なぜ今、MCUへの「歪んだ思い」を語るのか
この回でつきいちさんが語るのは、マーベル映画とMCU全体に対する、ポジティブとネガティブが入り混じった自身の思いです。
冒頭では、番組に届いたマシュマロ(匿名メッセージ)が読み上げられます。
夏が胸を刺激する。生足魅惑のマーメイド。出すとこ出してたわばになったら宝物。(本物)の恋はやれ。そうかい。
つきいちさんは、このメッセージに何を返せばいいのか戸惑いつつ、「僕は夏よりも冬派です」と答えています。
本題に入る前に、つきいちさんは最近忙しくて新しい映画を観られていないと明かします。そこで、以前から長く話したいと思っていたMCUの話をすることにしたといいます。
ポジティブな感想もあればネガティブな感想もあるので、MCU大好きだよっていう人は、ちょっと聞いたら不快になるかもしれないです。
つきいちさんの言う「マーベル」は、出版社マーベルの漫画を実写化した映画群のことです。アイアンマン、ハルク、マイティ・ソーといった作品を指して話が進みます。
アイアンマンの興奮から、アントマンで出会った「知らない羽の男」
つきいちさんは、マーベル映画のことをずっと「新参者お断りコンテンツ」だと思っていたといいます。そう感じるようになったきっかけは、2本目に観た作品でした。
つきいちさんが初めて観たマーベル映画は『アイアンマン』です。大学のサークルの先輩が絶賛していたのがきっかけで、観てみるとめちゃくちゃ興奮したそうです。
本当に面白いんですよ。アイアンマンが面白いっていうのは、もう全世界共通というか、みんなが知ってることぐらいのことかなと思ってる。
マーベルは面白いところだと感じたつきいちさんは、次に『アントマン』を観に行きます。特殊なスーツでアリほどの大きさに縮める男の物語で、映像もアクションも楽しめたといいます。
ところが『アントマン』の途中、主人公が見知らぬ建物に行くと、背中に羽が生えたサングラスの男が突然現れ、そのまま尺を取ったバトルが始まります。
それを見てこう「ほよよ?」ってなるんですよ。これほよよってなってるのはアントマンじゃなくて僕なんですけど。
しかもその男は仲間になるわけでも敵の幹部になるわけでもなく、アントマンの物語は何事もなかったように進みます。帰宅後に調べると、男はマーベルの別作品のキャラクターだったそうです。
要はワンピース見に行ったらナルトが出てきたみたいなことじゃないですか。
つきいちさんは、他作品を観ている前提のファンサービスがあまり好きではなく、映画は1本で完結してほしいと考えています。この体験から、マーベルは作品単体ではなく「マーベル自体を愛していないと楽しめない」ものだと感じてしまいました。
その後、マーベル版『スパイダーマン』のポスターにアイアンマンががっつり映り込んでいるのを見て、つきいちさんの心は完全に離れます。世間が『エンドゲーム』で盛り上がっていた時期も、自分には楽しめないものだと距離を置いていたそうです。
アントマンは12作目だった。MCUを知って「僕が悪い」と気づく
数年後、2年ほど前に、つきいちさんは初めて「MCU」という言葉を知ります。MCUはマーベル・シネマティック・ユニバース ── マーベル・スタジオが製作する、複数のヒーロー映画やドラマが同じ世界を共有する作品群の総称。2008年の『アイアンマン』から始まりましたの略で、マーベルによるシリーズ作品のことです。
つきいちさんが観た『アイアンマン』も『アントマン』も、MCUという1つの大きな物語の一部でした。しかも調べてみると、『アントマン』はシリーズの12作目だったといいます。
そりゃ12個目から見てもきょとんとするわって思って。
つきいちさんは、羽の男にきょとんとした経験を、ハリー・ポッターを『アズカバンの囚人』から観てヴォルデモートを知らないようなものだと捉え直します。「それは僕が悪いわ」と思ったそうです。
