AIが人間用のUIを操作する違和感と、シリコンバレーの「待たない」文化
後半の入り口になったのは、9月にChatGPTから出た新しいモデルの伝えられ方でした。元木さんは、AIがパソコンの中の人間用UIを操作できるようになり、成功確率76%といったニュースに違和感を持ったと話します。
そもそもなんで人間のために作ったやつをわざわざAIで操作するの?みたいな。確かにちょっと便利かもしれないけど、あるべきに対して結構気持ち悪さがあった。
この違和感について、安田さんは「非常にシリコンバレーっぽい側面がある」と受けます。スタートアップの文化は、整うのを待たずに上書きしにいく文化だと説明します。
シリコンバレーとかスタートアップカルチャーって、極端に待たないカルチャーなんですよね。ディスラプトしに行く、上書きするみたいな。ハッカー文化がやっぱり根底にある。
本来なら、AI向けのインターフェースを各サービスが用意するのが筋です。その仕組みがMCP ── Model Context Protocol。AIが外部のツールやデータに決まった形でつながるための共通の規格。各サービス側がこれに対応することで、AIが安全に操作できるようになりますのような文脈から生まれてきているものの、安田さんはシリコンバレーの前のめりさをこう表現します。
みんながMCPに対応してくれるの待ってられないから、もうコンピュータ使わせちゃおうみたいな。そうしたら全部できるじゃんみたいな感じ。
各サービスがMCPのような規格に対応し、AIが安全につながれる形を整える。ただし全サービスの対応を待つ必要がある
待たずに、人間のために作られた画面をAIに使わせる。すぐ全部できる一方、動く原理は見えにくくなる
道具の原理が隠蔽されていく「魔法の世紀」
元木さんは、便利さは分かるとしつつ、AIをそのまま使うと理解が下がることを気にします。道具を理解しないまま道具を使う状態になるという指摘です。
あれもうやっちゃうと、なんでこれ動いてるのかもわかんなくなるな。道具を理解しないまま道具使っちゃうみたいな感じになっちゃう。
これに対し安田さんは、道具が「なぜ道具たりえているか」は、ずっと隠蔽され続けてきた歴史だと応じます。井戸なら見ればパーツと原理がわかったが、コンピュータはもう20年前からそうではない、という対比です。
安田さんは、この流れを落合陽一さんの言葉に重ねます。テクノロジーは魔法のようなもので、なぜ動くかを一人で完全に理解している人など世の中にいない、という見方です。魔法の世紀 ── メディアアーティストで研究者の落合陽一さんの著書のタイトル。技術が高度化しすぎて原理が見えなくなり、魔法のように受け取られる時代を論じたものです
なんで動いてるかなんて知らないでしょみたいな。それを一人で本当に完全に理解してるやつなんて、多分世の中に一人もいないと思う。
一方で安田さんは、隠蔽が進むことで別の問題も出ると付け加えます。長い経験でしかできなかったことが誇りややりがいだった人にとって、それが捨て去られる意味は重い、という論点です。3Dモデラーのような専門職も戦々恐々とするだろうと話します。
AIで作ったものが溢れる時代の「本当にいいのか」
話は、作る側のコストが下がりすぎることへの懸念に移ります。安田さんは、投資家と話した実感として、AIで作っただろうというピッチが溢れかえっていると紹介します。
内容とかの前に、何か「そうだな」って感じた瞬間に、本当に読み切れる。作る側は本当にコストが安くてパッと作れるから、過剰にそっちに寄ってしまう。
元木さんはこれに強く共感し、記事も同じだと応じます。量産できるからこそ、あえて逆に振る動きも出てくると話します。
最近noteを書き始めようとしてるんだけど、あえて人間、もうAIやりすぎてるから。あえてもはや人間で全部書いてみようとか思っちゃう。
安田さんは、二人でPodcastをやっていること自体もそういう選択に近いと返します。AIで量産できる時代だからこそ、人が手をかける行為に意味が置かれ始めている、という空気が漂います。
仕事が減る時代、キャリアに残るのは「主体として事業を作る力」
