引っかかり続けている出来事とは
この回は、たいぞーさんが薬剤師としてのキャリアの中で今も心に引っかかっている出来事を、自己開示として語る内容です。
たいぞーさんは現在、3年前に転職して勤めている薬局で働いています。今回話すのは、その前に勤めていた会社での出来事です。
今僕が薬剤師としてキャリアを歩んでいく中で、ちょっと自分の中に引っかかっている出来事みたいなものがありまして、今日はその話を詳しくしていけたらなと思っています。
薬学で患者を語る実践を会社全体で
前職は、兵庫県加古川市にあった中川調剤薬局です。たいぞーさんはここで、薬学で患者を語る ── 番組名にもなっているたいぞーさんの実践理念。薬の情報だけでなく、患者一人ひとりの状況や背景を踏まえて関わろうとする薬剤師の姿勢を指しますという取り組みを実践していました。
この取り組みは、たいぞーさん個人だけのものではありませんでした。一緒に働く薬剤師や調剤事務スタッフも含めて、会社全体で地域に届けていく取り組みとして行われていました。
たいぞーさんはその中核メンバーとして、薬局全体の運営や採用教育など、幅広い役割を担っていました。仲間と一緒に実践を積み重ねる日々を過ごしていたといいます。
オーナーの引退と、事業譲渡という決断
会社を運営し続けるには、舵取りをする経営者が欠かせません。しかし、オーナーも年齢を重ね、引退が近づいてきました。
たいぞーさんが勤めて10年になるかならないかの頃、オーナーが余生のことも考え、会社の経営を退こうと考えていると話した時期がありました。
オーナーが選んだのは、大手の薬局に事業譲渡し、経営を引き継いでもらうという判断でした。地域で医療を継続し、患者に関わり続ける場所を維持することが目的の一つでした。
もう一つの目的は、一緒に働く仲間の雇用でした。スタッフが困らないよう、雇用と賃金が継続される形を守るための決断だったといいます。
オーナーの引退
年齢と余生を考え、経営を退く判断をする
大手への事業譲渡
経営を引き継いでもらう選択をとる
守りたかったもの
地域医療の継続と、スタッフの雇用・賃金の維持
なぜ大手への譲渡が選ばれたのか
たいぞーさんは、オーナーの判断を至極真っ当なものだと受け止めました。大手への譲渡は、ただ大きい会社だからという理由ではなかったといいます。
当時はデジタル化や機械化の波が来ていました。継続的な運営には、業界の変化を捉え、しっかりした経営基盤を持つ場所が必要だと考えられていました。
資金力のある会社であれば、薬局の設備投資も整えられます。そうした土台は、薬剤師が力を発揮していく上でも強い支えになるだろうと判断されていました。
託された側の役割として掲げた旗
たいぞーさんは、その判断が本当に正しかったかは、やってみないとわからないという事実も感じていました。だからこそ、結果として示せるかどうかは残されたスタッフの行動次第だと考えました。
事業譲渡の説明会で、たいぞーさんはスタッフに話をしました。薬学で患者を語るという実践は、好き勝手にやっていたことではなく、社会的な変化を読み解いた上での道だったと伝えます。
これからの薬局運営では、そうした能力を持った薬剤師や薬局が求められるようになるはず。だから経営の主体者が変わっても、その重要性は変わらないと話しました。
薬局の経営の主体者が変わったとしても、その重要性というのはきっと変わることはない。
むしろ資金力のある大手に運営を委ねることで、より効果的に力を生かせる環境を手に入れられるのではないか。たいぞーさんはそう考えていました。
大きな企業の中で結果と成果を示し、重要性に気づいてもらう。そして自分たちの能力を発揮できる環境を手に入れていく。それが残された自分たちに与えられた役割だと、説明会で語りました。
それは同時に、働く場を用意してくれたオーナーへの恩返しでもありました。今までの経営が間違っていなかったと、そして事業譲渡の決断も間違っていなかったと思ってもらえる結果を作る。それを自分たちの役割だと位置づけていました。