同時に、世間が騒いでいた『エンドゲーム』はMCUの最終作で、長いシリーズの集大成だったことも知ります。つきいちさんは「言ってよ」と、みんながなぜシリーズだと知っていたのかに戸惑いも見せています。
マーベル映画は1本ずつ独立した作品で、他作品のキャラ登場は不親切なファンサービス
アイアンマンもアントマンも1つの大きな物語の一部で、12作目から観れば置いていかれて当然
そこでつきいちさんは、MCUを最初から観ていこうと決めます。1作目を調べると『アイアンマン』で、だからこそ単体で純粋に楽しめたのだと腑に落ちたといいます。
映画20本超を11年かけてつなぐ、MCUマラソンの構造
MCUを1作目から順に観ていくことは「MCUマラソン」と呼ばれます。つきいちさんによれば、最初のシリーズは映画だけで22〜23本あり、すべて2〜3時間の映画です。
MCUの構成について、つきいちさんは各ヒーローがなぜヒーローになったかを描く単体作品を5本ほど観ると、全員が集合して戦う区切りの話『アベンジャーズ』が挟まると説明します。『ドラゴンクエストIV』のように、個別の章のあとにチームで大きな敵と戦う形です。
つきいちさんが特にすごいと語るのは、作品ごとに監督が違うのに、1つの物語として成立している点です。クリスマスに子どもと関わる話が好きな監督が撮ると舞台が冬になるなど、監督の個性も楽しめるといいます。
いろんな一個の話をいろんな監督さんがやって、それを22個3個つなげてでっかい一つの物語にしようっていう、いや、これはめちゃくちゃすごいプロジェクトやなと。
リアルタイムでは観ていないつきいちさんでも、通して観てかなり感動したそうです。リアタイ勢の興奮はどれほどだったのだろう、と想像を巡らせています。
インフィニティ・ウォーで壊し、エンドゲームで畳む鮮やかさ
MCU最初のシリーズの最後は、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』の2本です。つきいちさんは、この2本の流れがめちゃくちゃ美しいと語ります。
風呂敷を広げる
11年かけて、山盛りのキャラクターと物語を広げてきた
インフィニティ・ウォー
あと1本で終われるのかと思うほど、物語を一度めちゃくちゃにする
エンドゲーム
ぐちゃぐちゃにした風呂敷を、集大成として鮮やかに畳む
広げに広げた風呂敷を、さらにインフィニティウォーでぐっちゃぐちゃにした上で、エンドゲームでパカンって鮮やかに風呂敷を畳むんですよね。
何百人もの大人が11年かけてたどり着いたこの結末を、つきいちさんは「生きている中で何本出会えるのか」というほどの大成功プロジェクトだと表現します。
そのうえで、年末年始など時間がある人には『アイアンマン』から挑んでほしいと勧めています。『アイアンマン』は単体でもめちゃくちゃ面白いので、損はないそうです。
エンドゲームの後に再始動したシーズン2と、脱落の空気
ここからつきいちさんの話は、自分がMCUを観始めた時期に移ります。つきいちさんが観始めたのは、世間的には『エンドゲーム』が終わり、次のシーズンが始まった頃でした。
いかにも終わりという名前の『エンドゲーム』の後に始まったシーズン2は、映画だけでなくDisney+ ── ディズニーが運営する定額制の動画配信サービス。MCUのドラマシリーズの多くはここで独占配信されていますのドラマにも広がっていました。
公式がナンバリングとして並べてるなら、まあやっぱ全部見ないと100パーセントは楽しめないわけなんですよね。
当時の世間には、サブスク契約してまでドラマを追うのはしんどい、もうついていけない、という脱落の雰囲気が漂っていたといいます。
顔が覚えられない。髪を切ったマイティ・ソーは誰なのか
つきいちさん自身も、最初のシリーズ22〜23本を追う中できつい部分がありました。作品が悪いのではなく自分の性質の問題だとしたうえで、一番きつかったのはキャラクターを覚えられないことだと話します。
