニ関連に投資しても全然外れる、と自身の例を挙げます。
コンセンサス
多くの人が成功すると思う対象には、すでに誰かが投資するのでインセンティブがない
逸脱
みんなは気づかないが自分は来ると思う対象に資産を投入する
予測機構
価値があるはずの場所に資金を集める社会の意思決定の流れに貢献する
リターン
正しく確率を逸脱した見返りが報酬として返ってくる
瀧本哲史から学んだ「脱コモディティ」
安田さんが投資を始めたきっかけは、瀧本哲史さんに触発されたことだったと明かします。
瀧本さんは投資や企業論を絡めた授業を大学1年生向けに行っており、安田さんが「コモディティ」という言葉を使うようになったのもその影響が大きいといいます。
ビジネスだろうが生きていくことだろうが、いかに脱コモディティをするかっていうことが本質的に重要なんだ、と。
仲間の重要性や、投資という考え方からの逆張りの価値などを噛み砕いて伝えてくれたことに、安田さんは大きく触発されたと話します。
元木さんは、この一連の話を「人生を投資的に生きよう」ということだと受け止めつつ、論理だけでは足りないと指摘します。
自己肯定感のような根底の力がないと、論理で詰めても周りに流されてしまう。だから根本も大事そうだと元木さんは話します。
リスクを乗りこなす勇気という難しい問い
安田さんは、投資的な考え方が思い出させるのは「一歩出たら戦場である」という現実だと言います。私たちは常にリスクにさらされていて、そのリスクをうまく乗りこなせるかが問われるという見方です。
一歩出たら戦場であるということを思い出させられる。リスクにさらされているのである、我々は常に、と。
ただし、それが大変な現実であることも確かです。安田さんは、その現実を受け止めて実際に乗りこなそうと思え、乗り越えられるのかは別の論点だと話します。
どうすればより多くの人がリスクを乗りこなせるようになるのか。これは大事で、かつ難しい問いだと安田さんはまとめます。
元木さんは後半への橋渡しとして、AIの加速によって外の世界がますます変化し、乗りこなしづらくなっている一方で、AIは加速剤にもなりうると指摘します。そのバランスをどう取り、人生に活かすかを後半で深掘りしたいと締めくくりました。
まとめ
この回は、東大生との座談会をきっかけに、自分の輪郭のつかみ方から投資的な生き方までが語られました。内と外の相互作用で自分を掴み、大事な場面でこそ確率論を逸脱する。その論理の根底には、リスクを引き受ける自己肯定感が必要だという話でした。
- 自己分析は内省だけでも人と話すだけでも足りず、内と外の相互作用で「自分の輪郭」を掴んでいく作業になる
- モートの正体は上手な資産の築き方であり、能力や人脈や知識が段階的にコンパウンドすることで強みになる
- 大事な意思決定でコモディタイズされた選択をすること自体がボトルネックで、勝負に出た経験そのものが資産になる
- 投資は社会の予測機構であり、コンセンサスから正しく逸脱することに報酬があるという原理を持つ
- 論理で投資的に生きると詰めても、根底に自己肯定感がなければ人は周りに流されてしまう