心が折れ、会社を離れた決断
そこから数年間、たいぞーさんは結果を示せるように試行錯誤を続けました。しかし、1日2日でひっくり返るものではありませんでした。
大きな会社の中で、地方の薬局数店舗の取り組みが一朝一夕に広がるわけもありません。地道にコツコツ積み上げるしかないと分かってはいました。
それでも日々の現場では様々な変化が起こり、その対応に追われる日々が続きます。そうした中で、たいぞーさんは体力的にも精神的にも心が折れてしまったといいます。
体力的にも精神的にも心が折れてしまうというようなことに至ったこともあって。
最終的に、たいぞーさんはその会社を離れるという決断をしました。
自分の中に残る「裏切り」という言葉
会社を離れる決断は、スタッフやオーナーの思いを引き継ぎ、任せてくださいと引き受けた役割を放棄することでもありました。旗を掲げて示したリーダーとしての責任も、すべて手放すことになりました。
たいぞーさんは、スタッフにもオーナーにも申し訳ないという胸の痛む思いを抱えていました。ただ、自分自身でもどうしていいか分からなくなっていた状況もあり、その決断に至ったといいます。
自分の中に引っかかる、そのオーナーに対する、スタッフに対する、ある種の裏切りというような行動をとってしまったことは、今でも自分の中で引っかかっている。
その出来事は今も心に残り続けています。スタッフや、バトンをつないでくれたオーナーに何か返せるものがないか。たいぞーさんはそう思いながら、今も仕事をしています。
発信を続けることが、返せるもの
たいぞーさんは、音声配信を一つの恩返しの形として続けています。それが本当に恩返しなのか自己満足なのか分からないとしながらも、薬学で患者を語ることの重要性を多くの人に届けたいと考えています。
その思いが広がり、元々勤めていた会社にも届いてほしい。そして重要性が広がり、今も残って働くスタッフが報われるようになっていくこと。それが一度裏切ってしまったことへの報いになるのではないかと話します。
そうした思いから、たいぞーさんは発信を続け、講演会やセミナーなども開催しているといいます。
やりきれなかった責任と、続けること
リーダーとして旗を掲げ、その行動をやり続けることが大事だという言葉を、たいぞーさんは様々な発信の中で耳にします。
そうした言葉を聞くたびに、たいぞーさんは自分ができなかった「続ける」ということを突きつけられると感じています。リーダーとして責任を果たしきれなかったという思いです。
自分自身ができなかった続けるということが、やはりリーダーとしてきちんと行動として責任を果たしきれなかったんだなということを常に突きつけられる。
だからこそ今回、前職のオーナーやスタッフへの思いを、自分の気持ちを整理する意味も込めて話したといいます。特別な学びがあるわけではないかもしれないと前置きしつつ、たいぞーさんは自身の経験を語りました。
リーダーとしてやりきることの大切さと、現実にはそれをやりきれない場面もあること。そしてそれが自分の中にずっと残り続けるものとしてあることを伝えながら、活動を続けていくと話しました。
まとめ
事業譲渡で託された役割を果たしきれず会社を離れたことを、たいぞーさんは「裏切り」という言葉で振り返ります。その後悔を抱えながらも、発信を通じて何か返せるものを返そうとする姿勢が語られた回でした。
- 前職の中川調剤薬局では、薬学で患者を語る実践を会社全体で行い、たいぞーさんは中核メンバーとして運営や採用教育を担っていた
- オーナーの引退にあたり、地域医療の継続とスタッフの雇用を守るため、大手薬局への事業譲渡が選ばれた
- たいぞーさんは、大手の中で結果を示すことが残された自分たちの役割であり、オーナーへの恩返しだと説明会で掲げた
- 数年の試行錯誤の末、心が折れて会社を離れる決断をし、その責任を放棄したことを今も後悔として抱えている
- 発信を続けることで重要性が広がり、残るスタッフが報われることが、裏切りへの報いになるのではないかと考えている