僕、ティモシーシャラメとトムホランド全部同じ顔に見えるんですよね。
つきいちさんは、金髪ロン毛でマイティ・ソーを見分けていましたが、途中でソーが短髪になり、しばらく誰かわからなかったといいます。覚醒すると目が光ることや、ソーしか持てないハンマーで識別しても、他のキャラクターがハンマーを使えるようになって通用しなくなったそうです。
まあまあやめてみたいな。僕がそいつのアイデンティティとして覚えてたアイコンが、ブレブレになっていくんですよね。
家のサブスクで観ていたつきいちさんは、知らない人物が出るたびに止めて、AIやウェブで「この見た目の人は誰か」を調べながら観ていました。そうしてようやく、キャプテン・アメリカだとわかるような観方です。
その結果、『エンドゲーム』のラストでこれまでの登場人物が勢揃いする場面でも、半分弱は誰かわからず、漠然とした盛り上がりだけを受け取るふわふわした楽しみ方になってしまったといいます。
「カースト上位の趣味」に感じてしまう理由
つきいちさんは「めっちゃひねくれた見方」と前置きしつつ、MCUを「カースト上位の趣味」だと感じてしまう節があると明かします。
つきいちさんが引っかかるのは、MCUのヒーローたちが抱える悩みの中身です。自業自得に見えたり、かつての栄光を失っても一度輝けたならいいのではと思えたり、美人の妻との不仲にも素直に共感できなかったりするといいます。
カースト底辺で生きてきた自分としては、もうそれってなんか全部、一軍の人たちの悩みじゃない?みたいな感じで思ってしまったりするんですよ。
もちろん全員がそうではなく、丁寧に描かれていることもわかっていると、つきいちさんは付け加えます。それでも最後の最後で乗り切れない感覚が残ったそうです。
2つぐらい隣のレーンの人たちの話だなみたいな雰囲気があって。
サンダーボルツが描いた、脳内のもう一人の自分
それでも『エンドゲーム』まで観て感動したつきいちさんは、マーベル映画を映画館で観たいと思い立ちます。そのとき上映していたのが『サンダーボルツ*』でした。
コミカルで笑える作品という評判を聞いて観に行ったつきいちさんは、予想に反して爆号泣しながら映画館を出たといいます。描かれていたのが、晴れ舞台に立てない人たちの、自分に自信がない人間の悩みだったからです。
満たされた側、一軍の人たちの悩みに見え、最後まで共感しきれない
晴れ舞台に立てない人たちの悩みで、身に覚えがありすぎる
つきいちさんには、脳内に「もう一人のつきいち」がいるといいます。頑張っても頑張らなくても悪口を言ってくる存在で、本人は自分にかけられた呪いのようなものだと諦めているそうです。
(もう一人のつきいちが)「え、何その頑張ってるアピールですか?」みたいなことを言ってくるんですよね。
『サンダーボルツ*』には、まさに脳内にネガティブなもう一人の自分を抱えたキャラクターが登場します。そのキャラクターが、実体化したもう一人の自分を泣きながら殴る場面に、つきいちさんは強く重なりました。
つきいちさんは、その場面に怒りと悲しさの同居を見ています。どれだけ感情をぶつけても相手は自分なので何も解決せず、嫌いでも一生付き合っていくしかない。自分への歪んだ期待と嫌悪をぶちまける場面に、ゲボを吐くほど泣いたといいます。
主力が抜けた部活のような心細さと、マーベルとの初めての会話
つきいちさんが『サンダーボルツ*』に感じたもう1つのことは、マーベル自身の意思表示です。『エンドゲーム』で一区切りしたブランドを再始動させることへの世間の目を、マーベルが半分ネタにしながら受け止めているように見えたといいます。
シーズン2では、アイアンマンをはじめ「アベンジャーズといえばこの人」という主要キャラクターが軒並みいません。サブキャラや新キャラで再びアベンジャーズを名乗ろうとしている状況です。