元木さんは、コンピュータユースが広がれば多くの仕事がリアルに減ると見ています。100人の会社が50人でよくなり、やがて働かなくてよいという世界に近づくのではないか、という問いを投げます。
100人の会社だったらマジで70人ぐらい、50人ぐらいしかいらなくなる。どんどん人がいらなくなる気がしてる。
安田さんは近い考えを持つとしつつ、留学希望者に語ったキャリアの話を持ち出します。生き抜き、勝ち抜くことを最優先にするなら、残るロールは限られるという見立てです。
自分が主体として、事業とか不確実なところに勝負を仕掛けていくっていうロール以外、多分残らないと思いますよ。
安田さんは、経営者やその補佐、企業内の新規事業責任者など、自分が主体として不確実なところに勝負を仕掛けていく役割に収れんしていくと話します。5年後は大丈夫でも10年後20年後はわからない時間軸だからこそ、そこに修練するしかないという主張です。
その核にあるのは、事業の本当のコアだと安田さんが呼ぶ問いです。人には何が必要で、何を作る意味があり、何をしたら感謝され、それをなぜあなたがやるのか。ここは「あなたにしか出せない」ものだと言います。
安田さんはこれを、以前この番組でも触れたagency ── 主体性、行為主体性。自分の意思で状況に働きかけ、自ら物事を駆動していく力を指します。指示に従うのではなく、自分がやりたいと思って動く姿勢のことですという言葉につなげます。AIには出てこないし、むしろ出すと危険な領域だと考えています。
AIが勝手にエゴとかパッションとかを持ち始めるって、できなくはないけど、作ったらまずい類い。だから、そこは人間が持つべきもの。
だからこそ、経営者として仲間に入れたいのも、スキルでパーツを埋めてくれる人ではなく、主体者としてこれを進めたいと思えるエネルギーを提供してくれる人だ、と安田さんは話します。
「でかい起業」でなくていい、ギブから始める探索
元木さんは論理には同意しつつ、多くの人はそもそも事業を作れないのではないか、と率直な疑問をぶつけます。もっと小さいことから始められないのか、という問いです。
論理は超アグリーなんだけど、要は多くの人がそれできなくない?って思っちゃった。
安田さんはこれを素敵な指摘と受け、究極的にはボランティアや友人への提供で感謝されることでもいいと応じます。例に挙げたのが、片付けで世界的に知られるこんまり ── 片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんの愛称。「ときめき」を基準にした片付け法で世界的に知られ、Netflix番組などを通じて海外でも人気を集めましたさんの原点でした。
安田さんによれば、こんまりさんはもともと友人に無償で片付けをしてあげ、強く感謝されていたといいます。その様子を見た現在の夫がプロデューサーとして、これは世に出るべきだと確信を持って手がけ、大きく広がっていったという流れです。
これだけ周りの人からこんな強度で感謝されてるものは、絶対世に出るべきもののはずだみたいな確信を持って、すごいプロデュースしてめちゃくちゃ上手くいった。
安田さんは、これはたまたまビジネスになった例だと断りつつ、ビジネスにならなくても誰かのために何かできることは生きがいの一つだと話します。まず小さく試すこと自体に価値がある、という立場です。
小さくギブしてみる
友人やボランティアなど、できる範囲で誰かに価値を提供してみる
感謝の強さを確かめる
どれくらい喜んでもらえたかを見て、価値が生まれた手応えを掴む
探索が事業になりうる
採算は置いておき、誰かにとって価値があるものになれば、事業のきっかけになる
元木さんは、就職や転職が市場原理の確率論に巻き込まれて決まりがちだと指摘したうえで、今後は仕事のスタイルを大胆に変えたほうがよさそうだと話します。言われたことをやるだけでは主体性が発動しない、という感覚です。
安田さんは、その一歩として副業やボランティアへの参加を挙げます。さらに、ちょっとでもギブできることを考えてみること自体が一歩でいい、と付け加えます。
安田さんは、成功者はギバーであるという社会学的な話にも触れます。与えるから与えられるというサイクルに加えて、ギブは「これをやったら人はどれくらい価値を感じてくれるのか」を確かめる探索でもある、という見方です。
「やりたいこと」より、めんどくさいけどやってもいいなから始める
元木さんは、多くの人が「私は何をやりたいんだろう」と悩むはずだと投げかけます。そのうえで、AIを活用しながらどう自分を内省していけばいいのかを尋ねます。
安田さんは、本当にやりたいこと・熱中できることを見つけるのは理想の最終形だとしつつ、いきなりそこを目指すマインドセットは外したほうがいいと答えます。
誰かは感謝してくれる中で、まあちょっとめんどくさいけどやってもいいな、ぐらいのところから始めるみたいなのの方が、圧倒的に始めやすい、見つけやすい。
安田さんは、いきなりパッションのあるものを見つけなきゃと気にして、少し試して「パッションとは言えない」とやめてしまうのはもったいないと話します。ハードルの置き方をずらす提案です。
最初から熱中できるパッションを見つけようとする。ハードルが高く、少し試してやめてしまいがち
誰かに感謝される、めんどくさいけどやってもいいなという程度から入る。始めやすく、見つけやすい
ChatGPTの音声とメモリで進む、AIを使った自己内省
内省にAIをどう使うかという話で、安田さんはまず手っ取り早いテクニックを挙げます。自分の過去の会話を遡り、どういうタイプか、どんなことに情熱を持つ傾向があるかを分析してもらう、という使い方です。
元木さんは、最近一周回ってChatGPTの音声が素晴らしいと感じていると話します。ポイントは音声のスムーズさに加えて、メモリの塩梅がちょうどいいことだといいます。
昔って寄りすぎて気持ち悪かったわけ。自分の考えに寄りすぎてて迎合しすぎやろみたいな。もうちょい今フラットになってきてるから、めっちゃ話すようになってて。
元木さんは、この3週間ほど久しぶりにGPTを使い始め、音声でやりとりして自分への理解が深まる感覚に助けられていると話します。日記を残す最低限のことに加えての実感です。
安田さんも、他の人と話した内容の議事録をNotetaker ── 会議や通話の音声を自動で文字起こしし、要約や議事録を作るツールの総称。録音した内容をAIに渡して分析する使い方ができますで撮り、それをClaudeに投げて自分の深層心理を分析してもらうと話します。どうやったら10倍100倍の成長ができるかを聞いたのもよかったといいます。
自分が気づいてないことにこそAIに拾い上げてもらう。すごい価値があるわりに、多分やってる人そんなに多くないんだろうな。
自律から受け身へ、AIが人間から「引き出す」可能性
元木さんは、意思を持って何かやるのは脳のコストが高いと指摘します。今はまだ自律的に頑張ってジャーナリングし、頑張ってChatGPTを立ち上げている状態だと振り返ります。
自然と、本当はAIが「今週こうでしたね」とか受け身にやってくれるようになると、もうちょっとみんなもやりやすくなるのかな。
これは結局UXの話だと元木さんは言います。人間側が能動的に取りにいくのではなく、AIから受け身で受け取れる形になれば、人間の内省はもっと加速しうる、という見立てです。
安田さんは、AIが人間から「引き出す」力に注目します。論理や正しさを押し付けることだけでなく、引き出すことに絶大なパワーがある、という論点です。ソクラテスの問いや、東洋的な「間」の感覚に重ねます。
間があるからこそ新しいものが生まれる。そういう感覚、体験ってやっぱりAIにちょっと薄いよねって思ってる。
空白期間に「それでもやってしまうこと」が本当のテーマだった
安田さんは、留学希望者への話でも刺さっていた実感として、「何かをしなきゃ」とならない空白期間を一定持つことを挙げます。会社を売却して金銭的に余裕が出た時期に、自分でそれを試したといいます。
何もしなくていいという状況の中で、とはいえ自分は何をしてしまうのか。それを自分に対して試した感覚があった。