「あれ?明日からこのメンバーでやっていかなあかんの?」みたいな。もうできる人全員おらんくなっちゃったやんっていうような心細さがすごくあって。
つきいちさんは、部活やサークルで上の先輩が抜けた後のような心細さを、サンダーボルツ周辺のMCUから感じたといいます。それでもマーベルは、蛇足と言われるのも承知で、ちゃんと面白いものをもう一度作ろうとしていると受け取りました。
ここでなんか初めて僕はマーベルっていうブランドと会話をできたような気がしたんですよね。
2つ隣のレーンにいたマーベルと、つきいちさんはここで初めてレーンが揃った感覚を持ちます。世間が微妙かもと思い始めた頃に、逆につきいちさんはマーベルを好きになり始めたのです。
スパイダーマンの「びっくりイベント」で再び突き放される
マーベルと仲良くなれると思ったつきいちさんが次に観たのは、『スパイダーマン』の新作「ブランドニューデイ」正式な作品名表記です。今度は登場が予告されていたパニッシャーについて、出演ドラマの設定や生い立ちまでしっかり予習して臨みました。
アントマンでは、全く知らない羽の男が出てきて心が離れた
スパイダーマンでは、予習済みのパニッシャー登場に「進研ゼミで見た問題です」と食らいつけた
映画は最後まで面白く、つきいちさんは大満足で映画館を出ました。ところが、事前に見ていた「後半に超びっくりイベントがある」という感想を思い出し、そんな場面があったかと首をかしげます。
鑑賞後に調べると、つきいちさんが新キャラだと思っていた人物が、実は別のところで名前が出ていた既存キャラクターでした。MCUのシリーズを全部観ていてもわからず、マーベルの周辺まで視野を広げていた人だけが盛り上がれる仕掛けだったといいます。
僕は一発芸が面白いと思って笑ってたつもりだったんだけど、僕以外の人は「えー、めっちゃその先輩に似てる」って言って笑ってたみたいな。
つきいちさんは、知らなくても楽しめ、知っていればさらに楽しめる仕掛けだと理解していて、MCUは何も悪くないと強調します。それでも、みんなが驚いた場面で驚けなかったことが引っかかりました。
ドゥームズデイを前に、混ざりたいのに混ざりきれない
サンダーボルツで近づき、スパイダーマンで突き放された状態のまま、つきいちさんは次作『アベンジャーズ:ドゥームズデイ』を迎えようとしています。シーズン2の区切りとなる作品ですが、ちゃんと楽しめるのか不安だといいます。
公式が出した予習リストはすごい量で、リストの作品を観るためにまた別の作品を観る必要があるといいます。つきいちさんは、シリーズものの良さと悪さをまとめて食らう感覚だと表現します。
MCUは間違いなく面白く、すごいプロジェクトだと認めたうえで、つきいちさんにはそのすごさを享受しきれていないという劣等感、疎外感、寂しさがずっとあるそうです。差し引きで『ドゥームズデイ』は「ギリやや楽しみ側」だといいます。
つきいちさんは、『ドゥームズデイ』を観たらまた番組で感想を話したいとして、2026年12月公開の同作をリスナーにも勧めて回を締めています。
まとめ
つきいちさんにとってMCUは、圧倒的に面白くすごいプロジェクトでありながら、輪の中に入りきれない寂しさも抱かせる存在です。アイアンマンでの興奮、アントマンでの置いてけぼり、サンダーボルツでの共感、スパイダーマンでの疎外感と、距離感は作品ごとに揺れ続けています。
- 初めて観たアイアンマンは、MCU1作目だったからこそ単体で純粋に楽しめた
- アントマンでの戸惑いは、12作目から観たことによるものだったと後から気づいた
- 20本超の映画を11年かけて畳んだエンドゲームまでの流れには、深く感動した
- サンダーボルツは、脳内のもう一人の自分と向き合う姿で、つきいちさんに強く刺さった
- 予習しても届かないびっくりイベントに、混ざりたいのに混ざりきれない思いが残った