安田さんによれば、その期間に収れんしていったのは、どうやったらもっと多くの人が生き生きと生きられるかというテーマでした。娯楽やゲームもある中で、結局は本を読み、プロダクトを作ることに戻っていったといいます。
どうせ俺、多分これやめてもやっちゃうんだよなって思うと、なんかやり続ける。
この「やめてもやってしまうこと」を掴んだことが、今やり続ける地盤になっている、と安田さんは話します。大変だと思うときでも、続けられる理由になっているという実感です。
仏教の「諦める=明らかに見る」と、そぎ落としていく生き方
元木さんは、安田さんの話を仏教用語の「あきらめる」に重ねます。それは「明らかに見る」という意味で、明らかに見ることが諦めていくことにつながる、という理解です。
明らかに見るってことって、諦めていくことだよねみたいなのがあって。
元木さんは、人生で大事なのはそぎ落としていくことだと話します。AIで大量にアウトプットできるからこそ、やりたいことを問いただすより、やりたくないことをやったり、余白を作って一度無にするアプローチが効く、という見立てです。
元木さんは、20代でいろいろ試して違うと思ったものをそぎ落としてきた感覚があると振り返ります。最近は新規事業をそぎ落としたことも例に挙げ、余白を作ることも一つのそぎ落としだと話します。
安田さんは、いろいろやってからそぎ落とすことと、最初からやらないことは感覚が違うと補います。元木さんは自分を「大量行動派」だと言い、まず広げることの大切さに触れます。
大量に行動し、いろいろな仕事・場所・選択肢を試して広げる
違うと感じたものをそぎ落とし、余白を作って「それでもやってしまうこと」が残る
たくさんいろんな家に住んでれば住んでるほど、ここがいいなってより洗練されていく。最終はある程度広げないと無理じゃね?
フットワークの軽さと余白が、他力や触発を呼び込む
安田さんは、以前この番組で触れた「イエスマン」の話も同じ感覚だと言います。仕掛けることがあるなら、まずイエスと言ってみるという姿勢です。ただし、他の経験と照らして面白くないと明らかなときはやらないほうがいい、とセットで語ります。
安田さんは、余白がないと他力本願 ── もともとは仏教の言葉で、自分の力ではなく仏の力にゆだねて救われるという考え方。ここでは、他者の誘いや助けに乗って動くことの比喩として使われていますすらできない、と話します。他者から誘われて飛び込み、それが良い発見になることは多い一方、余白や余裕がないとそもそも誘ってもらえない、という指摘です。
自分を引っ張り出してくれる友人とかすごい大事。でもそういう触発が起こるのも、一定程度余白を持たないと誘ってくれない。
安田さんは、前の会社の共同創業者と今も友人として仲が良く、数日後にふらっと出かける関係を例に挙げます。こうした人間関係があること自体が大事だ、という実感です。
元木さんも「フッ軽さ大事」と応じます。忙しくても、ピンときたときは必ずフットワーク軽く動くといい、そういう環境を作りにいくことが大切だとまとめます。
まとめ
AIが人間用のUIまで操作し、作る側のコストが下がりきる時代に、二人が共通して見ていたのは「主体性」でした。事業を主体として作る力、ギブから始める小さな探索、そして「それでもやってしまうこと」を残すための余白。答えを急ぐより、明らかに見てそぎ落とし、動ける状態を保つことが、この回の着地点でした。
- 待たずに上書きするシリコンバレーの文化がコンピュータユースの背景にあり、道具の原理は「魔法」のように隠蔽されていく
- 仕事が減る時代にキャリアで残るのは、自分が主体として不確実な事業に勝負を仕掛けるロールと、AIには出せないagency(主体性)
- でかい起業でなくてよく、ギブから始めて感謝の強さを確かめる探索が事業のきっかけになる。入り口は「めんどくさいけどやってもいいな」でよい
- ChatGPTの音声やメモリ、議事録の分析など、AIに自分を「拾い上げてもらう」内省は価値のわりにやっている人が少ない
- 明らかに見てそぎ落とし、余白とフットワークの軽さを保つことが、他力や触発を呼び込み「それでもやってしまうこと」を残す







